盾の勇者の感想【下】
「まったく、何を話しているのよ?」
「お? メルティか」
メルティがそこで顔出しにやって来た。
珍しいな。
「槍の勇者がいなくなったかフィーロちゃんが聞いて来てと言ってね」
「わかってるだろ。絶賛、吟遊詩人をしているぞ」
「……そのようね」
メルティはメルティで元康の話を軽蔑というか、聞かない様にしている。
途中までは、フィーロの代わりに割と頻繁に聞いていたんだが、ある時を境にこなくなった。
元康の話だとメルロマルクで革命があった時の話だったな。
事もあろうに俺に惚れて発情したという話を聞いて真っ赤になって否定していた。
それ以来、この時間は滅多にこない。
とはいえ、メルティの性格から考えて、あながちありえない話でもない、というのが俺の見解だ。
メルティはどちらかと言えば王子様願望が強いからな。
損得勘定の無い英雄的な行動に弱いんだろう。
ま、別世界の俺はそうだったのかもしれないが、今の俺は損得勘定の塊だ。
「まだあのふざけた話をナオフミは聞いていたの?」
「ここは領主である俺の村だ。なんで俺が元康の所為で出て行かねばならん」
そもそもなぁ……かなり元康の創作が入っているんじゃないかと思うんだが。
精霊の力で事実かどうかは試したくない。
なんか色々と嫌な事があるっぽいしな。
何が悲しくてサディナに俺が告白しなきゃならんのだ。
しかも元康の事を慕うとか最悪な状況……それの証明は出来る限り避けたい。
「とりあえずさっさと帰れ元康。お前がいるといろんな所で迷惑だ」
メスリオンも含めて色々と邪魔だ。
フィーロもこっちに遊びに来たいのに来れないとか愚痴る頃合いだろうしな。
「わかりましたぞ!」
なんて言いながら元康は三匹フィロリアル共の所へ帰って行く。
「むー」
「やっと終わりましたか?」
「その話あんまり面白くないです」
ま、三匹フィロリアル共は揃って出番が無いからな。
つまらないのも道理だろう。
つーか……元康狙いの枠がユキとやらだけだしな。
元康からしたらそっちの方が良いんじゃないか?
ああ、そういや元康からしたらフィロリアルは等しく愛でる者で、愛しい相手はフィーロとフィトリアだけだったんだか?
「ほらほら! お前等もさっさと寝ろ」
「なおふみーガエリオンは諦めないなのーラフーになってなおふみのハートを得るなの! それまで童貞を守るなの」
「くたばれ!」
とはいえ、ラフ種になってまで俺の心をという精神は評価してやる。
少しくらいなら遊んでも良いかもな。
あくまで小動物としてだが。
「なんだかな……だが、そういう未来があったかもしれないなら、フォーブレイに行く話とその次の話は嫌いじゃない」
錬が帰る元康を見送りながら呟く。
「ですが、なんか冗談のようなタイミングで僕達が殺されてますよ」
樹も淡々と……若干呆れ気味に答える。
「そこは……うん。目を瞑ればどうにかなるだろ。ウィンディアに向かって娘も殺しておけばよかったって話を聞かれなくて良かった……」
錬がホッとしてる。
悪いが耳には入っていると思うぞ。
村の連中もアレでおしゃべりだからな。
「エクレールも元康の話に出てきた時は驚いていた」
ああ、俺の真似して領地経営を始めてからあんまり顔を出せなくなった女騎士な。
それでも暇を見つけては顔を出しに来るし、話を聞いていた。
拷問を受けた末に獄中死した時の話を聞いて微妙な顔をしていたな。
一歩間違えればありえた未来だと言っていた。
そういう意味で俺の邪悪さが命を繋いだとか呟いて、錬が微妙な顔をしていたな。
アイツは洗脳でもされてんのか? 犯人は俺みたいだが。
「奇跡の繰り返しで今、この時があると思えますね」
「そうですね、イツキ様」
「それは否定しないが……」
後出しって訳じゃないが、プラド砂漠に関して言えば攻略済みと表現すべきか?
あそこにはいろんな宝が眠っていた……というのは元康の後だし知識だな。
実際の所だと、クソ女神がこの世界に乗り込んだ時、転生者や転移者共に使えそうな武具を支給していた、という話だ。
クズの活躍で武器の一部を奪う事は出来たが、大半はクソ女神の魔法によって俺達の手元に来る前に壊されたみたいだがな。
上手く行けば一攫千金を夢見る事が出来たかもしれないと思うと残念でしょうがない。
で、経験値収集装置兼悪魔製造機の方はクソ女神が滅ぼされたのを機に沈黙、ラフタリアが後に力の流れを感じて破壊した。
まあ、他にもいろんな問題があった訳だが、大体は解決済みだ。
「ラフー」
「おお、ラフちゃん」
俺は今まで大人しくしていたラフちゃんを撫でながら錬や樹達を見送る。
「さ、兄貴の迷惑になる。アトラ、そろそろ帰るぞ」
「ああ、尚文様ぁああ!」
フォウルもアトラを連れて行った。
相変わらず騒がしい奴等だ。
後は飯を食ってない奴、フィーロとかの相手をしてから食器片付けでもして、次の作業に移る予定だ。
「しかし……元康の話で気になったのは、ラフタリアがラフ種の姿になった事だが――」
「アレは精霊の力を使ったお陰ですからね。絶対にやりませんからね」
む……ラフタリアに察知されてしまった。
中身がラフタリアのラフ種となればそれは完璧だと思うんだが?
もちろん、今の姿にも成れるのも込みだが、ある意味それは理想の姿かもしれない。
俺は昔、呪いの盾に侵された時があったが、理想のラフタリアの製造とはそこに行きついたのか?
ラフちゃんの能力を考えるとありえなくもない。
「ラフー」
「ラフタリア、俺はラフ種の姿のラフタリアを抱き枕にして寝てみたい」
「お願いですからその話から離れてください」
うーむ……そんなに嫌か?
どっちにしてもラフタリアだと思うんだがな。
「後はラフタリアの友達か……」
リファナと言ったか……奴隷時代のラフタリアと一緒にいて、死んでしまった子。
俺が助けることの出来なかったこの村出身の奴隷か……。
正直、自分が死んでいるとか理解してラフタリアを見送るとか凄いと思う。
俺だったら死んでも抗って、この世界を塗り替えてでも生き残る選択をしたかもしれない。
……それはその時じゃないとわからないか。
現に元康の話で出てくる俺は元康の為に世界の塗り替えを拒否した様な物だし、見送った。
俺は自分がどんな人間であるかをわかっているつもりであったが、環境で左右される自覚もある。
もしヴィッチに騙されたあの時、元康や錬、樹に信じてもらえたら、確かにもっと性格が丸くなっていたのかもしれない。
……そんな事を考える必要は無い。
タラレバなんて愚問か。
俺はラフタリアの方を見る。
「友達の命とクソ女神を確実に仕留める方法を天秤に掛けていたのか」
「……はい。申し訳ありません。ナオフミ様」
ラフタリアは静かに俺に頭を下げる。
「気にするな。もしもがあったんならその選択も悪い事じゃ無かっただろう……犠牲も多かったかもしれないがな」
俺が決めて良い選択では無いし、あの時の事を考えたらそれはそれで悪くなかったはずだ。
確実に勝てるとは思うが、何が起こるかわからないのが戦いだからな。
クソ女神を倒す事に失敗したら世界が消えてしまっていた訳だし、その点で言えば手堅い手段だったのは確かだ。
「それよりも、つらい選択……辛い別れをさせてしまったな」
死んだと思っていた子との再会、そして別れ、なんて経験は俺にもある。
アトラがそうだ。
あの時の胸が引き裂かれる様な痛みをラフタリアは、アトラを含めて二度経験している様な物だ。
「……まったく、元康の奴はとんでもない事を仕出かしたもんだ」
仮に事実だったのなら、状況が状況なので元康をそこまで責めはしないが、愚痴りたくもなる。
しかも、それだけ仰々しい出来事を経験させて置きながら、ラフタリアにその後も酷い物を見せつけた訳だ。
樹に自分のやる仕事をさせて、俺にラフタリアとは違う奴隷を買わせる。
そうすると、あの時に居たウサギっぽい奴を俺は買うんだったか。
錬にやらせると雑種のリザードマンだったか?
なんか俺がホモに目覚めそうな雰囲気があるぞ。
両方ともフィーロっぽいグラマー美女になるんだったな。
つーか、奴隷商に頼んでラフタリアだけ斡旋させりゃあ良かったんじゃないか?
元康も馬鹿だな……まあ、後から考えるなんて幾らでも出来るもんか。
というかラフタリアも頭が固かったのが原因だな。
元をただせば俺か?
その後は元康に追い詰められて奴隷を買わず、次は元康にラフタリアが寝取られたと思ったとか、何処まで俺を追い詰めるんだよ。
挙句、奴隷を買わずにサディナと俺が相思相愛っぽくなってしまっているとか、ラフタリアにお前がいなくても世界は救えるとか行動で見せつけたもんだ。
そりゃあ元康を毛嫌いもする。
納得の理由だ。
つーか、無駄が多すぎる!
「仲が悪いのも納得の理由だな。大変だっただろう」
「ええ、とても大変でした!」
ラフタリアに激しく同情する。
とりあえず頭を撫でて慰めてやろう。
すりすりとラフタリアの頭を撫でる。
「リファナちゃんかー」
なんて若干ムードが良くなってきた所でキールが腕を組んで唸る。
ちっ……いつの間に戻ってきていた。
「キール、お前等は就寝しただろ。戻ってくるな」
「兄ちゃん達がまだ話をしてるから気になって来たんだよ」
と頷くのは元々村に居た奴隷連中だ。
「元気にしてた?」
「ええ……最後に見た時は、私の背中を押してくれました」
「リファナちゃん、優しい子だったもんなー自分の命よりもみんなを考えるなんてすごい」
「そう思うと会いたくなっちゃうぜ……でも、もう会えないんだよな」
「明日、みんなで作ったお墓に花を添えに行こう。みんなやリファナちゃんの墓参り」
「近いからお前等定期的にやってるだろ」
ラフタリアの両親を含めて元々この村の出身の連中の墓は作られている。
みんな定期的に墓の掃除や墓参りとかしているから花が絶える事は無い。
「ラフー」
「どんな外見だったんだろうな?」
「えっと」
俺の問いにラフタリアがラフちゃんに手を広げて指示する。
「ラフー」
すると、ラフちゃんがぴょんと跳ねて化ける。
背格好はキールよりも高め、ラフタリアよりも低めの、茶系の髪色で可愛い系だな。
「おー!」
キールを含めて村の奴隷共が声を上げる。
「確かにリファナちゃんっぽい!」
「すっげー!」
「ラフー」
ま、化けてるだけでラフちゃんなのはしょうがないか。
ポンとラフちゃんは化けるのをすぐにやめてしまう。
「ほらほら、お前等はさっさと寝ろ。次が控えてるんだからな」
「はーい」
そんなこんなで奴隷共が去って行く。
……不思議な沈黙が俺とラフタリア、そして近くにいるラフちゃんを支配する。
「さっきも話したが、大変だったな」
「はい」
ラフタリアはリファナという子を二度、見殺しにしてしまった様な物だ。
幾ら二度目はちゃんとした別れが出来たと言ってもな。
しかし……元康の話から察するに、死んでも魂がある程度残り続けるという所、ラフタリアが仮死状態という話。
そしてサディナの秘密基地の近くで見たタヌキとイタチの幽霊みたいな生き物。
ここから察すると……生きる事に絶望していたラフタリアに乗り移って生かそうとしていた、みたいな結論が俺の脳裏に過る。
ま、出来過ぎた事かもしれないがな。
「ええ……ですがそこまで悲しい事ばかりじゃないですよ。沢山の悲しい事がありましたが、沢山の嬉しい事があって今があるのですから」
「そうか……」
ラフタリアがそう思うのなら、喜ばしい事なのかもしれない。
「ね? ラフちゃん」
ラフタリアはラフちゃんと見詰め合って、首を傾げるポーズをしてから微笑む。
「ラフー!」
そう……ラフちゃんは楽しそうに鳴いてラフタリアの肩に飛び乗って俺に手を振っていた。
フィーロじゃないが、んー?
……そういやラフちゃんがどうしてリファナって子の成長した姿を理解してるんだ?
ラフタリアが教えたとかか?
考えてみればラフタリアはラフちゃんを微妙に警戒していたはずなんだが、それが薄いな。
「じゃあ今晩も残りの作業、がんばりましょう。ナオフミ様」
「あ、ああ……次の騒がしい奴がすぐ来るもんな」
まあ……いいか。
「ラフー!」
そんな感じに、今日も夜は更けて行くのだった。




