苦渋の選択
「槍の勇者、貴方も心当たりがあるんじゃないんですか? このサクラというフィロリアルにフィーロとの共通項があるのを」
「無いですぞ!」
イラっとしたような目をラフ種のお姉さんは俺に向けました。
最初の世界のお義父さんに似てますな。
なんかゾクッとしました。
「まあいいや。この話は置いておいて、それが何か問題があるの?」
「あります。何分、槍の勇者の執念で発動した訳ですから、分岐する世界の発動にも関わります。世界脱出にしても世界塗り替えにしても、まずはその執念を解かないと延々とループを繰り返すでしょう。目的を達成していないのですから」
「おいおい、元康は世界を救うんじゃなくて、そのフィロリアルと会いたいだけなのか……」
「僕達はなんの為に戦ってたんですか……」
「どっちにしても無かった事になる世界か……なら決まったね。元康くん、君がフィーロに会わないと進む事も留まる事も出来ない」
「力を使って強引に槍の勇者を引き抜けば敵に気づかれてしまいます」
お義父さん達は俺とサクラちゃんを見ますぞ。
「サクラちゃんがフィーロって子に化ければ執念は解かれる?」
「ガエリオンが古代の魔法で強引に変化させても良いなの」
「やー!」
「無理でしょうね。若干の誤差でさえも否定の材料の様ですから、寸分たがわぬフィーロに出来ないと行けないと思います。かと言ってこの世界にフィーロを連れてくるのは難しいです……」
「そうなの?」
「はい……元から存在する要素は弾かれる性質もあるんで、ナオフミさんがいる為にナオフミ様が入れませんでした。無理をすれば入れなくは無いですが、敵に気づかれます。私がこの姿で強引に変化しているのもラフ種がこの世界に存在を認められながらもナオフミさんが作らないからなんです」
なんとも複雑な理由がある様ですぞ。
ラフ種が存在しないのはラフ種のお姉さんにとって都合が良いという事ですな。
「つまり同質の存在であるサクラちゃんがいるとフィーロって子を連れてくる事が出来ないと」
「そうなります。しかもフィーロが生まれる卵自体は勇者達が召喚される前に存在するので私がこの世界に入った様に誤魔化せないんです」
「なんとも厄介な。しかもサクラちゃんがいると既に失敗した状態と……」
「サクラいらない子?」
「そういう訳じゃないよ。元康くんが面倒すぎるだけ」
「そうだな。かなり面倒臭いな」
「いい加減にして欲しいですね」
なんですと!
聞き捨てなりませんぞ!
「かと言ってフィーロって奴になるには随分と難しい条件があるんじゃないか?」
「うーん……力を使って強引に照らし合わせればどうにか出来るかも知れませんが……気づかれかねませんし」
「はぁ……こうなったらしょうがないか」
お義父さんが溜息を漏らした後、俺を見ますぞ。
なんですかなお義父さん?
「元康くん、次のループになった時、俺を助けずに最初の世界と寸分たがわぬ状況を構築するんだ」
「え……?」
今、お義父さんはなんと言いましたかな?
最初の世界と寸分たがわぬ?
「よく覚えて欲しい。例えどんなに良い状況を作っても、この世界では何も叶う事も終わりも無い。延々と決まった時間を周回し続ける世界が続く……それを終わらせるには元康くんがフィーロって子に再会するしかないんだ」
なんと!
つまり今この状況、お義父さんが優しげな表情を浮かべるこの世界は認められないと言うのですかな?
何をしてもこの槍が否定すると?
過去の周回で読んだ『苦渋の選択を受け入れよ』という碑文を思い出します。
そんなの俺がぶち抜いて見せますぞ!
と言いたいのですが、お義父さんはそれを認めないとばかりに諭す様に続けます。
「リファナちゃんの願いの為、ラフタリアちゃんの為、世界の為……何より元康くんが元の世界に戻る為に、フィーロって子に会わないといけない。このまま君をラフタリアさんが置いて行ったとしても敵を倒した時に槍が役目を終える。そうなったら君はどうなる?」
「わかりませんぞ。ですが俺はお義父さんを見捨てたりなど出来ませんぞ」
「誰も見捨てろとは言ってないよ。最初の世界の俺の力になって欲しいんだ」
なんと! お義父さんの願いで最初の世界のお義父さんを守るのですな!
それならばやる気が出てきますぞ。
「元康くん……俺は君に助けてもらったからこそ、願わないといけない。このままじゃいけないんだ。君はこのままだとこの世界と共に朽ちる事になる。だからこそ、フィーロって子が出来あがるプロセスを歩んで欲しい」
「……色々と問題がありますが、一番の山場はフィーロを卵くじで手に入れたという所でしょうか」
「その辺りは奴隷商人に融通してもらうしかないかな。サクラちゃんの卵は何処にあるかわかっているみたいだし、フィーロって子を俺が手にする時に細工をすれば良い」
おお……なんとも難関っぽい所をお義父さんは指示してくれますな。
「ループした際、どうやら私は一度世界からはじき出されてしまうので、再突入しないといけません。出来る限り早く入り込みますが多少時間のずれが出ると思います」
「どっちにしてもラフタリアさんがくるまでの間にフィーロって子に会えるようにするしかないね。しかもループまで待ってもらう……か」
「いえ、それは槍に干渉する事で巻き戻す事は可能だと思います。最悪、期日まで待てば良い訳ですし……」
「元康くんからしても今回の周回の意味は……もう無いかもしれない。出来るなら早めに行動して貰う方が良いかもね」
「ですが尚文さん、それじゃあ僕達はすぐに死ぬ様なものなんじゃ……」
樹が不安げにお義父さんに尋ねますぞ。
するとお義父さんはみんなに優しげに微笑みます。
「死ぬわけじゃないよ。この世界は……あくまで元康くんにとって夢のような、死後の世界とも違う場所だっただけ。俺達は言わば夢の登場人物……死とかそういう感覚は無いよ。もしかしたらラフタリアさんの予測が外れる可能性だってあるんだ」
「これだけの事が出来る神と同等の奴が言う事でもか?」
「全知全能の神様に歯向かう話は幾らでもあるし、神様だって万能じゃない。そう思わないとやっていられないよ。錬。どっちにしても消えてしまうのならば後も先もそこまで差は無いさ。元康くんに覚えてもらう時の長さしかない」
お義父さんは全てを悟ったかのような優しげな笑みを俺に向けておりますぞ。
「昔やった事のあるゲームで夢の世界に迷い込んだ主人公がその夢を見ている生き物を目覚めさせるって言うのがあったね。ここはその夢の世界……目を覚まさないと元康くんは死んでしまう。元康くんが目覚める為には必要な事を俺は受け入れたい」
お義父さん……まるで死ぬ事を理解しているかのような口調ですぞ。
今までいろんな世界のお義父さんと出会ってきました。
お義父さん達が俺に向かって前に進み、最初の世界のお義父さんを助けてほしいと言っている幻聴が聞こえてくる気がしますぞ。
「あのゲームの登場人物の気持ちが今にしてわかるなんて不思議な気分だね」
そうしてからお義父さんはお姉さんの友人、ライバル、そしてサクラちゃんに目を向けます。
「……そういえば、この方々は……」
樹がこの三者を見てから黙りこみますぞ。
「元康や最初の世界のラフタリアの話だと……リファナはさっきの会話で理解はしているが……」
錬も居心地の悪そうに視線を逸らしながら呟きますぞ。
「あーあ……もう終わりなの。もっと、いろんな楽しい想いをしていたかったなのー……」
ライバルが、なんとも残念なのか、悔しいのか、それとも口惜しいのか分からない、優しげな顔でお義父さんに答えますぞ。
最初の世界でライバルは全然違う、雄でしたな。
間違いなく、このライバルは助手の経歴から察すると死んでいる可能性が高いですぞ。
つまり、お姉さんの友人と同じく、最初の世界には存在しないのですな。
「ガエリオンちゃんの事だから邪魔をするとか、せめて俺の童貞を奪ってから死ぬとか言うかと思ったよ」
「それは見くびり過ぎなの。ガエリオンだっていつか終わりが来る事くらいは察していたなの。本当ならガエリオンが犠牲になってでも世界を塗り替えさせないといけなかったのに槍の勇者の所為で台無しなの」
随分と投げやりな物言いですな。
それに、とライバルは俺の方をチラッと見ながらお義父さんに視線を戻しますぞ。
「ガエリオンも何も簡単に消えるつもりは無いなの。槍の中に記憶と力はまだ入れているからもしかしたらワンチャンスで最初の世界って所に行けるかもしれないなの」
「あはは……ガエリオンちゃんは逞しいね」
「なの! 最初の世界のワイルドななおふみに逢えるかがんばってみるなの」
「させませんぞ!」
俺が答えるとお義父さんがまあまあと止めますぞ。
「まあ……程々にね。あと、この後の世界で弱った俺に取り入るとか元康くん達の邪魔をしない様にね」
「なのー……ばれてたなの」
ペロっとお義父さんにライバルは舌を出しておりますぞ。
そんな事を考えていたのですかな?
「だから、そういう事をしない様に……その……少し位なら……」
なにやらお義父さんが恥かしそうにしていますぞ。
少しとは、何が少しなのですかな?
「一発できるなの!?」
「いや、そこまでは……まあ……最後だし、こういうのでどうかな?」
お義父さんは何かヤケクソ気味にライバルの頬に手を添え、俺が止める間も無くライバルの……おでこにキスをしました。
グアアアァァァァ!
お義父さんがドラゴンなどと……これは盛大なNTRですぞぉぉぉぉ……。
「な、なの――!?」
「この世界の俺の初めてキスをあげるから我慢して、最初の世界に行けたなら、がんばってね」
「なの! やったなの! 尚文の初めてのキスをもらったなの! これならガエリオン失敗しても受け入れられるなの!」
凄いはしゃぎっぷりでライバルは興奮しておりますぞ。
対照的にお義父さんは少し寂しそうな表情ですな。
「ちょっとキザだったかな……うわ、なんか凄く恥かしくなってきた……」
そうなのですかな?
真実の愛に目覚める前の俺はそんな感じでしたが?




