愛の渦
確かに、お義父さんに相談した方が良い案件ではあるかもしれませんな。
フィロリアル様をより布教するという共通の認識があるので、どういう工程を経て購入していくか、というモノになるとは思いますが。
「大丈夫ですぞ」
「もう少し考えた方がいいとアタイは思うがねー」
「ではハクコ種の闘士奴隷を購入したいとの事だけでよろしいのでしょうか? ハイ」
「そうなるね。さっそく見せてほしいね」
「こちらでございます」
なんて感じに俺達は虎兄妹の所に案内されましたぞ。
それは前に、最初の世界のお姉さんが次元を超えてやってきた時の周回で見たのと同じような光景でした。
包帯で全身を巻かれた虎娘を虎男が看病している光景ですな。
兄の外見は幼いですが、まだLvが足りていないという事でしょう。
「お探しの奴隷はこの者達かと思いますです。ハイ」
「……」
パンダが無言で牢屋に近づいて中を確認しますぞ。
「……なんだよ。見世物じゃないぞ」
虎男が牢屋の外から見ているパンダに向かって言いますぞ。
俺の時はそのまま中に入ってイグドラシル薬剤を見せたら虎男が渋々何度も薬を確認した後に飲まさせてくれましたな。
なぜか虎娘の方が若干逃げ腰でした。
狂おしいほどの愛の塊が近づいてきて怖いとか何とか。
「なんともねー……」
感慨深い様子でパンダが呟きましたな。
「どういたしましょうか?」
「槍の勇者、わかってるんだろ?」
「もちろんですぞ!」
中に入ると合図を魔物商に送ると、魔物商は牢屋のカギを外しますぞ。
「な、何をするつもりだ!」
パンダと一緒に牢屋に入ると虎男が出迎えをしますぞ。
「薬の時間って言えば良いのかい?」
パンダの言葉で俺は渡されたイグドラシル薬剤を振るって見せますぞ。
すると虎男が眉を寄せながら俺達の方に近づいてきます。
パンダが獣人だからか警戒心が若干薄めのようですな。
そしてパンダが俺から瓶を取って虎男に嗅がせますぞ。
ですが、俺の時も薄かった気がしますが。
「イグドラシル薬剤だ!」
スンスンと犬みたいに瓶の匂いを確認した虎男は素直に答えますぞ。
「毒かどうか気になるのかい? 別にいくらでも調べて良いよ」
「……」
じっと虎男はパンダを見つめますな。
「もう薬代は出せない……それとも試合か?」
「援助が届いたとは思わないのかい?」
「え? いや、それは……」
虎男が前に飲ませに来た時とは異なる様子でパンダへの返答に迷いを見せています。
まあコヤツにも色々とあるのでしょう。
お義父さんと床を共にする位ですからな。
相性が良いのでしょう。
「じれったいねぇ」
「……何が目的だ?」
「そうさね。ここでの理由なんてそんなにないだろ?」
「だろうな。つまりお前が次の雇用主って事で良いのか。薬の分は戦って返す。それで良いな?」
「物わかりが良いのは助かるけど、それだけじゃないんだけどねぇ」
パンダの返答に虎男が首を傾げますぞ。
「ちょっとあんた等兄妹には色々としてもらいたい事があるんだけど、何も戦う事だけが全てじゃないのさ」
「よくわからん」
「武骨な奴だねぇ。そう難しく考えなくて良いさね。とにかく、お前の妹にアタイ達が薬を服用させて良いかい?」
「ああ……だが、妙な真似をしたら殺すぞ!」
おや?
すんなりと虎男が道を譲りました。
「んじゃ、槍の勇者、任せたよ。アンタじゃないとダメなんだろ?」
「もちろんですぞ」
そこで虎男が俺に視線を向けながら眉を寄せますぞ。
ですが知りませんな。
俺はイグドラシル薬剤を持って虎娘に近づきました。
あの時も確か……。
「そこに誰かいらっしゃるのですか?」
何度も咳をしながら包帯を巻かれた一見すると虎娘とは掛け離れた奴が寝込んでおりますぞ。
もちろん目が見えないので顔はほとんど包帯巻きですな。
「ヒィ……も、燃えるような猛々しい太陽の様でありながら狂おしいほどの愛の渦が!?」
「アトラ!? おい、大丈夫か!」
虎男が前にも見た様に虎娘の方に駆け寄りますぞ。
しかし何度も思いますが、とてもか弱いとしか言いようがない娘ですぞ。
これがあの鳳凰の自爆からその身を投げ出して、みんなを守るまでに成長するとはとても想像できませんな。
ですが……とても雄々しく、誇らしい虎娘なのですぞ。
この虎娘が守ってくれなければお義父さんとフィーロたんは元より、フィロリアル様、俺だって死んでいたかもしれません。
「お、お兄様……早くここからお逃げください! じゃないと炎が……ああ!?」
「アトラが怯えている!? それ以上近寄るな!」
虎男が慌てた様子で俺に言いました。
う~ん、よくわからない展開ですな。
まあイグドラシル薬剤を与えれば問題ないでしょう。
「なんつーか……槍の勇者、本当に任せて大丈夫なのかい?」
「もちろんですぞ! そこの虎娘、俺はお前達に害を成す気はないですぞ。ですからちゃんと言う事を聞いてほしいのですぞ」
前もこれで虎娘は聞き入れましたからな。
大丈夫ですぞ。
「お兄様、逆らってはいけません。何かあってからでは、遅すぎます。どうか、あの方の機嫌を損ねないようにしてください」
話が早くて助かりますが、何でコヤツはこんなに下手に出ているのですかな?
俺は何もしていませんし、何もする気はないですぞ。
お義父さんやフィロリアル様達の恩人として、人として尊敬しているだけですからな。
その恩に報いる為、こうして出向いているのですぞ。
「し、しかし!」
「お兄様……お願いします。絶対に敵意を向けてはいけません。抵抗もダメです。なすがまま、されるがままでいてください。私の一生の願いです……」
「アトラ……くっ……」
弱々しくも虎娘は兄の腕を握りしめて頼みますぞ。
すると虎男は俺を眼力だけで殺して見せる、とばかりに睨みながら虎娘の手を握っておりますな。
「なあ……なーんか雰囲気がおかしくないかい?」
パンダがここで呆れる様な声を出しておりますが、気にしたら負けですぞ。
俺は虎男の近くによって腰を落とし、虎娘の口元に薬を近づけました。
「ほら、飲むのですぞ。お前を助ける為の薬ですからな」
「は、はい」
「アトラ……」
「大丈夫です……お兄様、どうかお幸せに……」
「くぅううううう……」
「なんでコイツ等は今生の別れなんてやり取りをしているのかねぇ……」
パンダがそう言っていますが、俺は虎娘にイグドラシル薬剤を飲ませました。
別に毒薬なんて飲ませませんぞ。
仮に毒薬を飲ませるなら赤豚で決定ですな。
虎娘はすんなりと飲み込んでいきますぞ。
「ふぅ……ふぅ……!?」
効果は劇的ですな。
最初の世界のお義父さんが薬効果上昇以外にもいろんな回復技能を補佐する物が出る品々を発見してくれましたからな。
俺の槍にはその手の技能があり、全て習得済みですぞ。
あの頃よりも効果が高いのは間違いないですな。
「体が……とても軽い……」
すっと虎娘の咳が完全に止まり、体力もある程度回復してきましたな。
「肌が……」
ざわざわと包帯の下で傷が早く治りだしてきたようですぞ。
「まずはこれで良いですな」
しっかりと薬を飲ませる事が出来たので俺は立ち上がってその場を下がりますぞ。
虎男と虎娘がそろって何やら話し合っていますが、快復に向かっているのは虎男もなんとなくわかってきているようですな。
もちろん気を感知出来るので、虎娘の全身から気が溢れ出し始めて来ているのがわかりますぞ。
数日もあれば歩ける様になるでしょうな。
本人が気付けば、ですがな。
「んじゃ、これから色々とあるだろうが、アタイ達の言う通りに働くんだよ。話じゃもうその薬を飲まなくて良くなるからね」
「そんな話を信じられるか! けど、アトラの命を救ってくれた事は感謝する」
「良いさね。アタイ達も色々と目的があるって言ってるだろ?」
「ああ……俺の名前はフォウル。これから薬の分は働くからよろしく頼む」
「妹はアトラで良いのかい?」
「ああ」
ちなみに最初の世界のお義父さん曰く、この頃の虎男は妙に敵対的だったそうですぞ。
俺の場合は、そこまで敵対はしませんな。
この違いは何なのですかな?
俺の愛センサーからすると妹を取られるかもしれないというモノだったのだろう位はわかりますが。
現に虎娘の方はお義父さんを好きだとアタックし続けておりましたからな。
愛ゆえに俺も理解できますぞ。
他者の色恋の妨害をする程、俺は無粋じゃないですぞ。
ですが、今回はあまり会わせられないですな。
機会があれば協力してやるのもやぶさかではないですぞ。
そうして虎男達を奴隷としての登録を行わせている間に俺はパンダに尋ねますぞ。
「お前が援助していた事は話さないのですかな?」
「変に知られて気を使わせるのは面倒だからねぇ……」
どうやらパンダは黙っている様ですぞ。
人間関係として面倒だって奴ですな。
不器用なのは性分なのですかな?
お義父さんとはちょっと違いますぞ。
「ま、いずれは親に世話になった位は言うとするよ。いつ言うかは決めてないけどね」
なんて言いつつ、パンダは若干微笑ましいと言った様子で虎男を見ておりましたな。
「ああいうのが好みでお義父さんは嫌なのですかな?」
確かコヤツの役目はお義父さんを誘惑するシルトヴェルトの刺客だったと思いますぞ?
「何を言ってんだい?」
「初恋の相手の子供との恋愛ですな」
「悪いけど趣味じゃないし、アタイをなんだと思ってんだい。ったく、どいつもこいつも……」
なんて感じで虎兄妹の確保は済みました。
面倒なのはシルトヴェルトの城に連れていけない点ですな。
その為、パンダが渋々と言った様子で治療を終えるまで実家の方で預かる事になりましたな。
一方お義父さんの方も俺の教えたポイント、メルロマルクの前回の波で出た近隣の村に住む老婆の住所に向かい、イグドラシル薬剤を服用させる事が出来たそうですぞ。
数日もすると効果が表れ、勇猛果敢な老婆は元気を取り戻し、お義父さんが世界を救おうとがんばっている盾の勇者と知って、協力を約束したそうですな。
「アチャー!」
「おらあああああああああああああ!」
パンダ老人と老婆がパンダの実家で元気良く稽古をし、Lv上げの狩りに出かけて行ったのが印象的な姿でした。
最初は遭遇すると同時にいきなり殴り合いを始めましたな。
「ふふふふ……まさかこの年で昔の戦友と相見える事になるとは思いませんですじゃ。人生何が起こるかわからんのう」
「それはこちらのセリフ、今度こそ、ワシの力で貴様を超える」
「そう容易く超えさせてなるものか! 高みへ行き、そして勇者殿を守る者達を鍛えるのじゃ!」
「では行くぞ!」
「「はぁああああああああああああああああ!」」
とまあ、元気に暴れていますな。
どうやら戦場ではなく、懐かしい者同士での戦闘に各々闘志が燃え上っている様ですぞ。
虎男達とは距離を置かれたお義父さんが二人の稽古姿を見ております。
「わー……なんかすごく元気そう。あんなに弱っていたのに……電池が切れるみたいに倒れたりしないか怖いね」
「生憎と一度戦死するまで元気でしたな」
お義父さんが『え?』という顔でこっちを見ました。
「その後、蘇ったらしいですな。物凄い生命力ですぞ」
「それ生死を彷徨っただけじゃない?」
かもしれませんな。
もちろんこの老婆にも今後に備えた資質向上は施す予定ですぞ。
タクトの時の様な事で戦死させたりはしません。
「老人共が元気だねぇ……つーか勘弁してほしい結果になっちまったよ。二人揃ってどこかで倒れてくれないかねぇ」
「ラーサさんも言うねー……」
「私は興奮しているぞ。かの流派、キタムラ殿が言っていた最初の世界の私に近づける事が出来るのだからな!」
エクレアがかなり興奮した様子で老婆から色々とご教授を願っているようでしたな。
やや資質が物足りないとの評価でしたが、その辺りは熱意でカバーする様ですぞ。
その後の修行に付き合わされたパンダはお義父さんの護衛任務をしている時が安らぐ、とますます仕事に励むようになりました。
結果的に色々とプラスになったのではないですかな?
なんて感じで若干のどかな日々が過ぎていますぞ。
時期的にはそろそろカルミラ島などの活性化が起こっていますな。
ただ、お義父さんにフィロリアル様の増員を頼みましたが、やんわりと断られてしまいました。
今はニューフェイスよりもユキちゃん達の人気を確保するべき時だそうですぞ。
確かに一理ありますな。
あまりにもアイドルフィロリアル様が多いと顔が覚えられないという問題もなくはないかと思いますぞ。
ただ、なんとなくもったいないという感覚が付きまといますな。
そんなやきもきとした俺の休日での事でした。
「さて、今日は何をしますかなー?」
今日のお義父さんはパンダやサクラちゃんと一緒にシルトヴェルトでの視察があるのだとか何とか。
この休日は、俺もお義父さんも決めた感じで、予定された休息日ですぞ。
勇者であろうと日夜働き詰めでは倒れてしまうとのお義父さんの配慮ですな。
ちなみに最初の世界のお義父さんも割と休む事はさせてくださいましたな。




