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(3)不器用な私の捨てられない想い

 ゴールデンウィークが過ぎ、五月病になって出社拒否したくなるようなこともなく、私は人事部で仕事に追われる日々を送っていた。

 その頃には私と泉野さんは名前で呼び合うほど親しくなっていて、どういうわけか、そこに駿河さんも加わった三人で行動することが多くなった。

 デートなら二人きりで行けばいいのに、彼らは何かと理由をつけて私を誘い出す。


「桐子が好きそうなイタリアンの店を見つけたんだ。三人で行こうよ」

「前にも言ったけど、小泉さんはもう少しふくよかになったほうがいい。そうすれば、いくらかでも体力が付くだろうし」


 ピザやパスタが好きだけど、なかなか自分で店を開拓しない私。

標準よりも体重が下回っていて、時折微熱を出す私。


 そんな私の事を気にかけて誘ってくれるのは嬉しいけれど、正直言って、ありがたくはない。

 それならば、内心の葛藤を素直に打ち明ければいいのだ。二人が仲良くする姿を見ていたくないと。それは私が密かに駿河さんに想いを寄せているからだと。

 そう、素直に言ってしまえばいい。そんなこと、頭ではとっくに分かっている。

 だけど、本気で私を喜ばせようとしている芽衣の気持ちを傷つけたくないと自分に言い訳して、結局は三人で出かけることを了承していた。

 本当は、私が駿河さんと一緒にいたいだけ。友達の親切を盾にして、私は彼と過ごす時間を捨てきれないだけ。

 かつて憧れと位置付けた想いは、時間が経って恋心だったと気が付き。そして、ほどなくして失恋を味わった。

 絶対に叶うはずのない想いでも、そう簡単に捨てることが出来なくて。あれからも二人には知られないように、心の奥で密かに隠し続けている。

 芽衣は私の友達なのだから、私の想いは二人にとって迷惑でしかないことは分かっている。

 分かっているのにどうしても捨てられないなんて、私はこういうところも不器用なのだなと、二人に気付かれないようにこっそりとため息をつくのだった。

 



 梅雨が来て、夏になり。相変わらず三人で過ごすことが多かった。

 とある金曜日、私たちは食事もできるバーに行く約束をし、仕事終わりに待ち合わせをしていた。

 社員通用口を抜けた先で待っていると、駿河さんが一人でやってくる。

「お疲れ様です。あの、芽衣は?」

 声を掛けると、優しい目元が苦笑いを浮かべた。

「ああ、お疲れ様。アイツは今日中に提出する企画書を仕上げているとかで、ちょっと遅れるらしい。今、メールが入った」

「そうですか。入社してまだ半年なのに、もう企画に携われるなんて。芽衣は本当に頑張り屋ですね」

 私の言葉に、駿河さんが今度はフワリと笑った。自分の彼女を褒められるのは嬉しいようだ。

 そんな彼の笑顔を見て、私の心の奥がチクチクと痛む。しかし、そんな事を知られるわけにはいかなくて、私は少し先の空き地で遊んでいる野良猫に目を向けた。

「私、お酒を飲む機会があまりないので、今夜は楽しみにしているんですよ」

 駿河さんに顔を向けられない私は、ひたすらに猫を眺めながら話しかける。

 すると、そんな私のすぐ隣に彼がやってきた。ピタリと寄り添うように立ち、同じように猫を眺めている。

 自分と同じ位置で、自分と同じものを見る。

 そんな些細な事がやたらと嬉しくて。

 だけど、ただの先輩と後輩という今の関係は悲しくて。

 それでも、その関係を壊す勇気は私にはなくて。

 結果、自然と黙り込んでしまう。

「どうしたの?」

 駿河さんが優しい声で尋ねてきた。

「なんだか、最近元気ないよね。俺で良かったら相談に乗るよ。口は堅いから、芽衣にも話さないし」

 彼は優しい人だ。恋人の友達でしかない私にも、こんなに気にかけてくれるのだから。

 それでも、その優しさに甘える訳にはいかない。私の心の奥にしまい込んだ気持ちを引っ張り出すことは、大事な友達と、優しい彼を傷つけることにしかならないのだ。

 私はゆるく首を振った。

「元気がないのは、母親と喧嘩をしてしまったからなんです。仲直りするきっかけがないので、ズルズルと引きずっていて」

 実際には喧嘩などしていなかったが、不自然に思われない言い訳として持ち出した。

そのうち仲直りできるだろうから心配しないでほしいと伝えると、事態は思わぬ方向に転がった。

「じゃあさ、お母さんに仲直りのプレゼントするのはどうかな。車出すから、明日、買い物に行こうよ。俺と一緒に」

「……は?」 

 唖然として隣の彼を見上げれば、ニコリと微笑まれる。

「早く仲直りをしたいから、そんなに悩んでいるんだろ?だったら、プレゼントをきっかけにして、仲直りすればいい」

 自分が予想していなかった方向に話が進み始めて、私は大いに焦った。

「そ、そうですね。プレゼントはいい案ですね。あ、あの、でも、車を出していただくほどでは。駿河さんは、どうぞゆっくり休日を楽しんでください!」

「遠慮はいらないって。車は定期的に動かさないと、エンジンがダメになるからさ。ついでといったら言葉は悪いけど、ドライブがてらにプレゼントを買いに行こう」

 慌てる私とは対照的に、彼はニコニコと笑いながら提案を続けてくる。


―――なんで?どうして?


 私は訳が分からなくなり、頭の中ではグルグルとクエスチョンマークが回っていた。

 アウアウと、言葉にならない何かを発し続ける私に、駿河さんは、

「どこで待ち合わせしようか?あ、それなら、俺が君の家に迎えに行けばいいのか。ねぇ、住所教えて」

 と、ウキウキと一人で話しを進めてくる。

 ますますパニックになる私は、目の前の人が自分の友達の恋人だということをはたと思い出した。

「い、いえ、買い物は一人で行きます!ドライブでしたら、ぜひ、芽衣とお二人で!」

 叫ぶような私の言葉に、駿河さんはものすごく不思議な顔になる

「どうして、芽衣と行かなくちゃいけないんだ?」


―――どうしてって、それは、あなたたちが恋人同士だからです。


 と言おうとしたその時、

「遅れてごめんね!」

 芽衣が走り寄ってきた。

「……ん?桐子、どうしたの?」

 妙な表情で固まる私を見て、芽衣は首を傾げる。

「あ、ううん。何でもないの!ね、駿河さん!さ、行きましょ。私、お腹ペコペコなの!」

 私は無理やり話を切り上げ、駅に向かって歩き出したのだった。

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