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 竜瑙の胸飾りに関する階段での遣り取り。あの女が傾いたのも、それに私が手を伸ばしたのも確かな事実。けれど、それ以上の記憶は私にない。

 そもそも、どうして私と女が出会ってしまったのか。



 宴に招かれていた竜瑙従家の者達は胸飾りの真偽に関する情報を集めていた。皆が己の感覚に自負はあるが他華の末連なりの連れを根拠なく非難しては逆に主家竜瑙の名を晒してしまう。胸の内はひた隠し淡々と宴を終えて、整えば速やかに処理する。その筈だった。

 三の御子が招かれている事は元より承知。故に、滋實の者が事態を確認した後、直ぐ竜瑙の屋敷に使いを走らせた――三の御子は別宅で支度を調えているなど知る由もなく、の域の奥にある本宅へ。

 本宅が知らせを受けて、何はともあれ別宅と繰尾の屋敷の進路へ使いを走らせたが、時既に遅く三の御子は渦中に踏み入れた。



 誤算は一つだけではない。尊き一華、謳示が一の御子。

 一の御子が胸飾りの少女へ話し掛けてから離れる様子がないのを見て、竜瑙従家は多少なりとも焦りを感じていた。主家へ知らせを送ったとは言え、いつまでも胸飾りを晒し物にする気は彼らにない。けれど他華の御子相手に急ぐ真似は出来ずこの場から少女を連れ出す機会を探っていた所に、先導である群青が現れる。

 従家は表こそ軽い動揺に押さえていたが、酷い混乱に陥っていたらしい。

 胸飾りについて単なる愚者の行いであればその者を潰せば話が済む。けれど万が一にも宣戦布告であるならばどうか。

 杲盛太平こうせいたいへい栄華常久えいがじょうきゅう。それは千世をも越える権威によって謳われる。 

 けれど、陰はけして消えず、淀みが全て流れ失せる事もないと謳われる者達は知っている。

 こと、今世竜瑙は主従共々に重々理解していた。


 尊き一華の幼い実子を敵前に晒す状況に従家、特に奉公へ上がった者達のさがが悲鳴を上げた。

 滋實の者は辛うじて一度踏み止まったが他従家を押さえるには至らず、結局三の御子を取り囲むという異例の事態を招いた。それでも胸飾りに気付いていない事を察して三の御子の耳に入らぬよう努め、水面下はともかくも可能な限り滞りなく宴を進めていたらしい。

 そして宴を終え御子を部屋へと隔離してから向かった一室。件の少女を宴に伴った方鐸従家の配下である父子を竜瑙従家の男五人で囲う。ただ、妻である女性と少女自身は身形を整えると言って別行動をとっていたようでいなかった。それと分からぬよう見張りは付けていた為、まずは親子とそして少女の身上の確認を優先させた。



 茅卉かやき善文よしふみ実和みわ、その子で齢十三となる聯太郎れんたろう。方鐸従家に従う家である為、末連なりに数えられる下位貴族、の位。

 彼らが茅卉家当主親子で間違いないと親交のあった繰尾家からの証言があった。 

 茅卉家当主に詳細を明らかにせず、ただ竜瑙家への犯意を見受けたのだと告げて、妻子は一時預かる事になったと伝えた。

 何故と言った問答はあったが上位貴族である款位の前には逆らえない。

 少女と変わらぬ齢の聯太郎は冷然とした竜瑙従家の態度に萎縮していたが、それでも嫌がる素振りを見せずに一部の竜瑙従家に連れられて部屋を出た。

 


 詰問するのが従家の男ならば、少女を監視したのは従家の女達だ。四の侍女のきよの指示の下に主家への連絡、そして各筋に対しての情報収集を行う者達のみならず、繰尾家の動きを監視する者も必要で手は足りないが、それでも男一人、女三人が件の少女と実和に付いた。

 宴が終わり席を立った所で少女の結い髪が解けかけていると気付いた茅卉当主の妻と共に別行動を取り、控えの一室に向かう姿も全員で見ていた。

 しかし途中、髪を結う紐が切れかけている事に気付いた実和が少女から離れたので、女三人の中から支位の家人が実和に付く。放っておいて外と連絡を取られては目も当てられない。

 残りが控えの部屋から少女が出てくるのを廊下で見張っていると、間の悪い事に顕職の一団が到着したという知らせが繰尾の奉公人から届く。丁度、瀞は竜瑙との連絡の為、胸飾りを直接目にした集の侍従と共に一室に籠もっていた。集の侍女も各所との情報収集に手を尽くしていた。残るは四の侍従である毅介と集の侍従だが、それこそ最後の砦であり三の御子の護衛から離れる筈もない。

 滋實達の何れかを向かわせる為、待たせるよう告げたがどうやら顕職達は直ぐにでも屋敷に踏み入れる勢いとあって下位の繰尾では止められないのだと縋られた。

 仕方なく、男一人が離れようとしたところで方鐸家が着いたと別の奉公人が慌てて走り寄る。この件で少なからず関わりがある方鐸へ急使を走らせていたのは謳示であったが、竜瑙へ知らせない訳にもいかないと伝えに来たのだ。

 誰も予測していなかった早い到着。驚いた事に方鐸従家でなく、直系の来訪。

 急な知らせに応じた一華血脈を迎え出ずいるなど、同じ一華だとしても非常識極まりない。呼んだのは謳示だが、その元は竜瑙だ。

 無論、この奉公人も最も高位にある瀞、少なくとも滋實にその旨伝えようと考えたが、既に謳示が一の御子の迎える一室に方鐸も間もなく入室するだろう火急の事でとにかく手近にいた見張りへと声を掛けたようだった。

 苦渋の決断でその場で最も位が高い男が方鐸、年を重ねた気骨のある女が顕職を迎えようと、結局、若い女一人を残してそれぞれに散り――まるで、図ったかのように少女が部屋から出てきた。

 従家の女の不運は少女が階段に辿り着いた時、二人目の方鐸の直系が着いたとの知らせを受けた事だ。

 少女の動向から気を逸らした間に従家にとっての悪夢が具現した。


 

 そして最大の番狂わせは、守るべき三の御子とその侍従。

 扉に控えていた、三の御子の集の侍従は部屋の状況に理解が追いつかなかった。

 主の人形を同僚である集が押さえ、上位である四の侍従は鞘に収まる刀を傍らに床へ倒れている。よく分からないままの集を置いて主は部屋を出て行った。

 主を追うか、同僚へ状況と四の侍従の容態を確かめるか。

 主が気を荒立てて不安定であると従家特有の感覚で捉えてはいた。ただ、その不安定に至った経緯も知らず接して悪化する事を危ぶんだ。

 しかし。

 外出の際の護衛である四の侍従は無論武に長けていなければならない。その地位に就き、実力の一端を知る集にとって四の侍従が辛うじて意識を繋いでいるような状態に陥れた危機を放置するのを躊躇った。

 ほんの数秒の逡巡。そして暴れる人形を必死に押さえ続ける同僚に襲撃の否のみを聞き出してから主を追った。

 その間に事態は最悪の方向に転がり始めていた。



 従家の者達が最も避けたかった舞台は僅かな誤算、判断の甘さが積み重なり出来上がったのだ。

 


 私が断片的な情報を落ち着いて繋ぎ合わせるに至ったのが、事件当日から一ヶ月も経ってから。

 事件のその日に知ったのは方鐸の四の弟君が告げた事だけ。

「簡単にお伝えしておきましょうか。竜瑙が手ずからに作り上げた胸飾りは、元は先々代、方鐸の華が伴侶の所有していた物ですが、褒美に茅卉家へ授けられた品と確認できました。しかし、尊き一華、方鐸を筆頭に方鐸家及び方鐸従家はその後その品について一切関与していません。無論、連れの哉の娘を飾るなど思いも寄らない事。茅卉の一の子が三の御子殿に害を為した事含めて我ら方鐸も大変憤りを覚えています。尊き一華、竜瑙へも書簡をお送りしているが、後日改めて話し合いの機会を頂けるよう願っております」

 侍女に支えられて茫然としている私に、口調を変えて言い聞かせた方鐸の弟君は、一度言葉を句切った。

「記憶が混濁されていらっしゃるかもしれませんが、耳にした話によると少女が落ちる際、御子殿は手こそ伸ばされたものの従家の声で踏み止まったそうです」



 「――御子様っ!?」

 空気を裂いた甲高い叫びに身を引いた。その間にも少女が倒れる。

 が――――その倒れる先に青白い薄らとした光が走った。

「……え?」 

 途惑う声を上げても少女はその背より二回りを越す光の軌跡で描かれた紋様に支えられて、空中に止まる。不安定さこそあったがそこから転がり落ちる事はなかった。



 「御子殿の窮地に集の従者が間に合わないと判断し咄嗟に放った術でしたが、少女を救いました」

 覚えがあるかと問う視線が投げ掛けられたが、全く知らない。そこからについても勿論覚えがなかった。何を思ったのか、私は身を屈めようとしたらしい。単に腰を抜かした訳ではないと思うけれど。そこに駆け寄ってきたのが、女の連れである茅卉家の息子だ。私と女の醜態を目にしたのか血相を変えて――。

「その少女の身を案じてでしょう、茅卉の一の子は御子殿を力尽くで押し退け……結果、体勢を崩された御子殿は後ろに倒れて段で頭と背を強く打った、という次第です。まぁ、御子殿がお聞きになりたい事はこれくらいでしょうか」

 「大騒動の幕開けに過ぎないのだがねぇ」などと不吉な言葉を飄々と口にしながら、方鐸の弟君は微笑んだ。誰も手に掛けていない、階段での遣り取りも十分醜聞ではあるが名を堕とすまでではなかったのだと体中から力が抜けていた私は完全に気を抜いていた。

「主家の子への害を成されて彼らが大人しくする道理などない……そう思わないか?」

 息を飲んで視線をずらす。

「……な、何かしたの?」

 私を支える腕は柔らかいが、その横顔は酷く硬い。

「ねぇ……何か、ほら、言いなさいよ」

「……私は何も伺っておりません」

「瀞は……その集の侍従でもいいわ、呼びなさい」

 ぱん、と短く手を打つ音がした。 

「非常に残念ではあるが、御子殿、続きは何れ貴方の屋敷に戻ってからだ」

「何を」

「おや……御子殿が非常に懸念していた事実は伝えたのだからゆるりと休んで頂ける筈でしょう?」

 指図しないでと開きかけた口をつぐむ。弟君が支える侍女を余所に身を寄せてきたからだ。

「方鐸とて御子殿の御身を案じているけれど」

 深まる笑みに相対する。

「急ぎお戻りになる尊き一華、竜瑙殿のお気持ちを考えなさい。伏せた姿でお会いになるつもりならば止めないが」

 心中、罵倒の文句で吹き荒れたが、一言も表には出せなかった。


  

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