牢獄
急速落下する私は下に目を向けます。滑り台の様に幾重にも道が別れている穴が見える。
咄嗟に槍を壁に突き刺して私は落ちないように抑えましたぞ。
「これは……どうやら罠のようですな」
なんとも愚かな……今すぐこの国の連中を皆殺しにしてやる事を視野に考えます。
ですが、下手にスキルを放とうものならお義父さんや錬くん達が生き埋めになってしまうかもしれません。
どうしましょうか……。
城内でのポータルスピアは難しいのですぞ。
城外からの使用で召喚の間に行く事は出来ても……そもそも私は召喚の間にポータルを持っておりません。
失念していました。
ここでポータルを使っても近くの村に飛んでしまいます。
戻ってくるのに少々時間が掛かってしまうでしょう。
それ以前に、使用出来るか試しておりませんでしたな。
ここから出た後、使えるか調べる必要がありそうです。
どちらにしても……。
「ここから登って行くしかありませんな」
俺は槍をピック代わりにして滑り台を逆走して行きます。
視界が暗いので魔法で明るくさせますぞ。
ですが……俺が何処から落ちたのか迷路のようになっていて特定が難しいですぞ。
と、槍を壁に突き刺した時、軽い音がしました。
どうやらこの先には空洞がある様子、ならばこちら側から行った方が楽かもしれませんな。
俺は壁に向かって槍を構えましたぞ。
「流星槍!」
爆音と共に槍が石壁をぶち抜き、埃が舞いました。
ですが道が開けましたので、俺は颯爽と壁の先に足を踏み入れました。
「ここは……」
真っ暗ですな。
見た感じだと牢屋ですかね。
メルロマルクの城にも牢屋くらいはあるのでしょう。
……爆音を立てたにも関わらず、音を聞きつけて衛兵がくる気配がありません。
どうやら相当奥な様子。
俺は格子を槍で切り裂いて通路側に出ました。
ふむ……所々ボロボロですなー……ちょろちょろとネズミのような小さな魔物が端を走っているようです。
左の方を向くと、僅かに水の流れる音が聞こえます。
メルロマルクの下水道辺りにでも繋がっているのでしょうか?
となると城の方へ行くには右ですな。
右の方へと歩いて行きます。
牢獄内の通路を歩いていると収監された者達が目に入りました。
身なりの良さそうな者もおりますが、普通にみすぼらしい者もおりますな。
「おい。見慣れない奴だな、お前はメルロマルクの兵か?」
声に俺は牢屋の方を見ました。
先程から似たような者から声を掛けられては居たのですが無視をしておりました。
ですが、この時の声に俺は意識を集中せざるをえません。
何せ、豚の鳴き声ではないのに男ではなく、女の声だったのですから。
牢屋の中には手枷で両手を吊るされた……女が無理矢理立たされておりました。
足枷も付けられ、なんとも痛々しい感じですな。
「何をじろじろと見ている?」
ストロベリーブロンドの髪色に整った顔立ち。
何処かで見た覚えがあります。
ああ!
確かお姉さんの友達で、錬と良く稽古をしていた豚……だったかと思います。
お姉さんの友達で、憎きフィーロたんの婚約者の警護もしていた女騎士……とお義父さんが呼んでいたかと思います。
なるほど、豚では無いから声が聞こえたのでしょう。
フィーロたんのお姉さんの友人とあらば素晴らしいお心を持っているに違いありませんぞ。
豚と呼んでは失礼に当たりますな。
しかし何故こんな所で捕えられているんでしょう?
「見た事の無い奴だな……何者だ?」
「それはこちらの台詞ですな。いったい何をしているのですかな?」
「私か? 私は亜人狩りをした同国の兵士共を罰した罪で捕えられている……今や騎士の身分も剥奪された者だ」
「はあ……」
「女王が帰還するまで生きていられたら良いのだが……希望的観測だな」
どうやら女騎士はここで女王が帰ってくるまで捕えられているという状況の様ですな。
女王……前回のループでも使わせてもらった便利な存在ですな。
女王と言って脅せば、このメルロマルクでは大体うまくいきますぞ。
「それで? お前は一体何者なんだ?」
事情を説明するくらいはしても良いでしょうな。
何せお姉さんの友達で、フィーロたんの婚約者の警護をしていた女騎士。
豚では無いのでしょう。
「一応今日、メルロマルクに召喚された四聖の槍の勇者ですぞ」
「何!? 何故槍の勇者殿がこんな所に!?」
俺の言葉に女騎士はジャラジャラと鎖を鳴らして身を乗り出します。
「詳しく話してくれ!」
「ですから今日、メルロマルクは四聖勇者を召喚したのですぞ」
「召喚……その召喚された勇者が何故ここにいる? 何人召喚されたんだ!?」
「召喚は四人共ですぞ。私がここにいるのは罠に掛けられて落とし穴に落とされた所為ですぞ」
「四聖の勇者を罠に掛ける? 一体何故だ!? この国では何が起こっている!?」
それがわかれば苦労はしませんぞ。
ですが……考えられる可能性は何個かあります。
おそらく、俺が国の連中に取って不利な存在だと思ったのでしょう。
実際、俺はメルロマルクを敵だと認識しているのであながち間違ってもおりませんが。
「信じてもらえないかもしれませんが私は未来から来たのですぞ。で、未来でお義父さん……盾の勇者をこの国の豚である王女が強姦の罪を被せ、王と一緒になって他の勇者と糾弾するつもりだという話を暴露したのですぞ」
「……」
おや? 女騎士が黙りこんでしまいましたぞ?
どうも俺の言葉をみんな信じてくれません。
「確かに……あの王女と王ならあり得る話だ。他の勇者に取り入り、盾の勇者が苦しむ姿を楽しんで笑う、悪趣味な事を考えそうだ……」
先程よりも顔色が悪いですな。
ですが、多少なりとも信じてくれている模様。
「しかし、そんな真似をしたら亜人関連の国が黙っていない。友好を築こうとした父上の偉業が水泡に帰してしまう」
「私の居た未来ではお義父さんが活躍して国内の三勇教が失墜、女王が帰還すると同時にお義父さんは国で大事にされますぞ」
「そんな未来が……眉唾だが、先程のやり取りはありえなくはない……いや、私もとうとう気が触れたな。こんな茶番を信じようとしているなんて……大方幻覚か」
どうやら女騎士は俺の言葉を幻覚だと思いこんでしまったご様子。
こんな牢屋に閉じ込められてしまったら人はおかしくなってしまうのかもしれません。
「その事実を告げたら私はこうして罠に掛けられたのですぞ。一刻も早くお義父さんの元に馳せ参ず予定なのです」
ええ、お義父さんの身柄が心配ですぞ。
これで悠々とお食事中だったらまだマシですが、その可能性は低いでしょうな。
「それでは、しばしの別れですぞ」
未来の事を考えればこのままでもおそらく生還するでしょう。
お姉さんの親友ですから助けておけばフィーロたんの評価が向上するかもしれません。
ですが、今はお義父さんの命を助けねばフィーロたんに逢う事もままなりませんぞ。
「待て!」
「なんですぞ?」
「もしも……お前が私の幻覚では無いと言うのなら私をここから出してくれ! 私には守らねばならない領地と民……父の言葉、規律がある。牢から出ることで罰が増えるのは確かだが……それは真実を確かめてからでも良い!」
「わかりましたぞ!」
役に立つかはわかりませぬが、お姉さんのご友人。
助けてと言われれば、この元康、忠義に基づきお義父さんの関係者を全て救って見せますぞ。
「何者だ!」
そこにカンテラをこちらに向けた兵士が現れましたぞ。
どうやら声が大きかったようで気付かれてしまったようですな。
「お前は槍――」
「エアストジャベリン!」
手加減して槍を投擲しましたぞ。
別に不殺に目覚めた訳では無く、強力なスキルを放つと道が壊れて余計面倒になるからです。
「グハ!?」
気絶している兵士を無視して、戻ってきた槍を構える。
そして槍を振るって格子を切り裂き、女騎士を縛りつける鎖を破壊したのですぞ。
「ささ、今の内ですぞ」
「その強さ……まさしく伝説の勇者、幻覚では……無いのかもしれない」
手枷を外し、女騎士は倒れた兵士が腰に下げていた剣を抜いてついてきます。
「こっちだ! ここを出るまで案内する」
「わかりましたぞ」
女騎士の案内の元、俺は牢獄を駆け抜けます。
「そういえば自己紹介を忘れていたな。私の名前は――」
「エクレアでしたかな?」
フィーロたんがそう呼んでいたのを覚えていますぞ。
確かエクレアという名前だったと思います。
「違う! エクレール。エクレール=セーアエットだ! 槍の勇者殿、貴殿の名は何と言う?」
「北村元康。元康が名前ですぞ」
「キタムラ殿か……キタムラ殿の話が真実か明らかになるまで同行させてもらう!」
「わかりましたぞ」
こうして俺とエクレアは牢獄の外を目指して行動を開始しました。