番外編 盾の勇者のホワイトデー【1】
腐のバレンタインから半月。
バレンタインで出した損害の補填に俺達は追われていた。
ちなみに雛祭りはイミアを始め、ルーモ種や手先が器用な連中が俺の代わりにやってくれたので、特に問題なく進んだ。
損害とはチョコレートモンスターの件だ。
まったく……ガエリオンは元よりチョコレートモンスターが起こした事件の時、俺はポータルでゼルトブルへ逃げた。
最初はそれで逃げ切ったと思ったのだが、チョコレートモンスターは取り込んだフォウルの武器で追ってきた。
そこから俺は更に逃げた所為で被害がな……それこそ雪だるま式に増大してしまった。
下手に捕まろうものならガエリオンの願望を叶えようと動いていたチョコレートモンスターにシャレにならないことをされかけた訳で。
犠牲は大きかったが、俺は……自分を守り切ることが出来たのが救いだ。
結果的に賠償金を支払うハメになったので、フィーロとキールを使ってホワイトデーイベントを企画している。
「ねぇ、ナオフミ? 本当にお返しイベントのはずなのにファンにホワイトチョコとかグッズを買わせるの?」
「ああ、こういうファンは限定商品とか、本来はお返しを贈る側なのに買ってくれるもんなんだよ」
フィーロの手作りチョコという商品を買った連中が、お返しに各々のプレゼントをフィーロに送り届ける……というのがホワイトデーの催しだろうが、もっと方向性を狭めるのだ。
フィーロへのお返しをフィーロの関連ショップから購入して配らせる方向へとな。
上手く行けばもらった物はそのまま流用可能だ。
在庫処理に追われるかもしれないからスイーツ関連を経営しているアクセサリー商のコネでイベント後に安値で売りさばく。
交換率に寄るが元を掛けずに良い金になる予定だ。
「ああ、今度はそこまで細工しなくて良い。一定の型に流し込んで印を入れるだけで十分だ。ただ、包装はしておけよ。リサイクルするんだからな」
前回のチョコレート製作もあり、ノウハウは蓄積している。
その影響で前回よりもスムーズに作業が進んでいる。
この調子なら問題なく当日を迎えられるだろう。
「ナオフミはあいっ変わらず悪知恵が回るわよねー……」
メルティがホワイトデー関連を作成している現場を見て呟く。
「しょうがないだろ。損害の賠償が凄かったんだから」
逃げた場所が悪かったな。
追いかけてきたらラフタリアやフィーロと一緒に倒せばいいだろう。
なんて楽観的に考えて、ゼルトブルに飛んだのが運の尽きだったな。
「ナオフミも考えて逃げなさいよ」
「まあな。だが、あそこ以外に逃げていたら再来月辺りに、つわりとかして吐いてそうだぞ」
「う……そりゃあそうよね。徐々にナオフミのお腹が大きくなっていく姿は見たくないわ」
「マジでやめろよ……そういう話」
竜帝に孕ませられるなんて考えたら悪夢だろうよ。
生々しいっての。
まったく……子ガエリオンの奴。
まあ、奴も奴で自我の葛藤とかある程度はあって、土壇場でラースドラゴンの時のように脱出を図ったんだけどさ。
それでも謹慎というか近寄らせないことを決めた。
今では大人しくしているが、時々谷子が報告しにくる。
奴に新たな趣味としてアトラと同じく俺が廃棄した物を集める趣味が加わったそうだ。
風呂に入りに行ったのを知るなり追いかけ、俺が出るのを確認するとお湯を飲んでいたとか親ガエリオンに嘆かれていたな。
気持ち悪い事この上ない。
まだフィーロの方がマシだと思えてしまうのだから俺も相当まいっている……。
とりあえず仕事をして、精神を保とう。
「後はキールのグッズだな。イミア、状況はどうなっている?」
「ただいまキールくんのぬいぐるみ制作、3000体目を確認しました。まだ作りますか?」
「単純単価をやや高めにして売るからそれくらいで良い。次の作業に移ってくれ……あのお菓子大好きクレープ犬にミュージカルをさせるんだからな」
次のイベントに関して打ち合わせをしている時、フィーロが一緒にやりたいと駄々をこねた。
演劇が相当面白そうと感じたフィーロを上手く演目に組み込むのならミュージカルにするのが一番だ。
だからフィーロのスケジュールはかなり過密状態となっている。
キールの方も握手会ならぬスキンシップ会の予定だ。
完全にアイドルというより、人気マスコット枠だな。
「はい。わかりました」
イミアはこういう時には文句ひとつ言わずに従ってくれるな。
仕事自体は大変なのに。
「毎度すまないな」
後ろから頭をそっと撫でる。
「あ……が、頑張ります」
早足でイミアはキールの所へ駆けて行った。
まあ、キールもある程度楽しめているようだから大丈夫だろう。
自分の借金……というか損害の賠償をフィーロとキールに支払わせようとしているというのに罪悪感は無い訳じゃない。
借金自体は俺のポケットマネーである程度支払いは終えてはいるんだけど、減ると不安になるんだよ。
これでも俺は大国となったメルロマルクの大公の地位を持っている。
所持している金も土地も、この世界では有数な程だろう。
現実世界にあった長者番付がこの世界にあったら、中々の物だろう。
だから、実の所かなり金銭的な余裕はあるんだ。
まあ、金に困っていた頃の癖と、次の復興資金の捻出の見通しが不透明になったのでちょっとあこぎになってしまったに過ぎない。
「あ、後はー……」
「ナオフミ様?」
ラフタリアが俺に声を掛ける。
ま、次の問題は……俺独自の事だから良いか。
「で? 何か用があったのか?」
「あ、はい。チョコ農家の方から手紙が届いていますよ。後……影さんからも」
ああ、俺への定期報告ね。
俺は手紙と書類を受け取って読む。
……思わず額に手を当ててしまった。
「どうしたのですか?」
「いやな……あのクソ親父のその後が報告されていてな」
「な、何かあったのですか?」
バレンタインのチョコを購入しに行った時、出会ったあのクソ親父だ。
義賊の親父と言えば概ね伝わると思う。
奴が捕縛したチョコレートモンスターのボスの所為で騒ぎが起こり、奴の作ったクソチョコの所為で事件は幕を下ろした。
一応は影の功労者であるが、評価はしない。
それよりも手紙の内容だ。
奴は俺を逆恨みし、留置場を脱走して俺の領地目掛けて逃亡生活をしていた……そうだ。
だが、俺の村にある変わった植物や新種の魔物を目撃し、痛いほど自分との差を痛感したのか、俺の領地近隣で放心状態で捕縛されたらしい。
今では自分の家に戻って、見違えるほど大人しくしているとの話だ。
まず何処から指摘すればいいのか……。
逃げ切れる警備もザルだが、俺の所まで来る熱意があるのも凄いな。
で、俺の所の植物や魔物を見て絶句、ね。
ただ、大人しくしてはいるのだが、何かあると「才能」という言葉を連呼し始めてうっとおしいと愚痴が書かれているのだ。
いるよなー……他人が成功すると才能という括りで自分とは違うと卑下する奴。
その人の努力を全て才能で片付けるんだ。
口を開けばアイツは天才だから、なんて言い出す。
そういう連中は天才の積み上げてきた物が理解できないからこうなる。
いや、まあ、俺は天才ではないがな。
言ってはなんだが、俺は凡人だ。
盾に限らず伝説の武器を持っている奴は本人の能力に関わらず様々な能力が手に入る。
それをどう使うかは本人しだいだが、少なくとも俺は盾の力を完全には使いこなせている自信はない。
これがもう一人の俺なら多少は……まあその話はいいか。
どちらにしてもあのクソ親父、こりゃあ諦めてないな。
何か俺に対抗する物を作り出せたらまた再発する。
要監視で、何かしようものなら事前に鼻っ柱をへし折るようにあの町近隣の組織に注意しておこう。
義賊の方も俺に感謝の手紙を送ってきた。
少しだけ分け前を多めにしてやろうと決めてたし、前向きに仕事をしてくれたら良いけど……。
「そんな訳で既に解決済みの問題だ」
「まあ……なんと言いますかで、もう一枚来てるんですけど」
「ん?」
翌日の手紙か? 義賊の妹からだ。
『昨日も出しましたが父が新たな道具を隠れて作成しているのを発見しました。巧妙に隠しているので調べている最中です。こんなラフがありますので同封します』
そこには……しょんべん小僧っぽい絵が描かれている。
俺は迷わず近くの机で指示の手紙を書いて影に伝令を走らせることにした。
一目でわかるな。
これでただの芸術に入ったのなら良いが、あのクソ親父の事だ。
チョコレートを絡ませて酷い物を作るのは目に見えている。
指示内容は自由に泳がせ、発明品が形になったら直接奴を実験台にする。
大方……出る所からホワイトチョコレートとかかましそうだ。
噴水ネタは沢山だっての。
とまあ、バレンタインの時の様な問題は特に無くホワイトデー当日になった。
俺は早めに起床し、村の厨房でデザート制作に掛る。
何せ村の連中全員からチョコをもらったような状況だからな。
ホワイトデーのお返しはおやつで充分だろ。
ドーナツにマシュマロ、キャンディにホワイトチョコレート。
朝からハードな物が多いが、これは別コーナーで好きに食えと設置する予定だ。
「兄ちゃんおはようーってお菓子が一杯だ!」
キールが尻尾を振りながらお菓子コーナーを凝視してる。
「みんなの分なんだから食い過ぎるなよ」
「うん! みんな兄ちゃんのホワイトデーのお返しだ!」
「「「わー!」」」
しかし……女子共にお返しするものなのに、子供にプレゼントしているような気持ちになるのは何故だろう?
まあコイツ等は外見こそデカイが、中身は子供なの多いし。
そもそも実際子供だったな。
「おはようございます、ナオフミ様」
「ラフー」
「おはよう。ラフタリア、ラフちゃん」
俺はラフタリアとラフちゃんにそれぞれホワイトチョコレートで作ったブッシュドノエルをお返しにプレゼントした。
ラフちゃんケーキとかでもよかったんだが、無難な所に落とした。
ほら、ラフタリアってあんまり奇抜なの好きじゃないし、こういう洒落た感じの物が好きだからな。
良くも悪くも女の子って感じだ。
ラフちゃんケーキは見た目こそ良いが、切り分けるとヤバイしな……。
それをラフちゃんが食べるんだぞ?
共食いみたいになって後悔しそうだ。やめておこう。
「わぁ……ありがとうございます」
「ラフー!」
ラフタリアもラフちゃんも嬉しそうに受け取ってくれる。
「良いなーラフタリアちゃん達だけー」
「キール、お前等のはそっちにあるだろ」
「ラフタリアちゃん達の方が良さそう」
「隣の芝生だ。諦めろ」
他人の物の方が美味しく見えるって奴だよ。
それにお前等の奴は質より量を重視している。
ラフタリアよりお前等は食うからな。
少量でいいなら同じ物を作ってやるが、絶対少ないと騒ぐ。
「あらー? 今日は楽しそうね」
バレンタインに大人しかったシャチ女がやってきた。