カースシリーズ
「わぁあ……魔物がいっぱいだー」
元々不毛の大地だった影響か山は岩がごろごろしている岩山だった。
東の国への山道があるおかげでどうにか進めている。
登りだして30分程経っての事。
フィーロが魔物を蹴り飛ばしながら呟く。
現在の所持品は回復薬と念のために治療薬、そして毒が空気に混ざっているというので解毒剤。
ちなみに出発前、馬車を置いていこうとした所。
「やー! これにはフィーロの思い出がたくさん詰まってるのー!」
などとフィーロの奴、絶対に引いていくと駄々を捏ねたので、そのまま引かせている。
生まれて一月の分際で人生を語るか。
まあフィーロにとって馬車は一生の九割近くを引いていたのだから愛着があるのも理解できるが……。
敵はポイズンツリーやポイズンフロッグ等、毒系統をもつ魔物が多い。
倒した後はマメに盾に吸わせる。
ポイズンツリーシールドの条件が解放されました。
ポイズンフロッグシールドの条件が解放されました。
ポイズンビーシールドの条件が解放されました。
ポイズンフライシールドの条件が解放されました。
どれも毒耐性系が置き換わってステータス系アップの装備ボーナス盾になっている。
唯一の例外はポイズンビーを解体して出た盾がこれだ。
ビーニードルシールドⅡ
条件未解放……装備ボーナス、攻撃力1
専用効果 針の盾(小) ハチの毒(毒)
防御力がビーニードルシールドと殆ど変わらず、麻痺が毒に変わっただけの性能互換だ。
という話は置いて置いて、敵の出現が激しい。
倒しても次々と湧いてくるというくらいだ。
確かに、これは疫病を振りまく風と毒、更に地面から瘴気みたいのが立ち込めていて、普通の冒険者は厳しいかもしれない。
「相手をしていてはキリが無い! フィーロ、駆け抜けろ!」
俺とラフタリアは馬車に乗り、フィーロに指示を出す。
「はーい!」
フィーロは馬車を引いて全力で駆け抜ける。
それだけでバシバシと敵を跳ね飛ばして若干、経験値が入る。
道中、ヘドロみたいな魔物と遭遇したが、フィーロが跳ね飛ばしてしまったので盾に吸わせる余裕がなかった。
そしてしばらくして……。
「やっと目的地か」
毒の瘴気と腐敗臭が辺りに立ち込めている根源、ドラゴンの死骸が見えてくる。
大きさは10メートル弱、絵に描いた西洋風のドラゴン……だったのだろう。けれど今はその面影を感じることは出来ない。
何色のドラゴンだったのか、それすらも認識する事が不可能なほど腐敗は進み、黒い皮が認識できる程度だ。
致命傷は腹部への一撃だったのだろう。腹部に大きな傷跡があり、内臓が露出して異臭を放つ。
ポイズンフライがドラゴンの腐った肉に群がり、不快感を増長させる。
「お腹すいたー」
「あれを見て食欲が湧くお前は凄いよ……」
フィーロが馬車に入れてある作物をむしゃむしゃと食べだしたので俺は思わず突っ込んでしまう。
「ラフタリア、大丈夫か?」
「は、はい」
呼吸器系が弱いラフタリアは空気の悪いここでは調子が悪くなるのではないかと聞いたのだけど、本人は大丈夫だと主張している。
「きつくなったら直ぐに休めよ」
「はい」
ポイズンフライを倒しながらドラゴンの死骸へ向う。
錬や冒険者たちに剥ぎ取られて行ったのだろう。爪や角、ウロコ、皮、翼などの主要な部分は殆ど無くなっている。舌すらも無い。
残されているのは骨と肉だけと言っても過言ではない。
皮もごく一部を除いて、残されていないようだ。
鼻が曲がるような異臭が辺りに漂っている。これは確かに厳しい。
毒耐性があるから俺は平気だけど、ラフタリアには厳しいかもしれない。フィーロは知らない。
「フィーロはポイズンフライの駆除、ラフタリアは俺と一緒に死骸の解体だ。大きすぎて盾に吸わせられない」
下手に埋めるよりも盾に吸わせて消した方が確実だろう。大地が腐る危険性もあるし。
「うん」
と、食事を終えて腹をパンパンに膨れさせたフィーロが頷く。
「ちょっと気持ち悪くなっちゃった」
「それは食いすぎだ」
打ち合わせ通りに解体をしようとドラゴンの死骸に近づく。
ゴソ……。
「……気のせいか?」
「えっと……」
今、ドラゴンの死骸がビクリと動き出したように見えた。
まあ、ポイズンフライが死骸に群がっている所為でそのように見えたのだろう。
ゴロリ……。
……うん。気のせいじゃない。
ドラゴンの死骸が動き出し、四つんばいになって臨戦態勢を取った。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
牙も角も無いドラゴンの頭部が持ち上がって咆哮をあげる。
「あれで動き出すってどうなってんだよ!」
「ナオフミ様落ち着いてください!」
動き出したドラゴンの死骸……ドラゴンゾンビを前にして俺は叫んでいた。
おいおい。幾らなんでも今の俺達には荷が重過ぎる相手なんじゃないか?
必要Lvは不明だけど、ドラゴンゾンビってゲームとかだと生前よりも能力が高くなるとかあるよな。
その辺り、この世界だとどうなのよ!
ボコボコとドラゴンゾンビは各々の器官を再生させつつ、俺達に顔を向ける。
再生した部位は羽、そして尻尾だ。牙や爪などの器官の再生にはまだ時間が必要なのかわからない。
腐敗した肉が液状化して羽と尻尾に変化したようにも見える。内臓部分にもそれは及び、致命傷だと思わしき傷は塞がっていた。
幾らなんでもこれに対処するなんて俺には不可能だ。
「逃げるぞ!」
「ですがフィーロが既に」
ラフタリアがドラゴンゾンビに向けて指差す。
「てりゃあ!」
するとフィーロが丁度、ドラゴンゾンビに跳躍し、その頭部に蹴りを加える瞬間だった。
ドゴっと良い音がしてドラゴンゾンビが仰け反る。
「案外……戦える、のか?」
フィーロの攻撃力が高いと言うのもあるが、このドラゴンゾンビ、攻撃の要である爪と牙がない。
もしかしたら勝てるかもしれないが……相手にはスタミナという概念が無いと思われる。
しかし、ここで俺達が引いたら、村の方へこのドラゴンゾンビが来る危険性がある。
もちろん、生前と同じようにここを縄張りにする可能性もあるが、再生中だと思う。今倒さねば次に戦う誰かが厳しくなるかもしれない。
「無茶をするなよ!」
「うん!」
「よし、ここは俺達が止めるぞ!」
「はい!」
と、息巻いて戦ったまではよかった。
俺も一番防御力の高いキメラヴァイパーシールドに変えて、ドラゴンゾンビの攻撃を受け止めきった所は良いとしよう。
だが、
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
ドラゴンゾンビの腹部から何かが咽あがってきて、俺達に向けてドラゴンゾンビが口から紫色のガスを放った。
ラフタリアとフィーロは打ち合わせ通りに俺の背後に回って盾にする。
俺も盾を構えて相手のブレスに備えたのだが……。
「う……なんだこれ!」
「ゲホ、ゲッホ!」
ブレスの正体は高濃度の毒ガスだった。
毒耐性のある俺ですらも若干、めまいに似た息苦しさを感じる。背後にいたラフタリアに至っては咳き込み、息をするのでやっとになってしまった。
フィーロは毒ガスを物ともせず、いや、正確には息を止めていたのかもしれないがブレスを吐くドラゴンの隙を突いて蹴りを加えた。
「ラ、ラフタリア大丈夫か!?」
「ゲホゲホゲホ――」
涙ながらラフタリアは俺に大丈夫ですと答えたかったようなのだが、咳が止まらずにいる。
……これは厳しいかもしれない。
俺とフィーロは戦えるけれど、ラフタリアが持たない。
「早く、ラフタリアは戦線から離脱しろ、馬車に解毒薬がある。それを飲んで安静に」
「ゲホゲホ!」
ラフタリアが必死にドラゴンゾンビの方を指差した。
俺はその指の先を見て絶句する。
ドラゴンゾンビがちょうど、大きなアギトを広げ、跳躍から落下するフィーロに向けて掬うように喰らい付く瞬間だったのだ。
「あ――」
バグン!
大きな音が響き、ドラゴンゾンビの口から真紅の液体が滴る。
「フィーロォオオオオオオオオオオ!」
俺かラフタリアか、どっちが声を出していたのか、頭が真っ白になって、俺には理解できていなかった。
まだ生まれて一ヶ月しか経っていないお調子者の鳥……生まれて直ぐに俺に擦りより、何時も俺と一緒に居たがった甘えん坊。
走馬灯のようにフィーロとの思い出がフラッシュバックする。
何が起こった?
何が……。
ドラゴンゾンビは口に含めた獲物を何度か咀嚼すると、
ゴクリ。
という大きな音を立てて飲み下してしまった。
「ゲホ!」
ラフタリアが放心する俺に向けてドンと強く頬を叩く。
目には涙を浮かべている。
ここで、放心しているだけでは事態は悪くなるだけだと言っている。
しかし……俺は大切な仲間が目の前で失われた事による怒りが、心を支配して行った。
――チカラガ、ホシイカ?
盾からそんな声が聞こえた気がした。
ほぼ無意識に盾に視線を向け、声に耳を傾ける。
――スベテガ、ニクイカ?
ドクンと心臓の鼓動が強まる。
盾から闇が生み出される感触を覚えた。
これは……元康と戦ったときに起こったあの時と同じ……。
盾のツリーが俺の視界に浮かび上がる。
そして、そのツリー画面が裏返り、黒とも赤とも言えない不気味な背景をした……もう一つのツリーが姿を現した。
カースシリーズ
ふと、このフレーズが脳裏に過ぎる。
一つだけ、明るく点灯する盾が存在する。
カースシリーズ
憤怒の盾
能力未解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド(攻)」「アイアンメイデン」
専用効果 セルフカースバーニング 腕力向上
ココロガウミダス、サツイノ盾……。
特別に説明文まで書かれたこの盾に……俺は自らの意識なのか無意識なのか……感情の赴くままに盾に手をかざし、思ってしまった。
憤怒の盾。
盾から激しい感情の流れが解放され、赤黒い光と共に盾が変化する。
そこには禍々しい炎を意識した装飾が施された、真っ赤な盾があった。
ドクン……ドクン……。
意識が、怒りに飲み込まれて行く。
あの時、世界の全てが憎くてしょうがなかった。
世界に存在する全てが黒く、俺をあざ笑う影にしか見えなくなった。
その感情が俺を支配していく。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!」
叫ぶ黒い大きな影が俺に向って腕を伸ばす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




