刹那・乱切り
何やら錬が心当たりがあるかのようにブツブツと言ってますぞ。
「誰の話?」
「もうこれくらいで良いだろ。俺の幼馴染は他に好きな奴が出来た! それで良いんだ!」
錬が話を切り上げに掛ってますぞ。
投げやりですな。
「後は……」
「まだ続ける気か!」
「最初の世界の剣の勇者を相手にガエリオンがリクエストに答えてやった稽古をここでやってやるなの」
ライバルがバッと子竜形態になり、近くに落ちてる角材を剣のサイズにして何本も浮かべて、自身も浮かんで錬に向かって構えますぞ。
「む!」
その動作を見るなり錬は反射的に剣を抜いて構えましたな。
「ではいくなのー」
と、ライバルは錬に向かって無数の角材を空中で動かして錬へと攻撃をしますぞ。
すると錬は剣で飛んでくる無数の角材をはたき落としながら突撃していきました。
「はああああああ!」
「おっと……ていていなの」
サッと錬の横切りを身を引いて避けたライバルも飛びかかりすれ違いざまに錬の背後目掛けて角材を横に薙ぎますぞ。
「はぁ!」
錬はその背面攻撃をしゃがみこんで避けながらライバル目掛けて突撃をしましたな。
「うおおおおおお!」
と、何やら戦いに夢中に成り始めましたぞ。
錬が凄く生き生きとした表情で戦いをしていますな。ワクワクと言った様子ですぞ。
「テンポを上げて行くなのー!」
ライバルの浮かばせている角材の速度が上がっていき、それに合わせて錬もヒートアップして行きましたが、処理しきれずに死角から飛んできた木材がコンっと当たった所で周囲の木材が全部落ちましたな。
「く……」
悔しげな声を上げ錬はがっくりと肩を落とした所でハッと我に返りましたぞ。
「俺を覚醒させようとしたって無駄だ!」
眼鏡を掛け直しましたな。
説得力皆無ですぞ。
「本当……最初の世界の錬さんは随分と覚醒していた様ですね」
「んー……覚醒じゃなく目標に進んでるって感じだったなの。剣の勇者は浮遊武器を使うのが苦手だけど敵として戦うのが好きって感じなの」
「へー、そうなんだね」
「……」
錬が俺達から視線を逸らしますぞ。
「どっちかと言うと目覚めさせるって言うならこっちの方なの」
ライバルはそう言いながら調理中のお義父さんの近くに転がっている野菜を持ちあげますぞ。
「なおふみ、この野菜をステータスに任せて空中で斬って分けるなの。早く料理して片付けるなの」
そう言ってライバルはポーンとお義父さんに向けて野菜を投げますぞ。
「え!? ちょ!?」
包丁を持っていたお義父さんは咄嗟に言われるがまま空中にある野菜を包丁で斬りましたぞ。
まずは皮に合わせて包丁を縦に当てて押すように一振りするとくるくると野菜の皮が一直線に斬れ飛び、流れるようにスパスパ追いうちの斬りをしましたぞ。
ドサドサと乱雑に斬られた野菜が鍋に投入されましたな。
ワイルドなお義父さんが面倒な時にやっている調理方法ですぞ。
このお義父さんでも出来るのですな。
「……」
「……」
「……」
錬と樹が沈黙し、助手もポカーンと見ておりますぞ。
「ガエリオンちゃん、いきなり俺に振らないでくれない?」
「なのーん」
「この切り方すると凄く雑になっちゃうって言うのに……切り口も滅茶苦茶になるしさ。ソースにでも使うかなぁ……」
まったく……と言った様子でお義父さんがため息をしますぞ。
わかりますぞ。
食材の繊維とか、そういう感じですな?
「なんで尚文さんが剣の勇者として召喚されなかったんでしょうね?」
「いきなり何言ってるの?」
「その斬り方は漫画か何かの真似ですか?」
「え? うん。なんかカッコいいなと思って真似して覚えた感じだよ。この世界だとそんなに難しくないよ」
「いえ……難しい所か達人クラスの技にしか見えませんよ」
「そうかなー? 俺の方じゃ自慢しても最初は驚かれるけど何度もやってると流されちゃうネタなんだけどなー……後この切り方だと繊維が崩れて味が落ちて使える料理が限られるんだよ」
それはお義父さんの周囲の方々の目が肥えてしまっているからなのではないですかな?
「率直な質問なんですが食材を切った直後に鍋やボールに飛ばす、とか出来ます?」
「これの事?」
とお義父さんは野菜を切ると同時に鍋の中へと飛ばしていきました。
さすがお義父さんですな。
「なおふみ、剣の勇者とブラックサンダーを見るなの」
「え?」
錬とブラックサンダーが並んでキラキラした目でお義父さんを見ておりますぞ。
「錬、心が目覚めたがっているんだ! って目をしているよ」
「くっ……俺は目覚めるわけにはいかない!」
スチャ! っと錬が瓶底眼鏡を掛け直しました。
「……どうやるのか後で教えてくれ」
「はいはい……」
全然卒業出来てませんぞ。
目覚めるのも時間の問題ですな。
「このまま話を続けるとガエリオンにからかわれるな……また話をするのは後日にするとしよう。疲れた」
「藪蛇とはこの事ですね」
「樹、お前の恥ずかしいエピソードをいつかガエリオンから吐かせてやる」
「パーフェクトハイドジャスティスより凄いのがあったら聞いてみたいですね」
ライバルがここで樹を顔を見ながら尋ねますぞ。
「パーフェクトジャスティス・フィロリアルマスクV3は凄くないなの?」
「そっちは発展形ですし、フレオンさん対策で似たようなネタなので恥ずかしくないですよ」
「確かにパーフェクトハイドジャスティスに比べるとパンチは低いかもね」
「フィロリアルクロス! ってのに比べたら確かに低いなの」
「まだ居るんですか?」
「英知の賢王なの」
「オルトクレイ王まで? 本当……果てしないね。あの王様がねー……」
「真実に気付いたクズが他種族を繋ぐ覆面ヒーローに変身するなの」
「それ、絶対良い話で終わらないですよね。僕の話題でもないですし」
脱線してますぞ。
樹ですかな?
何か錬の覚醒並みの事などありましたかな?
フレオンちゃんと仲良ししかないですぞ。
「ん……」
悔しげだった錬が閃いたって顔をして樹にニヤニヤとした笑みを浮かべますぞ。
「なんですか?」
「樹は……フレオン関連以外は地味なんだな」
「ぐ! 延々とネタにされるよりマシです!」
「良いか? 無関心は嫌いよりも低いものなんだぞ」
「くぅ……こんな事で勝ったつもりになっていたって良い事はありませんからね」
「二人とも喧嘩はよそうね」
錬が勝利したとばかりに笑っておりましたぞ。
まあ、最初の世界の樹はリースカと一緒に世直しの旅に出ておりましたがそれだけでコレと言って目立つ話は無いですからな。
錬は逆にネタが尽きませんでしたなー。
何だかんだ樹にはリースカがいたお陰なのでしょう。
「フレオン、もっと樹に正義を叩き込むんだぞ。ヘッドホンを外して歌うんだ」
錬がここぞとばかりにフレオンちゃんを応援していますな。
「本気で嫌がる事をしてはいけませんよ。これは私の正義がいつきさんに届いていないんです! だから私は正義を磨いていきますよー!」
と、フレオンちゃんは目に闘志を宿しておりました。
きっとフレオンちゃんの歌が樹の姑息なヘッドホンを超える日が来て、正義に目覚める時がくるでしょう。
「口で樹を説得出来るといいねー」
「僕も正義は卒業しました」
スチャっと錬が掛けている瓶底眼鏡を樹も着用してオタクスタイルになっております。
「知っていますか? 中二と正義を卒業するとそれ等を嘲笑う、妥協と正論を愛する高二という病気になるんですよ?」
「やっぱり才能より努力がモノを言うんだ。これからは土臭く生きる時代さ」
「ちょっと自爆になってない? 二人はそれで良いの?」
「さーて……休憩と無駄話はこれくらいにして俺達の安住の地を作るか」
「ええ……いくべー」
「そうだべー」
どこの田舎者路線なのですかな?
徹底してフレオンちゃんとブラックサンダーが望まないスタイルで行く様ですぞ。
「尚文、飯が出来たら言ってくれーい、食べるぞーい」
「二人ともどこのセンスなのかな?」
「これはこれで面白いなの」
ライバルは笑っていたのが印象的ですぞ。
「あらー」
「なにやってんのかねー」
お姉さんのお姉さんとパンダがそんな俺達を見て呆れる様な声を出していたのでしたな。
それから樹が戻って来て小声で言いました。
「度の入っていない眼鏡を付けて一般人のフリをするのも十分中二病ですよね?」
この世界の樹は相変わらずですな。
「……」
ユキちゃんやフレオンちゃん達と遊んでいて楽しそうだったコウがふとした時にフィロリアル姿で空を静かに見上げていますぞ。
なんとなくですが元気ではあるのですが、これまでの周回のコウに比べると元気さが足りなく感じますな。
「槍の勇者、コウの様子が気になるなの?」
「フィロリアル様なら誰でも俺は気にしますぞ! なんですかな? コウに何かしたら許しませんぞ!」
「はいはいなの……まあ、大体理由はわかるから時期を見てどうにかしていくなのー」
と、ライバルは不吉な事を言っておりました。
コウに何をするつもりなのですかな!?
いえ……ぼんやりと俺も心当たりがある様な気がしますぞ。
元気の無いコウを元気にする方法ですぞ。
後はそうですな。
村の復興をするとの話を聞きつけてモグラ達が駆けつけて手伝ってくれる事になりました。
他にもエクレアや婚約者が隣町の復興も手伝うとか話がついたそうですぞ。
勇者が主導で行う復興なのでメルロマルクは元より、各国からも協力物資の提供が時々来るようになりました。
村の復興作業を始めて少し経った頃の事ですぞ。
復興作業に根を詰め過ぎても良くないと言う事で、ライバルの提案でみんなで息抜きに出かけよう、という事でゼルトブルへと行く事になりました。
ちなみにユキちゃんが時々フィロリアルレースに出る為にお出かけをする事が多いですぞ。
この世界ではフィロリアル生産者にユキちゃん達を預けてレースに出してもらっておりますからな。
波が終わって平和になったと証明されてからは活気も増してきてレースがどんどん開催されているとの話ですぞ。
当然の事ながら俺達はユキちゃん達、俺達が育てたフィロリアル様達が出るフィロリアルレースを観戦もしましたな。
護衛にはゼルトブルで有名な闘士をしていたお姉さんのお姉さんやパンダが居るとの事で何か問題があったとしても、ある程度はどうにかなるとの判断だそうですぞ。
他にフィロリアル様達もおりますからな、村の奴隷達も安全ですぞ。
「ゼルトブルってやっぱり娯楽なんかは事かかないよね」
「そうねーお金で解決出来ないものってあるのかしらね」
「ゲームとかだとミニゲームが多い場所と言うのは前に話したな」
なんて感じで俺達はゼルトブル内をみんなで散策しますぞ。
「そんなに時間が経ってないってのに懐かしく感じるもんだねぇ」
「密度の高い日々を過ごしていたのよー」
今、俺達はゼルトブルのコロシアムへと入って試合を見に来た所ですぞ。
「あたいもこんな状態じゃなきゃここで一発出場してストレス解消ってしゃれこむんだけどねぇ」
「えっと……」
お義父さんが困ったように言葉に詰まっている所をパンダは気にするなとばかりに手を振っていますぞ。
「ササちゃんもやんちゃなのね。お金に困ってないじゃない。まだ必要なのー?」
「あたいの趣味さね。文句は言わせないよ」
「パンダは稼いだ金で寄付をしているのですぞ」
そう言えばパンダは虎兄妹に資金援助をしているのでしたな。
素直になれないパンダですぞ。
「そうなの?」
「なの」
同行しているライバルが頷きますぞ。
するとお義父さんは尊敬の眼差しをパンダに向けました。
「ラーサさん、凄いね!」
「てめ――どこで……くっ……」
パンダは眉を寄せて俺の方を見て黙りこみました。
なんで知っているのか、ですかな?
「もちろんループで得た知識ですぞ。既に錬や樹が世話をしている虎兄妹への寄付だったのですぞ」
「何!?」
今まで離れた所で村の奴隷達と一緒にいたフォウルが声をあげました。
今回も激しく地味ですが、いるのはいるのですぞ。
虎娘は今回は留守番をしている様ですがな。
リースカも虎娘と一緒に留守番ですぞ。
王族の優雅な暮らしを婚約者に提案している最中ですからな。
「そうだったのか!?」
「気にしなくて良いんだよ。あたいが羽振りの良い時の自己満足で金を捨ててただけなんだからね!」
「だが……」
虎男がパンダに申し訳なさそうにしていますぞ。
「礼だと思ってんならお門違いさね。あたいはお前の親父さんに助けられたからやっただけだし、もう必要ないんだろ?」
既に虎娘は錬と樹によって治療済みですからな。
出費は無いに等しいですぞ。
「何か返したいってんなら立派になりな。それがあたいの望みって事さね」
「……わかった。約束する」
「ラーサさん、カッコいいね!」
「ササちゃん、決まってるー! 痺れるわー!」
「そこ! 茶化すんじゃないよ!」
などと言ったやり取りをしていますぞ。
お義父さん達の仲が良くて嬉しい限りですな。