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第十六話 奥義書

――山岳地帯ギガントス 太古の砦跡 巨人族の里――



 イオリは職人修業の為、黒モヤに送られ巨人族の里に戻って来た。


「よう、イオリ。 また、三日間みっちりしごいてやるよ!」


 イオリを歯をむき出しにして笑顔で出迎えるクレオ。


「お願いするっす! クレオ師匠!」


 クレオに頭を下げて礼をするイオリ。


「処で例の奴、上手く行ったのか?」


 クレオの言う例のやつとは、ゴブリンの巣に忍び込み技術を盗むという行為の事だ。

 それに対してイオリは満面の笑みで答える。


「もちろん! ……と、言いたい処っすけど、直ぐに身内のシャーランさんがおいらが潜り込んだ巣にゴブリン討伐に来てそれでバレて大目玉を食らったっす。 おかげで武術訓練が厳しくなったっす……」


 武術訓練が厳しくなったのは単なるお仕置きではなくシャーランに勝った後、イオリの武の技術が一気に跳ね上がったのでイオリと対戦する時は気を抜けなくなった為だ。 もし、少しでも気を抜けばシャーランといえど、イオリに敗北してしまう。


「ハッハッハッ、それだけで済ませてもらえてラッキーじゃねえか! 普通ならそんな危険な真似すれば、死んじまっててもおかしくないからな! で、ゴブリンの鍛冶技術ってどんなもんだったんだ?」


 二人は里長の舘に向かって、歩きながら会話する。


「それが、道具を殆ど使わず珠紋術や刻印珠紋を使って鍛冶や薬剤の調合を行ってたっす!」


「何だって!? アタシ等巨人族でも難しい技術なのに、ゴブリン程度がそんな高度な技術を持ってるなんて……ホントかい?」


「嘘じゃないっすよ! その証拠にやつらゴブリンが持ってた核石、珠紋に刻印珠紋を残らず回収して来たっす!!」


 イオリは自慢気に袋に入ったそれらをクレオに見せつける。


「ほう! そりゃ凄い! アタシにも見せておくれよ」


 その袋をイオリから受け取り、掌の上に出す。

 イオリはクレオに珠をこぼさないよう注意する。


「それれが……刻印珠紋の中に妙なのが混じってたんす」


「妙なの?」


「文字や絵が刻まれていて、その文字や絵の意味が頭の中に浮かんで理解できるんす。 まるで絵本か書物のようなんす」


「!?」


 その言葉を聞いたクレオはピタリと足を止めた。

 イオリがどうしたのかとクレオの顔を見上げるとその顔は真っ青だ。


「……イオリ、済まないがアタシの掌にある珠、全部残らず袋の中に戻してくれないかい」


「どうしたんすか?」


「いいから早く! 頼む!」


 イオリはクレオの言う通り、全ての珠を袋の中に全て残らず詰め込んだ。

 クレオの大きな手はまるで貴重な物を持っているかのようにプルプルと震えていた。


「直ぐに家へ戻るよ!」


 クレオは足早に屋敷に戻る。

 イオリは慌ててその後を付いて走った。


 クレオは自分の部屋にイオリを連れ込むとイオリが先ほど話した刻印珠紋を一つ出させる。

 イオリは訳がわからずクレオに仕切りに尋ねるが『言う通りにしろ!』と言う言葉が帰ってくるだけであった。


「一体、これが何だって言うんすか……」


 イオリは愚痴をいいながらクレオの言葉に従う。

 クレオに言われた通り刻印珠紋の一つを取り出しクレオに渡す。

 渡された刻印珠紋をクレオは見つめ、二、三回深呼吸して使用する。


「……やっぱりか!?……イオリ、この刻印珠紋、後どのくらいの数がある?」


 クレオに尋ねられたイオリは。


「そうすっねぇ……医術や薬の調合関係の本は歯抜していて二十一個、鍛冶や魔道具関係の本は続き番号になっていて三十六巻――三十六個全て揃ってるっす。 ただ、手紙のような短い文章の刻印珠紋が一つだけ混じっているっす。 その宛名は確か……セレネディアっす! 残りの核石、珠紋や刻印珠紋は普通の物だったり、その刻印珠紋に記されてたものを写した道具の様にして使う刻印珠紋だったっすよ!」


「……手紙の刻印珠紋を除けば数は合うねぇ。 イオリ、悪いがその刻印珠紋全て渡してくれないかい。 これは、巨人族に取って、とても重要な代物なんだ」


「そんなあ! 折角苦労して取ってきたのに……」


 クレオの頼みに渋るイオリ。


「もちろん、タダでとは言わない。 イオリの望みは出来うる限り叶えてみせる。 だから頼む!!」


 クレオはイオリに頭を下げて懇願する。

 ()しものイオリも師であるクレオに頭を下げられては否とは言えない。


「……わかったっす。 でも、おいら医術や薬のやつはともかく、鍛冶や魔道具関係の知識は覚えたいっす! そこだけは幾ら師匠でも譲れないっす! その要求を飲んでくれないならこれは意地でも渡せないっす!!」


 イオリは折衝案(せっしょうあん)をだしてクレオと交渉する。 

 それに対しクレオはイオリの要求を聞きしばらく考えてから発言する。 


「イオリ、ちょっと待っててくれ。 今、その事も含めて親父……里長に相談してくる」


 クレオが父親の事を親父殿ではなく里長と呼ぶ時は必ず決まって公の部分の時に使う敬称だ。

 イオリが持ち帰った刻印珠紋がそれだけ巨人族にとって重要な物である事を意味していた。


 クレオの部屋で待たされたいたイオリであったが三十分程経った頃であろうか、クレオがイオリを呼びに来た。


「イオリ、待たせてすまない。 今、里長と里の主だった責任者達と話してきた。 結論から言うとイオリの要求はすべて飲む事が決まった。 それと、それ以外で大事な話があるから会議室まで来てくれ」


 イオリは会議室という言葉で首を傾げた。

 会議室は里の運営の話し合いや咎人を捌く場、要は国で言う政治と立法や司法を話し合う場である。

 普段は余人が入れない場所なのだ。

 イオリに取っては最も縁遠い場所である。


 イオリは自らの要求が通ったので刻印珠紋をクレオに渡した。


「ありがとうイオリ。 じゃあ、一緒に来てくれ」


 イオリはクレオの後に付いて会議室に向かう。 会議室に着くとクレオは三回扉をノックし、扉を開ける。


「イオリを連れて来ました」


「ご苦労。 中に通してくれ」


 イオリが会議室に入ると農業や畜産、採掘に各種職人の里の主だった責任者達が部屋の左右に別れ、里長であるマテスは中央奥に皆と同じように(ござ)を床に敷いて座っていた。


 クレオが中央に居るマテスに刻印珠紋の入った袋を渡す。

 その袋を頷いて受け取り、黒い布が敷かれた上に袋に入っていた刻印珠紋を全てぶちまける。

 そして刻印珠紋を一つ一つ丁寧に扱い調べていく。


 全ての刻印珠紋を調べ終わったマテスは左右に座る責任者達に一つ頷いた。

 マテスの頷きにざわめきが起きたが、それをマテスが手で静止して(しず)め、イオリに向き直る。


「イオリ殿、此度(こたび)里の宝であった奥義書を卑しいゴブリン共の手から奪い返してくれた事、里の代表として礼を言う。 ありがとう、イオリ殿!!」


「「「イオリ殿、感謝致します!!」」」


 会議室に居る者全員がイオリに向かって深く頭を下げて礼をする。


「奥義書? なんすかそれは?」


「うむ。 奥義書とは太古の砦に保管されておった神々や各種族の叡智と匠の技が記されておる刻印珠紋の事だ。 刻印珠紋とはイオリ殿も御存知(ごぞんじ)の通り、珠紋に術式を刻み使用可能な属性の有無に関わらず術を行使出来るものだ。 だが、刻印珠紋は使いようによっては膨大(ぼうだい)な情報を記録しておける記録装置にもなりうる。 しかも、言語翻訳や知識解読などの術式を刻む事により誰でも理解出来るようになるのだ。 これほど便利な書物は他にあるまい?」


「そうっすね……。 誰でも理解出来るなら記録されてる知識や技術を直ぐに覚えて実践できるっすねぇ」


 イオリの言葉にマテスは頷く。


「その通り。 しかし、今から千年以上前、何者かにその奥義書が太古の砦跡に保管されておった保管室から盗まれたのだ。 以来、その奥義書の知識と技術の大半が失伝してしまった……。 その盗まれた奥義書は医術と薬を司る女神『スクレピア』の記した後半部分の巻と我等が崇める鍛冶の神ヴェデルが記した全巻であった。 ……まさか、卑しいゴブリン共が犯人であったとは我等巨人族全員、(はらわた)が煮えくり返っておるわ!!」


 目を剥き、怒りを露わにするマテス。

 それに同意し、頷く他の巨人族達。


「じゃあ、もしゴブリン討伐の前に、おいらが奥義書を回収しなかったら……」


「永遠に失われておっただろう……。 その意味も含めてイオリ殿には感謝しておる。 で、あるからイオリ殿は我等巨人族の盟友として奥義書の閲覧を許可しよう」


「うわあ! ありがとうっす!!」


「他に何か望みは無いか?」


 マテスの言葉にイオリはしばらく考えて。


「そうっすねえ……。 あっ! そうだ! 太古の砦跡にある倉庫の道具類、欲しいやつ持ってってもいいっすか?」


「何だ? そんな事で良いのか? 欲の無い奴だなあ。 必要ならば皆、勝手に持ちだしておる。 だから構わんぞ」


 マテスはイオリの欲の無さに半ば呆れながらも許可を出した。


「やったあー!!」


そしてその日、約千年ぶりに帰ってきた奥義書の帰還の(いわ)いとイオリに感謝を込めて巨人の里では宴会が行われた。


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