長い夜
タクトが神の子?
勇者の武器を複数所持出来る?
猶予を与える?
こやつは何を言っているのですかな?
ああ、もしかしたらコイツもタクトの派閥の者でしょうか。
おそらく俺達の作戦程度なら、タクトは返り討ちにするとか思っていたのでしょう。
それが蓋を開ければ一方的ですぞ。
なので今更になって擁護しようとしているのですな。
完全に悪だと決まり切った状況で、尚もそんな事を言ったら死にますぞ?
「ならん。ワシ、あいつ前々から嫌いじゃったし。尻尾を見せた挙句、勇者じゃないなら見逃す必要も無いじゃろ?」
豚王もその辺りは譲る気は無い様で一安心ですぞ。
「ですが、タクトは数々の発明と事業での実績があります。罰しようものなら経済が傾きますし、複数所持する力を持つ七星勇者なのですよ!?」
「ふむ……貴様の言っている事も理解はしよう。重罪人タクトがこれまで我が国にもたらした利益だけは認めてやる」
なんですと?
ここまでやってタクトを解放などと言うつもりなのですかな?
そんな事をするなら、お前も同罪ですぞ。
この槍の錆にしてくれます。
そう思った所で豚王が言いました。
「じゃが……やっぱ七星よりも四聖じゃろ」
「で、ですが!」
「それに300もLvを上げ、三つも武器を持っておったのに、四聖勇者に手も足も出ない様な奴、必要無いじゃろ」
豚王もわかっている様ですな。
しかし、妙に言動が軽い気がするのですが。
「後お前、タクトと繋がりあるじゃろ? 首」
豚王に睨まれて臣下の者は周りの兵士に捕まりました。
「く……放せ! タクトこそが王にふさわしいぃいのだあああああ!」
などと叫びながら元臣下は連行されました。
おお、本当にタクトと繋がりのあった様ですな。
豚王は豚の中でも特別優れる、エリート豚だったようですぞ。
さて、邪魔者は消えましたな。
「タクトをどうするのですかな?」
「ぶふふふふ、しばらく楽しませてもらおう。それに……奴の息の掛った連中の炙り出しにも利用せんとな」
豚王は政治的な問題には、とても鼻が利くとか聞いた覚えがあります。
それこそトリュフを見付ける様な勢いで、鼻を使うでしょう。
先程の臣下を解雇した時の様に。
「なのー! ガエリオン、真の竜帝になったなのー」
ライバルがタクトのドラゴンの死骸を食い破って血まみれで出てきました。
錬と樹がどん引きしていますな。
「あ、なおふみが汚れちゃうから綺麗にするのー」
とライバルは全身を舐め取って血を拭っております。
更に水の魔法を唱えて清めておりますぞ。
しかし、タクトのドラゴンは死体すらも厄介ですな。
後宮が汚れていますぞ。
「えっと、ガエリオンちゃん。タクトのドラゴンはもう大丈夫なの?」
「なの!」
「手に入れた欠片に意思が残っていて僕達に後から襲い掛かって来るとか無いですよね?」
樹の言葉に錬とお義父さんが静かに樹を見てからライバルに視線を戻しますぞ。
「大丈夫なの! ガエリオンが上書きしてもう跡形も無いの!」
「上書き……」
「セーブか」
お義父さんと錬がそれぞれ呟きましたぞ。
しかし錬、その表現で本当に良いのですかな?
それにしてもドラゴンの生態は気色悪いですな。
「ガエリオンはいろんな知識を手に入れたの! これでなおふみに無くてはならない存在になれたなの!」
と、ご機嫌な様子でライバルはパタパタと飛んでおります。
どうせ、程度が知れるのですから身の程を知れ、ですぞ!
「ガエリオンはまだまだ強くなりたいなの! クラスアップの上限突破もやるの!」
「うん、お願いするね。これから」
「なの!」
やっと限界突破のクラスアップが出来ますな。
「とりあえず、秘密裏にこの死骸の除去をしないとね」
「既に作業は始めている様ですけどね」
しばらくしてLvリセットされたタクトが運び込まれて来ました。
タクトを救出される前に仕留めるか考えておりましたが……もう色々と無理ですな。
どうやらフォーブレイ王は拷問に関しては得意な様ですから、物凄く乗り気で止められません。
「むー!」
布を口に詰められてタクトが精いっぱい抵抗していますが、何も出来ない様ですな。
同行していた豚共もリセットされて反動で動けない様ですぞ。
縛られた挙句、常時能力低下の魔法を掛けられている様です。
まあ、動けてもLv1ではこの場に居る者に勝つことも逃げる事も不可能でしょうが。
「さーて勇者殺しの犯罪者タクトよ。お前には重い高密度奴隷紋を施し、ワシの奴隷となってもらう。もちろん、誰かが助けてくれるなどという甘い期待は捨てる事じゃな」
ブフフフフ……と豚王は笑っております。
「何だかんだで奴隷紋の歴史は古い。タクトよ、お前もいっぱしの研究者であるのなら、ワシが施そうとしている古に禁じられた紋様を知らぬはずもないじゃろ?」
と告げる豚王の命令で国の魔術師がタクトに何やら奴隷化の儀式をしているようですな。
どうやら凄い技術がある様ですぞ。
後で聞いた話によると理論上、解除不可能で更に四肢は麻痺し、主の命令無くして動けない。
更に刻まれた者が手に入れるはずだった経験値や魔力などを主に献上するモノだそうですぞ。
まあ、技術的な問題でそれを突破、などもあるかもしれませんが、豚王の宣告によりタクトに生きる術は無さそうですな。
「むぅううううううううううううう!」
暴れるタクトでしたが、もはや抵抗すら出来ず、奴隷紋が刻まれました。
「さて、四聖勇者達よ。此度の宴、ワシは大満足じゃ。明日にはタクト一派の連行を始める。その時まで、しばしの休息を与える。どうかゆっくりとしていてくれ」
「えっとー……」
お義父さんが非常に困ったように声を漏らしますぞ。
「尚文さん、前回の周回で貴方は本当にこんな結果を望んだんですか?」
樹が何が起こるのかを察しながらお義父さんに尋ねています。
そこは微妙な線ですな。
前回のお義父さんはお優しい方だったので、豚王についても女好き程度の認識だったかもしれません。
更に応竜によって多くの者を失いましたからな。
必要な事、と割り切った可能性もあります。
「前回の俺がわからない! これってある意味殺すよりも可哀想な結果になってない? そりゃあ、サクラちゃんは大怪我させられたし、命を狙われた訳だけど……」
「何を今更、驚いてるんですか! 尚文さん、馬車で不敵に笑っていたじゃないですか」
「そうだけど! ま、まあ……タクトの周りの女性達は、どうやらフォーブレイ王の側室として迎えられるらしいから将来は安泰なんじゃない?」
おや? お義父さんはまだ知らないのですかな?
豚は豚王の所で大概死ぬそうですぞ。
と言うのは言わなくてもいずれわかる事ですな。
錬達も知ろうとしなければ傷付かずに済みますぞ。
前回のお義父さんもきっと知らなかったのでしょう。
「好きでは無い相手と関係をですか……しかも……」
樹が言葉を濁しますぞ。
まだ未成年ですからな。
「だが……勇者殺しを黙認して国家転覆までしようとした連中には、相応の報いなのかもしれない」
錬の言葉に樹は深く溜息を吐きましたぞ。
「こんな事態を招いて……これからは正義なんて間違っても口に出来ませんね……」
「いや……結果的に大勢の命を無用な争いに巻き込まずに済んだんだ。ある意味、これも正義だろう」
「タクトを泳がせたら、もっと大きな争いになっただろうし……ね」
複雑な面立ちのお義父さんがそう言うと、豚共が騒ぎ始めました。
「ブー!」
「ブヒー!」
何を言ったのかはわかりませんが、錬と樹の不快そうな表情を見るに碌な事を口にしていないでしょう。
その言葉にお義父さんの目付きが変わりましたな。
やがてお義父さんはタクトとその取り巻きに向けて言いました。
「余罪に関して僅かしか俺も聞いてはいない。けれど世界の危機、犯罪とわかっていながら見過ごし、共謀した君達の罪は重い。こういう結果になる可能性だってあったはずだ。その覚悟が無いなら、あまりにも短絡的過ぎる。君達は自分達の罪で罰せられたんだ」
そうですな。
確か、豚王への縁談は、各国の貴族にとって、重い犯罪者に対する罰になっている、と聞いた事があります。
仮に小さな罪であったのなら縁談と書いて死刑などという罰にはならないそうですぞ。
豚王にその分別がついているかはわかりませんが、間違っても世界の危機に勇者殺しを黙認していた挙句、世界を救うカギとなるLvの限界突破を秘匿していた罪はタクト一人で抱えられる程軽くは無いのですぞ。
「……俺達は四聖勇者だ。罪に関して、捏造だけはしないと約束する」
「そうですね。あなた達は正しい審査の元に裁きます。正しい事をしているのなら、フォーブレイ王に僕の方から無理を通してでも便宜を図ってもらいます」
「だが、逆に罪があるのなら容赦はしない」
お義父さん達はお優しいですな。
とはいえ、こやつ等が無罪放免になる事は結果的に無かったのですぞ。
これは後になってわかるのですが、タクトだけではなく、豚共も相当やらかしていた様ですな。
まず先程の大臣や臣下を初めとした買収行為。
更には国家転覆を企てる大規模な組織だった行動。
禁足地域の盗掘。
禁止されている技術の研究。
そして、とりわけて目立ったのは誘拐及び強制労働だったそうですぞ。
なんでもタクトが発案した新技術を作る為の人員が、あまりにも不足していた様ですな。
その為、豚共は己の権力を使って人員を無理矢理捻り出していたそうです。
どうやって人を確保したのかは想像に難しく無いですな。
最後に殺人ですぞ。
こんな世界ですし、俺もやっているのでどうこう言うつもりはありませんが、殺した相手が悪いそうです。
フォーブレイ国内だけならまだしも、国内外で多数報告されている様ですぞ。
豚共にとって都合の悪い相手の多くは殺されている様ですな。
要するに借金塗れの豚を救う為に、タクトが借金取りを殺し、それに加担した、などですぞ。
他にも豚の敵対派閥を見せしめに滅ぼしたり、やりたい放題だったみたいですな。
そういえばフィーロたんの主治医は権力争いに負けてお義父さんの領土に来た、と聞いた事があります。
確かフォーブレイから来たと聞いた気がしますが……どうなのですかな?
少なくとも最初の世界において、主治医が被害者なのは間違い無いでしょう。
ともかく、そういった犯罪行為を、権力を使って揉み消していたみたいですな。
これ等の余罪が積み上げられ、豚共はタクトと共に豚王の預かりになったのですぞ。
前回の樹がかわいいの次元ですな。
尚、これとは別件ですが、タクトの父親はタクト一行に消された疑惑が強いそうです。
存命中はタクトや豚共の行動に対して強く異を唱えていたらしいですぞ。
そんな折、突如行方不明になったのだとか。
「「「ブブー!」」」
絶叫するタクトの豚共とご機嫌の豚王が印象的ですな。
ここは豚農場ですな。反吐が出るので早く帰りたいですぞ。
「さーて、じゃあ今夜は誰で遊ぶかのー」
豚王が陽気にタクトの豚共を値踏みしておりますな。
「フォーブレイ王、罪が確定している者だけを選んでくださいね」
「弓の勇者、わかっておる。なに、ワシは焦らされるのも好きじゃからな、安心して良いぞ」
「……」
樹が露骨に嫌そうな顔をしました。
やはり潔癖な所は残っている様ですな。
それにしても豚王、何を安心すれば良いのかまったくわかりませんぞ。
「ブブー! ブブブブブ!」
「むー!」
豚がタクトに助けを求めているようですが、抵抗は出来ない様ですな。
「さ、犯罪者タクトよ。夜はまだ始まったばかりじゃ」
タクトのこれからながーい人生の夜が始まったのですな。
夜明けが来るまでに生き残れますかな?
最初の世界でお義父さんを泣かせた罪、村の者達を殺し、フィロリアル様を大量に殺した罪、そして数多の世界を滅茶苦茶にした罰ですぞ。
こうして俺達の用事は済み、城の方の客間に戻ったのですぞ。