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第九話 深淵に落ちた獣

 最近、不幸続きです。

 明日は親類のお通夜に行って来ます。

――山岳地帯ギガントス 太古の砦跡 巨人族の里――



 此処は太古の昔、(かつ)て人々を守る為に鍛冶の神ヴェデルが中心となり、神々が建造した砦の跡。

 今、此処には鍛冶の神ヴェデルの弟子であった身長五m程の巨人族が里を作り、その子孫が住んで今もヴェデルの鍛冶の技を今に伝えている。

 ただ、その技の中には、ヴェデルが死んだ事により失われた知識や技術も沢山あった。


 黒モヤことセレネディアは太古の砦、巨人族の里長『ストレマテス』と対面していた。

 理由は人族のイオリに鍛冶の技を教えてやって欲しいというセレネディアの願いを聞いてもらう為だ。


「……残念ですが、幾らセレネディア様の頼みと言えどそれは出来ません。 我等の知識と技術はヴェデル様のもの。 それをおいそれと外の、それも他種族のものに教える事など尚更です」


 そう言って深々と頭を下げ謝罪するストレマテス。

 わかり切っていた答えとは言え、肩を落とすセレネディア。


 彼等に断られたら後はセレネディアの元世話係、ホッポを頼るしかなくなる。

 しかし、どうせなら最高の指導者を付けてやりたかったセレネディアであった。


「わかりました。 無理を言って済みませんでしたねマテス」


「御希望に添えず誠に申し訳ありません」


 セレネディアがその場を立ち去ろうとした直後、ドタバタとこの部屋に向かってくる足音。

 ドアが乱暴に開かれ、駆け込んで来る数名の巨人族の男達。


「何事だ! 騒々しい! 大切な客人の前だぞ!!」


 息を切らせながらも先頭に居た巨人族の若者がストレマテスに報告する。


「た、大変です! ヴェデル様の……ヴェデル様の神器が礼拝堂から盗まれました!!」


 鍛冶の神ヴェデルの神器は『この世で作れぬものなし』と言わしめるヴェデル愛用の万能の鎚であった。


「何だと! そんな馬鹿な!! 彼処には厳重な警備と強力な結界を貼る魔道具が設置してあったのだぞ! 例え神でも手出しは出来んはず!!」


 怒り心頭のストレマテスに、動揺する巨人族の若者は更に衝撃的な事実を告白する。


「いえ……それが! 盗んだのはドワーフです!!」


「ドワーフだと!! 兎に角そのドワーフを捕らえろ! 殺しても構わん! ヴェデル様の神器を取り返すのだ!!」


「お待ちなさい」


 と、其処へセレネディアが割って入る。


「そのドワーフ、私が捕まえましょう。 その代わり、もし捕える事が出来たらイオリを弟子にして下さいな」


 しばし、思案するストレマテス。 そして、

「それは……そうですな。 もし、そのドワーフを捕え、神器を取り戻す事が出来たなら、貴方様の望みを叶えましょうぞ! 鍛冶の神ヴェデルと里長ストレマテスの名において!!」


 ストレマテスはその場で大声で高らかに宣言した。

 セレネディアは一つ頷き、

「宜しい。 契約成立です。 では、始めましょう。 不届き者を捕える狩りを!」


 セレネディアは静かに宣言すると無属性の珠紋術を唱えた。

 神々は自分の属する属性の他に無属性の適性を大抵は持っている。

 そして、神々は術の媒体である珠紋が無くとも珠紋術が使えるのだ。


探索(サーチ)ドワーフ』


 セレネディアは探索術をドワーフ種族限定で使用した。

 この里には神である自分と巨人族、盗人のドワーフ以外の種族は居ないはずだから。


「北東地区……、通気口……。 ……おかしい。 この辺には外に通じる通路はなく行き止まりのはず……。 !? まさか、転移ゲート!? マテス! 直ぐに北東地区を調べさせて! 賊は転移ゲートで逃走する可能性があるわ!!」


 北東地区。 此処には太古の時代、混沌の女神ファリスとの戦いで破損し、壊れたままになっていた外に通じる脱出用転移ゲートが放置されていた。 しかも、動力部はまだ稼動可能な状態だ。


 もし、賊が万能の鎚を使い転移ゲートを修復されたらそのまま取り逃がしてしまう。 それだけは阻止しなければならない。


 ストレマテスは直ぐに北東地区を閉鎖、転移装置に人を送り自らもその場所に向かう。

 セレネディアもマテスと共に現場に急行した。

 其処にはセレネディアのよく知る妖精族のドワーフが巨人族の兵に囲まれ右往左往していた。


「あれは!? まさか、ゴドルボ!?」


 果たしてそのドワーフは嘗てイオリの鍛冶の師であったゴドルボ本人であった。


「くそう! なんで此処がわかった! 魔道具で探索系の術は妨害している筈なのに!!」


「確かにその魔道具、中級以下の探索系の珠紋術ならジャミング可能でしょうけれど、生憎こちらはそれ以上のレベルなの。 諦めなさい。 そもそも冒険者ギルドに捕縛されたはずの貴男がどうして此処に居るのかしら?」


「!? お前! 俺を知っているのか!!」


「ええ。 グランド・マスターの座を掛けた選考中に現在のグランド・マスターの魔道具に細工して(わざ)と事故に見せかけて邪魔な者達を殺し、その罪を被せようとしたけど失敗。 勇者イオルに見破られ犯罪の全貌を暴かれた貴男はグランド・マスターになるどころか職人資格を剥奪されて以降、犯罪者として逃亡の日々を送りやがてベルン村に身を潜め、貴男は必要な生活資金を稼ぐ為、混沌の女神ファリスの信者として魔族に武器を供給し続けた。 違う?」


 苦虫を噛み潰した顔でセレネディアを(にら)むゴドルボ。


「ふん! (おおむ)ね当たりだ。 冒険者ギルドからは隙を見て逃げ出してきた。 だがな、俺がグランド・マスターになろうとしたのも、混沌の女神ファリスの信者になったのも全てはヴェデルの鎚を手に入れる為! これさえあれば俺を馬鹿にしてきた師匠や職人仲間の奴らを見返してやれる! この万能の鎚に作れぬ物は無いんだからな!! それなのに!! それなのにあと一歩という処で邪魔しやがって!! てめえ、なにもんだ!!!!」


 涼しい顔をして冷ややかな視線をゴドルボに向けるセレネディア。


「冥土の土産に聞くがよい! 私の名はセレネディア! 月と闇を統べる女神にしてお前の弟子、イオリの(まこと)の保護者です!!」

 

 驚愕に目を見開き、大口を開けてしばらく呆然とするゴドルボ。

 そして右手の平で顔を覆うと笑い声が溢れてくる。


「クッ、クックックッ! アッハハハハハハーーー! まさか、神に見捨てれられた俺が神の加護を持つ弟子を持ってたとはなあ! 皮肉なもんだぜ! 道理であのガキ、職人の才能に恵まれてるはずだ!!」

 

「貴男……もしかして、それを知っていてイオリに鍛冶を教えなかったの!?」


「ああ! アイツは俺の欲しかったもん全部持っていたからなあ! いずれは独力でその才能が開花しただろうが、その瞬間、俺がその才能と一緒に命を刈り取るつもりだったからなあああーーー!! それが味わえねえのは悔しいなあああーーー!! あーーーはハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははーーーーーー!!!!」


 最早、この男の心は神ですら救えぬ深淵に自ら落ちていた。

 セレネディアは侮蔑と哀れみの籠もった眼差しを向けた後、静かにゴドルボから背を向ける。

 

 巨人族の長マテスはセレネディアに一言。


「アヤツををこの世の頸木(くびき)から開放してやります」


 セレネディアはただ、黙って頷いた。

 ゴドルボの嘲笑とも絶叫とも取れる(たけ)りがドサリと何かが落ちる音と同時にピタリと止んだ。

 そして、辺りは静寂に包まれた。


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