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(11)そして季節はめぐり:直人side

 芽衣の協力のもとに、小泉さんと一緒に出掛ける機会が多くなった。

 彼女と出会ってもうすぐ二ヶ月が経つというのに、まだ芽衣からはゴーサインが出ないので、相変わらず三人で出かけている。

 芽衣が言ったとおり、小泉さんは恋愛にというか、異性と接すること自体が苦手なようだ。なので、忠告に従わずに俺が単独で小泉さんを誘い出すと、撃沈する可能性がかなり高いだろう。

 痺れを切らした挙句、小泉さんに怯えられてしまっては元も子もない。この状況はかなりもどかしいが、着実に彼女を恋人にするためには、今のような静かな歩み寄りが必要なのだ。

 俺は何度も何度も『焦るな』と、自分に言い聞かせる日々を送った。


 その後も三人で出かける機会をたびたび設け、彼女と顔を合わせる回数を重ねていくうち、彼女の様子が少し違うことに気が付いた。

 芽衣ほどの観察眼はないが、好きな子が落ち込んでいれば、俺だってそれなりに気が付く。


 本格的な夏を目前に控えたある日。

 今日はボーナスが入ったので、これまで頑張ってきた後輩の二人に奢るという名目で小綺麗なバーに誘い出す。

 小泉さんと一緒にいられるならばどこの店だって構わないのだが、以前、『お酒を飲むのは、歓迎会や親睦会で使われる居酒屋くらいだ』と言っていたため、せっかくだからバーに連れて行ってあげたかった。

 仕事を終え、待ち合わせの場所に向かう途中で芽衣からメールが。

『仕上げておきたい企画書があるから、少し遅れる。私がいないからって、調子に乗らないでよ』と、さりげなく釘をさすのも忘れない我がイトコ殿。

 二人きりになれるチャンスが訪れて今にも踊りだしたい気分だが、芽衣が言うように調子に乗らないようにと気を引き締める。

 それでも、自然と笑みが浮かんでしまうのは隠せない。待ち合わせ場所で静かに佇んでいる小泉さんを目にして、口角がグッと上がってしまった。

「お疲れ様です。あの、芽衣は?」

 チョコンと頭を下げる小泉さんを、目を細めて見遣る。

「ああ、お疲れ様。アイツは今日中に提出する企画書を仕上げているとかで、ちょっと遅れるらしい。今、メールが入った」

「そうですか。入社してまだ半年なのに、もう企画に携われるなんて。芽衣は本当に頑張り屋ですね」

 俺の言葉を聞いて、小泉さんが芽衣を褒める。

 社員の中には自分が上に行くために、いかに相手の足を引っ張るかということに躍起になる人間がいるが、やはり彼女は違った。人の努力を素直に受け止め、真摯に褒めることが出来る女性なのだ。

 改めて彼女の魅力を噛みしめていると、小泉さんがスッと俺から視線を逸らした。

 先にいる野良猫を見つめている背中がすごく儚いものに思え、俺は彼女を驚かせないように静かに歩み寄る。そして、ギリギリ腕が触れ合わない位置でピタリと寄り添った。

 彼女は時々寂しそうに笑う。苦しそうに視線を逸らす。悲しそうにため息をつく。

 懸命に隠そうとしているのであえて追及はいないが、俺を踏み込ませようとしないその態度に胸が締め付けられる。

 こうして彼女と同じ位置で彼女と同じものに目を向ければ、少しは小泉さんの心の内が分かるだろうか。


―――俺の事を頼ってくれたらいいのに。


 その思いがどうしても抑えきれず、つい、口を開いてしまった。

「なんだか、最近元気ないよね。俺で良かったら相談に乗るよ。口は堅いから、芽衣にも話さないし」

 君に恋をしている男の顔は出さないように、あくまでも先輩として声を掛けた。

 俺の言葉にハッとなった小泉さんは、少し間を空けた後に首を横に振った。

「元気がないのは、母親と喧嘩をしてしまったからなんです。仲直りするきっかけがないので、ズルズルと引きずっていて」

 何となく、それは嘘かも知れないと勘付く。それでも、『何でもない、気のせいだ』と適当に誤魔化されなかったことが嬉しかった。

 芽衣にはこれまでに散々釘を刺されまくってきたけれど、この辺で多少はアプローチをしてもいい頃ではないだろうか。 

 少しくらい小泉さんに意識してもらわなければ、ずっと“いい先輩”でしかいられない。

 さっきの彼女の言い訳を逆手に取り、俺は誘い掛ける。

「じゃあさ、お母さんに仲直りのプレゼントするのはどうかな。車出すから、明日、買い物に行こうよ。俺と一緒に」

「……は?」

 俺がそんな事を言い出すとは考えもしなかったようで、小泉さんがポカンと口を開けた。その顔がこれまた可愛らしくて、抱き付きたくなるのを抑えるのに必死になる。

 暴走しそうになる自分を理性で縛り、穏やかに見える笑顔を浮かべた。

「早く仲直りをしたいから、そんなに悩んでいるんだろ?だったら、プレゼントをきっかけにして、仲直りすればいい」

 俺の提案に、小泉さんはにわかに焦りだす。

「そ、そうですね。プレゼントはいい案ですね。あ、あの、でも、車を出していただくほどでは。駿河さんは、どうぞゆっくり休日を楽しんでください!」

 小泉さんを追いつめるつもりはさらさらないが、上手くいって彼女と二人きりで過ごせたらいいなという願いを篭め、

「遠慮はいらないって。車は定期的に動かさないと、エンジンがダメになるからさ。ついでといったら言葉は悪いけど、ドライブがてらにプレゼントを買いに行こう」

 ニッコリと笑みを深めた。

「どこで待ち合わせしようか?あ、それなら、俺が君の家に迎えに行けばいいのか。ねぇ、住所教えて」

 と、自然と声が弾んでしまう俺。

 なのに、

「い、いえ、買い物は一人で行きます!ドライブでしたら、ぜひ、芽衣とお二人で!」

 小泉さんがいきなり叫んだ。

 それを聞いて、今度は俺がポカンと口を開ける。

「どうして、芽衣と行かなくちゃいけないんだ?」

 思いっきり不思議そうに首を傾げたところで、

「遅れてごめんね!」

 芽衣が走り寄ってきた。

 乱れている前髪を手櫛で直しながら、小泉さんを見上げて芽衣は首を傾げる。

「……ん?桐子、どうしたの?」

「あ、ううん。何でもないの!ね、駿河さん!さ、行きましょ。私、お腹ペコペコなの!」

 不自然なくらいに無理やり話を切り上げた小泉さんは、駅に向かって歩き出したのだった。




 それから更に季節が巡り、すっかり風が冬の匂いを纏い始めた頃、小泉さんがまた怪我をした。

 今回はかなり重症で、一か月の療養期間を要するらしい。

 またしても、怪我の原因は芽衣だ。

 すっかりしょげかえっている芽衣は、彼女が入院している病院に何度も出向く。もちろん、俺も芽衣と一緒に足を運んだ。

 しかし、付き添っている彼女の母親から『疲れているので、そっとしておいてほしい』と言われ続け、退院するまでの間、一度も小泉さんに会えなかった。

 どうして彼女は会ってくれないのだろう。

 リハビリで疲れているにしても、ここまでして面会を拒絶されたりするだろうか。しかも電話の一つ、メールの一行も送ってこないなんて。 

 まるでこちらを拒絶するような彼女の態度に、言いようのない焦燥を覚える。

 ジリジリと焦げ付く想いを抱えながら、俺は彼女が出社する日を待つしかなかった。




 そして、一か月ぶりに出社してきた小泉さんを、まずは芽衣が捕まえる。

 俺としてもすぐさま彼女に会いに行きたかったが、友達である芽衣が先に話をつけた方がいいかと思い、俺は二人の話が終わり次第、芽衣から連絡を貰うことになっていた。

 就業時間を三十分ほど過ぎた頃だろうか。営業部にある自分の席で連絡を待っていた俺のスマホが鳴った。

 ワンコール鳴り終わらないうちに電話に出る。

「もしもし!小泉さんは、何て言ってた⁉」

 芽衣に怒鳴るように尋ねれば、

『あ、うん……』

 と、何とも気の抜けた返事が返ってきた。

 芽衣の様子がおかし過ぎる。それほどまで、小泉さんの話の内容は重たかったのだろうか。


―――いったい、何の話をした?……まさか、俺たちとは、もう一緒にいたくないとか!?


 心の中で漏らしたセリフに背筋が寒くなる。

 嫌だ!彼女と離れるなんて嫌だ!

 彼女と一緒にいられるならどこまでも追いかけていくと決めていた俺は、芽衣に次の言葉を急かす。

「おい、聞いてるのか!彼女と何の話をしたんだ⁉」

 声を荒げる俺の様子にまだ残っていた同僚が驚いているが、彼らを気にする余裕はない。

「芽衣、芽衣!何か言えって!」

 散々呼びかけて、返ってきたのは


『……桐子、直人君が好きなんだって』


という、衝撃極まりないセリフだった。


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