第二十五話 竜は死して何を思う(後編)
何故か話数が進むごとに文章が長くなっていく。
――ベルン村――
三人は馬車を借り、ケサラパサラの街から北に三日の位置にある辺境の村ベルンに遣って来た。
イオリには碌な思い出しか無い村である。
しかしその村もイオリの居なかった七年間で町と呼べる位に迄発展していた。
「うわ~、昔住んでた時よりも大きくなってるっす!」
「イオリはこの村の出身なの?」
オフィーリアがイオリに尋ねる。
「出身と言うか、赤ん坊の頃にこの村の教会に預けられて、五歳の時に村の鍛冶師だったゴドルボってドワーフに無理矢理師弟契約をさせられたっす! だけどそいつ、おいらに鍛冶師の修行をさせずに邪小人やジャイアント・ビーを狩らせてばかりで鍛冶の腕がいいだけの碌でなしで嫌な奴だったんす! で、八歳の時に赤ん坊のおいらを教会に預けた人――おいらは黒モヤさんて呼んでるっすけど、その黒モヤさんがおいらを引き取って育ててくれたんす。 ホントならもっと早くに引き取るつもりらしかったんすけど、おいらには鍛冶師の才能があるし、おいらも武具や防具を作るのに興味があったんでそのまま弟子を続けてたんすけど、流石にゴブリンを狩りに行かせるられてリザード・ドラゴンと戦う嵌めに成った時には見かねた黒モヤさんがおいらを引き取ったんす。 その後は黒モヤさんのメイドのシャーランさんに色々な学問や武術習ったり、巨人の里でクレオマテスって言う巨人族の女の人に弟子入りして、鍛冶師の修行で腕を磨いて魔導機工師になれたんす!」
「……壮絶な人生ね。 しかも、八歳でリザード・ドラゴンと戦うなんて……。 それで、リザード・ドラゴンはどうしたの?」
「黒曜石の槍と珠紋術で何とか一撃で仕留めることが出来たっす! そして今、おいらの装備してる防具に成ったっす!」
そう言ってイオリは自分の装備している革の防具をオフィーリアに見せた。
「リザード・ドラゴンを仕留めるなんてどんな八歳児よ!? 流石にそれは無理があるでしょ!!」
リザード・ドラゴンは少なくとも一人前の冒険者としての強さと装備を身に付けて無ければいなければ倒せない下級のドラゴン種。
オフィーリアが疑うのも無理は無い。
「いや、それ正真正銘リザード・ドラゴンの革だよ……。 道中、ずっと気になってたんでイオリに頼んで確認させてもらったけれど間違いないよ……」
何処か疲れたように語るアーレック。
「嘘!?」
オフィーリアは目を見開いて驚愕し、アーレックはイオリならありそうだと既に達観していた。
そうこうしている内にベルン村の宿屋に辿り着く。
ベルン村での滞在期間は五日を予定している三人。
今日はベルン村に一泊するので時間に余裕があるからイオリに村の知人に会いに行っても良いとオフィーリアが許可を出す。
が、イオリはそれを断る。
この村には嫌な思いでしか無いのと、友人と呼べるだけの人物が居ないから。
「それより、補充する物は水と食料以外無いっすか?」
「ええ、無いわね。 水の補充はアーレックに任せて私達は食料品店で必要な物を買いましょ」
そう言うとオフィーリアはイオリより詳しい現在のベルン村を食料品店目指して歩き始めた。
其処で道すがらオフィーリアはイオリに異次元倉庫の使用に付いて人前で使わないようにと注意する。
これは不用意に人に見せて盗難に遭わないようにする為だ。
「わかってるっすよ。 だから、なるべく信用できる人の前でしか使ってないっす」
イオリの返事に満足して頷くオフィーリア。
「これから私達が行くのは私の叔父さんが経営している食料品店兼雑貨屋よ」
「あれ? 雑貨屋ってこの村に他にも無かったすか?」
イオリはゴドルボと暮らしていた時に常連だった雑貨屋の事を聞く。
「ああ、確かに在ったんだけれどその店、品物は低品質の癖に割増料金を請求するボッタクリの店だったんで、その話が冒険者を通じて村中に広まったせいで商売が成り立たなくなって潰れたわよ。 で、行商兼冒険者やってた叔父さんがその店買い取って商売を始めた訳」
「なんで其処で冒険者が関わってくるんすか?」
「イオリは知らない? 七年前に魔物や魔族のパンデミック――大量発生が在った事。 その時、他の村々やウチの村なんかも危なかっ
たのよ。 で、その対処に追われた冒険者達が件の雑貨屋に食料の補充に立ち寄った際、そこの店主が冒険者達相手にボッタクリ商法しようとしてウチの叔父さんに見破られたの。 それが原因ね」
七年前と言えばイオリがゴブリンの巣からヴェデルの奥義書を奪い返した時だ。
あの時は確かシャーランだけでなく黒モヤも魔族の対処に当たった筈だと想い出す。
「もしかしてその時、攫われた子供達を助けるのにゴブリンの討伐なんかもあったっすか?」
「そうそう! 昔からこの森の中に巣食っていたゴブリンは狡賢くて手強かったんで中々居場所を見付けられなかったんだけれど、誘拐された娘達を追っかけてたらそのゴブリンの巣を見付けて討伐したんだって。 叔父さんその時、冒険者達の隊長やってて、私、その話を聞いて、それで叔父さんに憧れて冒険者に成ったのよ!」
パンデミック後も以前より魔物や魔族の数が増えて、このベルン村は今では冒険者にとって、拠点と成っていた。
その為、どんどん村は大きくなり、もうすぐ町に昇格するそうだ。
それを見越してオフィーリアの叔父は潰れた雑貨屋を逸早く買い取り、この村で商売を始めたらしい。
二人が道々話しをしているウチに店についた。 店の看板名はライアン商店となっていた。
店の建物はイオリが知っていた頃よりも大きくなっていた。
オフィーリアの話では貯めてたお金を注ぎ込んで改装したそうだ。
「ライアン叔父さん!」
「おう! オフィーリア! また、森に潜りに来たか?」
「今日は新メンバーに付き合って狩りに来たの!」
オフィーリアは叔父のライアンにイオリを紹介した。
「イオリっす。 へ~え、おじさん、オフィーリアの叔父さんだったんすね!」
「君とは何処かで会ったかい?」
「へ!? 私の叔父さん知ってるの!?」
「はっはっはっ、実は……」
イオリは昔の事をライアンとオフィーリアに話して聞かせた。 話しをし終わった途端、ライアンは顔を引き攣らせ、オフィーリアからは拳骨が降ってきた。
「いった~! なんで殴るっすか!?」
「イオリ! あんた何危ない事してんのよ! 私のパーティに入ったからにはそんな無謀な事はさせませんからね!!」
「わ、わかったすから拳骨はやめて~!!」
「あの時、鬼姫の隣に見覚えのない男の子が居たのは覚えているが、まさか鬼姫の弟子だったとは……」
「鬼姫って、シャーランさんの事っすね」
「本人には内緒だよ? なんせ、最近はこの店にも良く来るからね」
などとたわいない話しをしながら二人は食料を買い込む。
最近変わった事が無いかオフィーリアがライアンに聞いた処、最近死霊系の魔族が森でよく目撃されている事を聞く。
死霊系の魔族の発生のメカニズムは解明されていないが、一般的には大量に死んだ生物の場所で発生するのが定説である。
しかも、死霊系には物理的な力――武器なら銀か魔導金属で、後は珠紋術(特に光属性が有効)しか効かない厄介な相手である。
「襲われたら厄介だから気を付けろ!」
ライアンから念押しの注意を受けて宿に帰る。
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翌日、三人は森の中間地点で動物や魔物の狩りを開始した。
オフィーリアがイオリの作った双眼鏡で獲物を見付け、イオリとアーレックがレインボウで獲物を狩り、解体してイオリが珠紋術で皮を革に加工していく。
三日間、狩リは何の問題もなく順調に行われ、色々な種類の革が手に入ったが、四日目の昼。
丁度太陽が空の真上に差し掛かった頃、件の死霊と出会す。
一番最初に発見したのはオフィーリアだった。
「二人共! 伏せて!」
双眼鏡を覗きながらオフィーリアは二人に小声で呼びかけた。
「どうしたの? オフィーリア」
「アーレック! 昨日話した死霊が居たわ! ほら、あそこ!」
そう言うと、オフィーリアは双眼鏡をアーレックに渡して指差す。
其処には玉のような物がドス黒いモヤを吹き出しながら浮かんでいて、中央には正三角形の頂点のような配置で三つの光る目がぎょろぎょろとそれぞれ別方向に不気味に蠢いている。
「げ!? 不味い!! アレ、死霊系でも厄介な上級魔族、『死の導き』だよ!!」
死の導き、それはゾンビ・ドラゴンやリッチーと並ぶ死霊系の中で三大上級魔族に数えられている。
死の導きはその名の通り、繰り出す攻撃(死の吐息と死の視線など)が死に直結するものばかりか、死の導き自身が纏う黒いモヤに触れるだけで即死する危険がある厄介極まる相手である。
特に接近戦を主とする戦士には天敵だ。
対抗するには上級の魔導の防具で身を守り、上級の魔導の武器で攻撃するしか無いか、もしくは上級の珠紋術で対抗するしか無い。
その事をアーレックはオフィーリアとイオリに告げる。
オフィーリアは全身恐怖に包まれ、体中冷や汗を流しながらも頭は冷静に思考を巡らせる。
「……死の導きはこちらにまだ気づいていない。 なら、速やかにこの場を撤退しましょう」
「そうだね。 この中で対抗できる武器を持っているのはオフィーリア、君だけだからね……」
「なら、とっととトンズラするっすよ!」
身を屈ませながら三人が死の導きに気づかれぬよう、静かにその場から移動した。
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三人は死の導きに気づかれぬ事を祈りながら必死で逃げた。
「ふう! ここまでくれば大丈夫でしょ!」
「まさか、上級の魔族に出会うなんてびっくりだよ!」
オフィーリア、アーレック、イオリの三人は安心感から腰が抜け、その場にへたり込む。
「この森に上級魔族が出たなんて初めてじゃあ無いっすかね? おいらが住んでいた頃は噂すら聞いた事も無いっすよ……」
「多分、パンデミックの時に討伐した魔物や魔族、そしてその時そいつ等に殺された冒険者や村人達の救われぬ魂や怨念やらが生み出したものだよ。 パンデミック以降、時々ベルン村やその周辺の村々で死霊の被害が出てたから。 でも、まさかあんな大物が生まれていたなんて僕も思いもしなかったよ……」
イオリは俯いて何やら考え込んでいたが、暫くして顔を上げてオフィーリアとアーレックの二人に告げる。
「これ以上、此処に留まるのは危険すね。 後一日残っているけど、もう引き上げるっす」
「イオリの言う通り、そうした方が良さそうね――ごめなさい、イオリ。 約束守れなくて……」
「オフィーリアが謝ることじゃあ無いっす。 冒険には不測の事態は付きもの。 それよりこの事を村に知らせに戻る事が最優先すよ!」
「ええ、そうね!」
イオリ達は撤収する決断を下し、早速森からベルン村に帰還する。
途中、死の導きを避ける為、遠回りを余儀なくされたが、その御蔭で遣り過ごす事が出来た。
ベルンの村まであと一歩という処まで来て鉱物判定探知機が反応する。
「ん?」
「どうしたんだい、イオリ?」
「いや、鉱物判定探知機が反応してるんすよ」
イオリは鉱物判定探知機を取り出し、辺りに翳してみる。
すると、崖の根本に強い反応が出た。
イオリは反応が強かった辺りの生い茂っている雑草を短剣で刈ってみると、其処には人が一人ギリギリ通れる亀裂が入っていた。
「この奥から強い反応が出てるっす!」
「あ! イオリ!」
イオリは亀裂に入り込み、一人どんどん奥に進む。
暫く進んで行くと急に広い空間に辿り着き、淡い光が空間を照らす。
そしてイオリが其処で目にしたのは……、
「ドラゴンの……化石……」
淡い光に照らされ紫色に化石化したドラゴンの姿がイオリの眼前に存在した。
イオリはその化石をよく知らべる為、異次元倉庫から火も油もいらないランタンの魔道具を取り出し化石を照らす。
鱗がドラゴンの化石の表面を覆い、材質は石と言うよりも金属と呼べるものであった。
「これは……間違いない! 竜鱗鋼だ! しかも、化石に損傷が無い! なら、アレがあるかも!!」
鉱物判定探知機をドラゴンの化石に向ける。 予想通り鉱物判定探知機はソレを探り当てた。
イオリは加工系の無属性珠紋術『変形加工』を使って化石中にある物を化石を慎重に変形させながら移動させる。
そして、化石から出てきたソレを取り出す。
「やっぱり在った! 虹皇石!!」
イオリは興奮して虹色に輝く大きな石を持って、その場で小躍りする。 それも無理からぬ事。
イオリが発見した物は太古の昔に生きていた神に最も近いと呼ばれていた竜『古代の竜』の化石化した体とその心臓である。
エンシェント・ドラゴンの遺骸は長い年月地中で埋もれていると体は鱗状に鋼化して心臓は七色に輝く天然の珠紋となる。
その鋼化した物を竜鱗鋼、珠紋となった心臓を虹皇石と呼ぶ。
竜鱗鋼はソレ単体では価値も効果も無いが、これを砕いて粉末にして他の金属に混ぜる事でその金属は性質が劇的に変化し、金属としての品質も性能も高まり、やがて竜鱗鋼の魔力を帯びて魔導の金属に変質する。
虹皇石は持ち主の属性に関係なく全ての属性の珠紋術が使用可能となるばかりか、虹皇石自体が莫大な魔力を生み出す動力源となるので術による魔力消費が無くて済む。
「おっと! 踊っている場合じゃないっす! 回収、回収!!」
イオリは虹皇石と地中に埋まっている竜鱗鋼を珠紋術で手早く異次元倉庫に回収する。
「……二人には内緒にするしか無いっすね」
二つ共、この大陸を統べるスレイオン皇国では国宝に指定され、国やギルドで厳重に管理されている。
もし、これらが他人に知られれば間違いなく大騒ぎに成る。
下手をすれば様々なトラブルに巻き込まれてしまうであろう。
しかし、なんでこんな所で死んでいったんだか……。 神に等しき力を持つと言われていたドラゴンも最後はたった一匹で何を思い、孤独に死んでいったのか――最早知るすべはない。
「おーい! イオリ! 大丈夫か!」
アーレックからの呼びかけの声が聞こえてくる。
「おっと! 物思いに耽ってる場合じゃないっすね。 早く戻らないと」
イオリは元来た亀裂を通り外に出た。
「イオリ! 何してたの! 中で何か在った?」
「鉄鉱石の鉱脈が少し在ったんでそれを回収して来たっす!」
「じゃあ、寄り道はこれでお終いにして早く村に戻りましょ!」
イオリ達は再びベルン村に向かって歩き出す。
その時、ふとイオリの顔を生暖かい風が撫でて行った。
反射的にエンシェント・ドラゴンの化石の在った場所に振り向く。
「イオリ! 何してんの! 置いて行くわよ!」
「今行くっす!」
気のせいだと思い直し、イオリはオフィーリアとアーレックの後を追い掛けた。




