槍の勇者の隠蔽
今回、俺は慎重に慎重を重ねて行動をしておりますぞ。
何せ最後の周回ですからな。
何が原因でお義父さんとお姉さんの出会いが変わるか分かった物ではありません。
なので定期的に、お義父さんがお姉さんを購入する時を見逃してはいけないと思って、小銭を稼いだお義父さんを姿を消して追跡しております。このくらいは問題ないはずですぞ。
今日は昼前まで、赤豚と狩りに出かけてウンザリしましたぞ。
赤豚は現在、城下町でエステをしている真っ最中ですな。
なので俺は自由に行動できます。
今までの周回から察するに冤罪を被さって二週間頃にお義父さんは奴隷を購入するのはわかっております。
具体的には魔物商が裏路地を歩くお義父さんに声を掛けるのですな。
懐に忍ばせたレッドバルーンを拳で殴ってからお義父さんは哀愁の漂う姿で溜息をしますぞ。
「はぁ……」
そんな路地裏で魔物商が待ち伏せしてお義父さんに声を掛けます。
「お困りのご様子ですな?」
「ん?」
当初お義父さんは無視する様に一瞥して背を向けます。
「人手が足りない」
ピタリとお義父さんは動きを止めますぞ。
「魔物に勝てない」
そこでイラっとした表情を浮かべてお義父さんは振り返りました。
「そんなアナタにお話が」
「仲間の斡旋なら間に合ってるぞ?」
魔物商も中々やり手の商人だとお義父さんから聞いていましたが、このように知り合ったのですぞ。
「仲間? いえいえ、私が提供するのはそんな不便な代物ではありませんよ」
「ほう……じゃあ何だよ?」
お義父さんにズイっと詰め寄りますな。
こんな魔物商、俺にはした事は……ありますぞ。
最初の世界でフィーロたんとお義父さんを探して豚臭いのを我慢してメルロマルクの裏路地を歩いた時ですな。
「お気になります?」
「近寄るな気持ち悪い」
「ふふふ、あなたは私の好きな目をしていますね。良いでしょう。お教えします!」
と言う所で少し離れて覗きこんでいた俺の肩を何かが叩きますぞ。
「ブブブブブ!」
「あ!?」
声にお義父さんが振り返り、俺の肩を叩いた……最悪の豚と視線が会いますぞ。
な、何故貴様がここにいるのですかな!?
豚は豚らしく食用養豚所でドロ遊びでもしていろ、ですぞ!
ここで問題を説明しますぞ。
隠蔽スキルと魔法はパーティーメンバーには薄らと見えてしまうのですぞ。
もちろん、ある程度設定できますし、魔法やスキル次第で変わるのですがな。
く……パーティー解散をしたら怪しまれるから保留していたのが裏目に出ました。
そう……よりによってこの事態に、赤豚が何処から嗅ぎつけたのか俺を見つけて後ろから声を掛けてきたのですぞ。
「ブブブーブ? ブブブブブブ、ブブブ?」
赤豚が俺の腕に腕をからませて何やら挑発的な態度を取っております。
……何を省みてもこんな最悪のタイミングで邪魔をするとは……絶対に後でぶち殺しますぞ。
「何? そこに元康が?」
く……赤豚め……ここにきてこんな妨害をするとは!
これが最後なのですぞ! 失敗は許されないのですぞ!
今までの周回でこんな真似をしてきた事は一度も無いのに何が理由で俺の行動を邪魔するのですかな!
ですが隠れ続ける訳にはいきません。
隠蔽スキルを解除してお義父さんに姿を見せますぞ。
「何をやってんだ尚文、ですぞ。そいつは何者ですぞ?」
額に浮かぶ殺意の青筋と睨みを俺は赤豚に向けようと思いつつ、お義父さんに意識を向けます。
ここでは魔物商が俺の関係者であるとは思わせない様にするのが先決ですぞ。
どうにかしてお義父さんにお姉さんを購入させなければいけませんからな。
まだ、どうにかケア出来る範囲だと思いますぞ!
「……フン!」
どんと魔物商を突き飛ばしてお義父さんがズカズカと立ち去ってしまいますぞ。
「ブー!」
赤豚がお義父さんに向けて挑発しているのはわかりました。
「やれやれ……」
魔物商は肩を軽く上げて残念とばかりに去っていきます。
……まずはどうやってこの赤豚を仕留めてやりますかな?
「ブブブブ?」
お前の存在価値はフィーロたんに出会う為の試練でしかないのですぞ。
フィーロたんに出会える条件さえ満たせれば確実に息の根を止めてやるのに……まさか最後の世界でこんな妨害をするなんて……殺すしかありませんかな?
くー……余計な真似をしたら更に拗れる可能性は高いですぞ。
殺害衝動をどうにかして抑え込んでから赤豚へ笑みを浮かべます。
「ですな。さて、俺はこれから用事があるので、マイン達は自由にしていて欲しいですぞ」
「ブブブ? ブブ!」
若干赤豚は首を傾げていましたが、特に問題も無く路地裏を出て途中まで一緒に歩いて行きました。
そして赤豚と別れた後に俺は再度考えますぞ。
まずい、まずいですぞ!
ここは最後の周回なのですぞ!
お義父さんが奴隷を購入していない、とお姉さんが知ってしまったらどうなりますかな?
きっとお姉さんは今度こそ俺を見限ってしまい、俺は二度とフィーロたんに出会えなくなってしまうかもしれませんぞ。
そんなのは嫌ですぞ!
どうしたらその未来を回避できますかな?
まず、どうにかして数日以内にお義父さんにお姉さんを買わせる方向に軌道修正出来ませんかな?
……出来なくは無いでしょうがお姉さんは近日中に何処かに売られてしまうでしょうな。
魔物商が再度コンタクトを取っても俺と遭遇した事実から奴隷購入はしない可能性が高くなってしまっております。
ん? お姉さんしか安くない様に頼めば良い様な?
そうすれば今までの世界でも同じ結果に出来たのでは?
今は考えに集中ですぞ!
……最終的にお姉さんを購入するにしても色々と問題がありそうですな。
赤豚め……ここにきてやってくれましたな。
絶対にぶち殺すのは前提ですが、惨たらしく仕留めてやりたくなってきましたぞ。
ここまで来てお前の所為で俺の人生が台無しになるとか、殺しても殺し足りないですな。
まとめると、お姉さんが来るのは大体波が発生した日の夜である事がわかっております。
……待て、ですぞ。
何か引っかかりますぞ。
そういえばお姉さんはなんて言ってましたかな?
確か、自分が仮死状態で無く生存していれば入るのに時間が掛るとおっしゃっていました。
そして前回の時はお義父さんの怒りの炎で死んでしまった事が原因ですぐに入って来たのでしたな。
つまりお姉さんが仮死状態にならずに済めば時間を稼げるという事ですぞ。
いえ……それよりも今回の周回を諦めて錬や樹を仕留めてループさせるのはどうなのですかな?
問題はループする時にお姉さんが入って来てしまう可能性ですぞ。
……ありえない話ではありません。
無意味にループを作動させてしまったらお姉さんはどんな顔をしますかな?
言い訳をしても怒らせてしまう可能性は大いにありますぞ。
まあ、何が原因かわからないですが、お姉さんとは違う奴隷を購入していたで済みそうな気はしますがな。
しかし、今回はラストループ。
となるとこれは最終手段、お姉さんを生かして時間を稼ぐのが一番なのではないですかな?
どっちにしてもお義父さんにサクラちゃんの卵を持たせてフィーロたんになるか試してからでも遅くはありませんぞ。
お姉さんを生かし、フィーロたんの判別をしてから、錬や樹を仕留めてループする。
上手くすれば一周分お姉さんの目を誤魔化せますぞ。
ラストチャンスを棒にされたのですから、こうでもしないと難しいですぞ。
「まずは……お姉さんの確保ですぞ」
俺は魔物商のテントに向かい、仮面を着け、前回の失敗の原因である声を魔法で誤魔化してからお姉さんを購入しました。
「コホ!」
お姉さんは脅えの表情を向けていましたが、精神のケアを俺がする訳にもいきません。
かと言って赤豚にお姉さんを仲間にしたなどという事が知られれば、どんな事をされるかわかったものじゃありませんぞ。
という事で俺はお姉さんの保護をする意味も兼ねて、シルトヴェルトの方へお姉さんを眠らせてから連れて行きました。
そして面倒見の良さそうな宿の店主を選び、金を積んでお姉さんを預けます。
「とても怖い経験をして激しい夜泣きをしてしまうのですぞ。ですが、しばらく預かって欲しいのですぞ。金は……十分に出しますからな。波で被害を受けたメルロマルクの亜人保護領の住人ですぞ。言葉はどうにかするのですぞ」
「は、はぁ……」
ピンとこないとばかりに宿の店主は俺を見ておりましたが、俺が用意した金とお姉さんの様子を見て、並々ならぬ事情を理解して頷いてくれました。
亜人は何だかんだで仲間意識は強い人種ですからな。
「ああ、もしも金だけ受け取って、この子を路頭に迷わせるようなら――」
俺は槍の穂先を店主に軽く向けて、とびきりの殺気を浴びせます。
さすがに俺の殺気を受けて店主も断れないと悟ったのか青い顔で何度も頷きました。
今の俺には余裕が無いのですぞ。
「毎日顔は出しに来ますぞ。では失礼しますぞ」
こうして俺はお姉さんをシルトヴェルトの宿に預け、薬を処方してからメルロマルクの方に戻りました。
探すとため息交じりのお義父さんがメルロマルクの草原の河原にいました。
隠蔽スキルで隠れて様子を見ます。
魔物商には再コンタクトを要請しました。
数日中にはお義父さんへ接触を試みるでしょう。
その時には俺にちゃんと話を通す様に頼みました。
魔物商はお義父さんの人格を少し話しただけである程度は察した様子。
再コンタクトは二、三日時間を要するそうですぞ。
「お? 今日は大量だな」
お義父さんはバルーンを殴っていたのか、キャンプ地の近くにバルーンが転がっております。
そして川で釣りをしておりましたぞ。
ひょいひょいと魚を釣っておりますな。
中々の腕前ですぞ。
「……釣れ過ぎたな。買い取りしてもらうか」
そう言ってお義父さんは魚籠に入れた魚を城下町の買い取り商人と魚屋に売りつけに行きました。
どうやら思ったよりも売れ行きが良かったのか楽しげですな。
「……薬草も」
雑踏でしかも小声で呟いていたのでよく聞きとれませんでしたが、確かこの頃、お義父さんは薬草類で金を得ていたのでしたな。
草原は大分回ったので資源が落ち込み始めたのは俺でも想像できますぞ。
そう思って隠れてお義父さんを追跡していくとその日は野宿をして過ぎて行きました。
魚の売り上げに興味を示したのか釣り具を色々と弄っておりました。
というか……一晩中川辺で釣りをしていましたな。
翌日ですぞ。
赤豚には大分俺達は強くなったと言い訳して休日にしました。
怠けるのが大好きな赤豚は喜んでエステに行った様ですぞ。
ちなみに俺を見つける事は出来ない様にパーティーからはとっとと追い出しました。
「ふむ……じゃあ――」
お義父さんは荷物を纏めてから昨夜釣り上げた魚を魚屋に卸し、何が高値で売れるのかを聞いておりますな。
魚屋は怪訝な表情をしておりましたが、新鮮な魚という条件を付けて色々と教えているように見えました。
後で魚屋に尋ねるとお義父さんは更に干物等の話を質問していたようですぞ。
保存食ではあるが、数があれば多少は金銭になると答えたそうですな。
お義父さんの目論見が徐々に見えてきましたぞ。
薬草類だけでは儲けにならないので釣りをして金銭を稼ごうと思っているのでしょう。
Lvの問題はどうするのか非常に気になりますが、まずは生活の為にお金を集めているのでしょう。
そんな金、俺が何処からでも調達してお義父さんに上げたいですぞ。
ですが俺はお義父さんの敵というポジションにいなくてはいけません。
施す訳にはいかないのですぞ。
俺が敵でないとお義父さんが知ってしまったら、フィーロたんが生まれなくなってしまうかもしれません。
ああ、魔物商よ。サッサとお義父さんにコンタクトを取るのですぞ。
そう思いながらお義父さんを追跡していると荷物を纏めてから川伝いに人目を避けるように移動を開始してしまいましたぞ。
い、一体何処へ行こうとしているのですかな?
そう思いながらお義父さんが移動して行く先を追い掛けて行くと村に辿り着き、乗り合いの馬車に金銭を払って海岸沿いの町へと行った様です。
カルミラ島へ行く港街ですな。
それからお義父さんは海岸沿いに釣竿を垂らしながら、釣り場を適度に変えて移動をして行きます。
海釣り用の餌や釣り具を購入していたのか、割と器用に釣りをして行きますな。
ポンポンと釣り上げた魚を魚籠に入れて軽快に進んで行きます。
で、釣り上げた魚は近くの村や町へと行って流れの魚屋とばかりに買い取り商人に安値で売っておりました。
もちろん、薬草類の採取を忘れないのがお義父さんですぞ。
魔物を警戒しないといけませんが、そこはお義父さん。十分に注意している様でした。
ま、お義父さんに近づきそうな危険な魔物は俺が事前に潰していたりしたのですが。
なんて感じに釣りをしながらお義父さんは海岸沿いを進んでいました。
そして……お義父さんはその日の内に……開拓するはずのお義父さんの村……廃村となっている村へと辿り着きました。
「廃村か? にしては少しおかしい気がするな……」
警戒を強めながらお義父さんはお姉さんが住んでいた廃村を物色し始めました。
まあ、物資と呼べるものは殆どないのは今までのループでわかっておりますが、お義父さんは見つけたゴミを片っ端から盾に入れて新たな盾が出ないかを調べていた様ですぞ。
後は野宿するに良さそうだと手荷物を半壊した家に隠す様に置いて釣りを再開しておりました。
……俺は黙ってお義父さんを見つめますぞ。
奴隷を購入しなかった場合、釣りを始めて街を移動し、お姉さんのいた村へと辿り着く、なんとも因果な物ですな。
やがて日が沈み始めた頃、お義父さんは釣った魚を調理して食事を取りました。
誰もいない廃村でお義父さんが焚いた火が静かに明かりを放っております。
なんとも物悲しい雰囲気が漂っておりますな。
俺もそろそろ宿に帰って、赤豚辺りの雑談に頷く、という無意味な仕事をしないといけませんな。
などと思っていると……。
「ワォオオオオオ――」
という遠吠えが聞こえてきました。
ちなみにこの辺りは波の被害もあって、波の魔物の残党が僅かに残っていたはずですぞ?
しかも野生の魔物も出てくる気配が強いです。
お義父さんも声に警戒を強めて息を殺しながら焚き火の火を強めておりました。
やがて村を囲むように魔物の群れ……がチラホラと。
お義父さんも何時でも逃げられる様に荷物を纏めているように見えますぞ。
魔物を……仕留めますかな?
少しずつお義父さんへの包囲網を強めようとしている魔物達へ俺が隠れてスキルを放とうとしたその時。
「ツヴァイト・チェインライトニング!」
一際強い閃光が村の端、海の方から放たれて魔物共を貫きました。
ダダダっと予想外の奇襲を受けて魔物共は逃げて行きましたな。
「あら? 村の方で火が灯っているから、誰か帰って来たのかと思ったけど……違ったみたいね」
ノシッとそこに、お姉さんのお姉さんが海からその巨体を現してお義父さんの方へ歩いて来ました。
お姉さんのお姉さん「ピッカー!」




