愛しの君
謝罪するラフ種のお姉さんにお姉さんの友人は首を横に振ります。
「気にしないで、ラフタリアちゃんと同じ立場だったら私も迷ったと思うから……勇者の皆さまはどうしたいですか?」
お姉さんの友人の言葉に錬、樹、お義父さんはそれぞれ答えます。
「そうですね。リファナさんの言う通り、この世界が出来過ぎた世界なのは事実です。何処かでツケを支払う必要があるのでしょう。僕は元康さんの決断に委ねます」
「未来はわからないからこそ進めると言うが、誰かに導かれて掴んだ平和なんて良いはずがない。何より、敵を尚文とラフタリアだけに任せておくなんて、俺は嫌だ」
「選択しないといけない……どっちが正しいなんて俺は言えない。元々俺は助けられたからね。リファナちゃんと同じだよ」
お義父さん達がそれぞれ俺を見ますぞ。
俺の手の中に世界を塗り替えれる鍵がある……という事ですな。
分岐する世界……その決断の重みもありますが、そんな事よりも重要な事が俺の目の前にありますぞ。
「ね? ラフタリアちゃん。どうか迷わないで……私の為に決断するのではなく、私はこんな悲劇を起こした敵を倒す事を優先して欲しい。絶対に倒せる方を選んで欲しいの」
お姉さんの友人はラフ種のお姉さんとおでこを合わせる様に抱えました。
「リファナちゃん……」
こっちのお姉さんが泣きそうな顔でポツリと呟きました。
「ラフタリアちゃんの世界では私は死んでるんだよね? いいえ、あの状況で助かってるはずがない」
「……はい」
「あのね。あの時私は、帰れないあの時の村へ帰りたいと思っていたけど、死ぬ事は怖くなかったんだよ? だって近くにラフタリアちゃんがいて、ずっと励ましてくれていたから……」
ラフ種のお姉さんの目に涙が浮かんでおります。
それはこっちのお姉さんも同じようですぞ。
「死ぬよりも怖かったのはラフタリアちゃんが死んじゃう事だった……もしも私が死んでも、どうかラフタリアちゃんだけは生き残って欲しいって……言えなかったと思うけど、思ってた。だから、私が死んでしまった未来でもラフタリアちゃんが生きてて嬉しい」
見つめ合ってお姉さんの友人はそう諭す様に答えます。
「槍の勇者様の決断があるけれど、私は波を起こす犯人を倒して欲しい。絶対に許せない相手だもの」
お姉さんの友人は再度同じ事を言いました。
確かに波を起こす奴を許す事など出来ません。
そう考えていると、こっちの世界のお姉さんが言いました。
「もう一人のわたし……なんですよね? お願いします。リファナちゃんの願いを……叶えてください」
「……わかりました。リファナちゃん、どんな結果になろうとも私は敵を倒して見せます」
コクリと頷いたラフ種のお姉さんが俺の方を向きますぞ。
ですから俺は言いました。
「お姉さん! どうしたらフィーロたんに会えますかな!」
そうですぞ。俺にとって世界の命運よりもフィーロたん。
フィーロたんさえいれば世界はどうとでも成りますからな。
ズルっとお姉さんを初め、錬や樹、お義父さんまで転びかけております。
「……まずは辛い選択をして立派に見届けようとしたリファナちゃんに謝ろうか、元康くん」
お義父さんがゆらっと俺に殺気を向けてきますぞ。
以前の世界でコウに行なった説教の時と似ています。
あわわ……違うのですぞ。違うのですぞ!
俺はただ愛の狩人として重要な事を聞いただけですぞ。
「まったく……元康さんはこんな時でもぶれませんね」
「フィーロって奴に出会うなら喜んで虐殺に手を染める様な狂気があるからな! こんな奴がなんで世界改変のスイッチを持っているんだ」
「完全に馬鹿に核弾頭ですよ!」
それはどういう意味ですかな?
「あはは……」
お姉さんの友人が苦笑いをしております。
「……フィーロですか? そういえば……」
ラフ種のお姉さんは俺の槍に手を向けてから何やら詠唱を始めました。
「う……これは……気づきませんでした」
「何かあるの?」
「ええ、どうやら槍の勇者をそのまま連れて行く事は難しい様です」
「え!? どういう事?」
お義父さんが驚愕の声を上げてラフ種のお姉さんに尋ねます。
「この龍刻の長針が時空を巻き戻している始まりの願いが楔となって、この世界は動いています。言わば槍の勇者の執念で生まれた世界なんですが……その槍の勇者が死ぬ間際に思った……フィーロの笑顔をみたい、いえ……フィーロに会いたいという願いを叶えないといけません」
おお……俺がこの世界から脱出して最初の世界に戻るのに必要な手順ですな。
確かにこれまで俺はフィーロたんに出会えていません。
会えるなら会いたいですぞ。
「ではお姉さん、神の如き万能を手に入れたお姉さんならばフィーロたんを見つけることなど造作も無いのではないですかな?」
「そんな事出来るの? 敵に気づかれそうだけど」
「探すだけなら出来なくはないと思います。槍の勇者の願いを叶えないと連れ出す事が出来ないなら……しょうがないですね」
そう言ってラフ種のお姉さんは詠唱を始めましたぞ。
ラフ種のお姉さんの目の前に魔法の玉が出現しました。
「フィーロの魂の波形と魔力を参考にこの世界の解析をして……」
ブツブツとラフ種のお姉さんは呟いたかと思うと強く魔法の玉に手を掲げますぞ。
するとカッと一筋の光が伸びて行きました。
この先にフィーロたんがいるのですかな?
行きますぞ!
と、駆け出そうとした先にはサクラちゃんがぼんやりと立ってこっちを見ておりました。
いつの間にかユキちゃんやコウ、クロちゃん、フィロリアル様が集まっておりますぞ。
「んー?」
サクラちゃんが邪魔にならない様にと横に退きますが、光はサクラちゃんを追って行きます。
これはどういう事ですかな?
「彼女がフィーロですよ? 槍の勇者」
「やっぱり?」
「特徴とか色々と穴埋めをして行くとそうなりますよね」
「状況証拠を集めていると自然とな」
「元康くんが違うって言うから強くは言えなかったけどね」
お義父さん達は納得した様に頷きました。
な、何を言っているのですかな!?
「違いますぞ! サクラちゃんはサクラちゃんでフィーロたんではありませんぞ!」
そうですぞ!
サクラちゃんはサクラちゃんと言うちゃんとしたフィロリアル様であって、間違ってもフィーロたんではありませんぞ。
まったく……婚約者を始めみんな勘違いしているのですぞ。
フィーロたんは金髪碧眼の可愛らしいこの世の至宝であり、フィロリアル姿は白に桜色のアクセントがあるのですぞ。
サクラちゃんは桃色碧眼で時に大人に、時に子供と場合によって姿を変え、フィロリアル姿は桜色一色なのですぞ。
何処が似ているのですかな?
確かに匂いは似ておりますが全然違うのですぞ。
「ですが事実です。何か育成の状況とかで姿が違うんじゃないですか?」
「俺もそう思う。というか、それ以外に無いだろ」
「だよね」
「違いますぞ違いますぞ違うんですぞ!」
俺は駄々をこねますぞ。
なんですかな? 出会うと同時に親友の様に仲良くなる婚約者の方が正しいと言うのですかな?
違いますぞ。婚約者はフィーロたんが居るにも関わらずサクラちゃんに浮気しているのですぞ!
「面倒臭い人ですね。ナオフミ様の気持ちが少しわかります」
呆れる様にラフ種のお姉さんが言いますぞ。
絶対に、何があろうとも違いますぞ。
お姉さんの魔法が間違っているのですぞ。
「元康くんが最初の世界で蔑ろにされていた様な雰囲気はあったけど、この反応は……」
「弁護の余地がありませんね」
「というか槍の勇者とか、呼び方が凄い他人行儀だぞ」
お義父さん達が不当に俺の評価を下げようとしていますぞ。
違うんですぞ。俺は愛の狩人なのですぞ!
サクラちゃんはサクラちゃんなのですぞ!
「やっぱりそうなの。きっと何か理由があってサクラが槍の勇者の思い人になるなの」
「そういえば血迷ったガエリオンちゃんがサクラちゃんに飛びかかったもんね」
「う……嫌な思い出なの。だけどあの時、ガエリオンにはサクラが金髪碧眼の幼女に見えたなの。多分、アレがフィーロなの」
ライバルが手で口元を押さえて吐き捨てましたぞ。
違いますぞ! フィーロたんは、フィーロたんなんですぞ!




