落とし穴
俺は考えますぞ。
まず、すべき事を整理しましょう。
フィーロたんに逢いたい。
逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい。逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい。逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい。逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい。
「えっと、大丈夫?」
「はい? 何でしょう?」
気が付くとお義父さんが覗きこむように俺に声を掛けておりました。
「ぼーっとしているから気になって……ほら、案内してくれるみたいだよ」
「そうですな。では行きましょうか」
「うん」
お義父さんの後ろを歩いて玉座の間へと向かいます。
考えを戻しましょう。
四聖の勇者が死ぬ事によって俺は最初の日にループしてしまう。
そして俺はフィーロたんに逢えずにいるのです。
最初はお義父さんを強姦冤罪から助けて、幸せになって頂ければと思って見送りました。
俺の目的はフィーロたんのごしゅじんさまになる事ですからね。
ですがフィーロたんのごしゅじんさまになる前にループしてしまいました。
ループしてしまった原因は間違いなくお義父さんが何処かで死んでしまった事に他なりません。
ともすればお義父さんが死なないようにしなければなりません。
仮にフィーロたんのごしゅじんさまになれたとしてもループしてしまったら意味など無いのですから。
その為に何をすれば良いですかな?
「おい……」
こつんとお義父さんが肘で俺を小突きました。
考え事をしていて話をまるで聞いていませんでしたぞ。
「え? 何ですかな?」
「いや、自己紹介」
「ああ俺の名前は北村元康、年齢は――」
この辺りはあまり変化がありませんな。
以前と同じ様に紹介していきます。
……とはいえ、クズがお義父さんの名前をワザと抜かした所で激怒します。
「お義父さんの名前を忘れるなぁああああああああああああ!」
「ぬ!?」
お義父さんが呆気に取られておりますぞ。
「お義父さん!?」
説明は後にしましょう。
「ささ、お義父さん。私と共に早くここから旅立ちましょう!」
ここにいてはまた罠に掛けられてしまいます。
私、元康はお義父さんが苦しむ顔など見ていられないのですぞ。
「お義父さんってもしかして俺の事なの? 元康」
「そうですぞ」
「なんで? あと、何で怒っているのか説明してくれないか?」
「良いでしょう。私は未来から来たのですぞ」
「え!?」
「何を言うかと思えば……」
錬と樹が呆れたかのように呟いた。
どうやらこの二人はほぼ確実に俺の事を信じてくれない様子。
VRMMOと異能力者の分際で突飛な事を受け入れられない頭ですな。
「未来からですか? 信じられませんね」
「では説明しましょう。この国、メルロマルクは盾の勇者であるお義父さんを迫害する事を画策しているのですぞ! このままではお義父さんは罠にかけられ……とても辛い経験をなさるのです」
俺は真摯に訴えました。
これは今までの流れから黙ってみていれば確実に起こる事実。
あの様な経験、なさるべきではないのです。
「そして俺は同じ時間軸をループしているから言えるのです!」
槍を龍刻の長針に変えて見せます。
「えっと……本当に俺の事を罠に掛けようとしているの?」
お義父さんが首を傾げながらクズに向かって尋ねます。
するとクズは、平静を装って胸を張っていました。
「何を言うかと思えば……とんだ因縁ですな。我が国は勇者を分け隔てなく丁重に扱うつもりだ。槍の勇者殿、少し冷静に成って頂きたい。召喚の反動で記憶の混濁があるのでしょう」
「……なるほど」
「そうかもしれないな」
「えっと元康、どうやら違うみたいだぞ」
事もあろうにお義父さんまで俺の言葉を信じてくださりませんでした。
「絶対に嘘ですぞ」
「ふむ……話は槍の勇者様が冷静になるのを待ってからにしましょうか」
クズの提案にお義父さんを含めた勇者達が頷いてしまいました。
ですが勇者全員、完全にクズを信じた訳ではない様子。
まあ普通に考えて、勇者が四人もいる中で自身の本性を見せたりしないでしょう。
ここは機会を伺って信じてもらえるように心掛けましょう。
「何が何やら……」
「俺達がどうしてこんな所にいるか説明して欲しかったんだけどな」
「それは私が説明しますぞ」
「はいはい」
「まず錬くんはVRMMOがある日本から来ているのですぞ。樹くんは……思い出しましたぞ! 超能力のある日本から召喚されたんですぞ」
「俺の世界は?」
あれ? お義父さんの世界って何か特徴があったっけ?
「知りませんな。錬くんと樹くんの日本を驚いていたので、おそらく普通の日本なのではないでしょうか?」
少なくとも俺が知っている限りでは普通の日本だと思われますな。
などと考えていると錬が呆れた様子で言いました。
「へぇ~、それで錬、VRMMOっていうのは本当にあるのか?」
「何当たり前の事を言ってるんだよ。そんな常識が説明になるわけないだろう」
「はい!?」
「はぁ!?」
錬の言葉にお義父さんと樹が声を裏返しましたぞ。
俺も最初は驚いたものですな。
「ねえよ、そんなもん!」
「ええ、ありませんね」
「じゃ、じゃあ超能力ってのはなんだよ樹?」
「異能力の事ですか? それくらい持っている人はいますよ」
「ねえよ!」
「ない!」
「ゆ、勇者様方落ちついて!」
クズとその側近が俺達の間に入りました。
「ふむ……元康の言葉にも若干の信憑性があるような気がしてきた」
「俺を罠に掛けるって奴?」
「はい。お義父さんは仲間を強姦したという冤罪で身ぐるみを剥がされてしまうのですぞ」
「……本当なの?」
俺はコクリと頷きました。
お義父さんは顔を青ざめてクズを見つめます。
「ブー!」
そこに……玉座の間の後ろからドレスを着た赤い豚が出てきました。
今までには無い流れです。
「ブブブブー、ブブ? ブブブブブ」
「は、はぁ……」
「よ、よろしくお願いします」
「ブブブブブブブ」
お義父さん達は恐縮したように頭を一礼していました。
赤い豚……間違いなく奴ですぞ。
「奴がその冤罪を掛ける主犯ですぞ!」
俺が指差すと赤い豚は目を閏わせてから胸に手を当てたっぽいポーズで何やら喋ります。
「何を言っているか耳に入りませんぞ」
「え? 元康は聞いてないのか?」
「豚の鳴き声にしか聞こえませんぞ、お義父さん。教えて欲しいですぞ」
「豚って……その名前で俺を呼ぶのやめてくれない? えっとね。『どうやら槍の勇者様は未来を予知する力を持っているご様子。そのような結末にならないように、我が国は盾の勇者様を全力でバックアップしますわ』だって」
この赤豚クソヴィッチ!
心にも思っていない事を!
「ブブブブブブ」
「え? あ、はぁ……わかったよ」
「それが良いでしょうね」
「なんて言っているですかな?」
俺は槍に力を込めて何時でも戦えるように構えますぞ。
ですが……ここは些か不利な状況ですな。
お義父さん達はLv1。ここで大立ち回りをしようものなら容易く命を落としてしまうでしょう。
「俺が迫害をされないように盾の勇者を歓迎するシルトヴェルトって国へ送ってくれるらしいよ」
む……筋は通っているご様子。
どんな心境の変化だ?
「立派な王女様ですね。それに引き換え元康さん、あなたは落ちついてください。どうやら貴方は未来予知を習得しているようですが精度が悪いですね」
「樹の世界は超能力があるみたいだな。なるほど……元康はそういう能力者なのか」
「未来演算かもしれませんね。情緒不安定な人が多く、的中する事もありますが外れる事の方が多いのですよ」
お義父さん達は勝手に頷いてしまいました。
「嘘じゃありませんぞ!」
「落ちついて元康。君を疑っている訳じゃないから、ここは槍を引いて」
む……お義父さんにそう言われたのでは引き下がるしかありませんな。
俺は警戒をしながら槍を収めました。
「とにかく、まずは俺達の世界に関して認識を深めるべきだろうな」
「とは言っても……俺はすぐにこの国を出ないといけないみたいだけど」
お義父さんは脱力したように呟きました。
「ブブブブブブブブ」
それから赤い豚が何やらブヒブヒと鳴いて、説明をしているようでした。
どうやらステータス魔法についての話のようです。
「えっと、どのようにして見るのでしょうか?」
「何だお前等、この世界に来て真っ先に気が付かなかったのか?」
錬が情報通っていうような顔で説明を始めようとする。
「なんとなく視界の端にアイコンが無いでしょうか? それに意識を集中するようにしてみてください」
俺は途中から割り込んでそう言いました。
呆気に取られている錬を無視して、お義父さん達はステータスを確認しているご様子。
「Lv1ですか……これは不安ですね」
「というかなんだコレ」
「ブブブブブブブブブブウウウウウブヒ」
というか赤豚! 何を言っているか理解できん!
人の言葉を話せ!
「そうなのか?」
「それで、俺達はどうすれば良いんだ? 確かにこの値は不安だな」
「ブブブブブブブブブブブ」
「強化? この持ってる武器は最初から強いんじゃないのか?」
「はい。伝承によりますと召喚された勇者様が自らの所持する伝説の武器を育て、強くしていくそうです」
どうやら……強くなる方法に関して話をしているご様子。
しかし、この強化には秘密があります。
皆が俺を信じなければ効果を発揮しないので、話すのはお義父さんだけにですな。
「伝説の武器って言っても俺は盾だ。剣でも使った方が良いんじゃないか?」
よし! ここはこちらが主体で話して信用を得るのですぞ!
樹の能力云々の所為で精度が低いと思われたら厄介ですからな。
「残念ながらこの伝説の武器は別の武器を装備できないのです」
「げ!? そうなのか? って言っても元康の話じゃな……」
「そう、だから……お義父さんは仲間に頼ると良いですぞ」
「となると俺達四人でパーティーを結成するのか?」
「それもダメですぞ」
「え?」
「勇者の武器は反発して経験値が入らなくなるんですぞ。武器成長に使う素材の共有は出来ますが」
「結構不便だな……でも元康が言うとなー……」
「そうですよね。さっきから否定ばかりですし……大丈夫なんですか、この人は」
で、お義父さんに向けて赤豚が言葉を投げているようです。
何故か俺は信用を得られていないような気がします。
この流れはとても危険だとフィロリアル様と大自然を駆け抜けて習得した本能が訴えておりますぞ。
「本当らしいな。となると俺はシルトヴェルトの方で仲間を集めれば良いのか……」
「この国じゃ立場が危ういみたいですからね。妥当な話でしょう」
「ブブブブブヒ!」
「え、うん。わかったよ。えっと元康」
「なんですかな?」
お義父さんが赤豚に言い寄られて恥ずかしそうにしながら俺に声を掛けて下さりました。
「シルトヴェルトへの馬車を用意するのは明日になるからゆっくりと休んでほしいんだって」
「俺達の方は仲間を用意するらしい」
「むう……」
一応、筋は通っておりますな。
未然に防げるのでしたら……殺さないでやるのもやぶさかではありませんな。
「わかりましたぞ」
「では勇者様方は一人一人個室へと案内します」
あれ? 今までは同室だったはずですが……?
どんな理由で違いが出たのでしょうか。
「私はお義父さんから離れませんぞ」
「いや、お願いだからついてこないでくれない? なんか、君に狙われている気がして恐いんだけど……」
お義父さんが露骨に嫌そうな顔をしています。
何か私が悪い事をしましたかな?
あるいは、なれなれし過ぎたのかもしれませんな。
良く考えれば、このお義父さんと俺は初対面です。
信じる信じない以前の問題なのかもしれません。
「詳しい話は後で聞くからさ、ね?」
……お義父さんに命じられてしまうのでしたらしょうがありませんな。
何かあったら急いで駆けつければ良いだけの事ですぞ。
「わかりました。ですがお義父さんの隣の部屋にすることで妥協しますぞ」
「わ、わかった。部屋を準備するのじゃ」
こうして俺はお義父さんの宿泊する部屋の隣に泊る事になりましたぞ。
日が落ち……部屋で何が起こっても対処できるように聞き耳を立てて待っていると、兵士がやって来ました。
「槍の勇者様、お食事の時間です」
おお! やっとお義父さんとお話が出来ますぞ。
お義父さんには強くなる方法を色々と伝授しないと、この先乗り越えることなど夢のまた夢。
まずはお義父さんの命を助ける事を最優先せねば。
と、俺は部屋の扉を開けて兵士を見ます。
「他の勇者様方は既に食事へと行かれました。槍の勇者様もお早く」
「わかりましたぞ」
俺は急いで食堂に向かって駆け出します。
「あ! ちょっとお待ちを!」
「なんですかな?」
「食事をしているのはそちらではありません。同行をお願いします」
おや? 食事場所が変わったのですかな?
俺は足を止めて振り返りますぞ。
「では何処ですかな?」
城内は過去に何度か来た事があるのである程度記憶してますぞ。
言われれば案内される必要すらありません。
「こちらです」
兵士が、そうとしか答えません。
むう……煩わしいですぞ。
それから私は兵士の案内で城の広間を抜けた……城の入り口の手前まで案内されましたぞ。
「ここでお待ちください」
「お義父さん達は何処ですぞ?」
「フ……」
ん? 咄嗟に嫌な気配がして槍を抜こうとした瞬間、体が宙に浮く感覚を覚えました。
気付いた時には床に穴が開いて、落ちていました。