第七話 ゴブリンの謎
風邪のせいかやたら眠気に襲われる今日このごろ。
――月の湖の浮遊城 クレセント・ティア――
此処はトリスヴァン領、ベルン村の近くにある森。 更にその奥にある大きい窪地、カルデラ湖の上に存在するセレネディアの隠れ家の城、クレセント・ティアである。
この城は嘗て鍛冶の神『ヴェデル』がセレネディアの為に贈った城である。
その為、セレネディアとヴェデル以外はセレネディアの眷属で世話係のダーク・エルフであるホッポとシャーラン以外は知らないイオリが連れて来られた場所。
そのイオリは翌日、熱を出した。
原因は、此処にきて安心感から緊張が緩み、今までの疲労が蓄積していたものが一気に吹き出したのだ。
その為、イオリは現在、薬を飲まされ静養中である。
「イオリの具合はどうですか? シャーラン」
「はい、大夫良くなりました。 明日には熱も引き元気を取り戻すでしょう」
「そうですか……。 良かった」
セレネディアはほっと安心する。
「処でイオリ様の件、いかがでしたか?」
「それは大丈夫。 イオリは私の保護下に入りました。 ただ……イオリの師であったドワーフのゴドルボ、彼は女神ファリスの信者でした。 しかも、ベルン村の教会関係者や村人数名も同じく……」
「!? それは本当ですか!」
「ええ、本当です。 貴女の御祖父様のホッポがギルドを指揮してゴドルボの捕縛及び教会を強制的に調べた結果、女神ファリスや魔族に関係する証拠が出てきました。 恐らく、ゴドルボが武具や防具を村の教会を通じて魔族側に供給していたのでしょう」
レイバーク大陸ではスレイオン皇国は街に冒険者ギルド支部がある場合、国や領主が冒険者ギルドに犯罪者の取り締まりや国防の一部を任せてある。
今回の場合、冒険者ギルドがゴドルボという犯罪者を捕える名目で動いたら大物の影が出てきてしまった。
街の冒険者ギルドの一支部が単体で動いてもどうにもならない。
その為、ホッポは冒険者ギルド本部及びスレイオン皇家に報告し、指示を仰いでいる最中である。
「女神ファリスが動いたということは神々は勇者を動かすのでしょうか?」
神々が直接動けば地上は色んな意味で混乱する。 その為の勇者である。
それに神々が直接動く場合、事態が既に手遅れである場合が多い。
「でしょうね。 既に各宗派、神殿の巫女達にお告げという形で出しているはずです」
「セレネディア様はお告げを出されないので?」
「……一応、出してはいます――警告の様なものですが。 しかし、勇者に関して私にその権限はありません」
「やはり神々の……旦那様の下に戻る気は無いのですか?」
念押しの確認でシャーランは主に訪ねてみた。
「勿論! ペルセオンが生きている限り戻るつもりはありません!」
きっぱりと断言するセレネディア。
やはり、答えはいつもと変わらぬ拒絶であった。
頑固者と思いつつも、あの真実を知れば誰だってこうなるであろうと同情する部分もある。
自分は主の気の済むまで付き合うつもりでいるシャーランであった。
三日後、すっかり身体が良くなったイオリはシャーランに学問を教わっていた。
今日の科目は魔物と魔族についてだ。
基礎知識として一番初めに習う事は、魔物と魔族の違いについてである。
一般的に核石を体内に持ち、術もしくはその類の能力を発揮するものが魔物。
核石を持たず、珠紋術を行使するのが魔族とされている。
魔物の姿は千差万別で大抵は動植物の姿であり、他の魔物や多種族をただの食い物としか認識しない。
単純な思考しか持たず、その為、珠紋術で操る事が出来る魔物も居る。
それに対して魔族は異形の人型で魔力が以上に高く、思考も複雑で異種族の女性と生殖可能な事である。
ただし、生まれた魔族は人とのハーフではなく、全て完全な魔族の女性体である。
これには色々と学説があるが今持って謎である。
「シャーランさん、質問があるっす!」
「何でしょう? イオリ様」
「生殖って、なんすか?」
「……」
イオリの思いもよらぬ質問にシャーランが真っ赤な顔で沈黙していると、何処からとも無く黒いベールで顔を隠したセレネディア元い黒モヤが顕れた。
ちなみに普段使っている姿を闇で覆い隠す魔道具『闇のベール』ではなく、普通の薄い黒地のベールであった。
「イオリ、そういう事は子供の内は知る必要はありません。 大人になれば自分の周りにいる人が教えてくれるものですよ」
シャーランの主らしくフォローを入れる黒モヤ。
だがイオリはさらなる爆弾を投下する。
「そうすっか? じゃあ、黒モヤさんとシャーランさんが教えてくれるんすね!」
ドンガラガッシャンと器用に椅子に座ったまま盛大にコケるシャーラン。
そして、セレネディアはと言うと、
「イキナリ三P!? い、いいえ、イオリ! 幾らなんでもシャーランには荷が重すぎます! 此処は私が! 私だけがイオリに教えて差し上げましょう! それはもう、手とり足とりじっくりと……」
イオリにムフーッ!と鼻息荒く迫る黒モヤ。
「セレ……黒モヤ様、ちょっと此方に……」
いつの間にか黒モヤの後ろに仁王立ちし、烈火の如く怒りを燃やしたオーラを纏ったシャーランを見た黒モヤはヒィッ!と短い悲鳴を上げ、その場から逃げようとした。
が、逃げる黒モヤの襟首を掴んで逃げられないよう確保。
そして、イオリに向かって爽やかな笑顔で。
「イオリ様、この辺で一度休憩にしましょう。 私は黒モヤさまと少々、大事なお話をしてきます」
黒モヤはシャーランに引きずられて別室に連れて行かれる。
其処では、
「イオリ様に一体どんな知識を教えてるんですか!?」
「ご、誤解よ、シャーラン! そんな事、私は教えてません!! ……しいて言うならイオリの雄としての本能がそう言わせたのでしょう! イオリ! なんて、恐ろしい子!!」
「だから! セレネディア様のそう言う処が……!!」
などと、別室では言い争う声が二人が出てくるまで絶えなかった。
閑話休題
魔物と魔族の違いは先に述べたが、中には魔物か魔族か判別が付いていないものがいる。
その中には一般的な存在、世界中の何処にでも居る邪小人がそれにあたる。
邪小人は大きさは五mm程度であるが体内に核石をっ持ている。
しかし、邪小人が術やその類の力を使用したと言う目撃例は一切ない。
核石も純度が低くて組成も脆い。 珠紋や刻印珠紋には不向きで一回使用できればいい方である。
であるから邪小人が魔物か魔族かの判断は未だ専門家の間で物議を醸している。
処がイオリがこれの答えを知っていた。
「邪小人は魔族っすよ! 核石のような物は体液が結晶化した結石っす。 んで、その結石には酔い覚ましや、二日酔いの薬になるからゴドルボの奴によく狩りに行かされたっす」
後日、シャーランが知り合いの専門家に調べてもらった結果、果たしてイオリの言う通りであった。
此処に長い間、議論されてきた問題が一つ解決したのであった。
そして、ヒヨッコ冒険者にとって良い小遣い稼ぎになる『酔い覚ましの結石』と言う薬の素材が誕生した瞬間でもあった。
それはともかく、イオリには一つ疑問があった。
ゴブリンの鍛冶技術についてだ。
何故アレ程の高い鍛冶の技術を低級魔族のゴブリンが持っているかである。
なにせ数は少ないが中には魔道具の武具や防具としては一級品の物も存在する。
この事をシャーランに質問してみた。
「えっ、ゴブリンの鍛冶技術ですか? ……そう言われてみればそうですが、すみません。 私にもわかりません。 もしかしたら太古の砦に住む巨人族のような技術を何処かで見つけたのかもしれませんね。 彼等は今は亡き鍛冶の神ヴェデルの弟子の子孫たちですから」
「太古の砦?」
「はい。 その昔、女神ファリス達魔物や魔族から人々を守る為の神々の砦跡です。 其処には鍛冶の神ヴェデルが生み出した魔道具などの遺産があるそうですよ」
「太古の砦っすかあ……行ってみたいっすねぇ」
イオリのその一言を聞いたシャーランは微苦笑して注意する。
「その砦はこのレイバーク大陸でも険しい山岳地帯『ギガントス』の奥地にあります。 子供では直ぐに飛行型の魔物か山道に住み着く魔族の餌食になりますよ」
「わあ~、厄介な場所にあるんすね。 でも、今はゴブリンの鍛冶技術の秘密を知りたいっすねぇ」
シャーランはイオリにピシャリとデコピンを食らわす。
「な、なにすんすか!? シャーランさん! 痛いじゃないっすか!!」
そんな非難の言葉を自分にぶつけるイオリに向かってシャーランは笑顔で、
「『ゴブリンの後を付けて住処に潜入し、鍛冶技術を盗む』、な~んて事を考えてるのは顔を見ればわかります! いいですか! 私の目の黒い内は絶対にそんな危険な事はさせません!! それでもそうしたいなら私を倒せる武術の腕を身に付けてからにして下さい
! いいですね!!」
「シャーランさんて強いんすか?」
「少なくともそこら辺の男達には負けません」
「ああ、だから黒モヤさんは『シャーランは腕っ節が強すぎてお嫁に行き遅れてるのよねー』って言ってたんすね!」
などといらん事を言ってしまったイオリ。
「……イオリ様、それは本当ですか?」
ゆらりとゆっくりした動作で後ろを振り向き、次にイオリに向かって顔を振り向いた瞬間、シャーランは凄まじい形相をしていた。
何やら髪の毛もうねうねと生き物の様に動いている錯覚にとらわれる。
「はっ!? しまったっす! この事は内緒だって黒モヤさんにも言われてたんす!!」
「イオリ様。 明日からは武術の稽古も追加いたしましょう。 なに、護身術程度です。 それ程きつくはありません。 それでは今日の勉強はここまで。 私は黒モヤさまとタップリ話し合いがありますから」
「……」
その後、城中に凄まじい女性の悲鳴らしき声がしばらく響きき渡ったたが、イオリは聞かなかった事にした。