闇の料理界
「元康さん! あなたは余計な事を言わなくて良いです!」
「呼吸しづらそうなボールって……もしかして――」
「尚文さん、それ以上言わないでください! その僕と今の僕は全然違う運命を歩んでいるんですから気にしないでください!」
「最初の世界の弓の勇者の話はともかく、ガエリオンが作った宝物庫に入れて見張ってあげても良いなの」
「ガエリオンさん、尚文さんをコレクションするとかならともかく、僕をコレクションする意味はなんですか!」
「いや、勘弁してほしいんだけど?」
「深い意味は無いなの。なおふみ、別にガエリオンはなおふみを愛でる趣味はあっても嫌がるなおふみにそんな真似しないなの」
「愛でるってのもどうかと思うけどね」
「そうですぞライバル! そんな真似させませんぞ!」
お義父さんをコレクションですかな?
確かにお義父さんは今までのループでたくさんいらっしゃいますから色々と俺の記憶でコレクションはしておりますぞ。
色々なお義父さんがいらっしゃいますからな。
「しないって言ってるなの。あ、でも過去の竜帝の中には勇者を倒して取り込んで生かさず殺さず力の源にしたってやべぇ奴もいたらしいなの」
「ガエリオンさん、それをあなたが言って平気なんですか?」
「そんな事したってガエリオンの望むなおふみは得られないし、顔向けできないなの。虚しい事なの。それにそんな真似をしたら他の勇者が召喚されて確実に殺されるなの。脅威度急上昇なの」
「確かに危険そのものだもんね。ガエリオンちゃんはする気が無いって点で安心すべきかな……一応無害だし」
「尚文さんへのセクハラは本当、形を潜めましたからね。ガエリオンさんを懐柔した尚文さんに感謝ですよ」
「懐柔とは失礼なの。愛してくれたと言ってほしいなの」
ぐふ……ライバルめ!
俺への精神ダメージをどこまでする気ですかな!
樹が口から血を流す俺を嫌そうな顔で見た後、ライバルに視線を向けました。
「樹、元康くんがどうして吐血しているかは気にしない方が良いと思うよ。きっと地雷を踏むから」
「言いたくなりましたがわかりましたよ。元康さんにとってガエリオンさんを愛した尚文さんはどういった方だったんでしょうね」
「俺の為に献身的すぎてライバルにその身を売ってしまったお義父さんですぞ! ぐぬぬぬ……」
「なんか元康くんが激しく誤解してそうだね」
「槍の勇者と仲良くして導いてほしいとは言われたなの。その約束は守るように努めているなの」
ぐぬぬ……ですぞ!
「結果、ガエリオンさんはこのようになり、元康さんはますます変になった訳ですよね」
「うーん……元康くんにとって地雷となっている俺の話なんだろうね。あんまり話さない方が無難かな」
「ああお義父さん……俺の為にその身を賭してライバルにその身をささげてしまわれた方ですぞ」
お義父さんに懺悔の祈りを捧げますぞ。
「もはや信仰ですね」
「俺じゃない俺を祈られるのもなんだかなー……別のループに行ったらきっと俺の事も祈る対象に入れるんだろうなぁ」
「ある意味、元康さんは熱心な盾の勇者教徒とでも言うのでしょうね」
「その表現はどうなんだろ? むしろフィロリアル信仰者じゃない?」
「両方を信仰しているのでしょう。偉大なるフィーロさんとその親にして全知全能神尚文さんという事でしょう」
「樹も相変わらずだね。事実過ぎてさすがに言い返せそうにないけどさ」
などと俺が祈っている間にお義父さんたちは仰っていたのでしたぞ。
「実際の勇者達は伝承とは異なるっきゅ」
「そうだね。だからと言ってぼくたちのする仕事は変わらないよ。いつきくん! 何かあったら頼ってね。ぼくじゃ頼りないかもしれないけど精一杯がんばるから!」
「樹、あのアニメじゃないけど、しっかりとラフえもんの友達はしてくれると俺としてはうれしいかな」
「ここまで献身的では無下には出来ませんよ。してそうな僕も居たのでしょうけど違いますから」
「やることはやるまで……」
と言った様子でラフえもんの改修は終わったのですぞ。
それからしばらく経った頃の事ですぞ。
妊娠して落ち着かないパンダの精神的な安定という意味でお義父さんはお姉さんやお姉さんのお姉さん、ほかにも村の者達を連れてパンダの故郷でしばらく過ごすことにしたのですぞ。
そのついでにシルトヴェルト方面への外交とゾウの家への訪問などもするとお義父さんは仰っておりました。
もちろん時間に余裕がある時は村へとポータルで来てくださいますぞ。
ライバルはそんなお義父さん達に付いていきました。
俺はお義父さんの頼みで村でお留守番なのですぞ。
少々不安でしたがお義父さんの方にフレオンちゃんとフィロ子ちゃんも同行するとの話ですので安心ですな。
そんなある日の事でした。
村に来客が来たのですぞ。エクレア経由でゾウに頼みに来たとかなんですな。
なんでもエクレアやゾウが贔屓にしている商人だそうですぞ。
「これはこれは……えー、弓と槍の勇者様……お噂はかねがね耳にしております」
「それはどうも」
俺達は波から世界を救った勇者達という扱いですぞ。
その辺りの風聞は世界中に響いているとの話ですな。
「えー……盾の勇者様はいらっしゃるでしょうか?」
お義父さんへの用事だったようですな。
商人とは顔なじみだったのでしょうかな?
「今は留守にしていますね。正確にはシルトヴェルト方面に外交に出ていますよ」
「そ、そうでしたか……」
一体何があったのですかな?
「要件は何ですか? 言付けくらいは出来ますよ?」
「では……盾の勇者様は噂では随分と料理が上手との話」
「尚文さんの料理を食べたいんですか?」
「そうとも言えますし違うともいえる話です。とりあえずザックリとお話しますとゼルトブルの闇の料理界という料理人の世界がありまして」
「……」
闇の料理界ですかな?
そのような世界が存在するのですな。
「なんですか? 尚文さんをその闇の料理界がスカウト、もしくは喧嘩を売りに来たという所ですか? 美味いと噂の盾の勇者に挑戦状を叩きつけにきたとか。相手にしないと思いますよ?」
「滅相もない。そうではなく、闇の料理界の首脳陣直々の依頼で……助っ人をお願い申し上げに来ました」
「はあ……」
その商人の話はこうですぞ。
現在、ゼルトブルに根付く闇の料理界では謎の料理人が闇のクッキングコロシアムで料理人を片っ端から荒らされてしまって困っているとか何とかだそうですぞ。
その料理人が出ると出場者は片っ端から完膚なきまでに倒されてしまい手も足も出ないんだとか。
中には料理人に敗れて行方知れずになったり社会的に抹殺されたりするそうですぞ。
そんな闇の料理界を荒らしまわる脅威となる存在をどうにか止めるべく、闇の料理界は表の世界で少しでも名が通っている料理人に助っ人になってくれないかと声を掛けて回ってその料理人が出場する闇のクッキングコロシアムに参加を促しているという話でしたぞ。
「闇の料理界に闇のクッキングコロシアムですか……ゼルトブルはなんでもやっているんですね」
「はい。であり、地響きの女王や竹林……それに匹敵する期待の新星とも繋がりの深い盾の勇者様にもお声が掛かった次第です」
「勇者をそんな所に招いて良いんですか?」
「当然身分は隠しての参戦となります」
「闇の料理界が嘘を言って尚文さんを呼び出そうとする可能性は?」
「さすがにそれは難しいかと……先ほども言った通りゼルトブルでも有名な闘士達と繋がりのある者達と繋がっている商人達に付け入られる隙を与える事になりますので、もちろん……フォーブレイやメルロマルクとも敵対しかねません」
ふむ……どうやら本当に困ってお義父さんに声を掛けているようですぞ。
「尚文さんに件の料理人を倒してほしいと……」
「はい。お話を通していただけないでしょうか?」
「とは言いましてもね……別に僕達には参加する理由は微塵もありませんし、本人がいる時にもう一度来てほしいとしか……あ、確か傭兵三人をスカウトした尚文さんにゼルトブルは眉を寄せているとは聞いた気がしますね」
「出来れば出て頂けると、ゼルトブル全体の首脳陣からすると助かるとの話ではあります」
うーん……と樹が腕を組んで唸っておりますぞ。
さて、どうしたものですかな?
俺は現在、お義父さんに後を任されている状況ですぞ。
であると同時にライバルの所為で俺の評価は駄々下がりしている状態ですな。
ここでお義父さんが頼まれた案件を俺がズバァっと解決したらどうなりますかな?
『わあ元康くん! 俺の敵を倒してくれたんだね! ありがとう! ガエリオン――いや、駄竜なんか目じゃない位役立つね』
『な、なの~~~!? なおふみ、捨てないでなの~~!』
『じゃあドラゴンは捨てて元康くんたちと仲良くしよう』
という光景が俺の脳内で広がりました。
これですぞ!
お義父さんの代わりにしっかりとやり遂げるのですぞ!
「樹、お義父さんが出向く必要など微塵も無いのですぞ」
「何ですか元康さん、まさかその料理人を物理的に消し炭にするから尚文さんの手を煩わせる必要すらないとでも言う気ですか?」
「違いますぞ。この元康、お義父さんほどではありませんが料理には自信がありますぞ。なのでお義父さんの代わりに俺が参加して、料理でその料理人を完膚なきまでに倒してやりますぞ」
「なんでも力で解決する元康さんにしては珍しい……どういう風の吹き回しで?」
「殲滅だけが俺ではありませんぞ。ここで俺が有能である所をしっかりと見せつけてやるのですぞ」
「ああ……ポイント稼ぎですか。ですが元康さん、相手を殺戮しないなんてまともな事、出来るんですか?」
何を言うのですかな?
この元康、お義父さん以外に後れを取る気は微塵もありませんぞ。
「元康さんが非常にやる気を見せているようですが、尚文さんの代わりに出ることは出来るんですか?」
「あ、はい……出来るとは思いますが槍の勇者様の料理の腕前はどれほどのものなのでしょうか?」
「そうですね……稀に元康さんがフィロリアル達にと村で料理をしている時がありますから食べたことはありますね。尚文さんほどではないですが……確かに僕達の中では尚文さんの次に料理が出来る方だとは思いますよ」
樹が俺の料理の腕前を闇の料理界からの使者に説明しました。
お義父さんには敵いませんが俺だって料理は出来ますぞ。
自炊していたのは元より、昔……豚共を相手に色々と作ったりしましたからな。
「いろんな学校の文化祭で行列ができる程度には店を繁盛させました! 更に武器の補正もあってお義父さん以外に怖い相手などいませんぞ!」
「文化祭を例に挙げるのが元康さんらしいとは思いますけど……」
「ついでに聞いて驚けですぞ。俺はお義父さんに凄く大事な料理の下準備すら任されたことがありますぞ」
俺のセリフに樹がしばらく考えた後、聞いてきました。
「具体的にどのような下準備を? どの尚文さんに?」
「最初の世界のお義父さんですぞ。そのお義父さんに主食の処理を任されたのですぞ」
「主食……パンとか麺とか芋ですかね。元康さん、芋料理好きですもんね」
「米ですぞ。お義父さんに割れ米を省き、同じくらいの大きさの米になるよう一粒一粒選定するように頼まれたので、ずっとやってました」
「米の……え? それって大きさを揃えるって意味ですよね? なんかマンガとかで聞いたような気がしますが、尚文さんなんて事を元康さんに……」
なんですかな?
樹が何か絶句しているような気がしますぞ?
どうしたのですかな?
「何の疑いも持たずにやり遂げるあなたに感心しますよ。よくそんな途方もない作業を……その尚文さんは元康さんの扱いをわかっていたんでしょうね」
「フィーロたんから『今日はお米の口当たりが良いね!』とお墨付きを頂き、俺もうれしかったですぞ」
「ああ、一応効果あるんですね……作業が終わった後に混ぜて無意味にするとかしてなかったんですね」
樹が何か失礼な事を言ってますぞ。
そんな穴を掘って意味もなく埋めるような事をお義父さんがするはずありませんぞ。
「まあ、あなたがそれで良ければそれで良いんですけどね……」
「いつきくん、いつきくん」
ちょいちょいと黙って話を聞いていたラフえもんが樹の手を掴んで引っ張り自己主張しますぞ。
そのラフえもんは何やらエプロンを取り出していましたな。
「ラブラブワイフエプロンー! このエプロンを着ければどれだけ才能の無い人だってエプロンの効果でどんな料理だって作れるようになれるんだ!」