素振り
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。
「ガエリオンは?」
「念の為に後方……逃げられない様にしてくれない? 何なら状態異常を誘発するブレスの準備をしていて」
「ドラゴンの縄張りだから大丈夫なの! 今ならここをガエリオンの巣にも出来るなの、で、ブレスの準備はわかったなの!」
「どっちにしても……事情を聞きましょう。彼が召喚された勇者なのかと言う意味も込めて」
「最悪生け捕りだな。顔を知る奴は別人だというが、連行して魔法なり何なりで詳しく調べた方が良いだろ」
「まあまあ、話し合いからにしようよ。とりあえず……こういう時にやる事と言ったら」
お義父さんが先頭に立って、拍手をしながらコーラへと近付いて行きますぞ。
なるほど、褒めて敵愾心を下げるのですな。
そういえばコーラの豚共は賞賛を所望していました。
褒めれば交渉を上手く進められるかもしれませんな。
「ブブ!?」
「何者だ!」
パチパチと拍手をしながら俺達勇者がゆっくりと明かりのある方へと歩いて行きますぞ。
「やっぱり、ここの主であるドラゴンを倒すだなんて中々の腕前なんだね」
しかし……以前お義父さん達が言っていた、物語の悪役的な登場を俺達がしている様な気がしますぞ。
というか宝目当てに横取りをしようとしている様な誤解を生みそうな気がしますな。
「お前等は……さっきの勇者達」
俺達の登場にコーラは警戒態勢を強めてますな。
「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、ここのドラゴンを倒して得た宝とかは君達が勝ったんだから横取りをする気は無いよ。幸いにもお金には困っていないからね」
「……」
「ただ、ちょっと質問して良いかな? 返答次第では一緒に来てほしいんだ」
コーラと豚共は警戒を解きません。
まあ、まずはお義父さんの交渉が火を吹くのですな。
「俺達もここを攻略していて先客がいるからどうしようかって思って見てたんだ。正直に言えば横取りとかそういう事をする気は無かったし、普通に君達が勝っていたら出てくる気も無かったよ」
コーラが豚共と視線でやり取りを始めましたな。
お義父さん達もその雰囲気に警戒気味ですぞ。
もしもに備えて、俺も可能な限り隙を少なくしましょう。
戦えと言われたら一瞬で制圧してやりますぞ。
「勘違いしないでほしいのは、別に戦う気は無いって事……なんだけど、ユータくんだっけ? さっきからずっといつでも飛びかかれる姿勢を解かないのは敵意の表れかな?」
「尚文、コイツ等はやる気なんじゃないのか? 自分の正体を知られて俺達を消す気に見える」
「ええ、同じ勇者であっても話を聞く気は……無さそうですよ?」
「まあまあ」
お義父さんはまるで子供をあやす様にコーラに向けて尋ねました。
「とりあえず質問。その武器は七星武器の一つ、投擲具……でいいのかな? 次の質問、君は魔法なり何かしらの方法で姿を偽っている召喚された勇者で、波と戦うのを拒んでいるのかな?」
「ブブブブブヒ!」
豚の鳴き声とほぼ同時に錬と樹が各々武器を抜きました。
何を言ったのかはわかりませんが、俺も槍を連中に向けますぞ。
「目撃者は消す! 例え誰であろうとも!」
と、コーラが襲い掛かってきました。
思い切り投擲具を振り被り、投げようとしております。
「エアストスロー! セカンドスロー! ドリット――」
「元康くん! 念の為にアレを!」
アレというのは眷属器の剥奪ですぞ。
もしもコーラがタクトや亡霊赤豚の様に不正な方法で投擲具を所持しているなら、没収する事が出来ます。
「わかりました! 愛の狩人が命ずる。眷属器よ。愛の狩人の呼び声に応じ、愚かなる力の束縛を解き、目覚めるのですぞ」
俺の言葉にふわっとコーラの手に宿っていた投擲具が光り輝きました。
「何!?」
「――お前から眷属の資格を剥奪しますぞ!」
そして、アッサリと投擲具が俺達の方へと飛んで漂っております。
……つまり、こやつ等はタクトと同類という事ですぞ。
「ブヒ!?」
コーラと豚がそれぞれ驚きの声で硬直しました。
その反応は七星武器の資格を剥奪されたタクトと全く同じですぞ。
「いきなり襲い掛かろうとした事に関しては、まだ召喚された被害者として隠していたいという気持ちを理解できるよ。だけど……」
お義父さんは漂う投擲具を見つめてから詰問する目になりました。
「一つ目の質問の答えが出たね。これは七星武器の投擲具。次の質問だけど……君、正式な所有者じゃないでしょ」
そうですな。
お義父さん達に説明しました。
俺の唱えた四聖勇者としての剥奪は、正式な所持者であれば七星武器側でもある程度逆らえるのですぞ。
にも関わらず、解放を命じただけで離れたという事はタクトと似た様な強引な力で支配しているという事ですぞ。
「ブヒ! ブヒヒヒ!」
豚共が何やら喚きながら襲い掛かってきました。
ぶち殺してやりますかな?
俺が槍を構える前に錬と樹が攻撃してきた豚共を各々武器で反撃して突き飛ばしました。
樹は威嚇射撃とばかりに武器を撃ち、足元に何度も弾丸を放って下がらせましたな。
「なんでユータの切り札を奪ったんだ!? 返せって……これは七星武器という勇者の武器で、彼は正しい所有者じゃない。それがどういう意味なのか、わからないとは言わせないよ」
お義父さんは呆れ気味に答えました。
何から何までタクトに似た連中ですな。
「なんであろうと、ここで俺達は負ける訳にはいかない!」
「あのね……」
コーラは脇に差した高そうな剣を抜いて向かってきます。
「若干心得があるのかもしれないが、踏み込みが甘い!」
錬がコーラの剣を正面から受け止めて逆に切りつけます。
「ぐ……くそ!」
「ブヒ!」
錬とコーラの間に閃光が弾けました。
どうやら援護とばかりに豚が魔法を唱えた様ですぞ。
魔法を避ける為に錬はコーラを突き飛ばして後方に下がりましたな。
「構えや攻撃自体は鋭い物があるのは認めてやる。だが……そんな動きはコンピューター相手でも通じないぞ」
「錬基準で言われてもな……」
ですな。
VRとやらのコンピューターなんて良くわかりませんからな。
「くそ! 素振りで鍛えたステータスで敵わないと言うのか!?」
「す、素振り!?」
錬が唖然とした表情で俺とお義父さんに目を向けます。
素振りが……なんですかな?
言っている意味がよくわからないですぞ。
先程から思っているのですが、こやつと俺達は別の世界に生きているのではないですかな?
「今、コイツ、素振りと言ったか?」
「あー……確か訓練するとLv補正以外で能力が上がるとかエクレールさんが言ってたよね? それの事を言ってるんじゃない?」
「そんなゲーム感覚で実戦の相手に勝てるか!」
思わず錬がツッコミました。
その言葉、今までの錬に言ってやりたいですぞ。
まあ、さすがの錬もLv至上主義なだけで、素振りがどうだの、とは言っていませんでしたが。
しかし、このコーラという奴は……馬鹿なのではないですかな?
「えーっと……尚文さん、こういう話に覚えがありません?」
「あるね。壁に百烈拳して能力をカンストさせてから攻略するゲーム」
「僕も聞いたことがありますよ。その理屈なら確かに攻撃力は上がるんじゃないんですか?」
お義父さんと樹が半眼になってコーラを見ております。
完全に呆れられてますぞ。
「それにしたって、腕力でしょ? 技術は無理なんじゃない? 錬相手じゃ当たらなければ意味は無いってなるよ」
「そもそも勇者相手に一般人化した人がどれくらい鍛えれば腕力で追い付くんですか?」
何だかんだで勇者の強化で能力が12倍以上になっているのですぞ。
仮に素振りで腕力が伸びたとして、同等になるのにどれほど掛りますかな?
そもそもコーラは細身ですぞ。
Lv要素では無い素振りで腕力を鍛える……お姉さんの腕立て伏せが思い出されます。
アレだけの事をしても些細な能力しか伸びないらしいですぞ。
それで素振りとは……完全に舐めているのではないですかな?
俺だってこれまでの冒険である程度力が付いておりますし、フィロリアル様達と本気でじゃれあうと気が付いたら腕力が付いております。
なので素振り……筋トレが無駄だとは言いません。
しかし、その素振りとやらが足りないのではないですかな?
それ以前に錬だって毎日素振り位やってますぞ。
空いた時間を見つけると素振りだけでなく筋トレをし、更にはお義父さんや樹と稽古をしています。
ステータス的には錬が上ですが、技術的に勝るエクレアともやってますな。
俺が頼まれる事もありますぞ。
最近ではモグラに剣術を教えながら自分も学んでいる、とかなんとか。
「お前は俺を舐めているのか!」
非常に不快そうな顔で錬はコーラを怒鳴り散らしました。
錬は強くなる事に憧れがありますからな。
バカにされた様な気分になったのでしょう。




