闇の料理人
「ああ、名前は違いますがありましたね。ディメンションウェーブのアクセサリー装備に、料理技能が3のボーナスが付いて料理系のクエストとかで便利なのが……しかし、誰が作ったのかは知りませんが酷い名称の道具ですね」
樹がゲーム知識由来らしい話をエプロンを受け取りながらしました。
俺も覚えがありますぞ。
エメラルドオンラインでもありましたな。
名前は違いますが料理の成功率が上がる装備品ですぞ。
「未来の世界ではこういう道具があるんだよ? どうだいいつきくん、君も参加して勝ち上がるかい?」
「……尚文さんと錬さんがここに居なくてよかったですね。錬さんが悪乗りで閃光剣を放つのは元より尚文さんのワクワク面を見なくて済みましたから」
樹が何やらお義父さんに失礼な事を言ってますぞ。
「お義父さんは子供心を忘れない方なのですぞ。何より楽しい雰囲気が好きなフィロリアル様と同じな所ですぞ」
「一番の子供は元康さんだと思いますけどね。ともかく、元康さんがやる気を見せていますが……ダメと言っても強引に参加するんでしょうね」
「当然ですぞ。ゼルトブルの闇の料理界? そんなもの俺が余裕で蹴散らしてやるのですぞ! 俺の料理を思い知るのですぞー!」
「元康様、何かあったんですの?」
そこでユキちゃんがやってきましたぞ。
「ユキちゃん、俺はこれからゼルトブルで料理対決に出かけてきますぞ!」
「まあ! ナオフミ様ではなく元康様が料理勝負をするのですの? ユキも一緒に行きたいですわ」
「良いですぞ! 俺の作った料理で勝利するところをユキちゃんにも見せてあげますぞ!」
「ありがとうございますわー!」
ユキちゃんも賛同してくださっておりますぞ。
ますますやる気が出ますな!
「かの挑戦者は闇の料理界で開かれる大会で次々と勝利して、報酬に伝説の調理道具を得ています。このままではあの料理人の一人勝ちに……それだけは何がなんでも避けねば面目が保てずあの料理人に闇の料理界が支配されてしまいます。勇者様方……敵わずともどうか参加していただけないでしょうか」
「はぁ……しょうがないですね。しかし……尚文さんはともかく、こんな時に錬さんは一体どこに出かけているんでしょうか……」
「確か槍の勇者様は火の魔法の適性があるとの話でしたね」
「ええ、元康さんは火の魔法が得意ですが……」
「それなら納得できます。料理人なら火の魔法の適性があるのは有利でしょう」
商人の言葉に樹は少しばかり首を傾げますぞ。
「焼く時に便利そうではありますね」
「はい。料理人を目指す場合、火の魔法適性か回復魔法の適性があることが好ましいので……あ、水の適性でも問題はありません」
樹は風と土ですから適性は完全に外れていますな。
「火の魔法適性に関しては分かりますけど……回復魔法はなぜ?」
「おや? 弓の勇者様はご存じないので? 回復魔法は腐敗も使いこなす属性故に、食材の熟成、活性化などを適性に持つ者は無意識に行えるのです。特に純粋な回復魔法適性者は火の適性者よりも重宝されるんですよ」
樹の顔を見て、何を考えているのか一目で分かりますぞ。何せ俺も考えておりましたからな。
お義父さんの得意魔法は回復と援護ですぞ。
つまりお義父さんは無意識に食材をよりよく作ることができる資質を持っているという事ですぞ。
道理で仕留めた直後は臭みが強いはずの魔物の肉などを全く臭みをなくして調理できると思いました。
もちろん、技能での補佐もこれに加わるのですぞ。
さすがお義父さんですぞ。その秘訣の一つがこれなのですな。
ここで俺は力強く手を上げましたぞ!
「俺は火の適性があるので、資格は十分……では早速行くのですぞー!」
そんな訳で俺達はそのゼルトブルの闇の料理界とやらの助っ人としてクッキングコロシアムに出ることになりました。
相変わらずゼルトブルは地下コロシアムが多いですな。
選手の控室で俺達は呼び出し待ちなのですぞ。
「本当にあっさりと出場が出来るようですね」
「そうだね。いつきくん。なんかぼく達は挑戦者って扱いで一緒にチーム参加みたいだよ」
「手伝いって事になるんでしょうね……リーシアさんには留守を任せましたが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ、いつきくん。リーシアちゃんだよ?」
「まあ……村を空けている時間なんてそんなに無いですからね……」
「槍と弓の勇者様とその付き人の方々、そろそろお時間です」
「あ、はい」
「早速行きますぞ」
控室から出てクッキングコロシアムとやらに出場ですぞ。
俺達は正体がわからないようにとそれぞれマスクを着用しての参加ですな。
どうやらコロシアム会場には観客が集まっているようですぞ。
「「「おおおー!!」」」
どこのコロシアムでもこういった歓声というのは付き物ですな。
しかし思うのですがこの観客たちは一体どんな考えでここに来ているのでしょうかな?
「なんか奇妙なコロシアムですね。闘技場が二つあって、キッチンが二つと食材が積んである場所があるようですが……双方の選手が各々料理をする場所なんでしょうが……」
ここで司会らしき男がゆっくりと食材が置いてある場所から演技が掛かった歩調で降りながらマイクを片手に大声で宣言しますぞ。
「よくぞ来た新たなる料理人! 今回の挑戦者は……愛の狩人、フィロリアルマースク! と、付き人のニューナンブゥウウウウウ! とその仲間達だぁああああ!」
「誰がニューナンブですか! というか何ですかこのリングネームは!」
「ニューナンブ、出場前に登録は俺がしておきました! 感謝しろですぞ」
樹が俺目掛けて銃をぶっ放してきたので叩き落してやりました。
「も、元康様!?」
「HAHAHA! 樹の豆鉄砲など当たりませんぞ」
「チッ!」
「いつきくん落ち着いて!」
さあ! 件の大会荒らしとやらの顔を見てやりますぞ!
などと思いながら相手選手がやってきましたぞ。
「一体誰が彼を倒すんだ! 連戦連勝! もうゼルトブルの料理人は彼を止められなーい! 料理の神に愛されしぃいいいい! クッキングマスタぁああああ! ケルススとその仲間達だぁあああああ!」
そこに現れたのは……マスクを着けたどう見ても錬にしか見えない奴と仮面の上に瓶底眼鏡を付けたクロタロウ、そしてラフミでしたぞ。
「やっちまえー!」
「ケルスス! また今日もすげーのやってくれよー!」
「今日はどっちの料理が美味いのか楽しみでしょうがない!」
などと観衆が騒ぐ中、俺と樹、ユキちゃんとラフえもん。
そして錬とクロタロウとラフミの間を沈黙が支配しました。
「「「……」」」
どうして錬がこんな所にいるのですかな?
大会荒らしがどこにも見えませんぞ?
俺は案内員の所に行って聞きますぞ。
「あれが大会荒らしですかな?」
「そうです。ここ最近ゼルトブルの闇の料理界を荒らし続ける迷惑者である料理人ケルスス達です」
ふむ……どうやら事実のようですぞ。
「……何やってるんですか、錬さん」
樹が重い口を開いて錬に向けて尋ねますぞ。
「し、知らないな。誰の事を言っているんだ? 俺はゼルトブル闇の料理界の大会に出ているケルススだ。そしてこいつらはクロとチョコミだ」
「錬さん、あなた既に中二に覚醒しているじゃないですか? そのケルススとやらは闇聖勇者と何が違うんですか?」
「違う! ただ俺は料理勝負で勝ってきたに過ぎない! 誰かと勘違いしているようだが、ここはどちらの料理が上かを競う場……尋常に勝負だ!」
樹の問いに知らぬ存ぜぬとばかりに錬が答えております。
語るに落ちるとはこのことですぞ!
「まったく……助っ人として呼ばれて来てみれば……大会荒らしが錬さん、あなただなんて……呆れてものも言えませんよ」
拍子抜けも極まっておりますぞ。
錬如きが連戦連勝出来るとなればこの闇の料理界など大した世界ではないのですな。
「クロタロウさんも満足でしょう。暗黒魔王料理人<ケルスス>ですか?」
「く、クロタロウじゃないし、クロだし……闇の料理の手伝いだし」
おお、クロタロウは相変わらず痛々しいですぞ。
ですが若干まんざらでもない顔をしているような気がしますぞ。
「で……ラフミさん、あなたも何をしてるんですか。錬さんが覚醒しない為に来ているのに一緒に参加してると言うのはどういう事ですか!」
「これは覚醒ではない。アゾットが望んだから助力をしているまでだ」
「どこがですか……あなたもラフえもんさんをポンコツとか言えませんよ。これを覚醒と認識できないなんて」
樹が深々とため息を漏らしましたぞ。
「失礼な。撤回を要求する」
「不快に思うのでしたらやめさせるんですね」
「その指示に従う義理は無い。この言葉で返そう。なんとでも言え」
「はぁ……で、錬さん、一体どういう経緯でこんな事をしてるんですか。アレですか? 料理技能が随分と上がったから試しに参加して引き下がれなくなったとかそういう所ですか?」
「……」
錬の反応からして図星のようですぞ。
ですが錬、お前は大きな誤算がありますぞ。
「えーっと闇の料理界での大会景品には料理神の包丁とかその界隈の伝説の調理道具があるらしいですね。闇の料理界の運営が困っているんで返還できませんか?」
俺達の武器の技能系は多少の誤差はあっても性能はほぼ同格ですぞ。
俺は料理系の技能はしっかりと解放しているので実力は同じ。
つまり元々料理が得意な俺が錬と勝負をすれば結果は火を見るより明らかなのですぞ。
その伝説の調理道具とやらの差程度がどの程度かですが、元が錬なので大したことは無いはずですぞ。
「錬、俺の出世の為にやられてくれですぞ」
「この流れでその発言が出る貴方も大概ですよね……で、どうするんですか?」
「何を言っているんだ。アレは俺が勝利して得た正当な景品だ。返してほしくば俺に勝ってから言うんだ。俺は絶対に負けない。それほどの……言っては何だがチート包丁を得た!」
樹の提案を錬は蹴りましたぞ。
なんですかな? 妙に反抗的ですぞ。
「はぁ……大会商品の料理神の包丁で得た技能か専用効果かでより一層調子に乗ってますね」
「料理神の包丁? ふん……あの程度の代物とこの包丁を一緒にして貰っては困る。俺が手にしている包丁は料理神の包丁を遥かに凌ぐ……正当なチート武器だ!」
「正当なチート武器……なんとも矛盾したような物言いですが……どんな代物なんでしょうね」
ちなみにこうして話している背後で司会は大きな声で会場を盛り上げ続けていますぞ。
今回の料理の名目は要約すると西洋料理ですぞ。
樹がため息交じりに錬が自慢げに取り出して見せた剣を変化させた包丁を見ますぞ。
あの包丁……どこかで見た気がしますな。
「なんですか? どこかで見つけた真・料理人の包丁とか、オリジナル料理神の包丁とか、料理神の包丁<零式>とかですか?」
「ふ……聞いて驚け。そして入手場所を聞いて納得するが良い。場所は村の厨房、そこにある一振りの……一見すると何の変哲もない包丁にしか見えないこれが! 伝説の包丁を凌駕する包丁……その名も……尚文の愛用包丁だ」
「な――」
な……なんですとー!?
俺と樹は錬が自慢げに掲げる包丁がなんであるのかを理解し、唖然とすることしかできませんぞ。
「く……なんていう代物を手にしているのですか! 確かに勇者の中で錬さんにしかできない固有の厄介さですね。元康さん、何か張り合える槍はありませんか」
「無いですぞ」
く……油断していましたぞ。とんでもない脅威となる敵がいたのですぞ!
俺でも勝てるか自信がありませんな。
「とんでもない事をしてくださいますわ!」
「そ、そうだね。いつきくん。エプロンいるかい?」
「使わせていただきましょうか……それでも焼石に水の可能性が非常に高いですが……」
どこからかツッコミ不在という声が聞こえたような気がしますがそれどころではないのですぞ。
勝てる算段が付いていたのにここに来て敗色が濃厚になってしまいましたぞ。
俺の手に余るのですぞ。
「それではぁああああああああああ! 調理ぃいい開始ぃいいいい!」
ゴーン! っと大きな銅鑼を叩く音が響き渡りましたぞ。
「俺のスキルに驚くが良い! †刹那・みじん切り†!」
錬は野菜……玉ねぎに似た野菜を手に取ると高らかに空中に投げ、追いかけるように飛び上がってスキルを放ちました。
斬撃が無数に玉ねぎに似た野菜に刻み込まれ、黄金の輝きと共にクロタロウが持つボールの中に綺麗に落ちて行きました。
くっ……まるでお義父さんの料理風景を見ているかの様ですぞ。
いえ、ベースがお義父さんにしては見た目重視で少し要領が悪いとは思いますがな。