注目
冒険者ギルドの前の広場で何やら冒険者同士が喧嘩をしているようですな。
観客は通行人と他の冒険者で、その円の中心では現在戦闘の真っ最中だったようですぞ。
片方は人相が悪く、色黒でガタイは良く単細胞っぽい、言ってしまえば盗賊に混じっていそうな奴ですぞ。
武器は拳ですかな? ナックルを装備していますぞ。
もう片方は日本人顔ですな。
この世界は異世界人の血筋がそれなりに居るので、それっぽい人が居ても不思議では無いですがな。
年齢は幾つ位でしょうかな? 錬と同じか樹位ですかな?
若干幼さが残った奴ですぞ。
装備は軽装鎧で片手剣だけで相手している様ですぞ。
「おらぁ! ちょこまかすんな!」
「……この程度か」
割と日本人顔の方が押し気味に見えますぞ。
きっとLvがこやつの方が高いんでしょうな。
「「「ブブー!」」」
何やら日本人顔を応援する豚が三人程いるようですな。
三人という所が不快ですぞ。
誰かを思い出しますな。
「トドメだ!」
日本人顔の方が相手のナックルを剣で弾き飛ばし、その隙を突いて相手の首筋に剣を向けました。
おお、殺さないとは殊勝な心掛けですな。
「勝負あったな」
「く……」
悔しげにガタイの良い冒険者は呻きました。
「ブブブブブブ!」
「ブブブブ!」
豚共が勝ち誇った様に何やら騒いでいますな。
あんまり良い印象を持つ様な状況では無いのがわかりますぞ。
なんというか……俺のトラウマが刺激されてますぞ!
具体的には豚の尻を追いかけて、赤豚と一緒に行動していた頃の俺が似た様な事をした覚えがあります。
「な、お前がそうなのか!?」
ガタイの良い冒険者が驚きの声を上げていますな。
なんですかな?
あやつは有名人なのですかな?
「お義父さん、あの豚は何を言ったのですかな?」
「何か自慢話をしていた感じだね。ここ最近有名になって来た冒険者なのを知らないのかって言ってる」
「ふむ……」
「「「おおー!」」」
とりあえず歓声が上がりました。
それなりに有名な様ですな。
「ブブー!」
「そうだそうだ!」
「少しくらい強いからって調子乗ってんじゃねえぞー!」
「く……」
どうやら対戦相手だったガタイの良い奴は調子に乗っていた風聞の悪い冒険者だった様ですな。
周りの連中が日本人顔の方の肩を持ち始めましたぞ。
悔しげにガタイの良い冒険者は逃げるように去っていきました。
「いやー! スカッとしたぜ!」
「アイツ最近、偉そうにしてたからみんなウンザリしてたんだ」
「よくやった!」
なんとも……最初からその場に居た訳じゃないので俺達からすると状況を理解するのが若干難しいですな。
ただ、クールを気取っているのか、日本人顔の冒険者は面倒そうに頭を掻いて仲間らしき豚の元へと歩いて行きました。
そして持っていた剣を手渡ししましたな。
「あ! 勇者一行!?」
合わせてぱちぱちと拍手をしていると俺達が後ろにいる事に気付いた奴が大声を上げて道を譲りますぞ。
すると周りの連中も委縮するように俺達へ日本人顔の冒険者への道を開けました。
何故その様な流れに?
別に一介の冒険者など興味ありませんが。
「別に見ていただけなんだが……」
「なんかこの空気って話に行かなきゃいけない感じ?」
「そうみたいですね」
お義父さん達は場の空気に合わせて、手を振りながら輪を抜けて冒険者に近づきますぞ。
「中々筋が良いんじゃないか?」
「……」
日本人顔の冒険者は錬を怪訝な目で見ているように俺は感じました。
まあ、いきなり上から目線に見えなくは無いですからな。
錬はこういう所が誤解を生むのでしょう。
「錬さん、いきなりその態度は失礼ですよ」
樹が誤解を解く為にそう言いました。
「僕達は四聖勇者でして、偶々立ち寄って見ていただけなんですよ。僕は弓の勇者、名前は川澄樹です。で、こちらは剣の勇者である天木錬さん。で、そっちが盾の勇者である岩谷尚文さん、あっちが槍の勇者である――」
「愛の狩人! 北村元康ですぞ!」
いきなりの自己紹介ですからな。
間違いの無いように強調しますぞ。
俺は役職は槍の勇者ですが、職業は愛の狩人ですからな。
「……」
見渡す様にジロッと日本人顔の冒険者は俺達を一瞥しました。
それから取り繕った様に軽く笑みを浮かべましたな。
「ユータ=レールヴァッツです。宜しくお願いします」
「ブブー!」
「ブブブー!」
「ブブ!」
三匹の豚も合わせて鳴きますぞ。
豚はともかく、比較的にまともそうですな。
「ユータ……? 日本名?」
「イワタニ殿、勇者の様な名を付ける親も多い。不思議な事では無い」
エクレアが説明をしましたな。
なるほど、そういう事があるのですな。
考えて見ればタクトも日本名にも聞こえますからな。
とはいえ、その影響でこのユータとかいう冒険者の印象は最悪ですぞ。
「ああ、そうなんだ? まあ勇者みたいにーってことなのかな?」
「あの……それで、俺達に何の用なんですか?」
と、ユータなる冒険者が警戒気味な態度で聞いてきます。
それに答えたのは錬でした。
「いや、樹もさっき言ったが、偶々この騒ぎに遭遇しただけだ。それ以外に理由は無い」
「ええ、なんか他の人が道を開けたので、無視するのも失礼かと思いまして」
「……」
「……」
錬と樹の言葉の所為か、沈黙が辺りを支配しました。
観客が囁き合っていますぞ。
お義父さんが困った様に俺達の方に視線を向けますぞ。
しかし、これと言って感想と呼べるものはありませんからな。
錬が言った筋が良いと言うのが精々ですぞ。
確かに、一介の冒険者としては中々良い腕をしているのではないですかな?
ただ、その程度ですぞ。
単純に言えば、錬には勝てないでしょうな。
腕前でも何でも。
樹に関して言えば遠くから避けられない様に撃ち抜けるでしょうし、俺だったら追い込まれていたとしても軽く弾き返せる程度ですぞ。
お義父さんだったら見切って避けるでしょうな。
育てればエクレア位にはなるかも知れませんが。
「ブブブヒ」
豚が何やら喋りましたな。
「え? 賞賛の言葉? なんで? これってただの喧嘩じゃないの?」
お義父さんが本当に不思議そうな表情で言いました。
首を傾げて俺や錬、樹達に視線で説明を求めてますぞ。
とはいえ、俺も良くわかりませんな。
錬や樹も同じらしく、反応に困っている様ですぞ。
そもそも、どうしてこんな奴に賞賛の言葉を贈らなければいけないのですかな?
喧嘩で勝った方が偉いというなら、俺が一番偉いですぞ。
しかし、現実はそうはなりません。
知的で紳士、それでいて誰かの為に戦える者が褒められるのですぞ。
俺はフィーロたんに相応しい、そんな男を目指しているのです。
「リネル!」
ユータとやらが豚を制止しました。
「じゃあ、俺達は用事があるのでこれで……」
ユータとやらは営業スマイルを浮かべ、逃げるかのように俺達から距離を取って立ち去りました。
それに合わせて周りの連中も解散して行きましたな。
「なんか悪い事言っちゃったかな? 一緒に居た女の人、信じられない様な物を見る目でこっちを見てたけど……」
「いや、尚文の反応におかしな点は無いと思うぞ」
「ええ、少なくとも僕の認識では尚文さんの方が自然だと思います」
「私も勇者殿達に同意だ。彼女が何を思ってそう尋ねたのかが私にはわからん」
俺もですぞ。
あやつ等、一体何がしたかったのですかな?
「それにしてもスポーツ漫画とかで上級生が新入生の主人公を注目して覚えるシーンとかを連想しなかった?」
「ああ、ありますね。注目する上級生役を強引に押し付けようとしている空気があったというか、そんな感じがしましたね」
「俺も漫画程度しか知らないが、思った」
ですな。強引に奴等の事を覚えさせようとする様な雰囲気がありましたな。
残念ながら、そこまで注目する程の人材では無いですぞ。
三ヶ月に一人位の人材でしょうか。
お義父さんの領地に居た奴隷達なら、あれ位ゴロゴロいましたな。
あの程度では、明日には忘れていると思いますぞ。
奴の名前は何でしたかな? コーラでしたかな?
「で、あの逃げる様な態度、なんて言うか目立ちたくないけど覚えてくれ、とか言ってる感じだよね」
「元康さんに真実を教わらずに道化となっていた僕があんな感じになりそうですよね」
「あー……そうだね。目立ちたくないとか言いながら目立つ行動をしてる所とかね」
「ええ、なんていうか……行動こそしませんでしたが、昔の自分を見ている様でトラウマが刺激されるんですよね……」
「騒ぎの原因は何だったんだ?」
錬が近くに居たギルド職員に尋ねますぞ。
「あ、その……先ほどの大柄の冒険者が、受付カウンターで依頼を見ていたあの方を挑発して、言い争いから喧嘩に発展したようでして……」
「凄い典型的な展開だね。実際あるものなんだね」
と、お義父さんが何やら嬉しそうにしてますぞ。
こういうお約束的な展開が好きなんでしょうな。
「噛ませ犬ポジションを袋にして勝っただけじゃないですか……」
「で、周りの女共が巷で有名な冒険者であるユータ様よ! って伝家の宝刀とばかりに言い放っていた訳だが……」
「完全に王道展開だね」
「なの? 有名なの?」
ライバルが尋ねますぞ。
俺は知りませんな。
少なくともこれまでのループでコーラなる人物に覚えはありません。




