影
それから俺達は国境沿いを包囲の薄そうな場所を探しながら南下していった。
結論で言うと元康がしつこい。何時までも追ってくる。
国境沿いを追って来ているのか遭遇しかけたが、フィーロの俊足のお陰で辛うじて捕まらずにいるという状況だ。
不思議なのは、錬と樹が追ってくる気配がない事か。
話が通じたと見てよいのか、それともどこかで張っているのか……。
まあ、さすがに洗脳している、ていうのは暴論だったしなぁ。
他にありそうなのは、Lvあげに終始していて今回の出来事に興味を失ったのか。
錬は懐疑的だったから分かるが樹はどんな風の吹き回しだ?
逆に元康がしつこいけど。
どちらにしろ、三人の勇者の中で一番強そうな錬と遠距離攻撃の樹がいないのは幸いだ。
元康はフィーロで対処できるし、アイツも第二王女がいるから本気で俺に掛かれないしな。
しかしそれを踏まえても問題が山積みだ。
「どうしたものか……」
いい加減、嫌になって来た日々の中で、これから何処へ向うかを考える。
国境は監視が厳しい。密入国も難しいとなればどこかに潜伏でもするか?
終わりのない逃亡の日々。いや、次の波が来たら俺の人生が終わるな。
この際、無茶して国境越えを敢行するのも悪い手じゃない。
今のままでは俺達の疑惑は晴れないだろう。ならばささっと奴らが俺の行って欲しくないシルトヴェルトへ行くのが手だろう。
夜、焚き火を前に俺達はこれからの方針を話し合っていた。
フィーロは馬鹿なので俺の話を聞いていない。
第二王女とラフタリアはそれもやむを得ないと言った反応だった。
「中々厳しいだろうけど、ここは一気に突破するしかないと思う」
算段が無い訳じゃない。俺の防御力があれば他の勇者さえ居なければ突破は出来ると踏んでいる。
「そうですね……このまま逃げ続けるくらいなら」
「うん……」
「メルちゃん!」
フィーロが何故か本来の姿に戻って第二王女にじゃれた。
カン!
ん? なんか変な音が俺の首筋辺りから音がした。
なんだ? 特に痛みは無いけど……。
即座に振り向くと、空中に針見たいのがくるくると回って落ちる瞬間だった。
「ごしゅじんさま、敵!」
「何!?」
じゃあさっきのは吹き矢だったのか!?
矢というと樹か?
今は夜だから弓での攻撃だと何処から来るかわからない。
「いっぱいいる。近づかれるまで気付かなかった」
「は?」
第二王女を覆うように翼を広げるフィーロにボフンボフンと針が飛んでいる。
幾らなんでもこんな数の攻撃を樹はできるのか?
いや、それよりも!
吹き矢の真意は毒などが塗られている事にある。俺やフィーロには刺さることは無かったが第二王女やラフタリアだったら刺さる危険性が高い。そうなればどんな毒が使われているのか見当も付かない。
簡単な毒なら最近覚えたファストアンチポイズンで解毒できるが、難しい物だとそうは行かない。
そもそも解毒剤は馬車と荷車にそれぞれ置いてきてしまった。
ここでそんな事をされたら対処ができないぞ!
「あ……」
ラフタリアの方へ視線を向ける。吹き矢が今まさにラフタリアに向って飛んでくる瞬間だった。
「エアス――」
咄嗟にエアストシールドを出そうと叫ぶが、間に合うか分からない。
焦りが俺の意識を追い立てる直後、甲高い音が響き、吹き矢が弾かれた。
「危なかったでごじゃるな」
ラフタリアを守るように突然、現れたのは真っ黒い衣装を着た奴だった。
顔は布で隠されていて分からない。
声は男のような女のような。何だろう。忍者っぽい。
ごじゃる?
「早く逃げるでごじゃる!」
茂みや木の影で争うような物音が始まる。
「盾の勇者殿、ここは拙者達に任せて逃げるでごじゃる。無事逃げ切ったら、後で話をするので待っていてほしいでごじゃる」
「いきなりなんだ!」
「それを説明する時間が無いでごじゃるから早く離脱して欲しいでごじゃる」
「チッ! フィーロ、ラフタリアと第二王女!」
「はーい」
「うん」
「わ、わかりました!」
吹き矢の飛んでくる中を俺達はフィーロに乗って走り抜けた。
「さっきの奴、なんなんだ?」
「多分、母上の側近の秘密護衛部隊だと思う……」
走っている最中、第二王女が呟く。
「分かるのか?」
「うん。ラフタリアさんを助けたのが知ってる人。母上の影武者やってる」
「ああ、そういえば、どこかで聞いた語尾だと思ったらアイツか」
クズと決別した日に第二王女の前を歩いていた奴か。
容姿と言動が変で印象に強く残っている。
「一体何なんだ? 夜襲を受けたけど、相手の正体も掴めなかった」
樹かと思ったが、アイツがこんな真似をするわけは無いか。
アイツの性格からして、正々堂々目の前で俺を捕まえようとするはずだ。
「国の暗殺部隊……かも」
「暗殺部隊なんてあるのか」
物騒な話だな。まあ、あんなクズが国王をしているから不信感を持っている貴族も多いとかそんな所か。
で、気に食わない相手は秘密裏に処理する。
納得は出来るな。
「本当は秘密護衛部隊と同じはずなんだけど……」
「暗殺部隊と分離でもしてるのか?」
「……わかんない」
「うーむ……」
これは、あのごじゃるに直接聞くしかない。
ある程度フィーロを走らせた後、俺達は敵が追跡してくるのに備えて待った。
「ん?」
フィーロがピクッと反応する。
「きたよ」
しばらくして、突然、忍者みたいな奴が俺の前に現れた。
「待たせたでごじゃるな」
「ああ、ずいぶん待たされた。いきなり逃げろとか何なんだよ」
「まずは拙者の自己紹介から入ろうと思うのでごじゃるが……メルティ王女から話は聞いているでごじゃるか?」
「影武者だってのは聞いた。後は秘密護衛部隊と暗殺部隊辺りか」
「概ね間違っていないでごじゃる。厳密には拙者たちは国の秘密特務隊、通称『影』でごじゃる」
「あっそ」
「ちなみに拙者に個人名は無いでごじゃる。あえて言うなら影と呼んで欲しいでごじゃる」
影とか……何カッコつけているんだ?
この世界の住人と異世界人の俺では微妙に思考の差でもあるんだろうか。
忍者とか、ほとばしる昭和臭がする。
「で、戦っていたのは誰だ?」
「国と教会の方の影でごじゃる」
「同じ組織じゃないか」
「組織も一枚岩じゃないでごじゃるよ。組織内にも派閥があって、今は争っている最中でごじゃる」
色々と指摘したい所は山ほどあるが……気にするのはやめておこう。
「どうして助けてくれたんだ?」
これが一番聞きたいので尋ねる。
一応何個か憶測できるが、どれも決定的ではない。
「答えられないでごじゃる」
「ふむ。秘密主義って奴か」
「あえて言うとしたらメルティ王女の護衛が拙者の仕事でごじゃる」
「できてねえぞ」
じゃなきゃ第二王女が攻撃された時にコイツは姿を現したはずだ。
「そこは盾の勇者殿が守れるのを分かっているから、出なかったでごじゃる」
「てめぇ……」
という事は知っていて黙ってみていたな。
随分と有能な事で。
「他に当ても無く彷徨っている盾の勇者殿に女王陛下が滞在している国を教えに来たでごじゃる」
自称影は地図を見せて、指差す。
国の南西の方角にある隣国を指差した。
シルトヴェルトとは真逆の方向だ。
「現在、女王陛下がいるのはこの国でごじゃる。ついでに盾の勇者殿が亡命しようとしている亜人の国とは逆方向なので警備も手薄でごじゃる」
「まあ……」
どうも薄々感じていたが、俺が亜人の国へ逃げると言うのが奴等の鉄板的な認識なんだよなぁ。
理由として思いつくのは亜人の国は三勇教会みたいに盾を信仰している可能性だ。
俺が上手く亡命し、事実を伝えたらクズには非常に悪い結果になるという所だろう。
是非とも亡命して痛い目を合わせてやりたいとも思うが……あの警備を突破するのは不可能に等しい。
フィーロで二週間半も掛かる道のりだし、勇者共に先回りされると厳しい。
だが、迂回してでも行きたい。
「今回の件は根が深いでごじゃる。出来れば盾の勇者殿には協力して欲しいでごじゃるよ」
「どういう意味だ?」
「今、三勇教会は盾の勇者殿の活躍で虫の息でごじゃる。だからこんな無茶をして事件に仕立て上げたでごじゃるよ」
「ふむ……つまり、洗脳しているという無理な暴論を通そうとしているのにはそんな理由があったわけか」
ここ最近までの俺の活躍……薬を売ったり、困っている村人を助けたりしていた事が大きく関わって来ている。
結果的にだが、他の勇者が原因で起こった問題を解決してしまったのも一因か。
確かに、盾以外の伝説の勇者を信仰している連中からしたら信仰が揺らぐ出来事だ。
ここで俺が実は悪人で洗脳が事実だと大々的に証明できれば信仰は回復する。
だけど、俺が無実を証明できた暁には三勇教会は壊滅的打撃を受けるわけか。
「どうするでごじゃる? このままシルトヴェルトに亡命して助けてもらうでごじゃるか?」
「それは……」
なんていうか、手柄を誰かに渡して自分は安穏とするなんて趣味じゃない。
戦争を起こしている間に波が来たらやはり俺は敵の真っ只中に呼び出される。それは非常に都合が悪い。
考えてみれば俺をここまで陥れて苦しませた連中、おそらくビッチやクズ王もこの教会の手の者なのだろう。
となれば、無闇に亡命して力ずくで奴等に痛い目を見せるよりも、今まで信じていた奴等に掌を返させると言うのが、一番効果的に思える。
上手くいけば日数の節約になるし手堅い。
だが……。
「女王と会ってお前等に何の得がある。三勇教会は壊滅してしまうかもしれないんだぞ」
「答えられぬでごじゃる」
あくまで影とやらは俺に女王の情報を与えるだけで、そこからどうするかは答えないつもりみたいだな。
コイツ等が女王の配下であるのは間違いない。
第二王女とも接点があり、女王の側近なのだから女王が不利になる事はしないはず。
となると俺が女王と会う事で女王が何か得をするという事になる。
正直、女王とやらの目的が見えてこない。
第二王女の言動から他国との戦争を極力避けようとしているのは見て取れる。
更に盾の悪魔という伝承が根強いこの国で俺に気を掛けていたというのも、厄災の波に強く入れ込んでいるというのがわかる。
影はこう言った『協力して欲しい』と。
女王の方針と三勇教会の考えが一致していない。
と、取るのが無難な線だが……。
ふむ……一つ言える事は敵では無いのかもしれない。
味方であるかは怪しいが、現状を打破する為に賭けてみるのも悪い手ではないか。
「ラフタリアを助けてもらったし、一度だけ聞いてやる。女王に会えば良いんだな?」
これでふざけた茶番を終わらせられるなら参加しない手は無い。
「誰かの考えに乗っかるのは不服だが、それが一番良さそうだ。もしも騙したら……」
「心得ているでごじゃる。では拙者は一度お暇するでごじゃる。何時、教会側の影が来るか分からないでごじゃるから」
そう言うとごじゃるは一瞬で消えていった。
語尾はふざけているけど、仕事は正確そうだ。
「アイツ、信用できるのか?」
正直、ちょっと疑わしい。
「大丈夫……母上が信用していたから」
「その母上って奴がいまいち理解できないんだよなぁ」
クズやビッチとは考え方が違うみたいだが、何を考えているのか分からない。
これまで第二王女や影からの情報から味方の様にも見えるが、目的が見えてこない。
第二王女の暗殺と三勇教会に一枚噛んでいる可能性も否定できないのが痛い。
全てが女王の陰謀で、俺を殺す事だけを考えているような奴だった場合、もはや手が無い。
俺達はシルトヴェルトとは逆方向に進んでしまい、一網打尽。
信じたくはないが、第二王女自体が切り捨てられている可能性だってある。
だが、一度は女王とやらの思惑を知るのも必要だ。
白黒付ければ、今度こそ俺が成すべき事が見えてくる。
「とにかく、行く場所は決まった」
「はい。行きましょう」
「うん。行こうね。フィーロちゃん」
「フィーロ頑張るよ!」
当ても無く国外脱出の方法を模索する段階から一歩前進だ。
俺達は南西に向けて進路を進めるのだった。




