第九話
「この暑い中、なんでわざわざ外で話さなきゃいけないんですかね・・・」
熱を帯びた茶色のベンチに尻を下ろしてうなだれる。
「他の人間に会話を聞かれないためよ」
涼しい顔で隣の彼女は答える。
クールビューティという言葉がぴったりだ。
もっとも身体はちっちゃいが。
いい加減名前が知りたい。思い切って聞くことにした。
「あの…お名前を教えていただけないでしょうか。この前は僕の名前だけ教えて、そちらのこと全く教えてもらえなかったので…」
彼女が銃を隠し持ってそうなポケットに目を配りながら尋ねる。
「あなた、私の事知らないの?」
整った顔でおもいっきり怪訝な表情をされた。
「あ、はい」
いや、知らないですから。
「それなりに有名人だと思ってたんだけど。男子生徒が勝手にやってるアレ、ミス天陽に輝いてるんだけど」
やはり評判の美人だったのか。
少し神経を逆撫でてしまったみたいだ。まあ、いいか。
何か怒られても怖さを感じないし、ガンガン質問しよう。
「そうなんですか。で、つまるところお名前は」
「・・・猫島寧々よ。」
ぶすっとした顔でボソッと言われる。
「はい?」
聞き直した刹那、右耳を掴まれた。
「だーかーらーねこじまねねって言ってるでしょ!」
ネコジマネネ。
引っ張られた上におもいっきり耳元で声を上げられて、頭に甲高い音が反響する。
彼女の名前は確実にインプットされた。
それと、声も猫っぽい気がしてきた。
「ね、猫島寧々さんですね・・・」
ずいぶんファンシーな名前だ。残った痛みを癒やすように耳をさする。
「心のなかでアホみたいな名前とか思ってるでしょ」
即座に見透かされた。
口が避けてもそんなことを言えない。
首をブンブンと横にふる。
「絶対思ってるでしょうけど、まあいいわ。それより本題に入るわよ。」
「単刀直入に言うけれど貴方は何故、通報も私を探しにも来なかったの?」
何故、と言われてもそんな気になれなかったからとしか。
返答に困り、そのまま顔でも困ってみせる。
「じゃあ銃は今持っているの?」
それはこっちが聞きたいよ。
「持ってません。」
制服のズボンのポケットに両手を突っ込みそのままひっくり返す。
「何の証明にもなってないわよ」
冷徹な目に身が凍る。こっちは精一杯やってるのに。
「そもそも、その銃って何なんですか?」
知らないものは知らない。何度も思うがこっちが質問したい。
「・・・本当にまだ持ってない様子ね」
ため息をつかれる。
「だから、そうずっと申し上げているんですが・・・」
こっちがため息をつきたい。
「一つだけ教えてあげるわ。この銃は選ばれし、罪人に与えられる。使い方、その意味は自分で手にした時に取説でも読みなさい。」
取説があるのか・・・
「・・・」
ちんぷんかんぷんだ。
「貴方がこの銃を視認できるというのは貴方が、その選ばれし罪人ということよ。」
立ち上がりゴソゴソと肩にかけた鞄から例の銃を取り出し銃口をこちらに向けながら言い放った。
この物騒な光景を正しく認識しているのも、僕だけか。
「あなたのこと調べたけど、家族なくしたぐらいしか分からなかったし。殺すのは保留にしてあげる。あ、あとあなた前回と喋り方変わりすぎ。小心者なのね」
そう言って、バンと撃つ仕草だけして去って行ってしまった。
こんな暑い中で汗をかいて話を聞いて得られた情報が、ネコジマさんという名前ぐらい。
前回よりかはマシか。
それと、やっぱり僕が罪人だということぐらい。
ベンチに一人残された。
蝉の声が猫島さんのあの大声の後だと幾分か小さく聞こえた。