手腕
翌朝。
「熱い……」
お義父さんがうんうんとうなされているような声を出しているのに気づいて目が覚めましたぞ。
起き上がると、ユキちゃんとコウが俺に寄りかかって寝息を立てておりました。
サクラちゃんは何処ですかな?
と、お義父さんの方を向くと、サクラちゃんが仰向けで、フィロリアルクイーンの姿でお義父さんを抱えておりました。
「お義父さん、おはようございます」
俺が起き上がるとユキちゃんとコウが目を覚まして、瞬きをしております。
「おはようございます。元康様」
「おはようーキタムラ」
ユキちゃん達は俺に朝の挨拶をなさいました。
良い朝ですな。
「お義父さん達はいつまでやっていたのでしょう」
ベッドから出て俺はお義父さんとサクラちゃんを見ますぞ。
お義父さんが熱い熱いと寝言を言っておられます。
「すー……すー……」
「うう……熱い」
やがてお義父さんは目覚めて状況を理解した様ですぞ。
「サ、サクラちゃん、元康くんの言いつけをちゃんと守って……」
床がミシミシいっておりますが、大丈夫でしょうな。
「やーん……」
「サクラ! そろそろ起きる時間ですよ」
「んー……」
ユキちゃんがそう言うと、サクラはゆっくりと目を開けて欠伸と共にお義父さんを後ろから抱き締めて頬ずりしております。
「おはようーナオフミー」
「おはよう。だけど、その姿だと周りに迷惑が掛るから、ちゃんと天使の姿になって」
「うー……わかったー」
サクラちゃんはお義父さんの言いつけ通りに天使の姿に戻りましたぞ。
お義父さんの言う事を聞く……これも俺のフィロリアル様としての教育ですぞ。
「ナオフミーこれで良い?」
「うん。そうだね」
「また一緒にねよ?」
「ちょっと熱いんだけど……あと、部屋の床が抜けそうだから野宿の時だけね」
「わかったー! 楽しみー」
「ははは、サクラちゃんはお義父さんの事を気に入ってますな」
「うん。モトヤスがナオフミを守れって言うからサクラ、頑張るのー」
なんと健気な精神。この元康、感激して涙があふれてきますぞ。
サクラちゃんにお義父さんを守らせておけば心配はありませんな。
お義父さんが部屋を出て隣の部屋の扉を叩きましたぞ。
「エクレールさん、調子はどう?」
そう言いながら部屋に入りました。
俺も後を追って室内に入ると、静かな寝息を立てていたエクレアが目覚めた様ですぞ。
「ん……ああ、イワタニ殿か」
「どう? 起きれる?」
「問題は……ないと思う」
そしてシルトヴェルトの使者と豚に視線を移しますぞ。
彼等も目覚めたらしく、こちらに気付きました。
その視線は俺とお義父さんではなく、ユキ達に向けられているようです。
「その子達は?」
「天使達ですぞ」
「元康くんは説明が下手だから少し静かにしてて」
「わかりましたぞ」
俺はお義父さんの指示で一歩下がりました。
後は石の様に口を噤む簡単なお仕事です。
お義父さんはサクラちゃんの肩に手を乗せて答えますぞ。
「えっと、この子達は元康くんが育てたフィロリアル達だよ。この部屋で変身させたら大変だから後で見せるけど信じて欲しいんだ」
「え!?」
エクレア達が驚いて声が裏返りましたぞ。
まあ気持ちはわからないでもないですな。
初めてフィーロたんが変身した時、俺も呆けた声を出したものです。
その後、時が止まるかの様な衝撃が走り……今思えば運命の出会いだったのでしょう。
思い出すだけで鋭い痛みが下半身を駆け抜けていきます。
「信じられないのは確かだと思うけど……証拠はすぐに見せられるから」
「わ、わかった」
「じゃあみんな、改めて自己紹介をお願い」
お義父さんの言葉にユキちゃん達は前に出て一礼しますぞ。
「ユキですわ」
「コウー」
「サクラー」
「人の言葉も喋れるのか……驚きの連続だな……」
エクレアが失礼な事を言っていますな。
お義父さんが嘘を吐く様な輩に見えるというのでしょうか。
HAHAHA! お義父さんは嘘は言いません。
嘘は、ですがな。
「で、では朝の支度を致しましょう」
シルトヴェルトの使者が冷静を装ってよろよろと歩き始めましたぞ。
それから皆で朝食を取りました。
宿に隣接した酒場で大量に食事を注文し、みんなで食べましたぞ。
ユキちゃん達はもりもりと食べております。
「よく食べるね」
「んー……尚文様の作る料理と比べると少し劣りますわね。コウ」
「そうだね」
「ナオフミの作った奴の方が美味しいよ?」
「そう言われると嬉しいけど……」
「食費が大変な事になりそうだな……」
山のように注文した料理があっという間に無くなりましたぞ。
いやぁ……フィロリアル様達の食欲は見ていると晴れやかな気持ちになりますな。
エクレアが困った様に呟きましたぞ。
「その場合は、元康くん達に調達してもらうしかないんじゃないかな? 素材とか売れれば良いんだけど」
「それは出来る。町の買い取り商に、馬車に乗せた素材を買い取ってもらえば良いと思うぞ」
「本当? じゃあ出発前に売って路銀にしようか? 交渉は得意なんだ」
そういえばお義父さんは行商で相当稼いだとおっしゃっていた覚えがありますぞ。
あの素晴らしい村の奴隷達も行商をさせておりましたし、高く売りつけるコツとかを伝授していましたな。
「ならばイワタニ殿に任せるとしよう」
「うん。あ、勝手に決めちゃったけど元康くん、今日はどうする? そろそろ追手が来ると思うんだけど」
「今日はまだこの辺りでお義父さんのLv上げをしておきたいですな。40まで上げてしっかりと強化すれば刺客も怖くなくなりますぞ」
「わかったよ。じゃあお金を確保したらLv上げに行こうか」
「う……」
エクレア達の表情が青ざめていますな。
「エクレールさん大丈夫? 何なら俺とサクラちゃん達だけで行こうか?」
「そ、そういう訳にも行くまい。私達はイワタニ殿を護衛するために一緒に居るのだぞ」
「そうだけどー……」
お義父さんがエクレアを心配しております。
乗り物酔いですかな?
「何事も慣れですぞ」
「そ、そうだな……慣れなければこの先の旅で常に酔い続ける事になりそうだ」
シルトヴェルトの使者が俺の顔と豚を交互に見ておりますぞ。
「ブヒー!」
「今回は私が同行しますので、貴方は槍の勇者様の……」
俺も最初は乗り物酔いを致しましたぞ。
ですが、それもフィロリアル様との幸福な時なのです。
自然と体が慣れてしまって、酔えなくなってしまいました。
ああ、フィロリアル様が引く馬車での酔いをまた体験したいと懐かしく思いましたぞ。
「元康くんは今日はどんな予定があるのかな?」
「ユキちゃん達の魔力を糸にした物を布にする為に町で機織りを頼みますぞ。その後、空いた時間はお義父さんの盾を強化する素材を調達に出ますかな?」
「……出発前にある程度は話が通るかな?」
「生地にするのにそこまで時間は掛らないと思われますが……」
「ではユキちゃん達のサイズを測って、服を仕立てるのも手ですな」
時間に余裕がある時にユキちゃん達の服は作る事が出来るでしょう。
それを考えたらお義父さんの武器の強化素材も購入する事は出来ますかな?
「じゃあ、今日は元康くんはサクラちゃん達の服作りをする? そういうのも服屋……洋裁屋かな? とかに頼むのも手だけど」
「何を言っているのですかな? 服は私が作るのは当たり前の事なのですぞ」
フィロリアル様の服を縫うのは俺のライフワークですぞ。
それが無くて俺の愛は示す事は出来ませんな。
最も優れた種族であらせられるフィロリアル様に俺の全てを注ぎ込んだ服を着てもらう……。
至高の喜びですぞ。
「そ、そうなんだ。じゃあ元康くんが今日する事は服作りだね」
「わかりましたぞ」
こうして俺の本日の仕事は決まりましたぞ。
ユキちゃん達が紡いだ糸を生地にして服作りですな。
出発前にユキちゃん達の服のサイズを測りますぞ。
ちなみに元々魔力で紡がれた物である故、一度作ればサイズはある程度幅が効くのが判明しております。
「そこをもう少し!」
「く……わかった。これ以上は上げられない!」
「売った!」
お義父さんが町の買い取り商の店で、値上げ合戦をしておられました。
この辺りはもうメルロマルクの管轄ではありませんし、シルトヴェルトの方とも交易がある地域。
シルトヴェルトの使者も間に挟んで相場の判定……買い取り金額の査定と白熱した戦いをしておられました。
何やらお義父さんの目が輝いておられます。
「イワタニ殿は凄いな。相場の倍額まで値上げしたぞ」
「あと少し粘れば、もっと値上げが出来たような気がしたけど、時間が惜しいからね。その代わりに、強化に必要な素材を売ってもらえる事になったから……実質、そこまで得はしていないよ」
「勇者とは様々な事が出来て当たり前なのだな」
「いや、ただ単に俺がこういうのが得意なだけだって、相場も教えてもらえなかったらわからなかったし」
「ナオフミすごーい」
エクレアがお義父さんを褒め称えておりますな。
そうでしょうそうでしょう。
お義父さんは金銭感覚に優れるお方なのです。
実際あの奴隷達の村では、俺が連れてくるフィロリアル様の食費や仕事などを全て斡旋してくれました。
あの時は魔物共を倒して得た素材や食料などで食費を捻出しようと思っておりましたが、お義父さんに任せれば万事解決だという事を理解したのですぞ。
「盾の勇者様が売却した物を欲する者が出てくると思うので、あの買い取り商は悪い取引では無かったと思いますよ」
「そうらしいね。相手もそこまで嫌そうじゃ無かったから値上げをした訳だし、こっちも得であっちも得な気持ちの良い取引が出来たと思うよ」
「異世界では商売が出来ないと生き残れないのだな。私は知らない世界だ」
「そういう訳じゃないんだけどね。俺は……えっと、ゲームはわからないか。そういう事をするのが好きだっただけだよ」
「ふむ……今までの経緯を見ていると、イワタニ殿は人を支える事が得意なのだな」
「そう……なのかな? これでも上前とか結構撥ねてるんだよ? 何だかんだで元康くんやサクラちゃん達に甘えっぱなしだし、この程度しか出来ないのが悔しいかな」
「謙遜は時に嫌味となるぞ、イワタニ殿。とにかく、盾の勇者とはどのような存在なのかわかったような気がする」
エクレアが何故かうんうんと納得しておられますな。
未来の記憶なのですが、エクレアは進んでお義父さんの真似をしていた様な気がしますぞ。
良い心がけですな。
「その通り! お義父さんは盗賊から身ぐるみを剥ぐ手腕も素晴らしかったですしな!」