チャンス
「技術や流通はフォーブレイとゼルトブルに敵いやしないよ。国民単体の戦闘力で見るならシルトヴェルトだろ? ちょっと前までのシルドフリーデンと言えば割と平和で技術や戦闘力も高め……総合的には強国って所が長所かねぇ」
「ちなみにメルロマルクはどうなのですかな?」
「あ? まあそこそこ強い国じゃないかねぇ? 亜人獣人が喜んで行く様な場所じゃないからアタイもまた聞きだけどねぇ。昔の戦争じゃ各国に大打撃を与える位には強かったって話さ。シルトヴェルトを実質敗北させる位にはね」
国力的にはフォーブレイとゼルトブルが二大で、次点がシルトヴェルトとシルドフリーデン、メルロマルクって事なのでしょうな。
「メルロマルクの雌狐って呼ばれる女王は英知の賢王と結託していて外交でいろんな問題を解決したり、かわしたりするのが上手いって話だねぇ。アイツの所為でゼルトブルが起こそうとした戦争の火種が消されたって話も聞いた事があるよ」
「へー女王様ってそんなに優秀なんだ」
「口が上手いって話だね。アタイ達もいつか会う事になるから十分に気を付けるんだよ?」
「有能なのは確かですな。ですが奴の性格上、特に敵対する事は無いと思いますぞ」
少なくともこれまでの全てのループで女王が敵になった事はありませんぞ。
それもこれも女王が波を脅威として認識しているからでしょうな。
なので波が無ければ状況は変わっていたかもしれんぞ。
「どうだか……今回も上手い事立ち回った様にしか見えないしねぇ」
パンダは女王の事を疑っている様ですな。
俺としては女王は便利な存在ですが、傭兵から見たらこんな感じだという事でしょう。
「さて……そんなシルドフリーデンだけど、ラーサさんにはどう見える?」
「正直、国民の格差ってのが凄いんじゃないかって思うね」
「あー……そうだね」
お義父さんの代わりに俺が外を見ますぞ。
確かにそうですな。
亜人、獣人、人間の偏りはそこまで無いのですが、服装がくたびれた感じの者達が多く見えますぞ。
逆に高そうな服を着た者達もおります。
混ざって居ない感じですな。
なんて考えていると今度は亜人だけで揃った歓迎の列が出てきました。
「亜人街に入ったね」
「亜人街?」
「そうさね。亜人だけしか入れない地区、人間だけの地区ってのがシルドフリーデンにはそれぞれあるのさね」
「亜人と人間が平等な国なのに?」
「アタイもよく知らないよ。ただ、同族同士じゃないと落ちつかない時ってのがあるんだよ。そう言ったストレスを緩和するために区分けしてるって話さ」
「フォーブレイにあったっけ? そう言った場所」
「王族専用の住居区がありますな。国民の方は知りませんぞ」
フォーブレイの様な王族専用の住居区ではないのですかな?
なんとなく覚えていますぞ。
確かアレは最初の世界の事ですぞ。
平和になった後の世界で、行った事があります。
フィーロたんINライブツアーで立ち寄らなかったのですぞ。
「何それ?」
「王族の血が混じってないと住めない街があるのですぞ。ただ、人種に関しては千差万別に見えましたな」
「あそこは勇者由来の血筋だからね。勇者の血が混じってるなら人種なんて拘らないのさ。それ以外は仲良くってね」
「ゼルトブルは……そんな区域はありませんな」
「あそこは金が全てさね。同族で集まりたけりゃ専門店に行けば良いんじゃないかい?」
「へぇ……色々あるんだなぁ」
「それぞれ認識が違うんだよ。気にしてたらキリがないよ」
「なんか納得し難い国だなぁ……特にシルドフリーデンって」
「ま、歴代の代表は全員亜人の国だからねぇ」
つまり自由の国と謳いつつ、種族による優劣があるという事でしょう。
パンダではありませんが、気にしたらキリがありませんな。
ハッキリ言ってどうでも良いですぞ。
「ああ、そうなんだ」
なんて感じでお義父さんが溜息を吐きつつ馬車は進んで行きました。
道中には不安を押し殺したシルドフリーデンの者達が盾の勇者来訪を歓迎するとばかりに旗を振っておりました。
そんな訳でシルドフリーデンの代表達が集まる建物に到着したのですぞ。
シルドフリーデンは横に大きい城とも言い難い妙な建物が代表の住居の様ですぞ。
そんな建物の中を進んで行きました。
ああ、もちろんテロリストが何かするかもしれないと警戒をしておりましたが、事前調査が入ったのか、シルトヴェルトの者達が入念にチェックをしたお陰でしっかりと解決している様ですぞ。
「こ、れはこれは……よくぞ我等がシルドフリーデンに来てくださいました。盾の勇者様、槍の勇者様」
若干震えつつ青い顔をしたシルドフリーデンの代表達らしき連中がシルトヴェルトの者達に見張られた状態でお義父さんと俺を出迎えますぞ。
「此度の戦争は国の代表をしていたアオタツ種の代表、ネリシェンが偽りの情報によりシルドフリーデンの全権を私的に利用した事が原因で起こった事であり、シルドフリーデンの国民の総意ではない事を勇者様方はご理解頂けると思います」
HAHAHA。
いきなりご挨拶ですな。
そんな冗談がお義父さんに通じると思っているのですかな?
お義父さんが商人モードに入った様に目を細めて代表を睨みますぞ。
「つまりそれは……これだけの騒動を引き起こしながら全責任を前代表だった奴がした事だから、自分達は何の非も無いって事?」
「い、いえ……そう言う訳では……」
「戦争なんていけないとか君達は意見する事が出来たよね? にも関わらず自分達の正義感を満たす為に前代表の身勝手な復讐に加担して、負けたら騙されていたんだって手の平を返せるとでも?」
何やらごもごもと口ごもって行く代表達にお義父さんは更に追撃を仕掛けますぞ。
「これでシルトヴェルトが負けて真実が明らかになった時、君達は同じ事を前代表だったタクト派閥に詰問したのか考えて欲しいんだけど?」
「そ、それは……出来ます!」
HAHAHA、無理ですな。
仮に出来たとしてもタクト派閥の連中に消されて終わりですぞ。
「相手が既にここに居ないなら誰だってそう言えるよね。なら実際に行動に移せば良いじゃないか。しなかったのは君達でしょ? こっちは常時外交で起こった出来事を発信し続けていたんだから、既に君達は答えを出しているんだ」
お義父さんの泳がせてから切る話術が炸裂しておりますぞ。
シルドフリーデンの者達も謝罪はしていますが、目では絶対に謝っていないって感じですな。
「若輩者の異世界人の癖に偉そうに……とか思ってそうだね」
お義父さんがポツリとこぼすとシルドフリーデンの者達の一部が視線を逸らしました。
図星だったのでしょうな。
「これでも俺はシルトヴェルトを背負って、盾の勇者としてここに来ている。世界を波の脅威から守る為、協調性の無いシルドフリーデンへ視察に来たんだ。わかっているよね?」
「は、はい! 重々承知しています!」
「その割には随分と手荒な歓迎をしてくれた勢力がいた様だけどね。君達の警備はザルよりも多く穴が空いているのかな?」
それはもう只の輪っかと何が違うのですかな?
「前代表の暴走……トカゲのしっぽの割にその後の行動がおざなりだと思うよ」
ここぞとばかりに不快である事をお義父さんはこれでもかとシルドフリーデンの者達に向かって当て擦りをしますぞ。
相手も青い顔をし続け、頭を下げることしか出来ないようですな。
「あまりふざけた事をし続けると……シルドフリーデンという国が消える可能性も考慮した方が良い」
「ヒィ!?」
お義父さんのドスの利いた声と俺の殺気、そしてシルトヴェルトから来た者達がシルドフリーデンの者達に向かってこれでもかと脅しかけますぞ。
「そんな真似をして世界がどう思うのか――」
「既にシルドフリーデンの大義も何も無いでしょ? 大国フォーブレイからもシルトヴェルトに一任されている。勇者伝説に泥を塗ったタクトに協力していた国なんだ。世論は既に君達と国が消える事を望んでいる……なんて事を知らない程、上層部は腐っていないよね?」
きっとわかっていないと思いますぞ。
何と言いますか、選択を間違えたら自分達がどのように処分されるか、最悪の未来を想像出来ていない連中って感じに見えますな。
未だに強国のつもりなのがわかりますぞ。
「勇者相手に数は無力ですぞ? 先の戦いでその身を持って知ったはずですな」
俺もお義父さんの脅しに協力します。
この元康アイが黒い内はお前等の暴挙など許しませんぞ。
「ああああああ……」
シルドフリーデンの者達は俺達の脅しに恐怖で腰を抜かしている様ですな。
ははは、無様ですぞ。
「そんなシルドフリーデンに俺はチャンスを与えに来たのに、この始末……」
「どうか! どうか我々にチャンスを!」
シルドフリーデンの者達は許しを請う様にお義父さんに向かって深々と頭を下げました。
う~ん……コヤツ等、どこかで見た様な反応ですな。
まるで昔の俺みたいですぞ。
何となく同情の念が浮かんできました。
ふむ……どうやらお義父さんはこういう路線に持って行きたかったみたいですな。
では、お義父さんの考えに乗っかる事にしましょう。
「お義父さん、チャンスを与えるのはどうですかな?」
俺の提案にお義父さんがキョトンとした表情で俺を見ました。
それからシルドフリーデンの者達の方へ視線を戻してから腕を組みますぞ。
「……と、槍の勇者である元康くんが猶予を与えてくれた。二度とこんな真似が起こらない様に警備は元より、反抗的な者への粛正に力を注げ!」
「は、ははー!」
そう言ってからシルドフリーデンの者達の一部は指示を出しに部屋から出て行きました。
「……さて、じゃあこれからの問題に関して、この国の代表を担っている方々と会議をして行こうじゃないか。とは思うけど、ここまでの道のりでこちらも多少なりとも疲れている。少し休憩をしたいのだが、良いか?」
「はい!」
シルドフリーデンの者達が頷き、シルトヴェルトの者達の案で施設内にある大きめの部屋に俺達は案内されました。
もちろん敵の卑劣な罠などは先ほど調べたので問題ないですぞ。
パンダ獣人はいつでも侵入者に対処できる様に入口の前に待機する様ですな。
ユキちゃん達は部屋の奥へ入って椅子に腰かけたりしはじめました。
「ふう……まったく、国の代表をする自覚があるのかって言いたくなる位な人達だな」
「国の上層部なんてああ言うもんじゃないのかい?」
「俺の知る王族はもっとやる気と責任感に満ちていましたが?」
少なくともメルロマルクの女王と婚約者は良く出来た代表だと思いますぞ。
クズに関しては……微妙な所ですな。
覚醒後はともかく、ほとんどのループでは無能を絵に描いた感じでしたからな。
まあお義父さん曰く、政治って言うのは腐りやすいとの話なのでしょうがないのかもしれません。
「そんな優秀な人に任せたいなぁ……」
「ではメルロマルクの女王に一任しますかな?」
「アンタは何言ってんだい?」
俺の提案にパンダが転びかけてから呆れた視線を向けてきました。
なんですかな? 俺の意見がおかしいと言うのですかな?
「あのね元康くん。メルロマルクって亜人関連の国からしたら敵国でしょ? さすがにメルロマルクにシルドフリーデンの仮統治なんて任せられる訳ないよ」
ですが、最初の世界では実質クズと婚約者がシルドフリーデンの政治に色々と口出しして黙りこませていました。
戦後賠償金等でも盛大にむしり取って、そこそこ内部争いが勃発し、その後のドサクサでしっかりと統治された覚えが……ある気がしますな。
あくまでまた聞き程度ですがな。
「元康くんの知る世界だと色々と無茶が出来たのかもしれないけど、この世界だとそこまで大胆な改革は出来ないよ」
「ふむ……政治というのも難しいのですな」
まあ、今のメルロマルクに一任するには荷が重いと言う事でしょう。
「そもそもメルロマルクを痛い目に合わせたいからシルトヴェルトに俺は行ったんだよ? 相手に甘い汁を与えてどうするのさ」
ああ、そうでしたな。
エクレアのお陰でダメージを軽減しましたが、本来はメルロマルクのクズと三勇教を仕留めるのが俺達の目的でした。
「元康くんの知識でも印象の強い優秀な代表って、メルロマルクとかその辺りにしかいなさそうだからね。ある程度調べたらシルトヴェルトで信頼できそうな人に任せるのが妥当な所なのかな……?」
「その辺りが妥当じゃないかい? アタイもそこまで意見出来る立場じゃないけどね」
「参考に出来るから教えてくれると助かるよ。俺はまだまだこの世界の事を知らないんだしね」
なんて感じにお義父さんはパンダと話をしておりました。
「でさ、ちょっと気になったんだけど」
「なんですかな?」
「ちょっと失礼かとは思うんだけど、元康くんがシルドフリーデンの人達にチャンスを提案するなんて、何か裏でもあるの?」
裏ですかな?
俺に何か企みがあってシルドフリーデンの者達に機会を与えたとお義父さんは深読みをしてしまっている様ですぞ。
ですが、そんなに深い理由がある訳ではありません。
「……俺も数々の失敗の末にラストチャンスをもらった事があったのですぞ」




