人格の変化
「で、ローリックさん。俺達に相談という話だけど、どんな内容かな?」
「ええ、その事なのですが……」
ローリックとやらの話はこうですぞ。
このローリックには仕えるべき主と言うか、護衛を任されている末席の姫がいるそうですぞ。
継承権はほぼ無く、片方の親が金持ちの令嬢と言う身分らしいですな。
一言で言えば口は悪い、素直になれない、誤解を生みやすい。
けれど困っている人を見ると影ながら力を貸す。
少々性格に難こそあれど、根はとても優しいそうですぞ。
で、ローリックと他二人ほど同じ騎士になった者が居るのですが、それぞれが幼馴染で共に育って来たんだとか。
みんな彼女の良き理解者だったそうですぞ。
「はぁ……」
「身の上話をする必要があるのか?」
「その、まずは知って頂かないと話が進まないと思いまして……」
「それで何があったんですか?」
「今から約四カ月程前だったでしょうか……」
乗馬を楽しんでいた最中、突然、その令嬢が落馬したそうですぞ。
立ちくらみからの落馬なのか、たまたまバランスを崩して落馬したのかはローリックの話ではわかりませんな。
「それから三日ほど、彼女は意識が戻らず、生死の境を彷徨いました」
「と言う事は、三日後には目が覚めたの?」
「はい……ですが――」
ローリックの話に戻りますぞ。
目が覚めた彼女はまるで別人の様に言葉使いが上手くなり、素直で、外交的になったそうですぞ。
「人格が変化?」
「そう、なります。ただ……時々私達を見る目が、今までの彼女とは違う……別人に感じるのです」
「多重人格とかならありえるんじゃないのか?」
「そうだね。頭をぶつけたショックで……なんて話をテレビで見た事があるよ」
俺もありますぞ。
ドラマに目を通すのは豚共と話題を作るのに必須でしたからな。
その関係で夜はテレビを頻繁に見ていたのですぞ。
「それだけではありません。私達以外の男性に近寄っては貢物を要求する様な仕草をしたり……仲良くなろうとしていた女性とも距離を置こうとしているんです」
「完全に別人になってしまったかの様だね」
「はい。ただ、ご両親に始まり、周りの皆さまはとても喜んでおります。ですが、最近は冒険者業をやってみたいと言い出しまして……以前の彼女は殺生を好まない方だったと、幼馴染である私達は知っているんです」
「症状的に記憶喪失とかから来る人格変化じゃないんですか?」
「それと……話した覚えのない事すらもまるで全て知っているとばかりの態度で誘惑してきて……ただ……間違っているんですよ。私の両親の軋轢とか兄弟の問題とか。記憶の混濁で済ますにはどうも気になる事が多すぎまして……他二人も似た様な違和感があると話していました」
うーん……ピンと来ませんな。
お義父さんも呻きますぞ。
「結局は何なんだ?」
錬が苛立ちながらローリックに尋ねました。
よくわからない依頼ですからな。
「最近、四聖勇者様方が身元不明の冒険者や出世欲が強い貴族子息の捕縛をなさっていると聞きました。理由は波による災害と……」
「なるほど、お前の護衛対象がその捕縛対象に入らないか相談に来たと言う事か」
「一応は、異世界人……勇者では無いのに異世界から来たっぽい方と幼少時から謎の頭角を現す貴族子息に絞っていますね」
おお!
久々の仕事ですな!
「疑わしいなら抹殺ですな!」
「お願いします! それだけはやめてください!」
おや? ローリックに懇願されてしまいました。
ですが俺は止まりませんぞ。
「元康、落ちつけ」
「尚文さん、どうしましょうか? 一応、今までにないパターンの相談ですよ?」
「んー……何か似た様な話に覚えがあるんだよね」
「僕もです」
「尚文と樹の世界にはいろんな話が転がっているんだな」
「錬がサブカルチャーに関してVRゲームと対人にしか興味が無さ過ぎなんだよ。元康くんは知らないだろうね」
「ですぞ!」
「俺の世界にもあったんだろうか?」
錬がポツリと呟きながら輪に入れず疎外感を抱いてますぞ。
大丈夫ですぞ。俺も知りません。
とりあえずナカーマとばかりに優しげに見ておりましょう。
おや? 錬と視線が合いましたな。
サッと逸らされてしまいました。
どういう意味ですかな?
「錬も覚えがあるんじゃないかな? メルロマルクの亡霊王女との戦い」
「ん? あの王女が何なんだ? 色々な意味で忘れられない敵だったが……」
「正確には少し違うのですが、あの亡霊王女が姿を現す前の状態を思い出してください」
「確か……継承権のある王族の女に乗り移っていたな……ってまさか!?」
お義父さんが何を意図して錬に説明したのか、察した様ですぞ。
「あくまで可能性だけどね。あるんだよね。異世界へ行く物語のパターンに死んで異世界の人間に憑依しちゃうって話が」
お義父さんの話では憑依対象が死んでしまって、乗り移ったという話でした。
魂が抜けて、代わりに入って生き返るそうですぞ。
他にもバリエーションがあるそうです。
「僕の方でもありますね。実在を疑われている異能力に」
「異世界転移というのは種類が多いんだな……」
「ええ、僕達の敵の目的はわかりませんが、これまでの傾向から見て、十分ありえます」
「だが、その場合……」
俺が槍を振りかぶりますぞ。
まずは実体をぶち殺して本体が出てきたら爆殺ですな!
するとローリックが懇願するように手を合わせていますぞ。
「いつまでも別の誰かに体を操られてしまうよりも楽に……とも思わなくもないけど、別の手段を模索しよう。何も俺達の推測が正しいとは限らないしね」
「ええ、ですが仮に推測が当っていたとして、憑依している相手をどうやって引き剥がしますか?」
「こう言うのって対魔とか宗教系で出来そうなイメージはあるよね」
「その宗教を乗っ取った亡霊が居た訳だが……」
シーンと沈黙が辺りを支配しました。
難しい話が理解できないフィロリアル様達と助手は首を傾げていますな。
ライバルは理解したのですかな?
「どうしたら良いのかな……」
「国でそういうのを扱っている部署が無いか聞いてみるのはどうでしょうか?」
「あ、それは良いかもね。そもそも勝手に話を進めちゃってるけど、実際は記憶の混濁による妄言とかもありえるんだし」
「そうだな。じゃあこの依頼は確かに聞いた。後日対応する」
「ローリックさんと他二人の騎士さんは普段通りを心掛けてください。間違ってもこの話を漏らさない様におねがいしますね」
そう伝えるとローリックは安堵した様子で頷き、敬礼してから出て行きました。
なんとも面倒な事件ですな。
「それで実際どうするんだ?」
「過去に症例が無いか治療院と教会に相談してみようと思うんだ。勇者の伝承にもあるかもしれないでしょ?」
「既にやっているんじゃないんですか? そう言う類の伝承から解決するのは?」
「『私達の警護する姫様が別人に乗っ取られているかもしれません』なんて相談に行ける? 見た感じだと内密にお願いしてたじゃないか」
「教会での御払いとか……僕達が想定したパターンで出来たらギャグにしかなりませんよね」
「昔オカルトに詳しい豚から聞いた事がありますぞ。他国では悪霊を悪魔と呼んで御払いする国があるそうですぞ。もちろん、気にくわない事を言う子供には悪魔が宿っていると言って虐待するそうですな」
「元康くんのは何か間違ってる……」
おや? 何か間違えましたかな?
「だからと言って勇者のする仕事なのか?」
錬の言う事にも一理ありますな。
俺はどうでしょうな?
ある日、自分では無い誰かに体を乗っ取られるのは……。
「そう言えば昔、お義父さんが呪われた武器に意識を乗っ取られて別人のように行動した事がありましたな」
「い……その話がまた出てくるの?」
お義父さんが言葉に詰まって困った様に答えましたな。
勘違いしてほしくないのは、あの時のお義父さんも良い人でした。
結果的に敵対してしまいましたがな。
「相談窓口って訳じゃないけど、転生者やトリッパーの情報を集めていた訳だし、事例として持ち込んで来たんだと思うよ。周りも怪しんでるって所なんじゃない?」




