カルミラ島ジンクス・誕生編
「こちらが槍の勇者殿の仲間が宿泊している部屋でごじゃる」
そう言ってから影は唐突に消えた。
どこかで見張っているのだろうが……なんだかな。
ビッチに礼儀を働く義理は無いのでいきなり扉を開けても良いが、一応ノックする。
「……」
何も返ってこない。
部屋に入るとメッチャ不機嫌のビッチが椅子に座って他の女子二人と雑談している。
「――でね」
「わかるー?」
なんか、軽い感じの女共って感じだな。あんまり好きなタイプじゃない。
尻の軽い援助交際とかしてそうな、地べたに胡坐で座る都会の女っていう、俺の世界でいうバカ女を彷彿させられる。
ノックにも反応しないってなんだよ。
戦った事があるけど、コイツ等やっぱり印象悪い。
「おい」
俺が声を出すと元康の女共はチラッとコッチを見て舐めた視線を向ける。
「今回の人員交換で明日の夜まで一緒に行動することになった盾の勇者だ。よろしく」
一応、自己紹介だけはしておく、こういうタイプは一々人の無礼を覚えてネチネチと指摘してくるからな。
ぶっちゃけ早くも帰りたい。
「ほら、お前等も何か言えよ」
馬鹿にされないように注意する。
「やだー……」
「ねー……」
「チッ!」
随分な態度の奴だ。
ビッチは舌打ちまでしていやがる。
ん? よく見たらビッチの装備がよくなっているな。
ああ、元康の奴が買い与えたのか。
まあいいや。
こんな奴と後一日半もいなきゃいけないのか?
勘弁して欲しいな。
「じゃあ唐突だが、早速魔物退治に行くぞ」
「「え~」」
ビッチ以外の女が頭の悪そうな声を出す。ビッチに至っては俺を無視だ。
俺としても、こいつと話はしたくない。お互い無視するのが一番だろうよ。
「少しはゆっくりさせなさいよ」
「そうよそうよ」
「はいはい。勝手にしてろ――」
面倒だ。魔物退治は後回しに……。
「それは困るでごじゃるよ」
壁から声がする。
……はぁ。
「と、国からの指示だ。無視したらお前等の大好きな槍の勇者の立場がどうなるかな?」
俺の返答に女共は渋々、腰を上げて準備を始める。
名前……聞いてないが、良いか。というか知りたくもない。
コイツ等と一緒に行動するとか金輪際ありえないから。
「一応パーティー勧誘送るぞ」
パーティーを誘う。
すっげー嫌な顔しつつ、女共は同意した。
「まずは市場で買い物をしてから入門用の生息地に行くでごじゃる」
ちゃりんと俺の手に金袋が落ちてくる。
……何処に隠れているんだ?
一応金袋に入っている金を確認すると、結構な量が入っている。
これなら二日と言わずに一週間は生活できるな。
「今回は港の船渡しに顔を出せば連れて行ってくれるでごじゃる」
「はいはい」
一秒でもコイツ等と一緒にいるのが嫌だったのでサッサと部屋を出た。
カルミラ島の港にある市場を歩く。
買い物と言っても何を買えば良いんだ?
装備?
食料?
傷薬とか回復アイテムか?
と、ちょっと目を離していたら元康の女共がアクセサリーを販売している店で和気藹々と買い物をしている。
「ちょっと盾の勇者様ー」
なんか甘えた声で女共が俺を手招きする。
むかつく態度だ。聞いているだけで腹が立つ。
「……なんだ?」
「このネックレス買って欲しいんだけどー」
「なんで俺が」
「モトヤス様なら買ってくださるわよー」
「俺は元康じゃない。なんでお前等に買ってやらなきゃいけないんだ」
「少しは仲良くしなきゃ盾も怒られるんじゃないのー?」
馬鹿にするかのようにビッチが言い放つ。
何処までも喧嘩腰な奴だ。
だが、一理ある。
表面上だけでも仲良くしていたと見せないといけないか……?
勧誘するにしても元康の中古女なんていらない。
どうせ貰い物の金だし……なぁ。
とは言いつつ、売っているアクセサリーの値段を見たら全てが吹き飛んだ。
高い!
「なんだこれ!」
幾らなんでも高すぎるだろ。
商売舐めるのも大概にしろと怒鳴りたくなるほどの値段に女共の事をすっかり忘れて商人を睨みつける。
平均相場の倍までなら観光地特有の値上げで我慢できる。
しかし、4倍とはどういう事だ。
「おい」
「はいはい。なんでしょうか?」
「幾らなんでもこれは高すぎないか?」
元康の中古女が欲しがったネックレスをひったくって指差す。
ダミーサファイアネックレス(魔力+)
品質 悪い→(隠蔽)→普通
メルロマルク国の平均だったら捨て値クラスの粗悪品だ。
しかもご丁寧に隠蔽の細工まで施されていて、パッと見は良く見える品だ。
詐欺を働くにしても限度がある。
値段だけなら最上級でもおつりが来る金額の4倍。
舐めきっているのにも限度がある。
他の商品を見たところ、全部似た様なものだった。
「何分、ここは大陸から離れた諸島ですからねぇ。少しは高くなります」
「少し? この隠蔽までして粗悪品を売りつけておきながらか?」
「……こちらも商売ですからねぇ。輸送料を考えるとお高くなりますとも」
この商人、シラを切るつもりだな。
目付きが嫌な感じだ。
ただのクレーマー処理とでも思っているのか俺に散れと手を振っている。
しょうがないな。
「俺の知り合いにこういう奴がいるんだが」
アクセサリー商の証文を広げて商人に見せる。
あのアクセサリー商、この界隈じゃ相当の有名人らしいから効果があるかもしれん。
商人の奴、無視しようかとチラッと証文に目を向けた瞬間、マジマジと証文を読み。見る見る顔を蒼白させる。
「これを話の種にしておこうかな。お前の事はしっかりおぼえて置くぞ」
「ちょ、ちょっとまってください!」
凄い速度で店から出てきて、俺の足元で懇願するように頼み込んでくる。
「なんだ? 俺は忙しいんだが?」
「よく見たら値札を間違えていました! 正しい値段で提供いたしますので少々お待ちください!」
「いやいや、直さなくてもいいぞ。俺はただ奴に話をするだけさ」
「ま、待ってください! 3割引で提供させていただきます」
「あの値段の3割引じゃなぁ……」
「もちろん、正しい金額の3割引ですよ!」
「いやぁ……いらない」
「ま、待ってください! ご、6割引で」
「あのアクセサリー商、何処行ったけなー」
「な、7割――」
「確か国の商人組合だったか?」
「は、8割――」
「相場の4倍で隠蔽してまで品質の悪い奴を売っていた――」
「ええい! 9割引で提供させていただきます!」
ま、こんな所だよな。
「買った」
商売は脅迫と権力、さらには生命の危機を理由に儲けるのが一番良い。こんな真似をしているのをあのアクセサリー商に聞かれたら廃業は確実の制裁が加えられるだろう。
幾らなんでも商売舐めすぎのこの商人への制裁はこれくらいが良い。
「別に薄利多売をしろとは言ってないからな。迷惑が掛かるのは同じ職種の連中であり、おまえ自身だ」
相場より遥かに安めで売りつける奴にも同様の事が出来る。
善良の振りをしているがこういう連中はデフレが起こる。何でも下げれば良い訳じゃない。
相場を無視して高値で売りつける場合は、釣り合うだけの状況がなければいけないんだ。
観光地で本土とは遠い位置にいるという事で値上げは妥当だ。しかも見る限り、他に本格的なアクセサリーを売っている店は無さそうだ。
コイツが追い払っているのか、握りつぶしているのかは知らないがな。
だから他に店がないから値上げをしても買うしか無い。
そして、この商人を抱えている組合は信用を落とす結果になる。
「儲けるのなら相手が笑顔で大金を寄越すようにするんだ」
「というと?」
「考えても見ろ、ここは活性化中だぞ?」
「は、はぁ……」
「こういう噂を広げるんだ。この島原産の鉱石で作られたアクセサリーを付けるとLvアップが上手くいくらしい……とな」
「は?」
「分からないのか? あくまで噂で、実際の効果ではなくジンクスを取り入れるんだ。するとどうだ? Lv上げを目的に来た奴等は験担ぎにと喜んで買っていくようになる」
「な、なるほど!」
少なくとも、俺はそうやって金を稼いできた。
薬が欲しいと聞けば行って売り、除草剤が欲しいと聞けば行って売り、食料が欲しいと聞けば行って売った。
金額こそ高かったが、その多くは笑顔で俺に金を渡してきた。
つまり値段の高い低いよりも、客の満足度が重要なんだ
俺の案に商人は拳を握り締め、納得して立ち上がる。
「後は……分かるな? 本当かどうかは本人次第と注意しつつ高めに売る。これだけで相手は喜んで金を出す。そして喜んで買っていった奴の何割かが効果があったと騒げばもっと客が来る」
まあここまで上手く行く確率は低いが、最初の一手は成功するだろう。
活性化しているという事は経験値が増えている。いつもよりLvアップの速度が速ければ活性化の影響なのに、アクセサリーの噂が本当なのかもしれない、と気分が良くなる。
後はやって来た冒険者の数と力量に依存するので希望的観測になるがな。
「さっそく取り掛からせていただきます!」
商人は俺にネックレスを渡して店を閉めて作業に入った。
「ふう」
良い仕事をした。
ネックレスは結果的にタダで手に入った。
「ほら、欲しかったんだろ」
元康の女共にネックレスを渡そうとすると、距離を置かれた。
「値切りするなんてサイテー」
「しんじらんなーい」
「何考えてるのかしらー」
くっ!
頭に血が上るのを感じ、感情的に口を開く。
「……お前等が馬鹿丸だしで騙されているのが悪いんだろ!」
ウゼェ!
なんてウザイ奴等だ。
あんな高い物を値切りもせずに買うとか何考えているんだ。
少なくとも、俺は間違った事をしていない。
商人は儲けて客も喜ぶ。良い事尽くめじゃないか。
「「「やっぱ盾って最悪ー」」」
何が最悪だ。
ちゃんと考えて行かないと湯水の如く金を使う結果になるだけだろうが!
結局、元康の女共は俺の値切りを愚痴りながら市場を後にした。
「最悪なのはお前等だ! いいだろう。そっちがその気ならお前等に地獄を見せてやる! ラースシー――」
「落ち着くでごじゃる! 盾の勇者殿! そんな事をしたら槍の勇者殿の仲間が死んでしまうでごじゃる!」
「は・な・せ! アイツ等が殺せないじゃないか!」
「それを止める為に拙者が出てきたでごじゃる!」
影が現れて俺の怒りを納めたのはどうでも良い補足か。
人員交換開始早々帰りたくなった。
元康の奴、こんな奴等と仲良くして何が楽しいんだ。
アイツの股間は理解できん。
くそっ! 早く終わらねぇかな。
レベル上げとかもうどうでも良いから、早く時間を進めて明日の夜になる方法を探そう。