第四話 ゴブリン狩り
「な、なんすか!? これは!?」
「へっへっへっ! いいだろう! 大した素材を使わずこれだけのもんを作れるのは俺ぐらいのもんよ!!」
自画自賛するゴドルボ。 そのゴドルボが作ったものは……樫の木に邪小人のボロボロのナイフを括りつけただけの槍、木の盾、鋲が不規則に付いた革の外套である。
木の盾は邪小人のボロボロの木の盾より遥かに良いが、何の変哲もない普通の木の盾。
外套は使いようによっては防具にも防寒具にもなるだろう。
問題は武器の方、槍である。 正直、これなら自分でも十分に作れる代物だ。 それ以前に実践で使い物になるものではない。
何故ならイオリも一度、邪小人のナイフを使って槍を作ってみたが、ナイフがボロボロなのですぐに折れてしまい使い物にならなかった。
「師匠……せめて槍の穂先はまともな鉄で作って欲しいっす……」
「なんだ~! 俺様が作ってやった槍が気に食わないだと!!」
「だ、だって穂先が明らかに邪小人のナイフですもん! これじゃあ、直ぐに折れちまうっすよ!!」
「なら、交換すりゃあいいだろうが! 邪小人なんてそこら中に居るんだ! 換えの穂先も直ぐに補充できる経済的な槍なんだよ!!」
「経済より命が大事っす!」
「いや、世の中金と権力だろ?」
「まさかのおいらの生命全否定!?」
「グダグダ言わず、明日、コイツでゴブリン狩って長剣五本ぶん取って来い! ゴブリンの長剣はいい値段で売れるんだよ! 取って来るまで帰ってくるな!!」
ゴブリンの使っている武具、防具は他の物語では品質が最低の装備であるが、此処異世界アルクイルではかなりの高品質な物を製作、使用している。 中にはドワーフやノームが作ったものより格上の物、魔導の武具や防具があったりするので侮れない相手である。
しかも、他の魔物、コボルトやオークなどにも武器を供給している。 いわゆる、魔物の鍛冶師である。
ただ、防具はサイズがが合わないので冒険者達は主に武器を収集し、それを売って生活の糧にしていた。
「……わかったっす。 やるっす……」
ゴドルボは言い出したら人の話しを聞かない性格である。 あまり反抗し過ぎると鉄拳や蹴りが飛んでくる。
イオリは諦めてゴドルボの言う事を聞くしかなかった。
「最初から素直に俺の言う事聞いてりゃあいいんだよ!」
ゴドルボは漸く素直になったイオリに満足した。
――翌日――
昨晩の内にイオリは非常食の干し肉やドライフルーツ、水の入った水筒や毛布をバックパックに詰め込み準備を終えていた。
「ゴブリンは森の中腹手前に出現するからそこら辺で狩れば直ぐに長剣が五本集まる。 へまして死ぬんじゃねえぞ! お前は俺の大事な金づるなんだからな」
朝っぱらから酒を飲んでイオリを送り出すゴドルボ。
酒臭い息でゴブリンの生息域の説明をする。
「其処は普通、大事な弟子でしょ! それにホントに大事ならゴブリン狩りなんていう危ない事はやらせないっす!!」
「儲けられる時に儲けるのが俺の心情だ! なに、今のお前ならゴブリンなんて軽い軽い!」
酒を飲んで上機嫌なゴドルボはイオリをおだてる。
「軽くなんて無いっす! とんでもなく重いっす!!」
「文句言わず、はよ行け!!」
ゴドルボは文句ばかり言うイオリの尻を蹴飛ばし、ゴブリン狩りに向かわせる。
イオリは今までにない命の危険を感じていた。
その為、今までコツコツ作ってつい最近完成した取って置きの武器を秘密工房に取りに行く。
(黒モヤさんからは滅多な事では使うなと言われてたけど仕方ないっす。 自分の命には変えられないっすから……)
ボロ小屋イオリの工房の中、隅に立て掛けてある棒状の物体。
取って置きの武器とは柄が樫の木、穂先が黒曜石で出来た槍であった。
鍛造鍛冶に必要な道具が揃ってなかった時、手慰みで作った物である。
ただ、何故か黒モヤはこの槍の使用を緊急事態以外で使う事をイオリに禁じていた。
「さあ、これで準備完了っす! ゴブリン狩りに行くっすよ!!」
イオリは黒曜石の槍を担いで森を目指した
――森林地帯 中腹手前――
ゴドルボの話にしたがって森の中腹手前まで遣って来たイオリ。
「ここら辺にゴブリンが彷徨いてるって話だったのに……おかしいっすねえ。 影も形も見当たらないっす。 それどころか、動物の鳴き声や気配すらないのは異常っす」
森の異常に逸早く気づいたイオリ。
この状況は何か危険な生物が彷徨いている可能性があると黒モヤから聞いた事がある。
この場合の対処は『直ぐにその場から離れる』である。
「これは――一旦此処から離れた方が良さそうっすね!」
イオリは直ぐ様、足早にこの場を後にしようとした。 が、既にそれはイオリの傍まで近寄っていた。
「!?」
イオリの左斜め後方から何かが飛び出してきた。
反射的に前へ飛びそれを躱す。
「コイツは……ドラゴン!」
そう、イオリを襲ったのは体長十mはあるドラゴンである。
「シャー! シャシャー!」
イオリに対して威嚇するドラゴン。
「……羽が無い、黄土色のトカゲの様なドラゴン――リザード・ドラゴンか!」
リザード・ドラゴン――それは地竜の一種で羽の無い下級のドラゴン種である。
普段は森の奥に生息し、時々森の外に獲物を狩りに顕れる。
足が早いのが特徴で、このリザード・ドラゴンから逃げるのは至難の業である。
冒険者でも中の下、一人前と呼ばれる様になる実力を持って始めて遣り合う事が出来る相手である。
今までイオリが相手にしてきた邪小人やジャイアント・ビー程度の雑魚とは訳が違う。
イオリは震える足で何とか立ち上がり、失禁しそうなのを堪えてリザード・ドラゴンと対峙する。
「リザード・ドラゴンは足がとても早い。 逃げても直ぐに追いつかれる。 なら、戦うしか無いっす!」
黒曜石の槍を構え、まず闇属性の身体強化術『ダーク・フォース』を唱える。
すると、イオリの体から黒いモヤが立ち昇る。
次は武器強化、命中補正の闇属性の術『ダーク・ウエポン』を唱える。
今度は黒い闇が槍に吸い込まれ、黒く輝く。
「今までと違う現象……。 ダーク・ウエポンの熟練度が上がったっす!」
武具や魔法は熟練度が存在し、武具なら技が、術なら威力と効果が増す。
今の状況ではイオリに取ってありがたい幸運である。
このままでは形勢不利と思ったのかリザード・ドラゴンがイオリに再度襲い掛かる。
「くっ! せめて後、『ダーク・アーマー』、『ダーク・シールド』を使いたかったす!!」
イオリの動きは身体強化術『ダーク・フォース』のおかげでギリギリ、リザード・ドラゴンの動きに何とか付いて行けている。
だが、攻撃を与える隙をリザード・ドラゴンが見せないので防戦一方だ。
何とか隙が欲しい。 相手が怯んで逃げる時間を稼げるだけの攻撃を繰り出す隙が。
『イオリ! 『ブラインド』!!』
考えてる途中、聞き慣れた女性の声がイオリの耳に届く。
同時にリザード・ドラゴンの両目が闇のモヤの覆いで視界が塞がれる。
「今!!」
イオリは渾身の力を込めてリザード・ドラゴンの胴体に向けて黒曜石の槍を突き刺す。
それと同時にイオリは全力でリザード・ドラゴンから走って逃げた。
「キシャアアアァァァーーー!!」
黒曜石の槍で地面に縫い付けられたリザード・ドラゴンはジタバタともがき苦しんでいたがやがて体をピクッ、ピクッと痙攣させて動かなくなった。