白々しいレース
「これはどういう事ですかな!?」
俺はシルドフリーデンで表示されるオッズ表を見ました。
この辺りは専門用語が多く、数字と記号さえわかれば大抵どうにかなりますぞ。
で、問題に関して俺は会場の主催者の部屋にいる、ライバルの所に乗り込んで抗議しました。
「何って言った通りのハンデなの。正直これくらいやりすぎだってわかるほどやらなきゃ面白みはないと思うなの」
そう、俺が指差したのはユキちゃんにだけかかった大量のハンディキャップによる重量過負荷ですぞ。
オッズを見た人が口をそろえて酷過ぎる、勝たせる気がない所かフィロリアル様が哀れだと呼べるほどの過負荷ですぞ。
レース場に移動したユキちゃんには……重罪人が引く鉄球を何個もぶら下げた形の鞍と装備を装着されていたのですぞ。
一歩歩く毎にドシンドシンとユキちゃんの嘆きが聞こえてくるようでした。
なんでアイドルのユキちゃんがこんな姿をしなくてはいけないんですかな!
「ユキちゃんは囚人じゃないのですぞ!」
「割と平気そうに歩いているなの。槍の勇者が気にしすぎなの、なの」
ライバルは権力を振りかざしてユキちゃんいじめをしているのですぞ!
絶対に許せませんな!
「ねえガエリオンちゃん、さっき会場でユキちゃんを見たんだけど……って」
そこでお義父さんがみんなを連れてやってきました。
当然ですな。
お義父さんだってアレを見たら文句の一つ位言いますぞ。
「ありゃなんだい?」
「言った通りの過負荷なの。あれだけやれば勇者が育てたから優遇なんて考えは賭けたい奴も吹き飛ぶなの。ついでにドラゴンを信仰している連中も嘲笑っていたんじゃないなの?」
「そりゃあねーアタイも賭けるか悩んだ位だよ」
「とか言いつつ、この前に支給された給金を全額一点賭けしたじゃない……」
ゾウが呆れる様に言いました。
パンダ……あんな哀れな姿にされたユキちゃんに賭けてくれたのですな。
まあ、金銭が狙いでしょうが。
「そりゃあ、あの倍率で絶対勝てると思ったら……入れるさね!」
パンダはかつて無い程に力を込めて言いました。
何かおかしいですかな?
優勝はユキちゃんに決まってますぞ。
「あれだけやっても私達は勝てると思えるのが……」
エクレアも同意の様子ですぞ。
「みんなわからないのですかな!? ユキちゃんの心の叫びが! 重くて辛いという声が!」
レースという事でユキちゃんにはクイーンではなくフィロリアル様の姿になって走ってもらうことになっております。
そんなユキちゃんにあんな物を付けるなど、屈辱以外の何物でもないですぞ。
「重さなんてなんでもないって感じでエルメロさんみたいな足音立てて歩いていたよ? ただ、『元気に見せていますがレースになったらどうなる事やら』って解説の人がドン引きで呟いていたけどさ」
「た、盾の勇者様……」
ゾウが恥ずかしそうにしていますぞ。
「ああ、ごめん。一番近い足音がそんな風に聞こえたからさ」
「いくらなんでも重量を掛け過ぎなのですぞ!」
「あのハンデがあっても勝てると思える奴が勝利を掴める、白々しい出来レースの幕開けなの!」
「白々しいのはお前ですぞ!」
「ガエリオンちゃんも優勝は誰がするかわかってはいるんだね」
「そりゃあそうなの。ガエリオン、評価はしっかりしているなの」
お前の評価なんぞどうでもいいですぞ。
当然、あんなハンデがあろうとユキちゃんは優勝しますぞ。
「ただ、ユキちゃん、大丈夫かな……脚部故障とかしたら洒落にならなさそうだけど……」
「そうですぞ! ユキちゃんに何かあったら殺しますぞ!」
「槍の勇者、逆に考えろなの……これだけしたガエリオンの妨害を乗り越えて一位になった後のユキの人気がどうなるか、なの。そこで人化して歌って踊ったユキはガエリオンより人気になるようになるんじゃない、なの?」
くっ……その情景を想像して爽快な気分になりました。
不遇な状況の中、実力で周囲を認めさせる……ユキちゃんの成り上がりですな。
ですが、ですぞ!
「お前が言うと乗せられている様な気がして不快ですぞ」
「どちらにしてももう始まるなの。安心して見ていろなの。この程度で潰れるようならドラゴンもフィロリアルを忌々しいなんて思わないなの」
お義父さん達が若干ため息をしたような気がしましたな。
「波乱のレースになりそうだね……」
と、俺とライバルが言い争いをしている間にレースは始まってしまいました。
結果だけでいえば……ユキちゃんの圧勝でしたな。
じゃらじゃらと鉄球を体に纏っていたユキちゃんがものともしない様子でほかの参加魔物共を何羽身も距離を稼いでゴールをくぐり、会場は一時唖然となりました。
イエェアァァァァァ、ですぞ!
「やりましたな、ユキちゃん! ライバルの妨害をはね退けて一位ですぞー!」
俺はユキちゃんの健闘を湛えてレース場に飛び出してユキちゃんを抱き締めますぞ。
「クェエエエエエ!」
ユキちゃんは嬉しそうな声を出して、重りをすべてパージしました。
ドスンドスンと地面に重りがめり込みましたな。
証拠とばかりに観客席にユキちゃんが着けていた重りが見えるようにして運び込まれ、観客がそろって重りを確認しておりました。
ちなみにこのレースに参加するまでの間に水や出される食事に毒物が混ぜられたり、走行中に狙撃などの妨害がありましたな。
タクト派閥の者達なのか、シルドフリーデンの連中のモラルが低いのかは不明ですが、犯人を捕えて尋問している最中ですぞ。
「こう……やらせを感じさせたような気がしてならないけど、配慮はしっかりと行き届いているんだね」
「これくらいはしないと意味はないと納得し、勇者の育てたフィロリアルを信じなかった者が悪い、となるのか……ある意味、勇者の力を大々的に宣伝したと言えるのかもしれん」
「なの!」
後は表彰式でユキちゃんが天使の姿になり、トロフィーをマイクにする形で歌って踊るアピールをして会場は異様な雰囲気で盛り上がっていったのですぞ。
こうしてユキちゃんはシルドフリーデンで有名人となりました。
ヒャッハー! ですぞ!
「負けるかもと少しは思っていたけど杞憂だったねぇ。ただ、思ったより稼げなかったね」
夜になり、打ち上げとばかりにシルトヴェルトの城で戦勝会をしていると、給料を全部賭けたパンダは目を金の形にして金袋に頬ずりしながら言いました。
「結局は賭けた者の総金額からの分配なの。それでも規模を大きくしたから儲けになったと思うなの」
「どうしても大儲けするなら順位を全部当てないといけないですぞ」
俺もフィロリアルレースの調教経験からこの手のことは知っていますぞ。
「さすがにそこまで大きな賭けは出来ないねぇ」
「けど、ラーサさんの給料を全部賭けたら……そんなにお金を手に入れて何に使うんだろう?」
ここでお義父さんがパンダを見てぽつりと呟きました。
ふむ……確かに金額的に気になる様な気もしますな。
パンダはシルトヴェルトから給金をもらっていますぞ。
それも盾の勇者であるお義父さんの守護騎士としてなので、それなりの額をもらっています。
「そういえばラーサはお金を集めてはいるけど何に使ってるのか知りませんね」
ゾウがここでお義父さんの疑問に援護射撃を始めますぞ。
するとパンダが眉を寄せて金袋を抱えて睨んで来ました。
別にお前の金なんて要りませんぞ。
「そんなのアタイの勝手だろうに。飲み代とか賭博や装備の借金に消えるんだよ」
「飲み代に関してはわかるけど、ラーサがそこまで負け越していたかしら?」
「そもそも借金を持っている騎士とは……」
エクレアが嘆いていますぞ。
「傭兵上がりなのだから不思議ではないが、そこまで金銭と地位があっても返却しきれないのか?」
「うるさいね! アタイの勝手だろうが!」
「きっと秘蔵のグッズか何かがあるのですぞ」
「ち、違うって言ってんだろ!」
これは図星ということですかな?
つまりかわいい物グッズでお金が足りない、と。
うんうん、わかりますぞ。
俺もフィーロたんグッズを集める為に日夜狩りに勤しんで金を捻出していましたからな。
「さすがにそこまでの大金を持ってグッズはないでしょ。どこまで素材にこだわっているのかわからないし……とはいえ装備って俺や元康くんは元より、そこはシルトヴェルトが経費にしてくれているはずだしなぁ……」
お姉さんのお姉さんとサルベージ業をしに行った時も金に目が眩んでいたのを覚えていますぞ。
単純に金が好きなだけなのではないですかな?
「とにかく、アタイはそろそろ休ませてもらうとするよ。部下共にも良いもの食わせないといけないからね!」
なんて感じでパンダはそそくさと警護を交代して休みに行ってしまいました。
「……城で食事は支給されてるけどね。彼らはどうしてる?」
「兵士として業務に従事してるとの話ですよ。ラーサの教育が行き届いているのか、とても素直ですし」
ゾウが答えますな。
ちなみにシュサク種の代表などの連中も参加して各々楽しんでいたようですぞ。
「……ラーサさんって何にお金使ってるんだろうね?」
「あそこまで挙動が怪しいと知りたくなりますよね」
「うむ……一体どれだけ大きな借金を抱えているのだろうか……」
「気になるからちょっと調べちゃってもいいかな?」
「触れられたくないことかもしれんぞ?」
「そうだけど、もしも何か事情があってお金に困ってるなら、少しくらいは力になりたい……と思うくらいには助けてもらってるからさ」
「ふむ、イワタニ殿らしいな」
さすがお義父さん、お優しいですな。
パンダに何か事情があるかは知りませんが、納得出来る理由があったら金を恵んでやりましょう。
「どこもかしこもお金お金なの」
ライバルのセリフにお義父さんが苦笑いをしますぞ。
それをお前が言うのですかな?
「ごめんねガエリオンちゃん」
「気にしなくていいなの」
「お義父さん、パンダを気にするよりもユキちゃんをもっと褒めてほしいですぞ! お金なら俺達がもっともっと稼ぎますぞー!」
今は何のパーティーなのか忘れているのではないですかな?
愚かなライバルの暗躍をはねのけたユキちゃんを讃える席なのですぞ!
「ユキちゃんの勝利に乾杯ですぞー!」
「はいですわ! ユキは走って踊って歌えるアイドルになりますわー!」
ユキちゃんはとても清々しい生き生きとした表情で言いました。
それでこそユキちゃんですぞ!
「じゃあ次のレースはなおふみ達から聞いた槍の勇者の奇妙な走行スタイルとの勝負が良いなの」
ライバルがそういった瞬間、ユキちゃんが硬直しました。
「も、元康様とのレースは、た、楽しみですわ。ゆ、優雅に行きますわ……」
ユキちゃんの声のトーンが幾ばくか下がった気がしますが……気のせいですな!
俺のドライブモードとツーリングですな。
ワンツーフィニッシュを決めてやりますぞ。
「ガエリオンちゃん、さすがにあれはやめたほうがいいと思うよ?」
「なの? わかったなの」
「ユキちゃんと楽しい走行ですな!」
「それは個人の範囲で大丈夫。じゃないと俺達の想定とは異なる二つ名とかがレースに付いちゃうと思うし……アイドルは風聞が大事な職業だからさ」
「言いえて妙なの」
という感じでその日の戦勝会は楽しく終わったのですぞ。
もちろんフィロリアル様達が会場内で歌って踊って盛り上げました。
さすがアイドルですぞ。
俺の鼻も高いですな。
更に数日後の事ですぞ。
ユキちゃんを目当てに俺の用意した地下コンサート会場には続々とファンが来るようになってきました。
盛況とはこの事ですな。
HAHAHA、笑いが止まりませんぞ。
「HAHAHA!」
しかもお義父さんの協力もあって他のフィロリアル様達のファンも集まっていて、人気が拡大しつつありますぞ。
ふふふ……いずれドラゴン推進派閥を追い出してシルドフリーデンにフィロリアル教を国教にさせてやりますぞ。
「ああ、サクラちゃん、今日はメルティちゃんの所に行くかい?」
「んー? なにかあるのー?」
シルトヴェルトでお義父さん達と朝食を楽しんでいるとお義父さんがサクラちゃんに声をかけますぞ。
しかし、その内容はサクラちゃんと婚約者の密会について尋ねているみたいですな。
「あるにはあるけど、サクラちゃんに先約があったら悪いと思ってね」
「大丈夫ー今日はメルちゃんも用事で遊べないって言ってた」
「それならお願いするね」
「わかったー」
うう……サクラちゃん。
最近は婚約者の所へ遊びに行く事が多かったせいでシルドフリーデンでのフィロリアル様選挙で下位になってしまっているのですぞ。
あの世界的アイドル、フィーロたんの別の姿であるサクラちゃんがこの様な順位にいるのはおかしいのですぞ。
今度、サクラちゃん推しイベントを開催しなくてはいけませんな。




