成りすまし冤罪
城下町の目立つ所に建っている教会に顔を出す。
「た、盾の勇者!?」
なんかものすごく渋い顔で歓迎された。
幾らなんでも俺をそこまで拒絶するものか?
さすがに罪状が強姦疑惑では教会に入るのも拒否られるのか?
「うろたえるものではありませんよ」
教会の神父らしき落ち着いた態度の男が渋い顔をしたシスターを注意した。
……何か引っかかるがまあ良い。
「本日は我が教会に何の御用ですか?」
「ああ、仲間が酷い呪いを受けてしまってな、呪いを解く強力な聖水を譲っていただきたい」
別にコイツ等は俺に被害を与えていないのだから、今はまだ普通に相手しよう。
料金表のような物が壁に掛けられている。
「ではお布施を」
値札は分かるので試しに聞いてみるか。
「幾らだ?」
「聖水ですと安い物から銀貨5枚、10枚、50枚、金貨1枚と効果によって上がっていきます」
ふむ……吹っかけてはいないようだ。
これで吹っかけるようだったら制裁を加えてやろうと思ったが……。
「神様の前で値引き交渉するのもアレだな、じゃあ金貨1枚の強力な奴を頂こう」
「いけません、ナオフミ様。そんな高価な物は頂けません」
「いいんだよ。前に言っただろう。俺はお前を大切にしている。ラフタリアに比べれば金貨一枚なんて安いもんさ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は感謝しているラフタリアを余所に金貨1枚を取り出して神父に渡す。
「分かりました」
神父はシスターに指示して聖水の入ったビンを持ってこさせた。
……目利きスキルが作動して品質をチェックする。
低級聖水
品質、粗悪品。
俺が渋い顔をして神父を睨む。
すると神父も聖水に視線を移して顔色を変えた。
「何故、質の悪い物を持ってくるのかね?」
「ですが」
「神は慈悲深いものです。あなた個人の正義感を満足させる為の蛮行なら今すぐ悔い改めなさい」
「ま、誠に申し訳ございません!」
「すいませんね。我が教会の者が無礼を働いてしまいまして」
「金に見合った物を最終的に寄越すのなら文句は言わないさ」
「慈悲に感謝いたします」
神父らしき奴が直々に聖水を持ってくる。
俺は聖水を再度チェックした。
呪い払いの聖水
品質 高品質
「まあ、こんな所だろう」
俺は聖水の入ったビンを受け取る。
「そのお水、そんなにおいしいの? フィーロにもちょうだい!」
「飲むなよ。これはラフタリアの薬だ。お前はどこも異常が無いだろう?」
「うん。フィーロいつも元気!」
「じゃあ必要無いな」
「あれー?」
疑問符を浮かべているフィーロを無視して神父に告げる。
「礼を言う。後、龍刻の砂時計の所にいるシスターにも同じ事を言っておけ。人をバカにしてほくそ笑みやがったぞ」
「わかりました。信仰者としてあるまじき姿ですね」
「……そうか。じゃあな」
「神の導きに感謝を」
個人的に良く出来た神父だと思う。
こういう奴等がもっと沢山いれば、この国も良くなるのに。
そんな感想を抱きながら教会を後にした。
「あ! いました!」
教会を出た所で、何故か樹と錬とその取り巻きが俺達の方へ駆け寄ってくる。
なんだコイツ等。
揃いも揃って城下町に居るってどういう状況だよ。
樹の奴、以前のような質の低いものではなく、今日は良いものを着けている。
俺が不愉快そうに見ていると珍しく樹が先頭に立って、俺に第一声。
「あなたですね! 僕の達成した依頼の報酬を成りすまして奪ったのは」
「はぁ!?」
なんで俺が樹の依頼の報酬を横取りせねばならんのだ。
「俺もだ。俺の方へ来た依頼を横取りしただろ」
錬も俺を糾弾するような目で言い放つ。
こっちは身に覚えがあるな。疫病の村の問題を解決させた時の奴だろう。
「錬の方は俺だが、樹、お前のは知らん」
「とぼける気ですか!?」
「知らんものは知らんと言っている」
「待て待て、まずは話をしなければ尚文だって白状しないだろ」
「俺が犯人前提で話を進めるんじゃねえよ」
「ごしゅじんさま何かしたの?」
「してません! 身に覚えがありません!」
フィーロとラフタリアを宥めながら俺は樹と錬を睨む。
「とにかく、事情を説明してもらおうか」
「じゃあ僕からです」
樹は俺にどういう経緯があったのかを説明しだした。
城から北のほうの地域で問題を起こしている領主等の調査と退治の依頼を行った樹は普段通り、仲間である目立つ鎧を着せた奴に国からの依頼を受け持つギルドへ報酬を受け取りに行かせたらしい。
しかし、弓の勇者が達成した依頼の報酬が既に支払われていると言われ、樹はこんな事をしそうな人物は俺だと断定して問い詰めているのだと言う。
「あのさ、将軍様……お前は誰かの影に隠れながら、悪人を倒して自身の正体を明かして驚かす趣味を持っているようだけどさ、完全秘密主義にすると勇者が解決させたって噂が全然流れてこないようになるの分かってる?」
「しょ、将軍!? な、何の事を言っているのですか!?」
「腰に剣を差して冒険者のフリをしていただろ。将軍様」
身に覚えがあるのか樹の奴、狼狽しながら俺に怒鳴る。そう、樹の依頼に対する態度というのはこういう所で問題を出すのだ。
弓の勇者とはどんな姿をして、どんな活躍をしているのかを特定できない。
そのため、国内で良い意味で話題を攫っているのは剣か槍の勇者という事になってしまう。
実は凄いんですよ、なんてやっても実際の評価に入る訳では無いのだ。
確かに人知れず悪を裁く、なんてヒーローみたいでかっこいいが世間には認知されない。
俺もまだ大学生だけど、社会に出たら自分の手柄は守らねばならないことくらい理解している。樹の場合は、自身の手柄であっても誰かが声高く自分がやったと言い放つと、普段の態度で信じてもらえないようになる。
というかその手のヒーローは金銭や名声欲しさに人知れず悪を退治しているわけではあるまい。
……痛い話題だ。聖人様という意味で。
「お前の解決させた依頼、弓の勇者が解決させたってなるのか? 俺が聞いた話でお前だと断定できるのは税が高い町だけだぞ。あの時、その場に居たからな」
「それは僕が秘密にしているからですよ」
「じゃあ確認だ。北の国でのレジスタンスに加担した弓の冒険者はお前で合っているのか?」
「え、ええ! 僕が悪政を引く王をレジスタンスと一緒に討伐しました」
「……その後、あの国どうなっているのか知っているのか?」
「悪い王が倒され、豊かになったのでしょう」
「なってねえよ! 密入国して食い物を物々交換で買おうとしていた位飢えてたぞ」
「そんな! どうして!」
「あのさ、王も悪かったのかもしれないが、元々国中が飢饉で生活が保ててなかったんだよ。そんな状態じゃ頭が変わるだけだ」
「それは僕とは関係ありません。問題を挿げ替えないでください!」
はぁ……無責任な……少しは気にしろよ。
「じゃあ話を戻す。受け取りは部下がやるんだろ? お前の部下と説明できるのか?」
「え、ええ! できますよ! できますとも」
「ギルドだっけ? その受付とかにはお前の部下であるのを証明する物があるのか?」
「そ、それは……証文です。王直々の判が押された証文を見せます!」
樹が確信に満ちた顔で言い放つ。
何言ってんだ?
「特殊な技術で作られた証文です! 簡単には偽造できません」
「それじゃあ貰ってない俺も出来ないだろ」
「ッ!」
樹の奴、図星を突かれて舌打ちした。
「で、では武器です!」
今度は苦し紛れの言い訳か……どうにかして俺の所為にしたいらしい。
「形状をポンポンと変えれるのは勇者だけの特権です。弓に似た盾に変化して、証文無しで成りすましたんです!」
「そうか? それくらいならこの世界にもあるかもしれないぞ」
「そ、そんな証拠がどこにあるんですか」
「フィーロ」
「なあに?」
「本当の姿になれ」
「うん」
フィーロは本当の姿に変身した。
その時、フィーロが着ていたワンピースが消えて残ったリボンが首輪になる。俺は首輪を指差した。
「な!?」
「分かるか? こんな防具が作れる世界だぞ。弓に形状を変える道具くらいあるかもしれないじゃないか。後な、俺だけじゃなくて他の勇者も出来るだろ、それなら」
「で、ですが――」
「樹、諦めろ、現状証拠じゃ尚文を犯人と断定できない」
錬があくまでも俺の所為にしたかった樹の前に出て注意する。
「そもそも成りすましを行ったと思われる奴がどんな姿だったか聞いたのか?」
「い、いえ……それは……」
錬の質問に樹は言葉を濁す。
「なら諦めるしかないだろ。少しは自分が勇者であるのを広めておけ。で、次は俺だ」
「東の地域の疫病の件だろ?」
「分かっているなら話は早い。なんで横取りした」
「現地に居たからだ。お前は知らないのか? お前が倒したドラゴンの死骸が原因で疫病が蔓延したんだぞ」
「何!?」
錬の奴、なんか絶句して立ち尽くしている。
どうしたというんだ? もっと冷酷な奴かと思ったのだが。
「死人もかなり出たらしい。収容施設の裏に真新しい墓地があった。俺が居なかったらもっと死んでいただろうな」
「馬鹿な……」
ヨロヨロと錬は東へ向おうとする。
「待て待て! 今からじゃ間に合わないだろ。波はどうするんだ」
「でも、俺の所為で――」
「俺がドラゴンの死骸を除去した。疫病に掛かった奴等も現地の治療師と力を合わせて解決させたんだ。これで依頼を横取りとか言われてもな」
「そ、そうか……それならしょうがない」
錬の奴、顔色が真っ青だな。
「信じるんですか!?」
樹の奴が困惑の表情で錬に言う。
「嘘を言う理由が無い。しかも依頼は解決したのでキャンセルされたんだ。という事は間違っていない」
「ドラゴンの死骸がドラゴンゾンビになった時は驚いたぞ。その時の戦いでラフタリアが呪いを受けてしまってな」
嘘は言っていない。俺の所為であるけれど。
「ああ、だから教会から出てきたのか」
包帯で巻かれたラフタリアに錬は視線を移して答える。
「早く治ると良いな」
……意外だ。錬ってもっと冷酷な奴かと思ったが、自分の行った事で発生した問題に対しては弱いみたいだ。
弱いのが悪い、とか言うと思っていた。
「なんでドラゴンの死骸を放置したんだ?」
「それは……俺の仲間が他の冒険者に素材を恵んでやる為に放置しようと言い出して、俺も良い手だと思ったんだ」
そういえば、あの村も一時は潤ったとか言っていた。
「村の連中や冒険者も任せろと言っていたのだが……」
「今度はちゃんと死骸の処理をしておけよ。死骸は腐るんだ。腐ったら病を招く危険がある。最低でも臓物と肉は処分しておけ」
「ああ……」
なんか拍子抜けだ。
それにしてもあの村、この事に関して何も言わなかったよな。
自分達に非がある部分を隠していたとは……まあ自業自得になるのか。
「僕は信じませんからね」
錬よりも樹の方がしつこいな。
「絶対に証拠を持ってきます」
「ああ、持って来い。但し捏造はするなよ。犯人を見つけても盾の勇者から頼まれたか? とか問い詰めるなよ。俺の風聞で頷く」
「……どういう意味ですか?」
「盗賊が襲ってきたので返り討ちにしたら、俺に襲われたとか町で言い放つつもりだったらしいぞ」
「そ、それは……」
「お前と同じだな。将軍様、嘘を見抜ける様になろうな?」
さすがに俺の風聞の悪さに樹も哀れみを覚えたのかなんかむかつく同情の視線で見られる。
なぜ俺がそんな目で見られなくてはならない。
「とりあえずこの件は保留にしておきますね」
「そうしておけ、俺は犯人じゃない」
まったく、冤罪は大嫌いだ!
なんでも俺の所為にすれば良いとか思うな!
腹の立つ態度で樹達は立ち去り、錬も若干落ち着かない様子で去っていった。
「じゃあ行くか」
今日は厄日だ。色々な目に遭う。
やっぱりあのクズ王の管轄である城下町は碌な目に遭わないな。
さっさと宿に行こう。




