第二話 イオリの秘密工房
イオリの大方の予想通りジャイアント・ビーは午前中で全て狩り終えた。
途中、イオリはお腹が減ったので小川で魚を素手で三匹掴まて、それを昼食として塩をふりかけて焼いて食べた。
魚は鮎の一種で、鮎を一回り大きくしたような感じである。
育ち盛りのイオリとしては、もっと食べたい処だが、時間が惜しいので三匹で我慢する。
イオリは火の始末をした後、ゴドルボの工房には戻らず、寄り道していた。
目的の場所は村外れの林の中、今は誰も近寄る事の無い忘れ去られたボロ小屋。
イオリはその小屋に手を加え、道具を揃えて自分の工房に仕立てた。
炉やふいご、金敷、焼き入れの為の水槽、金鋏の道具等々は殆どイオリの手製だ。
「さてと、それじゃあ始めるっすか!」
イオリは拾ってきた邪小人のボロボロのナイフを七本平らに削り、削りカスは集め炭を粉にした物を混ぜて鍛接剤として使用する。
次に炉の炭に火を入れて、ふいごを使い火力を増す。
心棒の代わりに削ったナイフの一つを心棒代わりにし、それを両サイドに平らに削った別のナイフを鍛接剤を挟み込んで均等に重ねあわせていく。
それを熱して金槌で叩いて接合。
それが出来たなら折り返し鍛錬を15回繰り返して引き伸ばし、片刃の短剣の形にする。
炉の火力を最大まで上げて鉄を熱し、頃合いを見て急速冷却して焼入れを行う。
最後に曲がりを修正して傷や割れが無い事を確認して刃を研ぐ。
出来上がった短剣を見たイオリは。
「……駄目っす! アイツの打った物に比べたら全然駄目っす!!」
ヒビ割れや鍛接の剥がれが無い分、今までで一番の出来と言えよう。
しかし、悔しいかなゴドルボの打った物より遥かに劣る。
「はあ……鍛冶師の道は険しいっすねぇ。 珠紋なら簡単に作れるのに……」
イオリは土間の床に寝転んで首にペンダントと一緒に掛けてある御守袋を引っ張りだす。
この中には珠紋術を使う為の媒体、珠紋と言う小さい珠が入っている。
珠紋とは地球において魔法や術と言った類の能力を発揮するのに必ず必要な道具である。
この珠を使って術を唱えるか、珠に直接術式を刻む事で力を発言させられる。
珠紋と珠紋術の特徴は以下の通りである。
1,珠紋を作るには核石が必要で、核石は高い魔力を持つ魔物の心臓か地中にある
龍脈から採掘する方法でしか採取出来ない。
よって、一般的にはとても貴重で高い。
2,核石に属性を刻む事で珠紋が出来る。
3,珠紋術を使用するには適正属性があり、使用者に適正が無い属性の珠紋術は
使用出来ない。
4,珠紋に直接術式を刻む刻印珠紋の場合は適正属性は関係なく、他の属性の珠紋
術も使用可能である。
ただし、これには利点と欠点がある。
利点 珠紋術の使用に周辺にある魔力を使用するので使用者の魔力を必要としな
い。
欠点 珠紋に刻まれた珠紋術しか使用できない。
これ以外にも例外事項はあるが、基本的にはこの四つである。
が、イオリの場合は、その例外事項に当たる、核石を作り出す特殊能力を持ち、この能力をゴドルボに知られてしまったが為に今の境遇に陥ってしまったのだ。
だが幸いにも、珠紋と刻印珠紋を制作する知識と技術がある事までは知られていない。
ちなみに、イオリの適性属性は無と闇の二つの属性である。
「はあ……、やっぱり鍛冶師の才能何ておいらには無いのかなあ……」
などとイジケているとボロ小屋の扉が開け放たれる。
そして、黒いモヤを纏った人らしき者が小屋の中に入ってくる。
『どうしたんですか、イオリ? そんなに落ち込んで』
くぐもった女性の声でイオリに話しかける。
「黒モヤさん!」
イオリは飛び起きて、黒いモヤに抱きつく。
イオリが黒モヤと呼ぶ人物は、イオリが物心がつく前の幼い頃からイオリの傍によく顕た。
今でもイオリを影から見守り、イオリに言葉や文字、算学や歴史などの学問を教えたり、神話や昔話を話して聞かせたりしている。
他にも魔物の事や武術、狩りの方法、珠紋や刻印珠紋の製作の仕方に珠紋術を教えたのもこの黒モヤと呼ばれている人物である。
『あらあら、イオリは甘えん坊さんですねえ』
無理もない。
イオリは未だ八歳の子供なのだ。
両親の温もりが恋しい年頃でもあるのだから。
それからイオリは黒モヤと呼ぶ人物に作った短剣の事を話して聞かせた。
「……確かに鍛冶師ゴドルボには及ばないでしょう。 あなたはには鍛冶師としてはまだまだ知識や技術、経験が足りないのだから」
「うん……。 確かにそうっす。 おいら、まだまだ修行が足りないっす。 でもアイツ、まともに鍛冶の事をおいらに教えた事なんて一度もねえっす! アイツの目的はオイラが作る核石が目当てっす!」
黒モヤとしてもイオリの事が可愛いので何とかしてやりたいがこればかりはどうする事も出来ない。
それに世の中にはもっと凄惨な生活を送っている者もいる。
イオリの為にも甘やかすことは出来ない。
何せイオリはこれからの人生を一人で強く生きていかなければならないのだから。
『でも、イオリ。 ゴドルボは性格はともかく鍛冶師としての腕は恐らく世界で五指に入るでしょう。 鍛冶師として学ぶ事は沢山あります。 一人前の鍛冶師になる為にも今は我慢の時です』
「黒モヤさんがそう言うなら、おいら頑張るっす!」
『イオリ、その短剣の拵えは私がしておきましょう』
「いいんすか! 黒モヤさん!」
『今の私にはこれくらいしか出来ませんから』
申し訳無さそうに言う黒モヤ。
「ありがとうっす、黒モヤさん! あっ! もう返らなくちゃ師匠にどやされるっす! またね、黒モヤさん!」
イオリはジャイアント・ビーの尻尾が入ったズタ袋を背負い、黒モヤに手を振りながらゴドルボの居る工房兼住居に帰って行く。
一人残された黒モヤ。
イオリが打った短剣を隅から隅まで調べる。
『イオリが始めて完成させたこの短剣、プラス修正が5も付いてます。 やはり、イオリには鍛冶師や魔道具職人としての才能がありますね……』
独り言を呟く黒モヤは小屋の中からいつの間にか姿を消していた。