番外編 盾の勇者のバレンタイン【4】
「テンパリングは手作りチョコレートを美味しく作るのに最重要な項目だ。お前等、ちゃんと覚えておけよ」
現在、俺は厨房で調達したチョコレートを湯煎して、村の連中にチョコレート作りを見せている最中だった。
人生、何が役に立つかわからないもんだな。
チョコ魔をしていた俺は安く、高級っぽいチョコを仕上げる為に、業務用のチョコを買って、それっぽく見せたもんだ。
で、チョコレートはかなりデリケートな食べ物だ。
温度を1℃でもミスすればそれだけ口当たりが悪くなる。
「失敗するとブルームと言う白い物質が出来て口溶けの悪い不味いチョコレートになる。注意しろよ」
とりあえず教える筆頭は村の調理班だ。
これからバレンタインの日まで、暇さえあればチョコレートの製造を行って貰う予定だからな。
フィーロが作ったと言う名目のチョコレートはシンプルな物にした。
安易なハート型で、カラフルなデコレーションで装飾し、フィーロの顔……というか印を付ける。
ま、デコレーションの方に重きを置いた感じだ。
「火や水の魔法が使える奴は温度に注意しろ。まずは水冷法というチョコレートを入れた容器に水を当てて温度調節を行うんだ」
と、手早く俺はチョコレートをテンパリングしてハートの型に流して固める。
この辺りは魔法と言う便利な物があって良いな。
周りの連中に注文した温度まで下げるよう指示をすればいいんだ。
調達したチョコレートの質も中々に良い。
俺の世界の市販のチョコよりも良いんじゃないか?
さすが完成品が木に実る世界だ……品質の向上はこっちの方が上なのかもな。
クレープの木を見る限り、そんな感じだろう。
後で大量発注の為に直接交渉に行くとしよう。
一応はコネで買い付けした奴なんだけどさ。
それを正式に買う形だ。
と考えながら固まったチョコにデコレーションをしていく。
やがて完成したチョコを村の連中に見せる。
「「おおー……」」
「さすが盾のお兄ちゃん。凄くテキパキとしててまるで魔法みたいだった」
「魔法でも何でもないだろ」
まあ、盾の加護が無い訳じゃないけどさ。
それでも温度を合わせて形を作るとなると別だ。
「とりあえずお前等、練習して覚えろよ。俺が教えるから、覚えた奴は他の奴に教えて、量産できるよう励むように」
「「「はーい!」」」
さて……と、どうしたもんか。
教えるのは良いが、質問されるまで暇なんだよな。
この際、どうせしばらくの間、おやつという名目で村のデザートは失敗したチョコになるだろ。
だから暇つぶしと言うか上級者向けにやや難しめの奴でも作って出すとするか。
「ナオフミ様……何しているんですか?」
「ん?」
ラフタリアも練習に参加していたが、俺の方を見て手を止めてる。
俺はコーヒーっぽい味がする豆を加工してパウダーを作り、バターや材料を揃えている。
更に、バイオプラントの蜜を焦がしてキャラメル風にしたりと色々と作って行く。
ラフタリアが俺を呼びとめた頃には材料があらかた揃っていて、組み立てる段階にまで至っていた。
「なんちゃってオペラを作ろうとしてたんだが?」
「オペラって……ナオフミ様の世界じゃ、確か……演劇の名前ですか?」
「違う。そういう名前のお菓子だ」
「ナオフミ様の世界のお菓子ですか?」
「まあ、な。この世界にもあるかもしれないな」
クレープは無かったみたいだから、無いかもしれない。
だけど、この世界の菓子職人とかが発明してるかもしれないだろ。
タダでさえ転生者がいるんだ。菓子作りに燃えた奴がいないとも限らない。
そういう少女ノベルを読んだ事があるし、よくよく考えれば勇者や転生者が男だけとは考えがたい。
「わーすげー!」
仕上げにチョコをタブリール法というテーブルの上にチョコを広げて温度調節し、楽譜っぽいデザインにしてオペラの上に刺して完成だ。
村の奴隷共が俺の作ったなんちゃってオペラを見て大興奮で騒ぎ始める。
料理班はどう作るのかメモってんぞ。
そんな難しいものか?
「食べないの?」
「後でな。みんなで試食をし終わったら口直しに食べる予定だ」
「楽しみー」
と、各々楽しそうに作業に戻って行った。
「ねえナオフミ」
「どうした?」
メルティが困った表情を浮かべて俺の方へやってきた。
「どうも豆からチョコを作るっていうのもあるらしいんだけど……」
と、カカオ豆みたいな物が入った袋を俺に見せる。
カカオ豆まで作ってるって、チョコレートの木を作った奴は何処まで本気でバレンタインに挑んでんだ。
異世界でもモテない勇者がはっちゃけたものだと考えていたが、少し趣が変わった気がする。
「はぁ……わかった。素材を無駄にする訳にもいかないからな。カカオ豆からチョコを作る方法も見せてやるよ」
これ、かなり面倒なんだよな。
俺もネットで読んだ知識程度しか知らないし……。
「まずはカカオ豆を焙煎するんだ。あのコーヒーっぽい豆みたいになー。かなり面倒で、時間が掛るから待ってろよー。あ、後、焙煎で味が変わるからな。注意するように」
今日はチョコ作りだけで終わりそうだな。
焙煎したカカオ豆を取り出し、カカオニブという……まあチョコになる材料の部分を砕いて取り出す。
よかった。誰がカカオを作ったかは知らないが、俺の世界とほぼ同じ構造みたいだ。
違ったら、さすがに作れない。
「で、これを砕くんだが、この辺りは風の魔法とか土の魔法で良いから密閉した容器に閉じ込めて、俺が良いって言うまで砕けー」
と俺の指示通りに奴隷共が魔法を微調節する。
「メルティは水気を魔法で取ってくれ、チョコレート関連は水気がNGだからな」
「ナオフミ、手慣れてるわね」
「そう言う訳じゃないぞ。さすがにカカオ豆から作るのは初めてだ」
「とてもそうは見えないんだけどー……」
なんかメルティが微妙な顔をしている。
この程度、ネットで読んでたら覚えるだろ。
ま、メルティはネットを知らないか。
というかカカオ豆からの調理法位はこの世界にもあるだろ。
カカオ豆なんてもんを作った奴がいるならな。
「後はすり鉢とかで更に細かく……まだ魔法で出来るのならもっとやれ。で、材料を三つに分けて、絞って脂肪分と残りかすとチョコの部分を分ける。カカオバターとココアの完成な。ココアで簡単なチョコレートケーキも作れるぞ。あ、カカオバターは温度に注意しろよ。これの方がテンパリングが難しい」
難しい部分は俺が担当して温度表一覧を作る。
おぼろげだから少し研究が必要だ。
盾にレシピがあれば良いが……あるかな?
出来た素材を盾に吸わせて後で確認しよう。
「後は出来た材料に砂糖……乾燥させた蜜と粉ミルク適量を混ぜ合わせて、温度調節……ぶっちゃけ面倒臭くなってきた。後はお前らだけでやらないか?」
「ナオフミ、途中で投げないでよ」
「はいはい」
ここから先ってどれだけなめらかにするかを競うようなもんなんだよな。
いつまでも弄ってたら味も悪くなるし、程々で終わらせるとしよう。
「あ、どんどんチョコっぽくなってきた」
「もうチョコだ。後はチョコを弄るのと変わらない。ほら、完成」
と、温度調整をした後、型に流し込んで、冷ます。
「こんな感じだ」
「うーん……量産性を考えたらカカオ豆から作るのは無いわね」
メルティが作っている工程を分析して何度も頷く。
そりゃあそうだろ。俺だって無駄に時間を消耗した様な気持になっている。
なんて思っていると村の連中の中に剣の勇者……錬が混じっているのに気づいた。
いつの間に混じったんだよ。
「尚文、料理が上手いとは思っていたけど、こんな事も出来るんだな? カカオ豆からって……いくらなんでも、どれだけ料理が得意なんだ?」
「得意って、これくらいはネットで見れば出来るだろ?」
「嘘だ!」
なんか錬がナタでも持ってそうな目で俺を弾劾する。
ちょっとそのネタは古いんじゃないか?
錬の世界でどうなのかは知らないが。
「嘘じゃねえよ。さすがにカカオ豆から作るなんて面倒な事は初めてだけど、出来るもんだろ」
「出来ない!」
何、力強く言ってんだ。
それよりお前も仕事を手伝えよ。
武器の技能でチョコを加工できるならな。
「で? なんでチョコ作りって……バレンタインだな」
「ああ、これからしばらくバレンタインに備えて準備だ。錬、お前の方はどうなんだ?」
「俺か? 俺は……」
錬が言いだす前に先に俺の考えを話す。
「大方、バレンタインイベントで活性化した魔物退治か?」
錬は俺の問いに頷く……やはりか。
この世界は季節イベントに対して真面目に取り組み過ぎだ。
だいたい二月十四日前後にしか出現しない魔物ってなんだよ。
色々とおかしいだろ。
「で? お前はチョコとかどう思ってんだ?」
俺の問いに錬は視線を魔物舎で休憩中の谷子と女騎士辺りにちらちらと向けている。
ま、妥当な範囲だな。
問題はあの二人がバレンタインに興味を持っているか……だな。
ぶっちゃけ無さそう。
よし、何か対策を取っておこう。
もらえなかった錬が何を仕出かすかわからないからな。
クリスマスの例を見るに、もしもあの時、俺が何もしなかったらどうなっていたやら。
さすがに無いとは思いたいが、カースシリーズが発動するかもしれない。
錬は色々な意味で強くなったが、その分特定のメンタルは豆腐になったからな。
「キュア!」
何故か子ガエリオンが俺の調理してるチョコレートを興味津津に見てる。
今回、妙にやる気を見せていたので温度調整、というか火の扱いをガエリオンに任せていた。
命じた通り、火の温度を調整してくれたから役に立ったな。
「欲しいのか?」
「キュア!」
コクコクとガエリオンは頷いてる。
ドラゴンって……甘党なのか? なんかそう言う話を聞いた覚えがあるが……。
まあ良いや、カカオ豆から作ったチョコを一口、温度調節の礼に食わせる。
「キュアアア……」
あ、ガエリオンが頬に手を当てて嬉しそうに頬張ってる。
俺も試食する。ま、途中で味見したんだが……。
うーん、正直微妙。
若干ざらつきがある。手作り感が凄いな。店だったら落第点だ。
メルティの言うとおり、手間を考えたら無いな。
盾に吸わせたらカカオ豆からチョコレートに加工するレシピが出た。
品質が普通に統一されるが問題ないだろ。手間を掛けるのが面倒だ。
現在存在する勇者総出でレシピ作成させれば数も確保出来るだろうし。
チョコの方もある程度は準備が出来そうだ。
あ、ガエリオンがやり方を覚えたのか、自分からチョコレート作りをし始めている。
親ガエリオンは何を思って、子ガエリオンに料理させてんだ?
竜帝は料理などすべきじゃないとか言ってそうだが。
「ナオフミ様、出来ました」
ラフタリアが初挑戦のチョコを見せてくる。
若干白っぽい。失敗だな。
だが、他の連中も似たり寄ったりだ。
販売用の手作りチョコを作るのは先が長そうだ。
「あ、後お前等」
「なーに?」
「販売用以外で、好きな異性にチョコを渡すのは良いが、中に自分の髪の毛とか血とか体液を混ぜるなよ」
これは最重要項目だ。
チョコをもらう男性が、もっとも気持ち悪いとバレンタインのチョコを食べて感じるのは、中に異物が入っている事に他ならない。
女子のおまじないは恐ろしい。
毎年、俺にチョコの加工方法を聞いてきた女子共のチョコを見て常々思う。
「そんな気色悪い事しねぇよ、兄ちゃん!」
外野で見ていたキールが言い放つ。
あ、そういや手先が器用な奴隷筆頭のイミアとかルーモ種は致命的な問題があるな。
毛がチョコに混じる。この辺りは、要注意だったな。
「後、今回は試作品だが、完成品を販売する時はこの瓶の中の物を入れるように」
俺は金色の細い……糸のようなモノ(詳しく明言しない)と、白と桜色の繊維質(同じく詳しく明言しない)を奴隷共に渡す。
「キールのはこっちな」
黒と白の繊維質(やはり詳しく言えない)の入った瓶を出す。
「これなんだ?」
「魔法の粉だ。その粉が混ざることで手作りチョコは更なる価値を見出す。キールとフィーロは絶対に触るな。効果が薄くなるからな」
うまくなるとは言っていない。
中身は想像に任せる。
詳しくはブーメランだな。
フィーロとキールには教えられない品物だ。
「匂いも嗅ぐなよ」
「わ、わかった」
一応に奴隷共は頷いて、瓶を受け取った。
「ま、こんなところだ。そろそろおやつの時間だな。村の連中を呼んで来い」
「「「はーい!」」」
調理実習を終えた奴隷共は村にいる連中を呼びに行った。




