キャンプ
「うー……」
フィロリアル様……ユキ、コウ、サクラに乗って出発してから半日。
シルトヴェルトへの旅は順調に進んでおりました。
「大丈夫? エクレールさん」
ちょうど立ち寄った河原で俺達は野営の準備を始めましたぞ。
なのですが、エクレアとシルトヴェルトの使者が荷車に酔って、完全にダウンしてしまいました。
フィロリアル様の乗り心地は夢心地……酔うのはわかりますな。
きっと世界の境界すら超越する程の感覚を味わっている事でしょう。
「イワタニ殿とキタムラ殿がこの揺れで平然としているのが実に不思議でならない……う……」
エクレアが何か呻いておりますがわかりかねますな。
フィロリアル様の揺れは云わば幸福の象徴。
酔うという事はフィロリアル様に酔っているという事ですぞ。
HAHAHA。
「俺、乗り物酔いには昔から強いからねー……」
辺りを確認した所、追手は今の所無いようですな。
まあそこ等辺の輩がフィロリアル様に追い付けるとは思えませんが。
「それでは今晩はここでキャンプですぞ」
「そうだね。俺は料理をしていれば良いかな?」
「では私は荷車を馬車に改良しておきますぞ」
エクレア達を河原で寝かせて焚き火をしてから作業に入ります。
「グアグア」
ユキちゃん達は元気に河原で遊んでおります。
最初は俺が荷車の改造をし始めたのをとても楽しげに眺めておりましたが、飽きたのでしょう。
微笑ましい光景ですな。
「ここをこうして~」
お義父さんが機嫌よく、鍋で何やら煮込みを始めました。
何処となく良い匂いがしてユキちゃん達が興味を持って近寄っていきますぞ。
「お義父さんの作業の邪魔をしてはいけませんぞ?」
「グア!」
元気よく鳴くユキちゃん達は涎を垂らして待ちわびております。
きっとお腹が空いておられるのでしょう。
「この子達も食べるの?」
「はいですぞ。フィロリアル様は雑食であらせられるので、何でも食べますぞ」
「へー……じゃあもっと作らないとダメかな?」
そう言いながら、お義父さんは荷車に積んでいた魔物の肉を取り出して捌き始めましたぞ。
おお! 徐々に手慣れて来ておられるのか、俺の知るお義父さんと面影が重なっていきますな。
「元康くんが用意してくれた素材の中にハーブとかあったし、薬の材料とかに調味料になりそうなのがあったから……」
お義父さんは器用に肉に香辛料を塗りつけて、紐で縛り始めました。
何を作ってくださるのでしょう?
「本当はいろんな手順が必要なんだけどね。味も少し落ちるけどー……まあ良いか」
釜戸の様に石を構えて、焚き火を下に起こして燻しているようです。
これは……燻製肉ですかな?
「かなり適当だけど、保存に良いでしょ?」
「グア!」
ユキちゃん達がお義父さんの言葉に頷いているようでしたな。
「他には……元康くん、岩を水平に切れるかな? 薄い板みたいにしてほしいのだけど」
「わかりましたぞ」
河原にある大きめの岩を槍で薙いでプレートを作りましたぞ。
するとお義父さんはそのプレートでテーブルを……違いますな。
石焼きテーブルを作成しました。
その下に、またも焚き火を起こして肉を焼き始めます。
「とりあえずはこれで良いかな?」
肉の焼ける香りにエクレア達が釣られて元気に起き上がって来ましたぞ。
「今回は元康くんが色々と用意してくれたからね。香辛料も多めに、塩で食べて見て」
「おお!」
「グアァア!」
みんながっつく様にお義父さんの用意した料理を貪り始めましたぞ。
「イワタニ殿は本当に料理の才があるな」
「肉をタダ焼いただけだから才能も何もないよ。ただ……この肉、かなり筋張っている所が多くて、食べづらいかもしれないね。野生動物の肉って料理が難しいと常々思うよ」
「何、私達が作るよりは遥かに美味いんだ。文句は言うまい」
などと話をしながら、その日は更けて行ったのですぞ。
交代で見張りを立てて、寝る夜……ループ前のお義父さんもこんな夜を過ごしていたのかと思うと、自分の愚かさを嘆きたくなりますな。
「グアア……」
ユキ達を撫でながら俺は満面の笑みを浮かべている自覚がありますぞ。
やはりフィロリアル様は至高の存在ですな。
そこにいるだけで幸福を連れてきてくれる……。
「この子達……動く度にボキボキと音を立てているけど大丈夫?」
「問題ないですぞ。これは成長音なのですぞ」
「まだ成長すると言うのか!?」
ちょうど仮眠しようとしていたエクレアが起き上がって聞いてきましたぞ。
そんなに驚いて、何を当たり前の事を反芻しているのでしょうか。
「そうですぞ。これからこの子達は更に成長して行くのですぞ」
「私の知るフィロリアルとは違うのだが……」
「勇者が育てると、特別な育ちをするのですぞ」
「そ、そうなのか……」
エクレアが驚きを隠せない様子で、また横になったのですぞ。
「何があっても不思議じゃないと最近は思い始めてるよ……」
お義父さんがサクラちゃんを撫でながら呟きましたぞ。
そんな不思議な事ではありませんぞ。
フィロリアル様はこれから天使へと偉大なる進化をなさるのです、喜ばしい事ですな。
しかし……どうもサクラちゃんはお義父さんに良く懐いているご様子。
微笑ましい限りですな。
ハハハハハハ!
「グア」
サクラちゃんが座っているお義父さんの膝に頭を載せて寝息を立て始めます。
お義父さんはサクラちゃんの頭を優しく撫でております。
俺の知るお義父さんはフィロリアル様達にこのようにしてくださいましたでしょうか?
未来の事は穴だらけの記憶しかありませんが、もしかしたらあったかもしれませんな。
なんでしょう……とても楽しげに……何かを撫でていたのを覚えているのですが、思い出せません。
確かお姉さんが……おそらくフィロリアル様ですな!
記憶はおぼろげですが、フィロリアル様以外にそんな存在がいるとは考えられませんし。
「明日もこの子達に馬車を引いて貰うんだよね? 頑張ってね」
「グア……グア……」
サクラちゃんにお義父さんは優しく語りかけます。
「その事なのですが、明日はお義父さんとユキちゃん達がLv上げに出かけるのが良いと思うのですぞ」
「パワーレベリングだね? ここでやって大丈夫?」
「追手が来ていないので、問題ないと思いますぞ」
「そっか……」
「ユキちゃん達と共に頑張って欲しいですぞ」
「元康くんの話だと凄い速度でLvが上がりそうで怖いね」
「ははは、ユキちゃん達はLv上限に達しているので、勇者の武器の力でLvと引き換えに潜在能力の上昇をするのですぞ」
「なるほど、底上げだね。それにクラスアップはまだまだ先になりそうだもんね」
「どうですかな? 立ち寄った国で出来るかもしれませんぞ?」
「そうだね……期待しようね」
お義父さんがサクラちゃんに向かって微笑みました。
ああ、この元康、何故かこの光景に涙があふれてきましたぞ。
フィーロたん、貴方はいずこに居るのでしょう?
きっと、あの魔物商のテントの中で卵で眠っておられるのでしょう。
全てが片付いたら……具体的にはお義父さんの身柄の安全を確保出来たらすぐにでも飛んでいきますぞ。
それまでしばしの辛抱をしてくださいませ!
こうして、フィロリアル様達との夜は過ぎて行ったのですぞ。
翌朝。
お義父さんのLv上げにユキちゃんとサクラちゃん。それにエクレアと豚の一人が同行する事になりましたぞ。
ユキちゃんの背にエクレアが乗り、お義父さんはサクラちゃんに乗っておられます。
「グア!」
「うん……すごく大きくなったね」
「普通のフィロリアルの1.5倍か……かなり高く感じるな」
二人がポツリと呟きますぞ。
シルトヴェルトの使者達は荷車を馬車にする作業を手伝ってくださいます。
素材はある程度確保出来ているので問題ないでしょう。
ちなみにフィロリアル様達内で序列と言うか、前線に立つ順序が構築されているご様子。
ユキちゃんが総合的なリーダーとしてコウとサクラちゃんに指示をしております。
今回、ユキちゃんを先頭に守るべき相手であるお義父さんの警護をサクラちゃんに任せております。
生まれて数日でこの連携、さすがフィロリアル様ですぞ。
「頑張るのですぞ!」
「グア!」
ユキちゃんに激励をするとユキちゃんは承知したとばかりに敬礼いたしました。
サクラちゃんも続きますが、お義父さんを落とさないように気を使っておいでです。
「今日は元康くん。何するの?」
「フィロリアル様の為に準備をしてくるのですぞ?」
「準備? まだ何かあるの?」
「順調に行けばフィロリアル様が今夜、天使になるのですぞ?」
「え……? 死んじゃうの?」
お義父さんが悲しそうなお顔で絶句しました。