ローブ豚
コロシアムでの生活が一週間経過した日の夜ですな。
お義父さんがお姉さん達を連れてゼルトブルの港へと行く事になりました。
当然、俺も同行していますぞ。
ゼルトブルは光と闇がありますからな。
ここは闇の方の港で、中々に暗い雰囲気を出しています。
そしてお義父さんは約束通りとばかりに魔物商に声を掛けました。
「これはこれは盾の――いえ、ロックバレー様。ハイ」
するとゼルトブルの魔物商がお義父さんを笑顔で出迎えました。
おや? お義父さんの偽名ですかな?
最初の世界でお義父さんが開拓した領地をそう名付けたのを覚えていますぞ。
まあ、お義父さんの事ですから名字をもじって付けたのでしょう。
偽名としては丁度良い感じだと思いますぞ。
「注文した奴隷が届いたと聞いたんだが?」
「ええ、こちらに……いやぁ、ハーフェン商会からの援助もありまして、現地の商人も仕入れやすくて助かったと申しておりました」
「ほう……」
パッカパッカとばかりに魔物商が船から馬車を降ろさせて、指示を出しております。
その馬車の脇を付いて来る全身ローブの人物が印象的ですな。
お義父さんが代表として魔物商が斡旋するそのローブを羽織った人物を紹介している様ですぞ。
「ラフタリア、サディナ、積荷を確認してくれ」
「は、はい」
「はーい」
ちなみにフィーロたん達フィロリアル様は後方で待機しておられますな。
ゼルトブルの闇の港の暗い雰囲気はあまり好ましくは思っておりませんが、馬車が引けると知っているので今か今かと待っておられます。
お姉さん達は馬車の中を確認するように覗きこんでおりますぞ。
俺もチラッと中を見た所、中には檻が嵌めこまれており見覚えのある亜人達が暗い表情で一か所に固まっていました。
ここでお姉さんのお姉さんがみんなの知る姿として獣人姿で顔を出しておりますぞ。
「はーい。みんな、無事かしら?」
「ブ?」
「あ、サディナさん……」
「ブブー!」
おお、知った顔を見たのかみんな一斉にお姉さんのお姉さんの方へと集まってきますぞ。
さすがはお姉さんのお姉さん、信頼度は非常に高いですな。
最初の世界でもフィーロたんやフィロリアル様達から信頼されている方なので、当然の結果と言えるでしょうな。
「お姉さん達が今からみんなを安全な所に連れて行ってあげるから、安心して良いわよ」
「ブ……ブ?」
お姉さんのお姉さんは何やら明るい様子で微笑んでおりますな。
この辺りの扱いはお義父さんに匹敵するほど、子守が上手ですぞ。
「で、みんな驚くかもしれない事を教えるわね。お姉さんも最初に見た時は驚いたわ。なんと、ここにいる子はラフタリアちゃんなのよ」
「は、はい。みんな、お久しぶりです」
「ブ、ブブブブブ!?」
お? キールっぽい豚が檻からマジマジとお姉さんに詰め寄っていますぞ。
しかし……信じるまでの経緯が違うのは、やはり事が起こるまでの信頼が関わっているのですかな?
お姉さんやその御友人だけでは、信じてもらうのに少し時間が掛りました。
それがお姉さんのお姉さんがいるだけでこんなにも早く信用を得られるとは……お姉さんのお姉さんは随分と信用されているのですな。
「じゃあみんな、知らない子が居ないか数えた後、確認しやすい様にならんでねー」
「うん!」
「ブブブー!」
そんなこんなで割と手早く確認作業は終わった様ですな。
お姉さんがお義父さんに声を掛けますぞ。
「はい。村のみんながいるのを確認出来ました。体調が悪い子もいるようですが、どうにかなりそうです」
「そうか……で」
お義父さんはユラッと全身ローブを羽織った人物に視線を向けますぞ。
確か村の者達を集めるのに協力した輩とかなんとか。
見るからに怪しい奴ですな。
しかし、ハーフェン商会……どこかで聞いた覚えがありますぞ?
どこでしたかな? 最初の世界でしたかな?
いえ、あれは……。
「協力してくれた事には感謝するが……目的はなんだ? 金か?」
「……ブー、ブブブーブーヒ」
ローブの人物は何やらけだるそうに鳴きました。
この鳴き声、何やら聞き覚えがある気がしますな。
「……それに何の意味があるんだ?」
うーん……豚語がわかりませんな。
キールの様に喋る犬になってくれれば楽なのですが……。
それこそシルトヴェルトにいる喋る豚獣人でも問題ないですぞ。
「お姉さん、奴はなんて言ったのですかな?」
「金は割り引く代わりにナオフミ様の行動に一枚噛ませて欲しいわ……っとおっしゃってますね。勇者なのにどうして言葉がわからないんですか?」
「奴が豚だからですぞ」
「は?」
目的の見えない行動にお義父さんが警戒を強めているのが一目でわかりますな。
するとローブを着た豚は片手を上げて何度も鳴きはじめました。
「ブブブ……ブブ、ブブブブブヒ、ブヒブヒブヒ」
それからハッとお義父さんは何故か俺の方を見てから再度ローブの豚に尋ねましたな。
歯痒いですぞ。
槍をくるくる回して苛立ちを堪えているとお姉さんが教えてくれました。
「……正直、口封じにいつ私を殺しに来るかわからないのが嫌だし、それなら何かしら手土産を持って交渉した方が生き残れそうだから、こうして協力しているの。わからないのかしら? と言ってます」
そこで俺はコイツが何者かわかったのですぞ。
飛んで火にいる夏の虫。
自分からやってきたなら刺し殺してやりますぞ。
無様に世の中を呪いながら死ね! ですぞ。
「ブ、ブブブブ? ブブブブブ」
すかさずお義父さんが俺を止めるかの様に手を伸ばしました。
「元康の蛮行を誰にも話しておらず、俺達に追い風が吹いていると商売の勘が告げている……か、まさか元康から逃げ伸びたお前とここで遭う事になるとはな」
「ブブブブブ」
お義父さんに止められて俺も止む無くローブ豚……ではなくエレナ、怠け豚へ槍を向けるのをやめますぞ。
俺一人であれば殺している所ですが、お義父さんが止めるのですからしょうがありません。
何より、コヤツは以前のループで役に立った事がありますからな。
状況によっては利用価値があるかもしれません。
価値が無ければ処分すれば良いだけですぞ。
「で? 元康の蛮行を風聞していないってのは本当なのか?」
「ブブ」
「それは確かです。ハイ。何の情報かはわかりかねますが、私共の仕入れる事が出来る範囲で、メルロマルク内で本物の盾の勇者様と槍の勇者様の騒動は耳にしておりませんです。ハイ」
ほう、相変わらず怠け豚は自分の保身に走りますな。
まあ広まっていたら最終的に殺しに行く所ですぞ。
しかし『本物の』という事は偽者のお義父さんはいる様ですな。
以前のループでも偽者は頻繁に現れたので、別段珍しい事ではないですぞ。
ですがコヤツ等、よく本物と偽者の情報を区別出来ますな。
やがてお義父さんが補足するゼルトブルの魔物商に詰め寄り、睨み付けながら金袋を揺らして尋ねますぞ。
「本当か? 嘘だったら俺の所の狂犬がこの港を火の海にするぞ?」
おお……お義父さんの特技である脅しですな。
ところで狂犬とは誰の事でしょうか? お姉さんですかな?
いや、きっとキールの事を言っているのでしょうな。
ですが、今のキールはそこまで強くないと思いますぞ?
俺がクレープの木からクレープを取っただけで激怒して襲って来たのを覚えていますぞ。
それからも事ある毎に俺が少しばかりクレープを取る度に怒って襲ってきました。
ま、途中から俺も上手く逃げれるようになりましたがな。
HAHAHA。
「本当でございます。ハイ。精々南西の村で植物が増殖しているとの話が出ている程度でございます」
「ふむ……まったく関係なさそうだな」
ポイッと金袋を魔物商に渡した後、怠け豚にお義父さんは視線を向けますぞ。
植物ですかな?
「で、お前の目的は何なんだ?」
「ブブ、ブブブブヒ。ブヒブヒ」
怠け豚は相変わらず何を言っているか全くわかりませんな。
しかし、お義父さんに任せれば万事解決でしょう。
「その人、船の中では俺達にちゃんとした食事をくれたよ」
お姉さんの友人内の少年が後押ししていますな。
「ここぞとばかりに恩を掛けておいてあるのか……面倒な事を……」
何を言っているのかわからないので俺が辺りをキョロキョロとしているとお義父さんが溜息をしながら振り返りますぞ。
「目的を聞いたらな。お前のやらかした事は黙っている。手土産に村の奴隷共を連れてきたから命の保証と事が収まるまで俺達の配下として活動したいって提案して来てるんだよ」
おお……なるほど。
「怠け豚らしい理屈ですな」
生存本能だけは無駄に高く、打算的で状況判断がそこそこ高いですな。
考えてみれば多くのループで生存していますぞ。
最初の世界でも生きていたのでしぶとさだけなら相当な物があるでしょうな。
「それで元康。コイツは信用出来るのか?」
「そうですなー……少なくとも平和になった後でも生きてましたな。お義父さんの商売仲間をしていた記憶がありますぞ」
「ブブ?」
「となると問題はあるが敵とする程じゃないって事か」
「ちなみに最初の世界以外でもお義父さんの配下となって商売の手伝いをしていた時がありました。悔しいですが中々に商売が上手らしいですな」
お義父さんに嘘は吐けませんからな。
怠け豚と言えど、スペックと実績はしっかりと教えてやりましょう。
「そうか……じゃあ俺に絶対服従の奴隷になるなら元康をけしかけて口封じをしない様にしてやる。それで良いか?」
「ブヒ」
怠け豚はコクリと頷きました。
「大丈夫なんですか、ナオフミ様?」
「奴隷紋がしっかりと機能するなら問題ないだろ。それこそ、あの件を含めて機密事項をしゃべろうとすれば処分するだけだ」
心配しているお姉さんにお義父さんが説明しております。
お義父さんの言う通りですぞ。
まあこの怠け豚が自分の不利になる様な事をするとは思えませんがな。
「あらー……何の話なのかしらー?」
「えー……サディナ姉さん、それは後ほど話しますね。ナオフミ様に非は殆ど無いのですが、槍の勇者が起こした問題なんです」
「あらー」
「とりあえず、ラフタリアの村の連中ってこれで全員なのか?」
「いえ……」
「じゃあ更に追加で探すとして……とりあえずコイツ等を輸送するぞ。フィーロ共ー!」
「「「はーい!」」」
フィーロたんを初めとしたフィロリアル様達が待ちわびたとばかりに馬車を引き始めますぞ。
俺はそんな中でルナちゃんに声を掛けます。
「ルナちゃん、おそらくアレがキールですぞ。奴を育ててお姉さんのお姉さんに犬に戻る方法を教えてもらえば、ルナちゃんはとても楽しくなると思いますぞ」
「うん。わかった」
ルナちゃんは相変わらずあまりおしゃべりはしませんが、俺の言った事は理解した様ですぞ。
こうして村の奴隷達を回収し、お義父さん達はゼルトブルの仮の我が家へと案内いたしました。
それからお姉さんとお姉さんのお姉さんが村の者達にこれからの方針として自分達と同じ様な者達をこれ以上出さない為にみんなで強くなる事、やがてみんなで村を復興させる為の練習としてお義父さん主導でフィロリアル様達と一緒に行商をする事を目標にしたようですぞ。
俺もその場に居たのですが見覚えがある出来事だったので省略しました。
どちらかと言うとやる気を見せてみんなに向かって鳴いたキールをルナちゃんが熱い目で見ている事ばかり気になっていましたからな。
「なんか賑やかーフィーロ楽しいー」
フィーロたんは盛り上がりに合わせて楽しそうにしておりました。
俺も凄く楽しかったですぞ!
俺の楽しさは俺の楽しさ。
フィーロたんの楽しさも俺の楽しさ!
合わせて幸せ、ですぞ。
全て共有されております。
「さて……かなりの大所帯になって来て若干ウンザリして来ているが……」
「まずはお義父さんの料理でみんなを誘惑するのですぞ!」
「さも当然の事の様に言いやがったな」
今までのお義父さんは必ず料理を振舞っていましたからな。
フィロリアル様もお義父さんの料理が食べられると揃って涎を垂らしております。
「ごしゅじんさまのご飯ー」
フィーロたんも一緒になっていますぞ。
「お前等は底なしだから後な」
「「「えー!」」」
「それは御無体ですぞ! お義父さん」
「うるさい。ああ、地面から飯が生えて来ないもんか……」
ん? 何か忘れている様な気がしますな?
おお、そう言えばバイオプラントを回収するのを忘れていますな。
「心当たりがありますぞ」
「ん? そうなのか?」
「ですぞ」
「お前が言うんだからあるにはあるんだろうが……」
なんと、お義父さんが俺の言葉に不安を覚えていますぞ。
俺は役に立つ男ですぞ。
それを証明する為にも必ずやバイオプラントの種を回収して来なければいけませんな。
「問題は無いんだよな? 無駄に死人を出さず、穏便に出来ないか?」
「もちろんですぞ。ではひとっ走り行ってきますかな。フィロリアル様ー! お腹が空いたのなら付いて来るのですぞー」
「「「はーい!」」」
「あ、ああ……」
そんな様子を怠け豚が見ておりましたが、無視ですぞ。
怠け豚の存在など、この世界への影響力は皆無ですからな。
むしろ死の瞬間までずっと横になっていろですぞ。
「フィーロ行かない」
「ルナも」
「コウは行ってくるー!」
フィーロたんとルナちゃんはお留守番ですな。
これで今日のお義父さんの負担は軽減できますかな?
「じゃあ、せっかくだし、お姉さんは漁でもしてこようかしら。ナオフミちゃん、みんなの食事、お願いするわ」
「はいはい……ゼルトブルが眠らない国で助かったな。市場に行って食える素材を買ってくるか」
「フィーロ手伝う!」
ふむふむ、お義父さんとフィーロたんが持ってきた食材から作られる料理……今から楽しみでしょうがないですぞ。
これは素早くバイオプラントを倒して、種を回収して来ないといけませんな。
「じゃあ私はキールくん達の体を綺麗にしておきますね」
「ルナもやるー」
おお、なんとも連携が取れておりますな。
みんなやる気が溢れていますぞ。
俺も負けていられませんな。




