第十五話 誓約
意外と早く執筆できたので投稿します。
ゴブリン騒動から次の日。 クレセント・ティアでの日課である午前中は学問を、午後からは基礎の体作りと武術訓練を熟していた。
学問では無と闇の属性の珠紋術を中心に黒モヤから多くの事を学んでいた。
武術訓練ではイオリは剣術と刀術、盾術を単体で、もしくは組み合わせてシャーランと手合わせをする。 が、全く歯がたたないイオリである。
「だー! また負けたっす!」
「イオリ様は技を繰り出した後、僅かに隙が出来るんです。 一般冒険者相手なら通用するでしょうが、格上の相手には致命的な弱点になります。 隙が出来ない技の組み立てを考えないとそれでは死にますよ?」
「隙っすか? うーん……」
イオリはしばらくうんうんと唸っていたが、何か考えが浮かんだのか再びシャーランに再戦を申し込む。
「何を思いついたのか知りませんが、私はそうそう負けませんよ」
「やってみないとわからないっす!」
イオリは片刃の片手半剣の木剣を肩に背負い、中型の大きさで菱型をした木の盾を前に出して構える。
先に動いたのはイオリからだ。 シャーランの攻撃を盾で往なして捌く。
シャーランは長短二本の木剣を交互に振るい、間断なくイオリに攻撃する。
短剣から長剣での攻撃にシャーランが切り替える直前、イオリはシャーランの動きが鈍る僅かな動作を見逃さず盾を前に突き出して体当たりを行い、間髪入れずに木剣を肩を支点に勢い良く振り抜いた。
シャーランがその一撃を短剣の木剣で防ごうとしたが、その木剣の短剣を砕いてシャーランを吹き飛ばす。
「へっ?」
シャーランは一瞬、何が起こったのか訳がわからず間抜けな声を発して中を舞った。
だが、瞬時に自分の置かれた状況を把握して空中で体制を立て直し、着地しても尚、後方に吹き飛ばそうとする力を足の爪先に力を入れて踏ん張りブレーキを掛ける事で何とか止まった。
「い、今のは一体……」
「自分に隙があるのなら、それを無くして逆に相手の隙きを誘い、相手が反撃や防御をする前に完全に相手の体制を崩して必殺の一撃を加えた――と、言う処かしら?」
「黒モヤさま……」
罰が悪そうに黒モヤを見るシャーラン。
「やっぱり黒モヤさんにはバレちゃったすか?」
種明かしをされて微苦笑するイオリ。
「これはシャーランの完敗ね」
「いえ! まだ長剣が残っています! 攻撃の手段が残されている限り試合続行です!!」
いつになく熱くなっているシャーラン。 黒モヤはシャーランに近づいてお仕着せのエプロンドレスを一摘みする。
すると、イオリが斬撃を放った部分のエプロンドレスが左右に分かれる。 イオリの斬撃がシャーランに届いていた証拠だ。
「ね? わかった? だから、あ・な・たの負け」
「それではとても困った事になるのですが……」
シャーランは眉根を寄せて俯きがちに呟いた。
「「とても困った事?」」
「はい、それは……」
シャーランが何か言いかけた直後、光が突然発生し辺りを包んだ。
「誓約は成就された。 今、此処で汝の願い叶わん」
光の中から声が聞こえ、やがて光が収まると一人の中年の男性が顕れた。
纏っている服や雰囲気から只者ではない事がイオリにも伺えた。
「あなた! 誓約と戒めの神『ゲシュトルト』!!」
黒モヤは突然顕れた中年の男――神に向かい思わず名前を叫んだ。
名を呼ばれた神――ゲシュトルトは黒モヤを見やり驚いた顔をする。
「おお! そこにいるのは懐かしき……」
続く言葉を発しようとした瞬間、黒モヤはゲシュトルト腕を掴んでイオリから離れた。
「ちょっと! 何で貴男が此処に突然出てくるんですか!!」
「我は誓約を誓いし者の願いを成就させる為に顕れたのだ。 セレネディアよ」
「誓約を誓いし者?」
首を傾げる黒モヤことセレネディア。
「……すみません。 それは私です」
おずおずと名乗り出るシャーラン。
「昔、小さかった頃に力が全てと考えていた時期があったんです。 その時に誓約と戒めの神であるゲシュトルト様に誓いを立てました。 自分より武の力と才が優れた異性に負けた時、その者の妻になると……。 それがまさか、イオリ様に負けると思いませんでしたが……」
セレネディアは頭痛と目眩で倒れそうになるのを堪える。
「……だからあなた、年頃になっても嫁に行かず私に仕えていると言う訳?」
「端的に言うとそうです」
セレネディアはゲシュトルトに近寄り耳打ちする。
「ゲシュトルト、彼女の誓約をなかった事にしなさい! でないと、ある事無い事言いふらすわよ!!」
「我は脅しに屈しない。 それでは誓約と戒めの神の権威が地に落ちる」
頑としてセレネディアの脅しに屈しないゲシュトルト。 誓約と戒めの神は伊達ではない。
「じゃあ、奥さんに貴男の恋愛遍歴バラすわよ」
その言葉を聞いた途端、ゲシュトルトは動揺し慌てふためく。
さっきの堂々とした態度は何処へやら。
「ま、待て! それだけはやめてくれ!!」
「じゃあ、なかった事にしてくれる?」
まるで悪魔の微笑みを湛えてゲシュトルトを精神的に追い詰めていくセレネディア。
「それは無理だ」
それでも否定の言葉を告げるゲシュトルト。
「それじゃあ仕方ないわね……」
肩を竦めて残念そうにゲシュトルトに向かって言い放つ。
「待てと言うに! 誓約をなかった事には出来んが内容を変更する事なら可能だ!!」
余程昔の恋愛の事を今の奥さんに知られたくないのかとうとうセレネディアの脅しに屈してしまう。
ゲシュトルトは何事か唱え、シャーランの誓約書を取り出した。
シャーランは誓約の内容を『自分と釣り合いの取れる自分好みの男性が顕れる迄は結婚しない』と変更した。
「これでよかろセレネディアよ。 ……あの事はくれぐれも内密にしてくれよ」
「はい、はい。 わかってますよ」
ゲシュトルトの念押しの言葉におざなりで答えるセレネディア。
「処でお主、家には帰らぬのか? ペルセオンの奴、随分と落ち込んでおったぞ。 酒の量も増えておるし……娘のイシュファーラが心配しておる」
ゲシュトルトはセレネディアの夫と娘の近況を伝える。
「それが何ですか! 彼が侵した罪に比べれば軽いものです! 私は絶対に帰りませんからね!!」
セレネディアは目を剥いて怒気を孕みゲシュトルトに八つ当りに近い言葉を投げつける。
「罪とは何か知らぬが、ペルセオンにはそう伝えておこう……ではサラバだ!」
セレネディアの剣幕にこれ以上彼女と話しても無駄だと悟ったゲシュトルトはこの場を立ち去ることにした。
ゲシュトルトは顕れた時と同じく光を発し、その中に消えていく。
「これでイオリ様との婚姻は無効になりました。 ……少し残念な気もしますが」
「何か言ったシャーラン?」
「いいえ、何でもありません」
セレネディアの問いかけに誤魔化すシャーラン。
一方、イオリはというと……。
「一体、何がどうなったんすか?」
事態においてかれたイオリが一人離れた場所で呆けて佇んでいた。