護衛
やがてシルトヴェルトの使者が俺達と合流しました。
「これで信用していただけたでしょうか?」
「失礼」
俺は奴隷紋を抜き打ちで作動させる。
すると目の前の使者が胸に手を当てて呻いた。
すぐにキャンセルして頷く。
「どうやら詐称をしている訳では無いようですな」
「は、はい。はぁ……はぁ……」
「ではいくつか質問ですぞ。嘘を吐けば即座に殺しますぞ」
「だ、大丈夫です!」
他に仲間が居てお義父さんの命を狙っているのでは、など思いつく限りの質問を致しましたが、反応する事はありませんでした。
どうやら本当に味方であるようです。
「も、元康くん。いきなりそれは失礼なんじゃ?」
「念には念をですぞ。ですが、これで私達を裏切る事が出来ないのが証明されたのは事実……シルトヴェルトまで案内をお願いしますぞ」
俺の言葉に使者は敬礼する。
これだけの誠意と忠誠心を見せてもらえれば信じても良いかもしれませんな。
信じてもらう為に奴隷にまでなる……俺も奴隷になれるのならフィーロたんの奴隷になりたいですぞ!
いや……俺は愛の狩人であると同時に愛の奴隷でもありましたな。
HAHAHA。
「それでキタムラ殿、イワタニ殿のLv上げをするか否かなのだが……」
「あ、その件での話になるのですが」
使者が手を上げて進言する。
亜人らしく動物っぽい耳がぴょこぴょこしております。
お義父さんの村にいた奴隷達を思い出しますな。
「なんですかな?」
「指名手配自体はメルロマルクの女王が取り下げを申請しているので近日内に無くなると思います」
ふむ……過去にお義父さんが信用できると言っていたのはこういう事ですな。
女王の方が理解が深い。
俺には豚にしか見えませんが、婚約者の親だけは……あるのかもしれませんな。
一応味方というカテゴリーにしても問題ないでしょう。
「じゃあ数日隠れていたら自由に歩ける?」
「それは……」
お義父さんの言葉にエクレアが視線を泳がせます。
難しい問題でしょうな。
冒険者や賞金稼ぎが狙ってこなくなるだけで三勇教徒は相変わらずでしょうし。
メルロマルク兵は大半が三勇教徒故に兵士も危険ですな。
「手配がされなくても刺客がくる可能性が高いので気を付けるべきですな」
よくよく考えてみればループ前のお義父さんはどうやって生き残ったのか不思議でなりませんな。
こんな状況で成り上がるなんて……。
やはりお義父さんはとても秀でておられるのでしょう。
考えられる事は、俺が初日に行ってしまった数々の出来事でしょうか?
三勇教はお義父さんの事を取るに足らない存在と認識し、野たれ死にすると思っていた……という所でしょうかね?
最初の一ヵ月、お義父さんはかなりしょぼい装備をしておられました。
お姉さんもそんなに強くはありませんでしたし……俺はあの時Lv40を超えて……確か47くらいだったのを覚えておりますな。
お義父さんはあの時、俺を組み伏して追い詰める程度には強かったですから、どれくらいだったのでしょう?
……目算では30と思いたいですが、細かいステータスにまで気を使っていたお義父さんの事です。
20程度だったのかもしれません。
勇者とその仲間には経験値ボーナスが入ります。
普通の冒険者感覚で三勇教が監視していたら10前後の雑魚……と思われていたのかも。
それなら取るに足らない存在として無視し……他の勇者が育つまで待っていたと考えられなくもありませんな。
「あなた達は何Lvなのですかな?」
「……すいません。偶々近くに滞在していた者なのでそこまで強くは無いです。私が35、他の二人が29と28です」
些か不安な強さですなぁ。
エクレアがどれくらいなのか知りませんが、行って60でしょうな。
お義父さんのLvは1で、危険な所には連れて行く事は困難。
前回の周回のようなパワーレベリングをするのにも俺が離れていないといけないし……その間に奇襲を受けたら大変です。
やりこみプレイみたいな状況を打破するには三勇教の息が掛っていない所へ逃げるしかありませぬ。
ああ、フィロリアル様が懐かしい。
「潜伏出来る場所があるのなら良いのだが……」
エクレアが使者に目を向ける。
「波の影響でこちらで潜伏出来そうな場所は……」
「私の父が管理していた元領地か……難しいな」
潜伏も難しい。
山小屋とかに隠れる事も手ではありますが、厳しい話ですな。
「とりあえずはこの国を出る事を優先するのが一番ですな」
「そうだね……夢みたいな異世界冒険だと思ったのに、とんだ災難だよ」
お義父さんが愚痴ります。
気持ちはわかりますな。
初めて異世界に来た時は豚の事ばかり考えていました。
自分の愚かさに、今では血涙が出る気分ですぞ。
この様な不快な気分を退けて、お義父さんは成り上がったのです。
今回はこの元康も協力するので、前回よりはマシかもしれません。
「わかりました。人通りの少ない道はこちらです」
こうしてお義父さんを護衛しながら俺達の旅は続きますぞ。
翌日には手配書が消えた事を確認に行ったシルトヴェルトの使者が教えてくれましたぞ。
今は昨日倒した魔物の肉をお義父さんが調理しています。
「よっと! で、本当に俺が作って良いの? そこまで得意じゃないんだけど」
「お義父さん、謙遜は必要ありませんぞ」
「そうだな。イワタニ殿は中々の腕前だ」
「はい。さすが盾の勇者様です」
「ブーブー」
「ブヒー」
亜人雌豚も喜ぶ味の様ですぞ。
「そうなのかなー?」
そう言いながらエクレアから借りた剣を包丁代わりにしてお義父さんは肉を切り分けて行きます。
私は気付いていますぞ。
さりげなく肉の筋を切って食べやすくし、切り目を付けて火の通りを良くしているのを。
血抜きすらも無意識にしているお義父さんは天性の料理の才がありますな。
しかも残った肉は味が良くなるようにと袋に包み馬車の隅において柔らかくなるように工夫しております。
骨も無駄なくスープのダシにしておりますし、不味いなどと言えるはずもありませぬ。
「あ、ハーブとかあればもう少し風味が良くなると思うよ? 臭みがまだあるし……」
「何? ここから更に美味くなるのか?」
エクレアが驚いております。
使者も辺りをキョロキョロと見渡して野草を探しておりますな。
「とりあえず……シルトヴェルトへ向かうには国境を超える必要がある。手配書が消えたのならそこまで問題は無いとみて良いだろう」
食事を終えた所でエクレアが地図を広げてみんなの前で確認致します。
……問題は、そこなのですぞ。
前回、お義父さんを見送って二日でお義父さんが死んだ事を確認しました。
地図で確認する限りだとお義父さんが国境に差しかかった頃だと思われます。
だから、何かあるとしたらその頃でしょう。
シルトヴェルトの使者が実は……という可能性は捨てきれないので目は光らせておりますぞ。
「そう早合点するのは早計ですな。警戒は強めにした方が良いですぞ」
「そうだが……」
「特に国境沿いは警戒すべき点ですぞ。奴等が集まっているかもしれませぬ」
「ふむ……」
エクレアも考えているようです。
以前クズヴィッチと三勇教に騙され、お義父さんを追跡した事がありました。
その時、砦に集まった人数はとても多かったのを覚えています。
今回は召喚されてから数日、集められる数に限界はあるでしょうが、警戒している可能性は高いですな。
「国境の砦を通らずに山道を抜ける手もあるが……警備網が敷かれていたら意味が無い。むしろ進行の邪魔にしかならん」
「そうだね。逃げ切れないとなると難しいかもしれない」
「いや、逃げるだけならキタムラ殿の転送能力でどうにか出来るとは思うのだ」
「それなら結局は行くしかないんじゃないかな? 失敗したら逃げれば良いんじゃ」
「そうとも言い切れませんぞ?」
「え? そうなの?」
どうやらお義父さんとエクレアは勘違いをしているようですな。
転送スキルには問題がありますぞ。
「未来の話なのですが、錬くんと樹くんが暴走した三勇教に消されそうになった事があるのですぞ。その時、何故逃げ切れなかったと思いますかな?」
「さあ……? 転送スキルには制約があるの?」
お義父さんの言葉に俺は頷きますぞ。
その通り、ポータルスキルにはいくつかの制限があるのです。
これはお義父さんが実験して見つけた物だったかと。
そう考えると数奇な運命ですな。
「転移する場所は記憶させなきゃいけないのですぞ。記憶は建物の中では基本的に不可。そして結界が張られている場所で使用すると飛ぶ事が出来ないのですぞ」
「結界……?」
「具体的にはドラゴンの生息地域とかですな。他にフィロリアル様や一部の魔物が縄張りを主張する所とか……人の住む地だと教会近隣も該当しますぞ。他、波が起こっている最中の地域も該当しますな」
「へー……それと逃げるのに何の関わりがあるの?」
「どうして錬くんや樹くんが逃げきれなかったとお思いですか? まだあるのですよ」
「不意打ちとかを受けて使う暇も無かったんじゃないの?」
「確かにその可能性は否定できませんが、集団儀式魔法が詠唱された範囲でも使用できない事を確認しておりますぞ」
実は教皇から攻撃を受けた時、俺は咄嗟にポータルスピアを唱えたのですぞ。
愚かにも赤豚ヴィッチや豚共を守ろうとしたのです。
あの時はどうして出来ないと思っていましたが、その後の実験で儀式魔法を受けている最中は使用できない事が判明しました。
「集団儀式魔法?」
「戦争で良く使われる魔法だ。なるほど、イワタニ殿やキタムラ殿を本気で殺すとしたら使うのは道理だな」
「集団儀式魔法『聖域』を使われると逃げるのは無理と思って良いですぞ」
聖域は大抵の負の攻撃、呪いを消し去る効果がある結界魔法に近い性質を保持した魔法。
しばらくの間留まるので、それこそ転送で逃げるのは出来ないでしょうな。
「じゃあどうすれば……」
「それこそ私の出番ですぞ。私の力さえあれば大抵の事はどうにか出来ると思いますぞ」
「結局はゴリ押しか。何か秘策があると思ったではないか」
「正攻法が一番効率的なのですぞー」
「「はぁ……」」
何故かエクレアとお義父さんが深いため息を吐いたのですぞ?
いつのまにか仲良くなられた様子。
この短い期間で他者と親睦を深めるとは、さすがお義父さん。
「じゃあとりあえず、正面から行ってみようか。何かあったら元康くんにお願いするね」
「お任せされましたぞ」
こうしてシルトヴェルト方面への旅は続きますぞ。