工場見学
楽しい入浴を終えた俺達はゆっくりと休み、翌日の朝になりました。
「とりあえず今日からタクトとシルドフリーデンの元代表が共同で行っていた事業を担う工場地域に行こうか」
そんな訳でお義父さんの指示もあって俺達はシルドフリーデンの飛行機、銃器等の開発工場や紙の生産工場への視察へと向かいました。
ああ、もちろん最寄りの施設まで飛行機が完備されており、しっかりとメンテナンスがされております。
昨日の様なテロを二度と起こさない様にとシルドフリーデンは必死に調査をしているようですな。
まあ、何かあっても俺達は対処出来ますがな。
そんな訳で飛行機で数時間程ヒューンと飛んで目的地の……元シルドフリーデン代表が指示を出していた工場地域へと到着しました。
帰りはポータルの予定ですぞ。
「空から確認したけど……なんて言うか夢の国って感じだね」
「そうですな」
何と言うのですかな?
日本基準で言う所の工業汚染が深刻化していた時代の町並みの様な印象がありますぞ。
ガッチャンガッチャンと重機の様な機材を使って何かを作っているのがわかりますな。
ただ……機械では無く、錬金術などで使用されるゴーレム等らしいですぞ。
敢えて言うならファンタジックな工業地域でしょうか。
空の色がカラフルで黒い煙では無いのですが……まあ、似た様な物ですな。
これでタクト派閥の者は環境に気を使っている的な説明を行ったとの話ですぞ。
ずっと見え続ける虹がクリーンなイメージを出しているのでしょうか?
他にもクリスタルっぽいものからキラキラと明かりが放たれており……ある意味、幻想的な場所と言えなくもないかもしれません。
で、飛行機で着地して工場へと視察を行いますぞ。
「う~ん、なんか変な匂いがしますな」
「サクラ、なんかイヤー」
「確かに長く居たいとは思いたくない場所ですわね」
「きもちわるいー」
フィロリアル様達が揃って眉を寄せておりますぞ。
さすがはフィロリアル様、嗅覚に優れているという事でしょう。
「景色は幻想的だけど、確かに空気は悪そうだね」
「デートには良さそうな場所なのですがな」
致命的な程臭い訳でもないので、むしろ普段と違う雰囲気だと感じてしまうと思いますぞ。
そんないつもと違う雰囲気や場所を共有する事がデートの秘訣ですからな。
ああ、フィーロたんと遊園地に行きたいですぞ。
ですが、ここはフィロリアル様達にとって受けが悪い場所である様ですな。
いずれフィーロたんとデートする時の為にここはダメだと記憶しておきましょう。
「ここでデートって発想が真っ先に出るのは……何だかんだ元康くんが経験豊富だったのがわかるね。けど、女の子相手に工場でデートって大丈夫なの?」
「実は工場は夜景が綺麗なのは元より、見学中は知らない事を知る機会が多いのですぞ。俺の基準になりますが、候補としては遊園地並みに手堅いでしょうな」
「へー……」
もちろん俺の世界では、と補足しておきます。
異世界に来る前の俺が知性や教養を好む豚と行くなら候補には入れていたでしょうな。
デートと言えば遊園地や映画のイメージですが、大事なのはコミュニケーションですぞ。
男性の全てがゲームやマンガに熱中している訳ではない様に……フィロリアル様も好きな物は千差万別ですからな!
お互いがお互いを知る事こそがデートなのですぞ!
前回のループでフィーロたんとツーリングに出かけた時の記憶が蘇って来ました!
「魔法都市みたいだけど、確かにちょっと良い感じはしないねぇ。なんでだろうね」
パンダも何やらキョロキョロと辺りを見渡しておりますぞ。
コヤツもその辺りが敏感なのかもしれませんな。
そうこうしていると、今回視察する工場の長が出迎えてくれました。
話によると就任して数日だそうですぞ。
先任の工場長は敗戦を知ったと同時に職務を放棄して逃げたそうですな。
タクト残党との繋がりを疑われている人物だとかなんとか。
「盾と槍の勇者様一行、よく来てくださいました。当工場は元シルドフリーデン代表ネリシェンと重罪人タクトに委託され経営していた工場でございます」
「不祥事に対して閉鎖とかはしていないんですね?」
「はい……閉鎖を行いますと、近隣の者達の仕事が無くなってしまう為、需要のある品の生産を継続して行っておりますが……それも少しずつ停止していく予定であります」
これは……リソースですな!
前回のお義父さんが言っていました!
「需要ね……確か銃器とかはLvに依存していて、Lvの低い者からしたら玩具に等しいんじゃなかったっけ?」
「ネリシェンが推進していた銃の生産や開発は一時停止しており、金属の製鉄……薬品、紙等の生成ラインを動かしております。それと盾の勇者様の要望もあり、ネリシェンが在任中だった時と似た状況を再現する様に従業員には指示しております」
つまりありのままを見せようという事ですな。
少しは殊勝な心がけが出来る様になってきたという事でしょう。
「わかった」
「今は勇者様方の為に一時的に停止させていた生産ラインを稼働させています。後は……見ればおわかりになるかと思います。こちらへ」
そう言われて俺達はシルドフリーデンの工場の視察を行いますぞ。
まずはこの工場がどの様な経緯で建設されたのかの資料が廊下に張り出されておりますな。
記念館みたいですな。
お義父さん達が来る事を前提に仮設で作った訳ではなく、シルドフリーデンの議員的な者達を招待し、開放的な作りをしている……つもりとの話ですぞ。
何だかんだで、シルドフリーデンの歴史まで乗っていますな。
「シルトヴェルトの方針からはみ出た者達が新たな新天地を求めて移住し、無数の部族がせめぎ合うこの地に乗り込み、現地民を駆逐しながらその土地を占拠して行った、と……先住民がアレだね」
倒すべき悪の様な感じでウサギの耳が生えた亜人との戦いを載せていますな。
……?
このウサギ耳の亜人、どこかで見た覚えがありますな。
う~ん……どこでしたかな? 思い出せませんぞ。
倒した先住民の衣装を戦利品として展示している写真の様な物がありますな。
弓らしき物が記されておりますぞ。
それと……月ですかな?
亜人の中にもいろんな文化があるのでしょうな。
そうして表と言うか本来の視察順路を工場長は巡回して行きます。
「ここで我が国シルドフリーデンは新世代の武器となりえる銃を設計から量産に至る全てを行っておりました。もちろん鉱石の採掘も行われており、魔法適性が無くても使用可能な爆発物等もこの工場区域内で作られておりました」
「なんて言うか……うん、生産工場に来た感じだね」
「そうですな」
パッと見は……製鉄から銃器の製造、開発ライン等を見る限りだとしっかりとした施設に見えますな。
これはこれで需要がある様にも思えますぞ。
「まあ、ここまでは来客に見せる健全……プレゼンをする順路でございます」
「不吉な言い方だね。じゃあこれから闇も見せてくれるって事で……良いんだよね?」
「もちろんです」
観察順路の者達はネリシェンの派閥所属だったとの事で上級作業員扱いだったとの話。
派閥が追いやられた事で既に逃亡したか地位が下げられているそうですぞ。
そうして……順路の奥にある扉を一枚抜けた先へと工場長は案内しました。
「そしてこちらが本当の生産ラインです」
「これは……うん、見栄っ張りなのかな?」
お義父さんがやや呆れた様子で工場の奥を見て言いましたぞ。
そこにあったのは先ほどの清潔な生産ラインとは打って変わって、錆びついた工場がありました。
カンカンと……古くから続く鍛冶場を錆びまみれにしつつ作られた様な……粗悪な環境ですぞ。
ベルトロールで流れて来る何らかの部品を従業員が死んだ目で叩いたり、魔法を施したりしております。
従業員達の顔がやつれている様に見えますな。
獣人等も混じっておりますが……一目でわかるほど疲れ切った顔をしていますな。
「あ、工場長! そちらにいらっしゃるのは勇者様ですね!」
やつれた従業員が俺達の方を見て顔を上げ、朗らかな笑みを浮かべますぞ。
「ええ、皆さん、各自無理の無い範囲でがんばってください」
「はい!」
それから俺達の方を見て従業員達は目をやや輝かせつつ頭を下げました。
もう演技をするのをやめました、みたいな顔ですな。
おい、どういう事ですぞ。
「此度はネリシェンとタクトを排除して頂き、本当にありがとうございます!」
「あ、はい……」
「どうかタクト残党の駆逐をお願い申し上げます!」
こんな所でお礼を言われるとは思っていなかった様で、お義父さんは困った顔でお答えしました。
確かに、普通であれば事業主であるタクト達を倒されたこやつ等は困る側のはず。
何故こんなに嬉しそうなのですかな?
「どうですか?」
「いや……どうですか? とは?」
「勇者様方のお陰で過酷な労働環境から脱却する事が出来て、みんなやる気に満ちております!」
「これが!?」
さすがのお義父さんもビックリしていますな。
完全にブラック企業その物の様な労働環境を喜んでやっている様に見えますぞ?
ふと、ここで最初の世界や前回のループでの知識が浮かんできました。
シルドフリーデンに行く途中の飛行機でも思い出していた出来事でもありますな。
「確かタクトは守銭奴でドケチだったのでしたな」
意味も無く金を貯め込み、使うべき所でも金を使わない人物だったそうですぞ。
ちなみに転生者にはこう言った無意味なドケチが多いそうです。
お義父さんはケチではありますが必要な所への融資は惜しまない方でしたからなぁ……。
リソース管理と生産性に重きを置いているとお義父さん自身は仰っていました。
使う金が多ければ多い程、出来る事が大きくなるとかなんとか。
大きい事が出来れば生み出す富も多くなるという事でしょう。
まあこの辺りは俺の仕事ではないので、全てお義父さんにお任せですぞ。
「はい……ネリシェンが推進した製紙、銃器、飛行機事業ではありますが、運営は国の税金で賄い、利益の大半はネリシェンとタクト派閥の活動資金として扱われておりました」
「国の税金を使って利益は自分達の懐に入れるって……」
「とはいえ、この地は元々鉱山地域で、それも廃れる寸前だった所をこうして改革を行ったお陰で産業は潤ったのですが……何分、新事業でして税がとても重く、従業員達は過酷な労働が強いられておりました。末期には18時間以上もの労働時間が常習化していました」
尋常ではないですな。
これが噂のブラック企業という奴ですかな?
「じゅ、18……だ、大丈夫だったの?」
「えー……倒れる者も多くいましたが、これだけの環境でも生活の質は大きく上がっていたので……」
逃げるに逃げ出せず、かと言って少しずつ絞殺される状況を甘受しなくてはいけなかったのですな。
恐ろしい程の環境ですぞ。
「何より、タクトが開発したこの特製スタミナ回復ドリンクが配布されていたので、この様な無茶な労働環境も実現可能でした」
スタミナ回復ドリンクですかな?
見た所……容器は魔力水や魂癒水などとあまり差はありませんな。
しかし、奴の作った飲み物というだけで疑いの目を向けてしまいますぞ。
「それ、大丈夫なんですか?」
「もちろん調査の結果、製造が禁止される位、危険な代物です」
「ですよね……」
お義父さんがドン引きしています。
こんな物を飲んでいたら一年で身体が壊れてしまうとかなんとか。
タクト……ある意味、凄い奴ですぞ。
どうすればそこまで人を人と思えなくなるのか不思議でなりませんな。
そんなに金が欲しかったのですかな?
ちなみに使用者曰く、味は良いらしいですぞ。
癖になるとかなんとか。
「勇者様が来訪されるとの事で、国の上層部が隠蔽するかもしれないと考え、現物を残しておきました。証拠品として勇者様方に提出致します」
確かにあの調子では巧妙に隠蔽されていてお義父さんの耳に入らない、なんて事態もあったかもしれませんな。
コヤツ等、タクトに使われていた割には考えているみたいですぞ。
さて、俺の槍が内包している薬調合系のスキルで解析してみますぞ。
う~ん……巧妙に隠されていますが、俺でもわかる程度には毒物が混ざっています。
中毒性が極めて高いと出ていますぞ。
体力が多少回復し、集中力が増すみたいですが、思考力が極端に弱まる性質がありますな。
もはや新種の毒薬ですぞ。
タクトはこれで俺は天才だとでも思っていたのでしょうな。
あるいはこの薬があればコイツ等はずっと働いてくれるとでも思っていたのでしょうか?
やはり下の者を思う心というモノが致命的に欠落していますな。
俺はこのタクト特製スタミナ回復ドリンクを『社畜ドリンク』と呼ぶ事にしますぞ。
「シルトヴェルトへの多額の賠償金を支払わねばならない状況ではありますが、それでも現状の労働賃金は倍、労働時間は三分の一になっております」
「そ、そうなんだ……」
お義父さんが唖然とした口調で頷きました。
「一体どれだけ突き詰めた守銭奴なんだ……」
お義父さんがポツリと呟きました。
今の状態でもかなりの締め付けらしいですからな。
タクト共が居た頃はどんな感じだったんだって話ですぞ。
「よく独立しようって人が出なかったね?」
「えー……その様な事を行うと、謎の変死や病等が頻発しまして」
「それって間違いなく口封じされていたって事だよね」
「おそらくは……」
真っ黒ですな。
よくこんな状況で人が集まるものですぞ。
人は幾らでもいるという神経だったのですかな?
貧民に捨て金をばら撒き、重労働をさせ、多大な利益を絞り取って居たのは想像に容易いですぞ。
「そして……出た利益や金銭などですが……ネリシェンの逃亡と同時に関係者達も金銭を抱えて雲隠れをしてしまい、多大な負債となってこの地に……更にこの工場での生産能力はピーク時の半分にまで落ちていますので、財政立て直しの為の収益もそこまでは……」
「本来は労働環境の改善が行われて従業員のやる気が向上したら生産性が多少は回復するはずなのに、それで半分って事は……」
元々過剰で醜悪な生産状態だった訳ですな。
むしろ回復して半分なのでしょう。
と言うか、どうしようもないですな。
タクト派閥残党はどれだけ金銭を抱えて逃亡したのでしょうか。
元々見過ごすつもりはありませんが、その金額によっては警戒度を上げる必要があるでしょうな。
もはや一国に匹敵する程の金銭を持ったテロ組織と化している事にお義父さんは頭を抱え始めました。
「タクトを仕留めた時に女達を逃がしたのがここまで尾を引くなんて……別世界の俺が羨ましいよ」
最初の世界は元より、タクトを迅速に処理出来た場合は金を持って逃げられる事はありませんでしたからな。
ある意味……最初の世界よりも被害は甚大かもしれませんな。
完全に泥船ですぞ。
「これが当工場で作られた銃です。記念に勇者様方に献上致します」
工場長が笑顔でお義父さんに銃を渡そうとしますぞ。
俺が言えた事ではないかもしれませんが、その笑顔はどうかと思いますぞ。
「いや、さすがにいらないよ。笑顔で渡そうとしないで、怖いから」
この銃……製作者が転生者のタクトだけあって、地球の銃器に似ていますな。
俺はそこまで詳しくはありませんが、こういう形の銃をマンガなどで見た事がありますぞ。
「銃ねー、あたいは興味があるね。勇者の力でLvを上げたら良いんだろ?」
パンダが銃……アサルトライフルを持って構えますぞ。
使い方がわかるのですかな?
「ただ、ちょっと小さいね」
巨漢のパンダではアサルトライフルは小さいと言う事ですぞ。
それとも亜人用に改良して、口径でも大きくするのですかな?
「ラーサさんなら亜人姿だと丁度良いんじゃない?」
「そうだねぇ……ただ、ちょっと亜人姿じゃ不安だね。場合によっては使うか考えておくよ」
「んー?」
「愚かな者達の扱う愚かな武器ですわね。この様な品が無くても私達は戦えますわ」
「あははーバンバン楽しそうー」
「コウ、銃を玩具にしちゃダメだよ。君が使ったら間違いなく玩具じゃ済まないから」
俺が育てたフィロリアル様のステータスは高いですからな。
豆鉄砲でも相当な火力が出せますぞ。
そんな感じで銃の生産工場を後にした俺達はその足で今度は製紙工場……飛行機などの部品を作る工場、車の生産工場……次々に回って行きました。
どれも似た様な労働環境だった様で、収益のほとんどを吸い取られた挙句トンズラされたとの話でした。
唯一の救いは労働者達がお義父さんに好意的である事でしょうな。




