ネズミ
しばらく飛んでいた所、素足と魔法を併用すれば衝撃を消せるのでは? と思い至り着地して素足で物音をたてないように屋敷内を探しました。
するとマンモス達の声が聞こえて来たのですぞ。
「さて、盾の勇者が我がプハント家の屋敷に来た。わし等がシルトヴェルトに無くてはならぬ一族である事を示す絶好の機会であると同時に……エルメロ、お前が代表であると思われているのを訂正させねばならん」
「……盾の勇者様は私を介してこの家に来たいと仰ったのですが……」
「うるさい。お前の様な恥さらしを一族の末席に置いているだけでもありがたいと思え!
本来お前は盾の勇者様に近寄る事さえ許されないのだぞ! にもかかわらず武勲をあげたとガキ一人を捕まえただけで調子に乗って!」
部屋に入ることはできませんでしたが、どうやらゾウもこの場にいるようですな。
しかし、傲慢そうな説教ですな。
「……」
ゾウのため息にも似た呼吸が聞こえますぞ。
「サニー、フワン。お前達は是非とも盾の勇者様にアピールするのだぞ! 機会は入浴時と就寝時、この機会を逃してはならん!」
「「はい!」」
「後は……明日の狩りを見ていただき、そこで密かに放した魔物から盾の勇者様を守り、取り入るのだ! その時、エルメロ! 貴様は無能にも守れなかったようにするのだ!」
「それは……」
ほう……お義父さんを罠に嵌めようとは良い度胸ですな。
これだけでもコイツ等を追い詰める情報になった気がしますが、これ等の情報は事前にゾウからお義父さんに伝わるでしょう。
「なんだ! 文句でもあると言うのか! せっかく一族の末席から位を上げてやろうと言うのに、その善意を無下にするとはどういうつもりだ!」
「……そんなつもりは……」
「一族の恥さらし者ね。母さん悲しいわ」
「ああ、兄や姉がこうも濃く血を受け継いだというのに……お前はどうしてそうなんだ」
「従姉妹のルーメスを見習いなさい」
う~ん、実に聞いていて不快な連中ですな。
これは最終的にデストロイとなる展開ですぞ。
「ったく……盾の勇者か……下等な人間とは聞くが、伝承の勇者故に是非とも血を入れて貰わねばな。そうすればわし達一族により箔が付くと言うもの。四代表種をいずれ超える時も近づく」
「……」
「で、夜には歓迎の音楽を奏でさせるとして……使用人の音楽家に何を弾かせるのが良いか……」
なんとも陰謀渦巻くマンモス一族の様ですな。
それから、どうやらゾウ相手にこれからの作戦とやらを言い聞かせているようでした。
やがてゾウは会議を終え、疲れ切った様子で屋敷内の移動を始めました。
お義父さん達の……コウ達の待つ部屋に向かうかと思いましたが違うようですぞ。
トボトボと歩調に元気が無いですな。
疲れ切った様子ですぞ。
やがて……ギイイっと音を立てて埃臭い部屋、倉庫らしき所にゾウは入りました。
そして、その部屋の奥にあった床板を外し……箱を取り出して開けます。
するとそこに大きな写真立ての様な絵画と、マイクと拡声器が合わさったような物などが出てきましたな。
他に……大きなハンカチですかな?
ゾウはその品々を見ながら寂しげに微笑んでいます。
ちょっと確認しますかな?
写真立てには……なんですかな?
ゾウが両手を合わせてネズミの老獣人を乗せて微笑んでいる絵ですぞ。
油絵にも見えますな。
これはコウが話をしていた物と同じものなのだろう位は想像できますぞ。
で、ゾウが持っているハンカチは老獣人が羽織っているマントのように見えますぞ。
「レイニー様……」
ゾウがぽつりと呟き、若干涙しているようでしたが……他マンモスの足音が聞こえてくると急いで品々を箱に納めて元の場所に戻して隠した様ですぞ。
後は倉庫からゾウは掃除道具を取り出し……屋敷内の掃除をさせられているようでした。
もちろん、お義父さん達が来ないだろうと思われる屋敷の奥の奥でしたがな。
そんな所にチョロッと言う感じでゾウに小さな影が近付きました。
「エルメロ様、エルメロ様」
内緒話とばかりに物の影に潜んでゾウに向かって声の主は語りかけますぞ。
するとゾウは相手がどこにいるのかわかったのか、監視の目を気にするかのように辺りを見渡してから影の潜んでいる所に近づいて屈みました。
そこには……ネズミの獣人が身を隠していました。
サイズ差が果てしないですな。
「お久しぶりでございます」
「久しぶりね、ミール。最後に会ったのはいつだったかしら?」
「もちろんエルメロ様がお屋敷を後にしたのが最後かと思います。今でもあの時の事が脳裏に焼き付いて離れることはありません」
「……まだこの家で働いているの? 早々に離れなさいと言ったじゃない……」
「このミール、いつエルメロ様が帰ってきても良い様、この屋敷から離れる事はできなかったのです」
ほう……中々見所のあるネズミですな。
何年も、例え主と会えなくても仕え続ける……素晴らしい忠誠心ですぞ。
しかし、ゾウが何やら呆れたように頭に手を当てています。
「また会えた事、このミール……とてもうれしゅう思うと同時に、この家の者達の傲慢な態度に腹立たしく思います」
ネズミ獣人がかなり不快そうな様子で一歩踏み出してゾウに自己主張しますぞ。
「私を含めレイニー様に仕えていた者達は揃って、エルメロ様が活躍し、盾の勇者様の護衛騎士に抜擢された事、我が事のように喜びました。にも拘わらず、この家の者達はエルメロ様の陰口ばかり……挙句、おわかりかと思いますが盾の勇者様の側近の座を奪い取ろうと画策までしているのです!」
ネズミ獣人はゾウに向かって色々と説明しておりますな。
当然ながらお義父さんも察していました。
何分、シルトヴェルト内での内政行事に参加すると、その辺りの事が多いとか愚痴っておりました。
サクラちゃんやパンダ、エクレアとゾウ辺りが間に入る事でやんわりと回避していたようですな。
まあ、名目ではパンダがそのポジションを守っている形になるんだとか?
サクラちゃんは……ダメですぞ!
「厚顔無恥とはこの事です。エルメロ様の功績を啜るあの者達にどうか天罰が下る事を常に祈り続けるばかり……」
「気にしすぎよ。それに盾の勇者様はラーサやエクレール……コウさんやみんなが守っていますから大丈夫。確かにこれも大事だけど、私からしたら貴方を含めたみんなが心配よ。大丈夫なの?」
ゾウが心配そうにネズミ獣人の耳近くに手を添えますぞ。
するとネズミ獣人はその手にすり寄って体を使って自ら撫でさせております。
あの動作、見覚えがありますぞ。
コウを始めとしたフィロリアル様達がゾウを相手にする時の友好のやり取りですぞ。
教えたのですかな?
それともゾウ自身が怪力であることを懸念した最大限の思いやりなのでしょうか。
「……活かさず殺さず、プハント家の統治は変わりはありません……」
そう答えるネズミ獣人にゾウは深くため息を漏らしますな。
「定期的にお金を送ってるでしょ? 早くこの領地を出て別の所に移住しなさい。逃げられないなら人を遣わせるわ……」
「おお、エルメロ様……貴方様の慈悲、みんなにも伝わっております。であるからこそ、耐えられるもの」
おや?
ゾウが目に見える形で大きくため息を漏らしました。
「私達は貴方様が領地を授かり、立派な領主になることをいつまでもお待ちしております」
そう言ってネズミ獣人は敬礼をしておりますぞ。
「……何か私に期待しているようだけど、私は護衛騎士の任を終えたらまた放蕩騎士に舞い戻るのよ? 領主なんてなれるはずないじゃない……」
「ですが……」
「とにかく、早くこの地を捨てて、貴方達の幸せを見つけなさい。こんな所に居たって何も良い事は無いんだもの……」
と言う所でズシーンと足音が聞こえてきましたな。
ゾウが急いで持ち場に戻るように掃除を再開しました。
ネズミ獣人には去るように手で合図を送っております。
そんなゾウの態度にネズミ獣人は手を伸ばしますがその手は空を切りました。
それからネズミ獣人は素早い歩調で廊下を曲がって屋敷の奥へ行きますぞ。
さて元康、これからどうするのが正しい情報収集ですかな?
ゾウはしばらく掃除を続けそうな様子……ここは一旦、ネズミ獣人の方を追いかけたほうが情報を集められそうですぞ。
と言う訳で俺は極力音を立てないようにして、ネズミ獣人の後を追いますぞ。
裏口らしき天井の低いエリアまで移動していくようですな。
そこから裏口に出て……少し離れた所に若干ボロっちい寄宿舎みたいな建物がありますぞ。
ざっと確認する限りだとネズミ獣人の仲間や……奴隷紋が刻まれた人間の奴隷などがいる様ですな。
みんな思い思いに休憩中と言った様子ですぞ。
ただ、会話らしき声は随分と小さいですな。
物音を立てないように静かに休んでいる様ですぞ。
「ミール、どうだった?」
ネズミ獣人と同族の者が声を掛けてきますぞ。
「エルメロ様に会うことはできたが……相変わらずのご様子だった。期待には添えない。私達に自分の事など気にせず幸せを見つけろと……」
「……」
ネズミ獣人達が沈黙しておりますぞ。
「それでも……エルメロ様のお陰で今の生活があるのもまた事実……」
「まー……エルメロ様は俺達にも普通に接してくれるけど……俺達の方はなー……」
と、人間の奴隷も話に加わって悩んでいる様ですぞ。
やはり色々と面倒な事情がありそうですな。
「やっぱここは、せっかく盾の勇者ってのが来ているんだ。直談判すべきなんじゃないか!?」
「だが、そんな真似をしたらお前達の奴隷紋が作動してしまう。それはエルメロ様の本意ではない」
「ったく……面倒な事だな……はー……あのエルメロのお嬢様は凄い地位と強さを持ってるってのにコンプレックスだけは人一倍あるからなー」
「そりゃあしょうがないだろう……エルメロ様は一族の中でも……」
ふむ……ここで色々と聞くのが良さそうな雰囲気ですな。
「おい」
「ん? 今何か聞き覚えの無い声が聞こえなかったか?」
「ここですぞ」
俺はパッと隠蔽魔法とクローキングランスを解除して姿を表しますぞ。
愛の狩人、元康参上ですぞ。
「うわ!? なんだ!?」
「いきなり現れたぞ! おい、気配とか気付かなかったのか?」
人間の奴隷がネズミ獣人に問い詰めますぞ。
ですがネズミ獣人も驚きの表情で首を横に振りますな。
「気付かなかった……本当に何もだ。これは相当な隠蔽技能だと思う」
「お、お前は何者だ!」
何やら警戒されていますな。
「わからないのですかな?」
俺はくるくると槍を見せますぞ。
そもそも屋敷に入る時に見なかったのですかな?
ああ、隠されていたので見ていないのでしょう。
見ていたら罰するとかでしょうか。
「えっと、槍の勇者様……でしょうか?」
「そうですぞ。故あってお義父さん……盾の勇者の命令で情報収集をしていた所ですぞ」
「あの戦場でシルドフリーデンとメルロマルクの偽装軍相手に鬼神の如き強さを見せた槍の勇者様?」
「そんな有名人がこんな所に来るかよ!」
「待て、ここまでの隠蔽能力を持っているという事は……あり得るかもしれない」
ミールと呼ばれていたネズミ獣人が素早く我に返って周りの者を止めますぞ。
理解が早くて助かりますな。
「それで槍の勇者様、どの様な事情で私共の所にお姿を現わされたのでしょうか?」
「聞きたい事はたくさんありますが……」
何を尋ねるのが早いですかな?
俺からしたらコウを正してくれたゾウに対してある程度、礼をしなくてはいけません。
それがお義父さんにアピールしたらゾウの実家に行く結果になってしまいました。
つまりゾウの何かしらの問題を解決する事が俺の恩返しですな。
見た所、ゾウの家族とやらはふざけた画策をしている様子。
ならすることは一つですな。
「聞く必要はなかったですな。お前らはゾウが大切なようなので、傲慢でふざけた真似をするこの家の連中のデストロイを望んでいるのですな?」
どうやらお義父さんに姦計をたくらんでいる様子。
万死に値しますぞ。
「これから屋敷のマンモス達を皆殺しにする時間ですぞ。フハハハハ!」
「なんだコイツ!?」
「やべぇ!」
「待ってください! 槍の勇者様、どうか落ちついてください!」
ネズミ獣人が俺にすがりついてきますぞ。
なんですかな?
奴等を滅却すればゾウも喜ぶはずですぞ。
「確かに腹立たしい者達ではありますが、あの者達がいることで領地の平和が維持されているのもまた事実なのです。それをエルメロ様も理解しております。どうか、命を取る事ばかりは……」
ふむ……確かになんとなくですが、マンモス狩りをしたらお義父さんは元よりコウ辺りに怒られそうな気配がしますな。
血が繋がっているのか非常に怪しいマンモス一族とゾウですがな。
それを言ったら俺とフィロリアル様達も同じですぞ。
このネズミ獣人も血は繋がらなくともゾウを心の底から心配しているみたいですぞ。
つまり家族とは……血ではなく絆と想いなのですな!
「わかりました。ゾウとお前達に免じてやめてやりましょう」




