家名
余韻の残る良い曲だったと思いますぞ。
パチパチパチとお義父さんが拍手し、パンダやエクレアが続きました。
マンモスたちは白けた様子で疎らに拍手を繰り返すだけですな。
「いやぁ、エルメロさんとコウ、凄くよかったよ。こう……心に響く歌声って奴だね」
お義父さんがゾウとコウを褒めておりますぞ。
そうでしょうそうでしょうな。
「どうですか? 彼女は随分と多才なようでしてね。色々な面で守護騎士のラーサズサと合わせて助けてもらっています」
お義父さんがマンモスの代表である老マンモスに向かって言いますぞ。
笑顔っぽくしている老マンモスは、そんなお義父さんの言葉に苦笑いをしているように俺には感じ取れますぞ。
「いやはやお恥ずかしい話ですよ。エルメロの様な者が守護騎士に抜擢されるとは身に余る光栄な次第です。このような事で盾の勇者様に喜んで頂けるとは」
「……ええ」
お義父さんが若干含みのある同意をしますな。
「ですが他の件ではどうでしょうか? 昔からどんくさいと言いますか、礼儀知らずの暗い子でしてね。盾の勇者様を守り、そして喜ばせ、同時に支えるに相応しいか常に不安でしょうがないのですよ」
ふむ……戦闘面に関してはよくわかりませんがパンダやエクレアと上手く連携して戦っているのではないのでしたかな?
そもそもパンダの話だとシルトヴェルトでも上から五番目に入るくらいの猛者との話ですぞ。
にも関わらずまるで力不足のような言い回しは若干気になりますな。
「プハント家の代表からするとエルメロは運良く国賊であるタクトの親族を捕らえたに過ぎない若輩者でしかなく……もっと相応しい者を代わりに選出したい所ではあります。この子の姉や庭園を紹介したルーメス等と交代させた方が、より盾の勇者様の警護の任を遂行できるかと」
「歌にかまけて盾の勇者様を守る鍛錬を怠けているようですからねぇ……」
クスクスとケバマンモスがゾウを嘲笑しますぞ。
ゾウはうつむき、コウがムッとしております。
一歩踏み出そうとするコウをゾウが遮って若干悲しげな笑みでコウに諭しているように見えますぞ。
コウに恥をかかせるとは……どうやらコヤツ等は死にたい様ですな。
「それはどうでしょうか……少なくとも城での警護を始め、鍛錬や稽古の様子を見ても他の追随を許さない程の腕前に俺は思えますが……」
「いえいえ、わしからしたらまだまだヒヨっ子も同然。プハントの家の者としてその野生的な雄々しく猛々しさがこの子には足りないのが常々、一族の者を悩ませている次第ですよ」
「野生的な雄々しく猛々しい……ね。聞けばエルメロさんはゼルトブルで相当の有名な闘士のようですよ。二つ名がある程の人気があるとの話で……俺の守護騎士になってしまった所為でゼルトブルに戻れず、関係者が嘆いたとか」
これは……お義父さんが真綿で締め付けるかの如く、マンモス一家にゾウのどこに馬鹿にする要素があるのかを尋ねていますぞ。
既に戦いは始まっているのですな!
さすがお義父さんですぞ。
「我が家の者達はそれこそ一騎当千。ゼルトブルなどという下賤な国で人気を得たからと言って、張り合える者ではありませんよ」
「ま、シルトヴェルトの貴族様はみんなそういうねぇ」
パンダがここで一定の同意を示しますぞ。
味方をしているとマンモス一家はパンダの意見に若干調子付く様子が見えますが……これは罠ですな。
ここで老マンモスは牙を撫でながらゾウに蔑みの目を向けますぞ。
そういえば……この老マンモス、牙が一本途中で折れていますな。
「盾の勇者様ぁ……エルメロより、私を守護騎士にするのはどうですかぁ? 私はエルメロよりもずーっと何もかも出来ますよぉ。学校の成績も、戦闘の強さも……夜の事に関しても……女としてもぉ」
いや、さすがにお義父さんもあのケバマンモスの相手は無理だと思いますぞ。
どこまでお義父さんのストライクゾーンが広いと思っているのですかな?
俺はお義父さんにゾウを良いゾウだと勧めましたが、あくまでライクな関係を望んだにすぎません。
……いえ、お義父さんはお姉さんのお姉さんやパンダとも仲良く出来るお方ですぞ。
重要なのはメンタリティであって外見ではないのかもしれません。
まさに心を大事にしているのですな。
ん? 最初の世界のお姉さんが何か言っている気がしますぞ。
きっと気の所為ですな。
お義父さんのアウトゾーンが年下なだけですぞ。
「……それはあなたがエルメロさんの全てを凌駕すると?」
「ええ、何せあの子……どんくさいですから」
「それは……あなたもそう思っているのですか?」
お義父さんが老マンモスにも尋ねますぞ。
言葉だけだとお義父さんは怒っているように見えますが、飽くまで本当に? そうなの? って感じで知らなかった体を装っていますぞ。
お義父さんの演技も恐ろしいですな。
知らなきゃみんなハラハラしますぞ。
「ええ」
「うわぁ……それは凄いですね。さすがはシルトヴェルトって国だ。俺もこの国に来て日が浅くはありますが、底が随分と……深いんですね」
関心して見せるお義父さんの態度にマンモス一家はご満悦な様相を見せますぞ。
きっと愚かさの深さを言っているのでしょうな。
「じゃあエルメロさんはこの家からしたら評価に値しない者なんですね?」
「もちろん、この子よりも有能な者はそれこそ沢山おります。守護騎士と言う大役、不安が付き纏うエルメロよりも他の者を是非ともお預けしたいですね。そもそも不肖の孫なので、我が家の家名を名乗らせるのすら、ね……」
下手に出ているように見せていますが、本心からバカにしているのは一目でわかりますな。
「……確かに、そうですね」
お義父さんが、親しい者なら分かるゾクっとする気配を纏い始めました。
ユキちゃんを始め、エクレアとパンダがその気配を察知して表情が引き締まりますぞ。
「彼女はこの家には相応しくないですね」
「……盾の勇者様?」
お? ゾウは気付いた様ですぞ。お義父さんが、ゾウに対しての罵倒に合わせているのではないと言う気配を。
「ええ!」
お義父さんに同意されて老マンモスを始めとしたマンモス一家はみんなして頷き、蔑みの目でゾウを半笑いで見ておりますぞ。
ゾウの事ですが俺も若干腹が立ちますな。
コウは大好きなゾウを馬鹿にされて今にも飛びかかりそうな……キールがクレープを毟った俺に襲いかかるような顔をしております。
「盾の勇者様も是非とも仰ってください。我が家にエルメロは相応しくないと」
完全に誘惑が成功したと思いこんだ老マンモスとケバマンモスが勝利を確信してゾウに向かってお義父さんを嗾けますぞ。
あれですな。お義父さんの推しがあれば守護騎士を解任させ、ケバマンモスを側近にさせられると思っているのが分かりますぞ。
物凄く単純ですな。
「そうですね」
お義父さんは席を立ってゾウの元へと行きますぞ。
「盾の勇者として命じる。守護騎士エルメロ=プハントからプハントの家名を剥奪する」
「!?」
ゾウが怯えるような信じられない者を見る表情でお義父さんを見ますぞ。
「イワタニ~……」
コウがこれでもかとお義父さんに向かって睨みつけますぞ。
ですが、その顔は実に男らしくあります。
「……何か文句があるのか? 事実だろ?」
ですがお義父さんは……最初の世界のお義父さんのような鋭い眼光でコウに睨み返しました。
「あ、わわ……く……負けない。うううう~……」
コウはそんなお義父さんの気迫の籠った表情から若干怯えの顔を見せますが、すぐに我に返っていつでも飛びかかれる態勢を取っております。
「ははは……盾の勇者様のご意見、誠に正しいかと存じ上げます。エルメロ、どこへなりとも出ていくが良い。もう家の敷居を跨ぐことは許さんぞ」
完全に調子に乗った老マンモスがゾウを更に追い立てます。
ん? 隣の部屋の方で若干物音とネズミ獣人の足音が聞こえた気がしますな。
様子を見に来ていたのでしょう。
「まだ話は終わっていない……エルメロ、これからはジャノンの家名を名乗れ。領地も後で用意するとしよう。今後ともその勤勉な態度で事に臨んでくれ。不服なら後で話を聞く。では……大事なモノを持って城に帰ろう。しっかりと持ち帰れよ」
サッと振りかえるようにしてお義父さんは食堂から立ち去ろうとしますぞ。
決まりましたな。
俺の想定とは少々違いますが、中々に爽快な展開ですぞ。
「は……はい!」
呆然としていたゾウがハッと我に返り、お義父さんの言葉を聞き、頷いて表情を明るくさせました。
「優雅な切り口ですわね。ユキは嫌いではないやり取りだと思いますわ」
ユキちゃんが成り行きを理解して髪をかき上げながら応じますぞ。
「んー……?」
コウがこの展開を理解できずにゾウとお義父さんを何度も見比べます。
俺も立ち上がるとパンダやエクレアがそろって帰る準備とばかりに腰を上げました。
「どうなってるのー?」
コウがピンと来ないと言った様子でゾウに尋ねますぞ。
「盾の勇者様はね、私に酷い事をしたいって訳じゃなくて、がんばったお礼を上げたいって言っただけよ」
「そうなの? なんかイワタニがエルメロを虐めようとしてたように見えたのに、なんかいきなり変わった感じがしたー」
「間違いないですわ。これを理解するには、コウにはちょっと早かったかもしれませんわね」
「コウは子供じゃない!」
なんて感じで俺達が帰ろうとしていると。
「ま、待てぇ!!」
ここで老マンモスがお義父さんに向かって怒気を孕んだ叫びに似た声を出しますぞ。
「これはどういう事だ!」
「……どういう事だも糞も無い。お前達は俺が一体何の名目でこの家に来たかわかっていたのか?」
お義父さんが最初の世界のお義父さんのような目つきでマンモス一家に向かって少しばかり振り返って答えますぞ。
「俺は騎士エルメロの職務態度を高く評価したから家族の者に挨拶に来たんだ。にも関わらずその家族がした事を思い返してみろ。何かあれば騎士エルメロに俺の警護は務まらないなどと表でも裏でも嘲笑の言葉ばかり……挙句相応しい者が他に居ると妙なアピールだ」
お義父さんがとても深いため息交じりに言いますぞ。
何と言いますか……単純な連中の癖に愚かな策謀を張り巡らせていたとしか言いようがないですぞ。
知的ではないのに知識人ぶった愚かな連中って感じですな。
おそらくは知恵ではなく、武勲で成り上がった種族なのでしょう。
「素直に家の者を紹介したりする程度ならまだ我慢もできるだろうさ。だが、高く評価している者を馬鹿にされて面白いはずもない。君達……勘違いも甚だしいのを理解していないんじゃないか?」
お義父さんが蔑みの目で老マンモスに言い切りました。
「言わせておけばずけずけと……家の恥さらしを擁護するだけに飽き足らず、新貴族の地位と家名、挙句ジャノンだと! あのインテリチビの家名をここで聞くとは茶番も良い所だ!」
「……それが本音か。呆れたものだな。それではメルロマルクと大して変わらないぞ?」
そうですな。
何度もループしているからわかりますぞ。
根本的にメルロマルクとシルトヴェルトは種族以外の差はあまりありませんぞ。
精々シルトヴェルトの方が種族的な理由で雄々しい程度ですな。
ちなみにメルロマルクは制度的に女々しいですぞ。
「人間の分際で何様のつもりだ! 盾の勇者とはいえ許さん!」
「人間だからなんだって? その人間相手にここまで激怒しているんじゃ、お前等はそれ以下なんじゃないのか?」
お義父さんが最初の世界みたいになっていますぞ。
ちょっとゾクゾクがドキドキに変わって来ました。
「お前なんて、盾の勇者の立場にいなければこのシルトヴェルトでは奴隷であるのがわかっていないのか!」
「その小馬鹿にした本音が所々、いや、視線の一つ一つから感じられてウンザリしていたんだ。俺の立場を利用して成り上がろうって魂胆が見え見えでさ。その癖、エルメロさんを馬鹿にもする。どうしようもない。正直……エルメロさんがかわいそうだとしか言いようがないね」
やれやれと言った様子でお義父さんが頭を振って諭すように言いますぞ。
「盾の勇者って立場が無ければ? 何を言っているんだ? 俺は盾の勇者として君達の前に居るんだから、そうじゃなかったらなんてタラレバに付き合う義理も無い。それを言ったら君達が貴族じゃなかったらどうなんだ? よく考えてみろ」
「この――」
老マンモスは頭から煙が出そうなほどに怒り心頭な様ですぞ。
まあ、見た感じ、頭はよくない肉体派のようですからな。
お義父さん相手に口が回らなくなってしまっているのでしょう。
そういった意味ではゾウの方がこの手のやり取りは上なのではないですかな?
傭兵としてパンダとは別に上手く立ちまわっていたらしいですからな。
老マンモスがお義父さんに向かって今にも飛びかかろうとしております。
おろおろとしていたマンモス共も状況が悪化しているのを察してどうにか止めようと動き出しますぞ。




