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(10)一週間ぶりの再会:直人side

 芽衣の報告によれば、今日から小泉さんが出勤するらしい。俺としてはすぐさま人事部に駆け付けたかったが、芽衣の言葉に従ってジッと我慢した。

 だが、一旦彼女の姿を目にしてしまえば、芽衣の忠告など吹っ飛んでしまう。


 そろそろ昼飯でも食おうかと社員食堂に向かえば、数メートル先に小泉さんと芽衣の姿があった。

 こんなところで会えるなんて思わなかったから、つい、声を上げてしまう。

「あれ?」

 それに気が付いて、小泉さんがパッと振り向いてくれた。

 抱き上げた時ほどではないが、それでも驚いて僅かに目を瞠っている様子に、自然と俺の顔がほころぶ。

 俺の事を認識した小泉さんは、慌てて頭を下げてきた。

「あ、あの、医務室まで運んでくださって、ありがとうございました」

 忘れられてなくて安心した。彼女が休んでいる間、芽衣の奴は本当に俺の事を話さなかったみたいだからな。

 恐縮しきりでペコペコと頭を下げる小泉さんに、声を掛けながら歩み寄る。

「気にしないでいいから。今日から出勤なんだね、無事に治ってよかったよ」

 微笑みを浮かべ、小泉さんの横に立つ芽衣の頭をポンと叩いた。

「コイツのせいで怪我をさせちゃって、ごめんね。そして、庇ってくれてありがとう」

 何気ない調子で言ったそのセリフに、なぜか彼女は小さく息を呑む。


―――ん?俺、何か変な事を言ったか?

 

 首を傾げている俺を見上げて、芽衣がムッとした顔になる。

「何で直人君が謝るの?私、ちゃんと謝ったよ!」

「芽衣はいちいち煩いなぁ。別にいいだろ、俺からも言ったって」

 いつのもようにポンポンとやり取りを交わしていると、複雑な表情の小泉さんがジッと俺たちを見ていた。 

「ほら、直人君がゴチャゴチャ煩いから、大人しい小泉さんが呆れちゃったでしょ」

 ムカつくことに、俺のせいにしやがった。もし俺がやかましい人間と認定されて、彼女に嫌われてしまったらどうしてくれるんだ。

「彼女が呆れてしまったのは、絶対に芽衣のせいだね」

「何ですって⁉」

「何だよ?」

 またしても言い合いを始めてしまうが、

「もう、いいよ。直人君なんか知らない!」

 という芽衣の声でむりやり収束する。しかし、これはまずい展開だ。

「行こう、小泉さん」

 案の定、腹を立てた芽衣が彼女を俺から引き離そうと、小泉さんの左腕を取って歩き出す。

 が、もう少し彼女と一緒にいたくて、素早く小泉さんの右手首を掴んだ。見た目通り彼女は華奢で、手首なんかは折れそうなほどに細かった。

「え?」

 俺の行動に、目を真ん丸にしている小泉さん。ああ、やっぱり可愛い。

 にやけそうになる俺に向かって、芽衣が勢いよく吼えた。

「気安く小泉さんに触らないでよ!」

 その声に我に返る。そうだった。俺は下手に手出しをしてはいけないんだった。

 迂闊な自分を心の中で猛省する俺。なのに、彼女の温もりは手放しがたくて、掴んだ手はそのままに。

 俺と芽衣に挟まれた小泉さんはほとんど取り乱すことなく、まずは、

「泉野さん。あまり大声を出すと、みんなが驚くから」

 と、苦笑を浮かべて注意を促す。

 すると芽衣は決まりが悪そうな顔になって、大人しくなった。

 俺の言うことは素直に聞かないくせに、小泉さんの事にはこんなに大人しく従う芽衣。それは早くもコイツが小泉さんを信頼しているということでもあるし、何より、優しげな彼女の口調が大きいだろう。芽衣はずっと姉を欲しがっていたから、小泉さんの存在を心から喜んでいるのだ。

 姉妹のような微笑ましいやり取りを見守っていると、今度は俺に向けて静かな声が掛けられた。

「放していただけますか?」

 少し困ったように見える様子に、

「ごめん、つい勢いで」 

 と言って頭を下げ、彼女の手首を解放した。

 そこにすぐさま芽衣の口撃が始まる。

「何が、“つい勢い”なのよ。まったく、油断も隙もないんだから」

 自分の言いつけを守らずに勝手に行動した俺に腹を立てているのか、芽衣のセリフには棘がある。そんな言い方をされては、俺がセクハラ野郎に思われてしまうではないか。

「バカなこと言うなよ!」

 焦って芽衣を怒鳴れば、憎たらしくベッと舌を出しやがる。

 再び言い合いになりそうなところで、割って入った小泉さんの声に俺と芽衣が固まった。

「こんなところで痴話げんかしないで。犬も食わないって言うでしょ」

 困ったように笑っている彼女に唖然となる俺たち。

「へ?」

「は?」


―――痴話喧嘩……って、まさか、俺と芽衣が付き合っているって誤解してる⁈


 なぜか首を傾げている小泉さんに、芽衣と一緒になって『違う、違う!痴話げんかするような間柄じゃないから!』と繰り返した。

 それに対して、彼女はどこか納得した顔になる。だから、俺は誤解が解けたのだと安心してしまった。


 しかし、この時に俺と芽衣の間柄をはっきりさせておけばよかったと深く後悔する羽目になるとは、思いもよらなかったのである。




 早く食事をしないと昼休みが終わってしまうと小泉さんに促され、先に歩いて行った彼女を追いかけて芽衣は歩き出す。

 そんな芽衣を追いかける俺。振り返って怪訝な顔を見せるが、芽衣は仕方ないとばかりに頷いてくる。一応は俺に協力するという約束を守ってくれるようだ。

 食堂はまずまずの込み具合だったものの、窓際の見晴らしがいいところにある四人席が空いていた。そのテーブルは長方形で、二人ずつに分かれて座るようになっている。

 小泉さんが奥の席に入ったので、無意識のうちに彼女の隣に行こうと足を踏み出す。が、彼女に見えないように、芽衣が俺のスーツの裾を引っ張った。

“少しずつ距離を詰める作戦だって言ったでしょ。なんで当たり前の顔をして小泉さんの隣に座ろうとしてんのよ” 

 俺にしか聞こえないように、芽衣がコソッと話しかけてきた。

“あ、悪い”

 慌てて芽衣の隣に腰掛ける。

 一週間も小泉さんに会えなかったせいか、どうしても彼女に引き寄せられてしまうようだ。いけない、気をつけなくては。

 それからは和やかな雰囲気で、他愛のない話を交わす。

 その会話の中で、芽衣がさりげなく俺の名前や所属部署を小泉さんに話していた。

「営業は会話や人の表情に気を配らないと成り立たないですよね。少し人見知りの所がある私には難しいかも。駿河さんのように、社交的な人が羨ましいです」

 ふいに彼女に話を向けられ、俺は嬉しくなった。

 しかし、ここで調子になってガツガツと彼女に言い寄れば、せっかくの和やかな雰囲気を台無しにしてしまう。

 俺はグッと堪え、なるべく芽衣に話しかけるようにする。

 小さな頃から兄と妹のように育ってきたので、テンポのいい軽口が応酬された。そんな賑やかな会話の中、小泉さんはほんの少し寂しそうだ。

 タイミングを計って時折彼女に話を振るも、あまり話題に入ってこない。


―――うるさい男だって、嫌われたとか?


 物静かな彼女には、やたらと口数の多い男は苦手かもしれない。

 それからは大人しく箸を進める俺だった。

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