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(12)回り道+すれ違い=両想い:直人side

 スマホを耳に当てたまま、固まる俺。


―――芽衣の奴、今、何を言った?


 たまにからかってくることもあるが、肝心な時には嘘も冗談も言わない奴だ。その芽衣が『桐子、直人君が好きなんだって』と言った。

 つまり、それは……。

 呆然と立ち尽くす俺の耳に、やっと立ち直った芽衣が話しかけてきた。それでも、まだ十分には落ち着いていないようで、どこか呆けたような頼りない口調。

『怪我をさせたことを償いたくて、それで、桐子に私が出来る事なら何でもするって言ったの。そしたら桐子、“駿河さんが好き”って……。“駿河さんをちょうだい”って……』

 芽衣自身が自分の言葉を改めて理解しようとしているのか、ずごくゆっくりとした口調だった。その言葉が、じわじわと俺の中に染み込んでゆく。

「本当か?小泉さんが、そう言ったのか?」

 嘘じゃないと分かっていても、あまりに信じられなくて思わず訊きかえす。

『うん、本当。桐子のあんな真剣な顔、初めて見た。あの言葉に嘘なんてない。絶対に桐子の本当の気持ちだよ。ああ、もう、ホントびっくり!二人とも、両想いだったんだね!何これ、ドラマみたい!』

 返ってきた芽衣の口調にはだいぶ力が戻っていて、後半は興奮気味だ。

 それを聞いたら、今すぐにでも彼女に会いたくなった。

 これまで遠慮していた分、離れていた時間と距離を急いで縮めなくては。彼女が恥ずかしがっても嫌がっても、絶対に手に入れてみせる。

 俺は決意を新たに、荷物を手にして営業部を飛び出した。

 ひとまず人事部に駆け付けるが、彼女はすでに帰ったという。

 それならばと社員通用口に急いで、通りまでの歩道へと急いだ。しかし、彼女の姿はない。足を痛めている小泉さんが、この短時間で姿が見えないほど遠くまで歩いていけるはずはないのだ。まだ社内の敷地から出ていない可能性に思い当たり、俺は踵を返す。


 そして、社屋裏の空き地に佇む華奢な背中を見つけた。

 

 彼女はスマホを手に、寂しそうでいて、どこか安堵した声で小さく呟く。

「さよなら……」

 ほっそりとした指が画面に触れる寸前、

「その“さよなら”って、誰に向けて言ったの?」

 と、声を掛けた。

 人がいるなんて、そして、俺がいるなんて思ってもみなかったらしく、小泉さんはこれまで見た中で一番驚いた顔をしていた。俺の顔を凝視してしばらくの間固まっていたようだが、ハッと我に返って走り出す。

 一瞬不意を突かれたものの、足の速さにはそこそこ自信がある俺は、あっけなく彼女を捕まえた。

 相変わらず折れそうに細い手首だ。そんな彼女の手首を傷つけないように、それでも絶対に放さない様に握り締める。

「は、放してください!」

 俺が現れたということもあるだろうが、彼女は他の理由もあってすごく焦っているようで、必死に俺から逃れようと身を捩った。

 だが、俺だって必死なのだ。もうこれ以上、彼女と距離を作りたくないのだ。

「お願いです、放して!」

 悲鳴のような声で懇願する彼女に、低い声で告げる。

「だめだ、放さない。きちんと話が済むまで、絶対に放さない」

 そんな俺の声に、

「話なんてありません!」

 更に切羽詰った声で返してくる。

 そして渾身の力を籠め、小泉さんが掴まれている腕を取り戻そうとしてきた。

 そうはさせまいと俺は彼女の腕をグッと引き寄せ、よろめいた小泉さんを腕の中に閉じ込めてやる。

「行くな!」


―――もう放さない。放してやらない。


 俺の声に彼女は肩を大きく跳ねあげると、抵抗を止めて大人しくなった。

 もう一度腕に力を入れて小泉さんを抱き締め、ほっそりした肩に額を押し付ける。

「芽衣からついさっき連絡もらって、それで、その……、君が言い出した話を聞いたんだ」

 その内容がどれほど嬉しかったのか。

 そう伝えようとした矢先、彼女を取り巻く空気が絶望の色を濃くした。

 抱きしめた彼女の体が小刻みに震えだしたのは、泣きだすのを堪えているから?どうして?君は、俺の事を好きだと言ってくれたはずなのに。それなのに、どうして今更拒絶するような態度を?

 小泉さんの様子は気になるが、やはりここは俺も自分の気持ちを言葉にしなくては。

 彼女が震える声で

「あ、あの……、そ、その話だったら……」

 と告げた声に被せて、

「嬉しい、俺も君が好きだから」

 自分に出来る限りの優しい声で想いを告げた。


 薄闇に包まれた空間に二人きり。強く抱きしめ、俺たちは隙間なく寄り添っている。

 割と感動的な告白シーンだと思うのだが、彼女が漏らしたのは、

「………………え?」

 という、ちょっと間の抜けた一言だった。

 状況を理解していませんという空気を思いきり醸し出している彼女に、俺は頬ずりして告白を続ける。

「君が好きなんだ。初めて会った時から気になっていて、それからはずっと忘れられなくて。君が休んでいた間、心配でずっとやきもきしていたよ」

 こんなに必死で真剣な告白なのに、小泉さんはどうしても信じられないらしい。何とか自由になる肘から先を動かし、自分の頬をキュッと抓っている。


―――この子は俺を悶え狂わせる気か?


 可愛すぎる反応にのたうち回りたいのを我慢し、俺はこれまで抱え続けた想いを残らず吐き出すことにする。

「いつ言おうか、ずっと悩んでいたんだ。いざ君に告白しようとしても、断られたらどうしようって怖気づいちまって。それで芽衣に頼んで、時間をかけて君と仲良くなって、とにかく君の信頼を得てから告白しようって。なのに、まさか君が俺を好きだったなんて。それを聞いたら居ても立ってもいられなくなって、それで、必死で君を探した」

 それを聞いて、これまで呆然としていた小泉さんが正気を取り戻す。

「ちょ、ちょっと待ってください!駿河さんって、芽衣と付き合っているんですよね⁈」

 正気のようだが、彼女が何を言っているのか俺には理解できなかった。 

「………………え?」

「“え?”じゃないです!芽衣の恋人であるあなたが、どうして私に告白するつもりだったんですか!意味が分かりません!」

 首だけで振り返る小泉さんは、その瞳に戸惑いと怒りを散りばめていた。


―――意味が解らないのは、俺の方ですが?


「俺と芽衣は付き合ってないし、恋人でもないけど」

「………………え?」

 呆けた一言を返す小泉さん。彼女の瞳を見つめながら、

「芽衣と、付き合ってないし、恋人でもない?」

 優しく微笑んでやる。

 どうやら彼女はこれまでずっと、とんでもない誤解を抱いていたようだ。まさかそんな風に思われていたとは気が付かなくて、苦笑いが抑えられない。

「俺たち、イトコなんだよ。近所に住んでいるから小さな頃からずっと一緒で、兄妹みたいに育ってきて。物の考え方とか、食べ物の好みとか似てるから、アイツとはすごく気が合うんだよ。お互いそれが居心地良くて、いつも一緒にツルんでる。だけど、本当に恋人なんかじゃないんだ。何だ、アイツ。今まで言ってなかったのか……」

 俺たちの間柄について、てっきり芽衣が説明していると思っていたのが間違いだったようだ。

 彼女が俺と芽衣が恋人ではないと知っていたら、もっと早くに想いが通じ合っていたかもしれない。だが、それを今さら言っても仕方がない。過程はどうあれ、こうして彼女を捕まえることが出来たのだから、結果オーライとする。

「だから、俺の告白を受け入れてよ。君の告白はもう、取り消さないからね」

 もうひと押しというところで、彼女が再び唇を震わせた。

「で、でも、私っ、もうすぐ異動になって!だ、だから、もう、駿河さんとは会えなくなるんです!」

 遠距離恋愛になることを心配しているようだ。

 だが、抜かりはない。

 俺が彼女の異動先である北陸支社に一緒に行くのだと告げれば、これまで頑なだった小泉さんの様子がにわかに緩んだ。

 もう少しだ。もう少し押せば、彼女が手に入る。

 俺は腕をいったん解き、正面に回った。そして、自分の手で小さな彼女の右手を包む。

「ねぇ、言って。君の気持ちは芽衣から聞いたけど、やっぱり直接言って欲しい」

 惑う彼女の瞳を見つめ、真摯な声で甘く懇願した。

「君の言葉で、君の気持ちを聞かせてほしい」

 すると彼女は、ポロリと涙を零す。

「私……、私は……」

 一言発するごとに涙が溢れ、上手く話せないようだ。

 焦れる気持ちを抑え込み、俺は彼女からの告白を待つ。

 そして。

「わ、私は……、わ、たし、は……、わた、私は……、あ、あなたが、好きです……。駿河さんが、好き、です……」

 待ち望んだ言葉を耳にして、衝動的に彼女をきつく強く抱きしめた。

「良く出来ました」

 恥ずかしがり屋な彼女の懸命な告白に、俺の方こそ泣きそうだ。

 潤む視界で泣き顔の彼女を捕え、その彼女の額にキスを落とす。

「ふふっ、これで晴れて恋人同士だ。だから、“さよなら”なんかじゃなくて、“これからよろしく”だね」


 やっと、やっと、俺たちの特別な関係が始まるのだ。

 その嬉しさが隠し切れず、俺は長いこと彼女を抱きしめ続けたのだった。





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