死の誘い
お義父さんとお姉さんのお姉さんが城に入って見えなくなった頃、奴隷達が途端に遊ぶのをやめて座り込みました。
お姉さんのお姉さんが居なくなって、挙動不審になったのですかな?
先ほどの元気はどうしたのでしょう?
「どうしたのー?」
サクラちゃんとユキちゃんが尋ねますぞ。
「人が怖いー?」
すると奴隷達は首を横に振りました。
「大丈夫……みんな、サクラちゃんやユキちゃん、盾の勇者様やサディナお姉さんのお陰で安心してるの」
「じゃあどうして遊ばないのですわ?」
「だってサディナお姉さんが……元気な振りをしないと心配すると思って……」
「サディナお姉さん、元気な振りしてるけど、きっと泣いてる……」
「うん。みんなを助けられなかったって悲しんでる」
おお、お義父さんが気付いている事は村の奴隷達も気づいていたのですな。
まったく俺にはわかりませんでしたが。
「遊びたくないの?」
「遊びたいけど、それよりもサディナお姉さんの方が心配。だからお姉さんの前でがんばり過ぎて……疲れたから休みたい」
子供も大変なのですな。
お姉さんのお姉さんは村でも頼れる方だとフィロリアル様達が仰っていました。
であるからこそ、お姉さんのお姉さんに心配させない様に元気に振舞っていたのですな。
その所為で奴隷達は疲れていると。
元気に振舞うのも難しいと言う事ですぞ。
「じゃあお座りしてお話ー?」
「うん。それくらいなら出来る」
「では元康様や勇者様達の武勇伝をお話しますわ」
ユキちゃんが休憩中の奴隷達に色々と今までの出来事を物語形式で話し始めましたぞ。
若干賑やかな声が聞こえ始めましたぞ。
しかし……俺が出る暇は無いようですな。
「お義父さんの手伝いに行きますかな? お姉さんのお姉さんが安心して寝られる様に魔法で暖房を掛けるのも良いですな」
「うん……盾の勇者様のお手伝いをお願いします」
と、村の奴隷が頷きました。
任されましたな。
「では行ってきますぞ。ユキちゃん達、ちゃんとお話をしているのですぞ」
「まだ始まったばかりですわ!」
ユキちゃんとサクラちゃんは奴隷達に語っていて機嫌がとても良さそうですぞ。
詩人が歌う様な英雄譚という奴ですかな?
フィロリアル様は歌うのも好きですぞ。
ああ、フィーロたんのアイドルショーを思い出しますぞ。
そんな想いに更けながら俺はお義父さん達の後を追いました。
お姉さんのお姉さんを寝かせる部屋の前にまで俺は来ました。
ノックをしますかな?
「サディナさん、どうしてそんなに自分の体を大事にしないんだ!」
するとお義父さんの声が聞こえてきました。
なにやら揉めている様ですぞ。
開けますかな? それとも黙って待っていますかな?
なんだかタイミングを逃した様な気がしますぞ。
「あらー……お姉さんは大丈夫よー? さ、ナオフミちゃんは早くみんなの下に戻って上げなさいな。私は大丈夫」
呑気な声が聞こえますが、その後すぐにゲホゲホという咳が響きました。
「……ねえ、サディナさん。貴方はとても優しくて、強い人だと思う。ループする力を持って居ながらラフタリアちゃんに見向きもしなかった元康くんを罵ったりせずに受け入れてくれている」
おや? ここで俺が矢面に立つのですかな?
確かにお姉さんのお姉さんの反応はいたって普通でしたな。
「本当は俺達に対して……国や世界に対して怒りの感情が起こっているはずなのに、泣き言も恨み言も言わないサディナさんは……称賛に値すると思う。だけどサディナさん、もっと感情を見せて……どれだけ罵倒されても、俺は受けるだけの覚悟があるんだ」
「ナオフミちゃん……」
そこでお姉さんのお姉さんは陽気な様子はなりを潜めた声をしておりますな。
完全に俺は出遅れましたぞ。
ここで入ろうものならお義父さんに空気を読めと睨まれそうですな。
ですが入りますぞ。
ガチャッと扉を捻ろうとしたのですがノブが回りません。
なんですかな? お義父さんが内側で掴んでいるのでしょうか?
それとも鍵が掛っているのですかな?
「ねえ……サディナさん、貴方にとってラフタリアちゃんの安否はそんな笑っていられる事じゃないんでしょ?」
「……」
「サディナさんにとってラフタリアちゃんは一番で次が村の子達なのはわかる。それを助けられなかった俺達に対していろんな想いが渦巻いてるのを俺がわからないと思ってるの?」
ドスドスとお義父さんはお姉さんのお姉さんに詰め寄る様な音が聞こえました。
「その結果、こうして我慢してくれたんだと傲慢に俺はサディナさんの意図を察してるけど、怒って良いんだよ? 罵ってくれた方が俺には……」
するとそこでお姉さんのお姉さんは軽く咳をしました。
「……恨んだからってラフタリアちゃんもその両親も、村の人達も帰って来ないわ」
今までに無い、冷静な声でお姉さんのお姉さんは答えました。
「それに、ナオフミちゃん達に当たるなんて虫の良い逃げ口上を私はしたくない。それは間違ってる。例え世界を救う神と言われる四聖勇者様が救えなかったとしてもね」
「サディナさん……」
「ラフタリアちゃんの両親を救えなかったのは私だし、そのラフタリアちゃん……村の人達を助ける事が出来なかったのも私なの。十分に守れるだけの力を持ちながら……みんな手から零れ落ちていく……」
そういえばお姉さんのお姉さんは村の奴隷達の中でも飛びきりの強さを持っていると最初の世界でもお義父さんは評価しておりました。
にも関わらずお姉さんの村は壊滅したのでしたな。
その理由が色々とあるのでしょう。
「ナオフミちゃんみたいな人にメルロマルクで村の子達を買い占めてもらいたいという気持ちはあったわ」
「それは……わかるよ」
「だけど……それでラフタリアちゃんを助けられなかったのをナオフミちゃん達の所為にして何になるの? 全ては私の選択の悪さよ」
ゲホゲホとお姉さんのお姉さんの咳は先程よりも悪化しているように聞こえました。
「ナオフミちゃん、ラフタリアちゃんやそのご両親はね。私にとって生きる意味だったのよ」
「サディナさん! ち、血が!?」
お義父さんが魔法を唱える気配を感じました。
きっと回復系の魔法ですな。
「リベレイション・ヒールⅩ! く……血は止まったけど……」
「最初の波の時、私はラフタリアちゃんの両親を守り切れなかった。いいえ、波が起こった時、遠くに居て駆けつけられなかったわ。それまで平和過ぎたから、気を抜いていたのでしょうね」
「それは……」
お義父さんは言葉に迷っているかのようですぞ。
波なんて天災のようなモノだと最初の世界では聞いた気がしますな。
現に今回のループでもみんなそんな認識ですぞ。
……何か違う気がしますな。
それならなんで神を僭称する敵がいるのですかな?
お義父さんと俺達が転生者や転移者と戦った時の疑問にぶつかります。
「……だけど波が起こってから数日後、やっとの事で帰ってきたら、村には誰もいなかった」
「……うん。波の被害は元より、領地に国の兵士が奴隷狩りを行ったってエクレールさんが言ってた。とても酷い事だと思う」
「必死に探したわ。きっと生きていると願ってね。でも私じゃこの国の暗部には近寄れなかった。だから奴隷を専門に扱うゼルトブルで戦闘奴隷となって探したのよ。あそこは大きなコネクションがあるからお金を積めばどうにか出来ると思ってね」
「随分と遠回りだけど、それはしょうがないよ」
「この病も……私に振りかかった罰なのよ。だから、ナオフミちゃん達が薬をくれても治らない……ラフタリアちゃんとそのご両親を助けられなかった罰……呪いなのよ」
「そんな……」
いい加減扉をぶち破りますかな?
ですがお義父さんに怒られる様な気がしますぞ?
そんな風に考えていて、ふと脳裏に何かが過ぎりました。
俺の想像の中のフィーロたんをお姉さんが手招きする幻想が見えた様な気がしますな。
お姉さんを助けないとフィーロたんにもしかしたら会えないのですかな?
俺がそんな幻に惑わされていると部屋の中から音がしました。
弱々しく咳をしながら答えるお姉さんのお姉さんにバスンと地面を踏みしめたのか殴ったのか音が響きました。
「だから、ナオフミちゃん達はなんも心配しなくて良いのよ……私は、もう……」
という所でガチャッとお姉さんのお姉さんがお義父さんを部屋の外へ出る様に扉を開けました。
「あら?」
「おや?」
お姉さんのお姉さんと俺とで視線が交差しますぞ。
そこでお義父さんが立ち上がって俺の前に立ちました。
なんですかな?
「……元康くん!」
「はいですぞ!」
これはアレですな。
前回のお義父さんがどうして早く言わなかったんだ的なお叱りをする時の表情です。
きっと動きの悪い俺に活を入れようとしているのですな。
お義父さんが俺の両肩を掴みました。
心しておきましょう。
「元康くん、ごめん……先に謝る。何度でも謝る。これから俺は、凄く身勝手で我がままで、感情的で、傲慢な事を言うけれど、お願いしたい」
「な、なんですかな?」
お義父さんは今にも泣きそうな顔で俺に頼みこんだのですぞ。
今までと違う反応に俺は驚きを隠せません。
お叱りとは何か違うようですぞ。
「今すぐ……俺を殺してループして欲しい」




