番外編 盾の勇者のバレンタイン【6】
ゼルトブルでフィロリアルレースの大会がある。
そこにクイーンとキングだけで出場させる訳だからと、元康を探そうと思ってフィロリアル舎の方へ来たのだが……。
「クエクエクエー」
村のフィロリアル舎の近くで漂うチョコレート臭。
なんかフィロリアルの中でもチョコレート作りが流行り始めていた。
クエとしか俺の前では話さないが、フィロリアル共がチョコレートを溶かして固めている。
一応はイベントに備えて手伝ってくれている状況……らしい。
ところでフィロリアルはチョコを食べても大丈夫なんだろうか
チョコは基本的に動物にとって毒物のはずなんだが……。
それを言ったら犬っぽい亜人のキールは真っ先にヤバイか。
見た感じ大丈夫だったけどさ。
「あ、ゴシュジンサマ」
みどりが書類を片手に出迎える。
「元康は?」
「もとやすさんはあのメスのイベントの券を手に入れるって出かけてしまいました」
……あのメスというのはフィーロの事だ。
で、券っていうのは手作りチョコレートの交換券の事だろうか?
他、握手券、次回参加優待券とか色々とある。
元康は基本的にその辺りの券を大半仕入れていたりする。
あれだ。アイドルのCDを百枚千枚買い込むあのタイプだ。
だから張り合って三匹フィロリアルはライバル枠として乱入しに行く訳だしな。
「クーとマリンはその付添をしてます」
「お前は?」
「もとやすさんの代わりに次のレースの出場候補を選定してる所です」
むう……確かに元康一行の中で一番まともっぽいのがこのみどりだ。
若干割を食っている気もするが、三匹の中で一匹だけオスだとこういう事もあるんだろう。
そもそも仕事を放り出して遊びに行った元康について小一時間説教したくなるが、アイツに近づきたくないから聞かなかった事にしておこう。
なんか適当な話題でごまかすか。
「そういや、うちのフィロリアルとゼルトブルの有名なフィロリアルと縁談が来てたな。その辺りはどうなってんだ?」
こういうのって拘ると終わりが見えないが、昔やってたゲームから、少しは好奇心が湧く。
「もとやすさんは大事な子供達を何処の馬の骨ともわからない連中にやれるかと、血統書つきの方々にあんまり良い感情を持ってませんけどね。一応、良い感じの雰囲気がある子もいますよ?」
「ふむ……」
元康の命令に絶対服従かと思ったが、みどりは客観的に分析しているみたいだな。
「というか、ライバルが減る分、良い傾向ですけどね」
みどりの目が光った。
訂正、コイツはかなり危ない奴だ。
「あのメスは出場するのですか? その辺りが先方も気になっている様子ですよ?」
「フィーロか? どうだろ? アイドル活動の方が忙しいからな」
「ふ……」
「その勝ったみたいな笑みを浮かべるのやめろよ。元康に怒られんぞ」
元康は気にしていない様に見えるが、潜在的にヴィッチの件をトラウマにしている。
だから女の負の面を極端に嫌う。
みどりはオスだけどさ。
とは言っても元康が怒った所を最近見た覚えは無いけど、フィーロを馬鹿にするとうるさい。
子供だと思っているみどりが、フィーロの事を馬鹿にしたら説教する可能性は高いな。
「……そうですね。あのメスが参加するかを先方も気にしているみたいなんで」
ああ、ゼルトブルのフィロリアルレースの主催者側ね。
フィーロってなんだかんだで別格の早さがあるからなぁ。
飛べるし……そう言う意味で気になる所か。
「で? 眷属器持ちのフィロリアルは別枠か?」
「そこなんですよね。眷属器の能力補正があってボクやクー、マリンはあのメスの様に参加しづらいんですよ」
ギャンブルにおいて、勝つのが確定している事程、面白味も旨味も無い。
みんな手堅く賭けをするからな。
俺だってフィロリアルクイーン&キング杯があってフィーロが参加してたらフィーロに賭ける。
これでフィトリアが参加でもするのなら結果はわからなくなるがな。
……誘えば来そうだよな。頭ん中フィーロと似たりよったりみたいだし。
でもなー……こんなしょうもないことで伝説のフィロリアルが参加したら威信に関わるだろ。
「で? お前等は配下のフィロリアルを使ってチョコ作りか?」
「半分は……ですね。ヒヨちゃんが筆頭で手伝いをしていますよ」
ああ、最近じゃフィーロの代わりに馬車を引いてくれている配下一号ね。
猫かぶりが上手いから無視してるけど、頭は良い方だ。
というかフィーロはチョコ作り出来ないのに、他のフィロリアル共が出来るのか?
ものすごく不安だ。今も俺の近くでフィロリアル共がチョコ作りをして遊んでるけど、まさしく遊びに近い。
商品じゃなく、同族同士でプレゼントする無骨な感じだ。
「こっちはただ参加したいだけ、舎の奥で手伝い中です」
「ちょっと見させてもらって良いか?」
「はい。ですがゴシュジンサマは舎の窓からこっそり覗きこんでくださいね」
「何かあるのか?」
「はい」
そう言われて俺は舎の中をこっそりと見る。
すると舎の奥に……何かぼんきゅっぼんのセクシー体型をした眼鏡が似合うアラブ系っぽいグラマー美女が資料片手に舎内に設置された鍋を弄る人間形態のフィロリアル達に命令してる。
「温度に気を付けて下さい。これが完成したら次の作業へ行ってください」
美人秘書って雰囲気だな。
良く見ると、背中に羽が生えている。
あれもフィロリアルか。
おそらくはチョコレートに抜け羽が入る事を懸念しているんだろうな。
しかし……誰だ、アイツ。
「これから私は、ゴシュジンサマの買い付けのお手伝いに行きますが皆さん。しっかりと仕事をするんですよ」
「はーい」
他のフィロリアル共は幼女っぽいのに……何かアイツだけ浮いてる。
キュッと首に巻いた蝶ネクタイの形を整えてノート片手に指示を出す。
「私達フィロリアルがゴシュジンサマとフィーロ次期女王様を支えるんですからね」
「「「うん!」」」
なんか使命感に燃えた感じでチョコ作りを工場作業している。
それ程お前等に期待してはいないがな。
そもそも最初からお前等はカウントしていないんだが……。
「例えゴシュジンサマに知られなかったとしても、力になるのです!」
志は立派だ。
少しだけ心に響く物がある様な気がする。
「ヒヨちゃんやる気だね」
「ええ、そうですとも。あのラフラフ騒ぐ生き物に、ゴシュジンサマに撫で撫でしてもらう場所を奪われた恨み! 晴らさでおくべきか!」
バキッと持ってたペンを……ヒヨちゃん!? が、へし折る。
そして奥の方で数匹のフィロリアル達がヒヨちゃんに睨まれる。
「あのラフラフ言う生き物と仲良くするなんて……許しがたい!」
ああ、村の中でラフ種になった奴等がいたもんな。
そいつらと仲が良い所為で?
なんか嫌な光景を見てしまった。
こう、女の裏側的な?
見返りを求めない献身的な態度に騙されかけた。
前にも思ったが、あのヒヨちゃんって奴は俺の癇に障る事を平然とするな。
なんて思っていると。
「ラフー?」
そこに天井からラフ種が現れた。
何処から現れるんだよ。軽くホラー入ってるぞ。
まあ、ラフ種系はこの辺りに住みつく神出鬼没な所があるけどさ。
ヒヨちゃんに近寄って行く。
「う……」
「ラフー?」
すりすりとヒヨちゃんの足元に擦り寄って、撫でて欲しいとばかりに鳴くラフ種。
なにをやっているんだ?
「くあああ……」
辛抱溜まらないとばかりにヒヨちゃんはラフ種を抱え上げて、撫でまわし、ホッと声を漏らす。
そしてラフ種はモードチェンジして大きくなり、ヒヨちゃんの喉辺りを逆に撫で始める。
「あああ……」
……なんだか卑猥な空気が……と思ったらボフンとヒヨちゃんがフィロリアル形態になって、ラフ種に撫でられ続け始めた。
その後は仲良くラフ種と撫で合いっこを始めていた。
許しがたいと言ったその場で撫でられてんぞ。
しかも堕ちるのはええ!
即堕ちとか……エロゲかよ。
「まあこんな感じで作業をしてますよ」
「何がこんな感じなのか問い詰めたいが……ラフ種と仲悪いのか?」
「いいえ? 割とヒヨちゃんは仲良いですよ? ただ、ゴシュジンサマに撫でてもらえるのが羨ましいだけだそうです」
どんな仲だよ。きもちわりぃな。
ラフ種の方が一枚上手だな。
「というか、アイツ人型になれるのな」
「みんな、なれますよ」
「まあ、そうなんだろうとは思ってた……」
「ヒヨちゃんが変身しているのは珍しいですけどね」
そうなのか。
みんなフィーロみたいに、外見は幼女なのかと思ってた。
まあいいや、気にしたら負けだ。
「元康の件はわかった。出す奴の選定はみどりに任せる……ぶっちゃけここの管理はどうなってんだ?」
「半分はボクが取り持って、残りはヒヨちゃんがやってます」
二匹で管理してんのか。上がアレだと大変だな。
そのヒヨちゃんも能天気なフィロリアルの割にねじ曲がった精神してるみたいだし。
猫かぶりの次は嫉妬で、嫉妬相手と仲良いって複雑だな。
「確かヒヨちゃんは……そろそろゴシュジンサマと買い付けに出発するのでしたっけ? 呼びましょうか?」
「別のフィロリアルにしたいが……」
「そうするとヒヨちゃんが拗ねますよ?」
喧嘩はしないが拗ねるのかよ。
面倒くさいなー……。
「気が向いたらヒヨちゃんを撫でてやってください」
出来ればラフちゃんを撫でたいがしょうがない。
また変な騒動を起こされたら、たまらないからな。
「じゃ、少ししたら出発するから呼んでおいてくれ」
ラフ種を相手に嫉妬しつつ籠絡されていると言うヒヨちゃんは何処へ向かっているんだろうな。
そのまま俺はフィロリアル舎から離れて自宅に戻った。
「どうしたんですか、ナオフミ様?」
「いや……ちょっとな」
ラフ種とフィロリアルがじゃれあっているのを見て、微妙な気持ちになった。
これが元康の娘を嫁に出すものか! 的な感覚なのだろうか?
ラフ種の方に感情移入して、あんな馬車を引く猫かぶりとじゃれあうのはやめなさいと言いたくなる。
そう思って虚しい気持ちになってしまった。
これが噂のNTRというモノだろうか?
いやいや……。
まあ、せめてもの救いはアイツとじゃれていたのはラフちゃんではなく、ラフ種だった事か。
「ラフタリア、お前は大丈夫だよな?」
「えっと……なんの事ですか?」
とりあえず出発までラフタリアの尻尾でも見て心を癒しておこう。
最近チョコレートを沢山食べている影響かは知らないが、ラフタリアの毛並みが良い気がする。
「な、ナオフミ様が珍しく私にアプローチを! でも……ラフちゃんを見ている時の目とあまり変わらないような……」
そんな感じで時間を潰した。




