番外編 盾の勇者のバレンタイン【16】
次のイベントに備え、家で企画と商品の試作をしている最中。
「ごしゅじんさまー」
何故かフィーロが家に帰ってきた。
「今日はメルティと一緒にゼルトブルで泊るんじゃなかったのか?」
「えっとねーメルちゃんがね、ごしゅじんさまにプレゼントだって」
と、フィーロがチョコレートの入った箱を俺に持ってきた。
そういえば……メルティから受け取ってなかったな。
あのツンツンは俺の事が好きなのか嫌いなのか、女騎士と同じくハッキリさせてほしいな。
フィーロに渡すよう任せるとかどんだけだよ。
「で、これがフィーロのー」
ファン垂涎、フィーロが自作した本物の手作りチョコを俺に手渡す。
が……。
「フィーロ」
「なーにー?」
俺は見覚えのある物体をフィーロから受け取った。
形状はこぶし大……形は丸くてデコボコしている。
なんか……微かな異臭がしていた。
「これはお前の手作りなのか?」
「うん。フィーロが作ったのをメルちゃんに見せたら別の人が作ったのにしようって言われたけど、手作りが一番って知ってるから内緒で作ったんだよ」
「ああ、そう……」
うん、偶然似たような形状になってしまったんだよな。
クソ親父の作ったアレに似ている。
「フィーロ、試食したか?」
「んーん。まだしてないよー」
「よーしよしフィーロ、まず人に食わせたいなら試食をしてからだ」
「食べたらごしゅじんさまも食べてくれるの?」
「食べ切れたらな」
「わーい!」
フィーロは俺から自分が作ったチョコを受け取って一口食う。
「ひゃああああああああああああああ! ぺっぺ! にがーい、まずーい」
「そうかそうか、よかったな」
美味しそうに食ったら追い出す所だった。
涙目のフィーロが自分のチョコを残念そうに見つめて捨てる。
「ほら、口直しにこれでも食え」
しょうがないから厨房で作り置きしていたチョコレートケーキをフィーロに与える。
「わーい! おいしいー」
「俺にチョコを食べて欲しいならメルティからちゃんと話を聞いて、メルティが大丈夫と言うまで練習しろ」
「うん! フィーロがんばるー」
まったく……フィーロは余計な事をするな。
もぐもぐとフィーロは家でチョコレートケーキを頬張る。
そこへコンコンと家の扉を叩く音が聞こえた。
誰だよ……フィーロと同じく出遅れ気味にチョコでも渡しに来たのか?
と、扉を開けるとフォウルとアトラとガエリオンが居た。
「なんだ? アトラからはもうチョコをもらっただろ」
「そうなんですけど、お兄様が……」
アトラも困った様子でフォウルに掴まれている感じだ。
「キュア!」
ガエリオンも何の用なのか、背中に箱を背負っている。
届け物とか何かか?
とりあえず家に招く。
「どうしたのー?」
チョコレートケーキを頬張っているフィーロが首を傾げながら見てる。
「さあな?」
家に上がったフォウルは決意に満ちた目をしていた。
なんだ? 何か提案でもあるのだろうか?
「ん!」
無骨にフォウルは腰に下げた袋に入っていた何かをアトラを掴んでいた手を放して俺に両手で差し出す。
「こ、これ!」
言葉ったらずみたいな喋りでフォウルは頭を下げながら包装された箱を俺に押し付けるような勢いで前に出す。
「なんだ? 村の奴から代理でチョコレートを渡してこいとか言われたのか?」
ん? ガエリオンがフォウルの態度に威嚇みたいにキュアアアア! って歯をむき出しにしている。
「違う!」
「じゃあなんだ?」
「お、俺からのバレンタインチョコレートだ!」
「はい?」
なんで男のフォウルからチョコレートのプレゼントをもらわねばならない。
ああ……友チョコか?
俺は言葉を濁していたが男から男へのプレゼントがあるのを他の勇者共に聞いたのか?
もしくはハクコ種にはチョコレートを男が男に渡す伝統でもあるのだろう。
「普段の感謝の印って奴だな」
友チョコってこれからもよろしく的な意味合いもあるし、フォウルなりの真心と思って受け取ろう。
自由になったアトラが俺の肘辺りに抱きついて来てるが……。
「そうじゃない!」
「は?」
チョコを受け取った俺に向け、フォウルは力強く拳を握りしめながら答える。
「これは俺の、心からのプレゼントだ!」
「……どういう意味だ?」
非常にイヤ―な予感がしつつ俺は尋ねる。
何だろう。背筋に悪寒が走っているような気がする。
フィーロも状況が変なのに気づいて急いで近寄って来た。
「俺が兄貴へ愛情を向けているんだ! そう! 兄貴、好きだ!」
……俺の表情が強張るのヒシヒシと感じる。
思いっきりしかめっ面になったと思う。
それにしてもフォウルが変な方向に目覚めた。
極度のシスコンだったはずだが、実は男色の気もあったのか?
もちろん、俺にそんな趣味はない。
当然、問答無用で断らせてもらう。
しかしながら、フォウルはなんだかんだで俺に尽くしている。
無下には出来ないから一応理由は聞いてやるか。
「一体何がどうして俺の事を好きだと? 経緯を教えてくれ」
こう……何か事情があるのだろう。
じゃなきゃこんな台詞は出て来ない。
さすがのフォウルだって、俺がノーマルである事は見ていればわかるだろう。
「出会ってから今まで色々な事があった。俺にもアトラにもよくしてくれたし、兄貴に拾われなければ俺は全てを失っていたんだ」
「まあ……そうだな。それと愛情ってのと何の関係があるんだ?」
「俺は兄貴も好きだがアトラも大好きだ。だが、アトラは俺に対して俺が思うような情はもしかしたら無いのかもしれない」
ようやくわかったか。
ぶっちゃけアトラって薄情というか、あくまで兄は兄としてしか見ていないんだよな。
必要以上にべったりしてくる兄貴にウンザリしてる妹って対応をしてるし。
サブカルチャーで育った俺としては微妙だが、世間一般で言えばそっちの方が健全だし、普通だ。
「だけど兄貴の事をとても大切にしているし、そんな兄貴の事を俺はアトラに負けないくらい大切だと思う」
「うん……それで?」
「そんな時、言われたんだ……『貴方のその想いは本当に正しいのですか?』って」
「は?」
「更に『精霊となったアトラさんは貴方の事をここから先、タダのお兄さんとだけしか思ってもらえませんよ? それで我慢できるのですか?』と続けたんだ」
誰だよ! フォウルにそんな事をほざいたバカは!
「『自分の心に向き合ってください。貴方はアトラさんに一生、覚えていて欲しいのでしょう? なら、貴方の心の底にある感情と向き合い。アトラさんの想い相手、盾の勇者様に貴方の思いのたけをぶつけるのが一番です』と言われて目が覚めるような思いになった」
……えっと、言っている事はなんとなくわかるんだけど、いまひとつ要点を得られない。
「俺は……アトラにもっとぶつかって来てほしい。俺のことを思って欲しいんだ。その一つの答えであり、俺自身、素直になろうと決めたんだ!」
やばい……フォウルの目がおかしい。
カースシリーズって訳じゃないけど、誰かの囁きによって行動がおかしくなっているんだ。
思えば最近、なんか変な感じではあった。
何か悩んでいるというか、ボーとしていたというか、そんな感じだった。
「そう! 愛している兄貴が俺のモノになってくれればアトラは俺に憎悪の感情を……一生俺を憎んでくれる! 一石二鳥の名案だと思ってこうして告白しに来たんだ!」
バカじゃねぇのか。何が一石二鳥だ。
むしろお前のその行動は全てを失う方向に向かってんぞ。
完全に病んでやがる。
妹が好きなあまり、妹の好きな野郎に告白するとか、正気の沙汰じゃない。
誰だ。フォウルをここまで追い詰めたバカは。
「……なるほど、お兄様……本気で尚文様を落としに来たと見て良いのですね」
アトラがゆらりと殺気を放ってフォウルに顔を向ける。
「そうだ。俺は兄貴と合意の上に寝た事がある。アトラ、俺は一歩も二歩もお前よりも先にいるんだ!」
「ふふふふふ……お兄様、恋のライバルに参戦すると言うのですね。良いでしょう」
アトラも何空気に呑まれてんだよ!
フィーロも首を傾げるなっての!
ガエリオンは……さっきから威嚇してんな。
良いぞ、フォウルに襲いかかれ!
「お兄様が亡くなった後は記憶の片隅に置く程度だと思っていましたが、何百年経とうと覚えましょう」
「ふふふふふ、負けないぞアトラ! 俺がお前から兄貴を寝取ってやる!」
「それで俺が頷くと思ったかバカ共!」
つーか誰だよ! フォウルの背中を変な押し方して堕ちさせたのは!
十中八九、洋裁屋だろ。アイツは腐った女子だからな。
この前、話しているのを目撃したが、この話だったのか。
俺とフォウルのBLを期待してこんな事を囁きやがって、いい加減追放処分にするか検討しなきゃならん!
これは元康も危険だな。
同じ理由でフィーロから憎しみの対象になる為、俺を落とすとか言い出しそうだ。
しかし、今は取り敢えずこのバカ共の処分だ。
「出てけ出てけ!」
俺はフォウルの首根っこを掴み、家から追い出す。
もちろんアトラも一緒にだ。
「一回水浴びでもして頭を冷やしてこい!」
ついでにチョコの入った箱を投げつける。
「あ、兄貴! 俺は諦めない!」
「何が諦めないだ。出直してこい! ボケ!」
ドンドンとフォウルは家の扉を叩き続ける。
壊したらもっと怒るのがわかっているから、あくまで叩いているだけだがな。
「尚文様ー」
「させるか!」
「ぬあ! お兄様、お放しください、私にはこの程度の壁、無いも同然!」
「だからさせないんだ! 俺は兄貴と添い遂げる!」
そこからドタバタと争う音が聞こえ始めた。
大方、アトラと攻防を繰り広げているのだろう。
まったく……ホント、アホな兄妹だな。
洗脳されてんじゃねえよ!
「フィーロびっくりー」
「そうだな」
「フィーロもごしゅじんさまとねたーい」
「お前にはメルティがいるだろ。我慢しろ」
「えー……」
世界のアイドルと一緒に寝る事は出来ない……発情期のアレもあるしな。
そう思って部屋に戻るとガエリオンがキラキラした目で待っていた。