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(13)桐子と私と直人君:芽衣side

 兄ばかりが三人もいる中での末っ子で育った私は、周囲から甘やかされて育ってきた。

 年が離れた妹を可愛がる兄たちは、時に厳しく、時に異常なほどベッタベタに甘く私に接してくる。

 そんな兄たちのことは嫌ではないが、年を追うごとに出来れば姉が一人くらいは欲しかったと思うようになった。

 だってさ、やっぱり年頃の女の子ともなれば、恋バナとかで盛り上がりたいもん。それに、思春期特有の悩みも聞いてほしい。

 そういうことは兄たちでは無理だし、同級生にもちょっと話しにくい。

 だからこそ、わたしは“姉”という存在にものすごく憧れていた。

 ウチは男系一族なのか、イトコにもハトコにも男性ばかり。近所に住んでいる直人君は年が近くて割合接しやすいけれど、それでも彼は姉ではない。

 自分の周りには私と同じような性格の友達ばかりで、相談したいと思える人材がいなかった。


 やや鬱々とした思いを抱えたまま時は過ぎ、私は無事に就職を果たす。

 そこで運命の出会いも果たす。


 私より少し遅れて入ってきた女性の落ち着いた雰囲気に、私は一気に引きこまれた。

 胸のネームプレートに「小泉 桐子」と書かれた彼女は、私が理想とする姉の姿そのものだった。

 年齢は私と同じなので姉と呼ぶには少し語弊があるのだが、とにもかくにも、彼女が纏う空気感や不意に見せる表情、穏やかな声が、まさしく理想通りなのだ。

 物おじしない性格を発揮して小泉さんに話しかけると、彼女は少し驚いて言葉を詰まらせた。

 だけど次の瞬間、やわらかく目を細め、

「こちらこそ宜しく」

 と言ってくれたのだ。

 その表情があまりに優しくて、私は絶対にこの人と友達になろうと固く誓った。


 ところが。

 その大事な大事な友達(に今後なるであろう)の小泉さんに怪我をさせ、私は彼女に嫌われてしまうのかと怖くなる。

 オロオロとしている私に、タイミングよく直人君が声を掛けてきた。

 彼は足が痛くて歩けないくせに遠慮している小泉さんを抱き上げ、医務室へと案内してくれる。

 それはすごくありがたかったものの、彼が時々見せる表情が気になって仕方がなかった。

 私は自由気ままに育ってきたように思われるけれど、これでも、人を見る目には自信がある。『このぐらいなら怒られないかな』というボーダーラインを見極めるため、いつの間にか備わった便利な能力なのである。

 その私の目に映る直人君は、明らかに小泉さんを意識していた。本人は無自覚だったけれどね。


 身内だから褒める訳ではないが、直人君は優しいし、話が上手。顔もスタイルも結構いいものの、その外見を悪用して浮ついたことをするような人じゃない。

 まさしく小泉さんの彼氏にはもってこいの人物なのだが、心配になる点が一つ。彼は一途になるあまり、時々強引な手段に出る男なのだ。

 大人しくて人見知りの気がある小泉さんに強引な直人君が迫ったら、上手くいく話も見事にぶち壊しとなる恐れがある。

 私はイトコの真摯な頼みに、この恋を応援することにした。……けしてプリンにつられたわけではない。




 足首を捻挫した小泉さんが、一週間経って出社してきた。

 これまでに電話で沢山話したけれど、やはり、彼女のあの穏やかな雰囲気に間近で触れたい。

 私は昼休みに入るや否や、彼女がいる人事部に駆け付けた。

 少しばかり歩きづらそうにしている小泉さんを見て申し訳ない気持ちが炸裂するが、謝り続けると優しい彼女はかえって気に病むようだ。こういう広い心も、まさしく理想の姉である。

 小泉さんを独占して楽しい昼休みを過ごせそうだと内心ホクホクしていた矢先、私はにやけ顔の直人君が走り寄ってくる様子を目にした。

 話しかけてくるだけならまだ許すが、その距離が近い。近すぎる。私の忠告を忘れたのだろうか。

 視線で威嚇してやるが、直人君はまったく動じない。それどころか、歩き出そうとした小泉さんの手首を掴んで引き留めてきた。

 途端に顔を引き攣らせて、全身を硬直させる小泉さん。このままでは、直人君がただのセクハラ男で終わりかねない。


―――だから言ったのに……。


 堪え性のないイトコに一喝。

「気安く小泉さんに触らないでよ!」

 言外に『今はまだその段階じゃない』と含ませ、私は直人君に告げてやった。まったくもう、隙も何もあったものじゃない。ヤレヤレだ。




 入社して二ヶ月近くも過ぎれば、互いが名前で呼び合うほど仲良くなるものだ。

 桐子、芽衣と呼び合う私たちのすぐそばには、大抵直人君がいる。その後、彼は私の忠告をきちんと守り、桐子に対して不必要な接触を避けていた。

 ただ、そんな中でもさりげなく桐子に寄り添ったり、風で乱れた髪を自ら直してあげたり、何かの拍子に『小泉さんは可愛いね』と言ったりしている。

 まぁ、その程度のアプローチであれば大丈夫であろう。

 いくら様子を見る時期とはいえ、少しくらいは桐子にアピールしなければ。恋愛に関して、桐子は自分から動くタイプじゃないしね。

 直人君の親しみやすい性格と、私のさりげなくも多大な協力により、徐々に桐子と直人君の距離は縮まっているように思えた。

 とはいえ、肝心なところで桐子が壁を作っているように感じられる。それに、笑顔にも影が見える。

 なぜだろうか。私が見る限り、桐子だって直人君の事は憎からず思っているはずなのに。

 しかし、私は観察眼に自信はあるが、相手の心を完全に読むことが出来る能力はない。

 そんな訳で、私は(もちろん直人君も)桐子がとんでもない勘違いの上に恋心をこじらせているとは気付けないでいた。




 そして、事件が起きた。

 事件も事件、大事件。桐子がまたしても私を庇って怪我をしたのだ。しかも、今度は後遺症が残るという深刻な事態。

 付き添う気満々だった私に、桐子本人がその必要はないと頑なに言い張る。病院に搬送されてゆく桐子を見送った後、私は直人君のアパートに直行した。

「うあぁぁぁん、私、私、今度こそ桐子に嫌われたぁぁぁぁぁ!」

 呼び出し用のベルを押しまくったうえに、連打に次ぐ連打で扉を打ち鳴らす私。猛烈にやかましい様子に、直人君は慌てふためいて玄関にやってきた。そして扉を開けて、ギョッとした顔で私を見る。

「何だよ!?芽衣、いきなりどうしたって言うんだよ!?とにかく、中に入れ」

 アイラインもマスカラもファンデーションもすっかり涙で剥げ落ちたみっともない私を、直人君が部屋に入れてくれる。

 リビングの床にへたり込んだ途端、再び涙がものすごい勢いでせり上がってきた。

「あのね、あのね!」

 私はグショグショになった顔で必死に説明をする。その話を聞いて、直人君が一気に青ざめた。

「それで、小泉さんは!?」

「詳しいことは分からないけど、かなり重症みたいで……」

 グズグズと鼻を鳴らして泣きじゃくる私に、直人君はティッシュを押し付けてくる。

「落ち着け。とにかく、怪我をさせてしまったことは誠心誠意、謝るしかないよ。俺も一緒に見舞いに行くから」

「うん……」

 一人では心細かったので、彼の申し出はありがたい。


 ところが、桐子は私との面会を拒絶した。


 桐子に会えなかった病院からの帰り道、私も直人君もがっくり肩を落としてとぼとぼと歩く。

「そんなに落ち込むなよ。怪我してから日にちも経ってないんだし、小泉さんは本当に疲れてるんだよ。鎮痛剤のせいで怠いってこともあるだろうし」

「そうだね……」

 そして私たちは揃って大きなため息を吐く。

「また日を改めて、見舞いに来よう。大丈夫だって、元気出せよ」

「うん……」


 だけど、それからも桐子は私と会ってくれることはなく。




 結局、ようやく彼女と会えたのは、桐子が出社してきてから。

 昼休みに人事部を覗いたのだが、同僚や先輩に囲まれていたので声を掛けづらく、遠巻きに彼女の様子を見るしかなかった。

 久しぶりに会った桐子は、とても疲れた顔をしていた。それも仕方ないとは思う。入院もリハビリも大変だったろうし、痛めた足を庇って歩くだけでも大変に違いない。

 声を掛けられそうもないので、私は自分の部署に戻る。

 廊下を歩きながら、私は心に決めた。どんなことをしても、桐子に償うと。自分がどんな犠牲を払っても、彼女の恩に報い足りないのだ。

 それにこのままじゃ、大好きな桐子が私から離れて行ってしまう。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。

 そして終業後。いち早く部署を飛び出し、人事部に向かった。


 それからは、もう、驚きの連続。

 一人残された休憩室で、私はポツリと呟いた。

「桐子が直人君を好きだったなんて……」

 本当にびっくりした。

 いや、まぁ、二人がくっつくように画策していた私だけど、このところの桐子はさりげなく直人君の事を避けていたから。正直、かなり難しい事態だと思い始めていたところだったのだ。

 それが、まさか。

「既に直人君を好きになっていたなんて」

 苛立ち紛れに告げてきた桐子だったけれど、あの言葉に嘘は感じられなかった。私の直感が、あれは彼女の正直な想いだと告げている。

「いけない、直人君に連絡しなくちゃ……」

 いまだに呆然としている私はノロノロとスマホを取り出し、電話を掛けた。

 ワンコールもない終わらないうちに電話が繋がり、

『もしもし!小泉さんは、何て言ってた!?』

 と、大きな声が飛び出してくる。

 それでもなかなか正気に戻れていない私。

「あ、うん……」

 と、間抜けな返事をするだけ。

 ボンヤリしている私に焦れた直人君が更に声を大きくする。

「おい、聞いてるのか!彼女と何の話をしたんだ⁉芽衣、芽衣!何か言えって!」

 何度も呼びかけられ、ようやく口にしたセリフは、


「……桐子、直人君が好きなんだって」


 という、平坦な口調の重大な事実だった。




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