番外編 盾の勇者のバレンタイン【3】
この世界の暗部から村に戻ってくると。
「兄ちゃん兄ちゃん! おかえり!」
村に帰ってくると同時にキールが駆けつけてきた。
最近、お前は俺が帰ってくると犬そのもので出迎えてくるよな。
忠犬と化しつつある。
元は捨てられて人間不信になった犬みたいな目で俺を睨んでいたのにな。
と、半ば呆れながらキールの頭を軽く撫でる。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、ナオフミ様」
「ただいま。ラフタリア、何か変化は無いか?」
「特には……ただ――」
「兄ちゃん兄ちゃん!」
「キール、俺はラフタリアと話をしているんだ。少し静かにしてくれ、もしくはボールでも追いかけるなり、クレープの木の世話でもしていろ」
「兄ちゃん兄ちゃん! クレープの実に新味が出来たんだぜ! チョコ生地とチョコソース味だ! バレンタインにピッタリだよな!」
キールは俺の言葉を完全に無視して言いたいことを言って、俺にチョコ味のクレープを見せる。
チョコ味のクレープか……行き着く所まで行き着いた感じだな。
「はい、そのことをナオフミ様に報告しようと思っていました」
ああ、ラフタリアもチョコ味のクレープを報告しようとしたわけね。
確かにこれは報告すべき事象、なのか?
まあちょっとした変化が問題に繋がる事もあるから、必要な事だけど。
「ふむ……やっぱりバレンタインもあるんだな」
クリスマスや正月があるんだからあり得るとは思っていた。
それに最近、商売の方でもその辺りの話を聞いた。
多少値段を上げても買っていく奴が多いという話で、商売にはもってこいの季節だとか。
アクセサリー商、その他諸々が自分の範疇を超えた商売をするか否かって感じで騒いでた。
「はい、あります。村のみんなもその辺りの話をしている最中です」
「チョコレートはこの世界にもあるんだな?」
カカオに近い植物とかから再現したのか?
過去の勇者が広めてそうだよな。
……他に転生者か。
癪だがアイツ等の努力はなんだかんだで役に立つからな。
「はい。私も調べた範囲なんですが、なんでもとある地方にチョコレートが実る木がありまして、この時期はよくチョコレートが取引されるそうです」
「へー……」
チョコレートが実る木……。
それは完成品の方だろうか?
何処かで聞いた事のあるような話だな、と俺はパンの木とクレープの木に目を向ける。
何処の誰が作りだしたのかは聞かないようにしよう。
きっと地雷を踏む。
そういえばそんな話を俺も聞いた。
カカオの事かと考えていたんだが、チョコレート農家なる言葉を聞いた時点で薄々気づいてはいた。
きっとうちの気持ち悪い木々と同じく、チョコレートが本当に実るんだろう。
もしかしてクレープの木もそのうちクレープ農家とか言われるようになるのかな……。
ぶっちゃけ、かなり嫌だ。
「で? 村でもバレンタインをしたいとか言うつもりか?」
「兄ちゃん物分かり良いな!」
「そりゃあ、クリスマスの時に思い知ったしな」
ものすっごく面倒だったけど、嬉しそうな連中を見たら悪い気持ちにはならなかった。
「で? バレンタインはそのまま女の子が好きな異性にチョコを配る催しで間違いないか?」
「他にあるのですか?」
……言えない。
昔の俺はこの時期になるとイベントに乗じてチョコ魔をしていたと言う事実を。
友チョコってあるよな、などと言いながら男も女も分け隔てなく配って回っていた。
リアルもネットも関係なく。
イベントは何でも大好きでノリノリだったんだよ! 俺は。
「それとー……メルティちゃんが提案にきてます」
メルティが? 久々に会う気がする。
クリスマス以来か? ま、本人は寝ていたけど。
「提案って?」
「フィーロちゃんのアイドル活動でチョコ販売をしたらどう? ってアイデアが来てるのよ。その収入は復興資金に充てようって話がね」
と、メルティが人型形態のフィーロと一緒にやってきた。
そうだった。メルティは各国に外交で忙しいがフィーロは歌って踊れるアイドル業で忙しい。
現在、フィーロは村で筆頭の稼ぎ頭である。
主にフィーロのアイドル活動とグッズ販売で。
映像水晶に近い物で音声水晶と言う音楽を再生する道具があるのだ。
まあ、こっちは高めで安物だと蓄音器みたいな物でレコードのような道具を売っているのもある。
「んー? チョコ、おいしぃすぅいぃいいー」
チョコソースをべっとりと頬に付けてフィーロはクレープを貪っていた。
しかし、その発音どうにかならないか。
「フィーロちゃんが作った手作りチョコって名目でね」
「フィーロが手作りでチョコが作れるのか?」
なんていうかフィーロって料理は食う専門で作る側ではないと思う。
そもそも料理を作っている所なんて見た事ない。
店の奴か生、俺が作る場合もある。
自分で食うとしたら、やっぱり生だろう。
「そこはー……そうね。だけど、別にフィーロちゃんが作ったのを証明する必要はないでしょ?」
「まあ、そうだが」
メルティ、お前もなんだかんだで黒いな。
ファンはアイドルからのバレンタインは本人が作った物がほしいだろ。
現実はこんなものなのかもしれないけどさ。
「ナオフミやここの子達で生産して売れば良い収益になると思うのよ」
「悪い話では無いな。どうせバレンタインイベントはやるつもりだったみたいだし」
「そうそう、そう言う訳でお願いできる?」
「はいはい、わかったよ。で? チョコレートをどう加工するんだ?」
「そこは国の料理人に任せようかと思ってるけど、ナオフミは出来る?」
「兄ちゃん。早く試食してくれよ」
「出来るがー……ってキール、チョコクレープの話はもう良いから、お前も加われ。アイドル活動だ」
「えええええええ!?」
キールがクレープを落としそうになって驚く。
落としてまた発狂するなよ。今は錬がいないんだからさ。
「何を驚いているんだ? 良い機会だろ。フィーロに売り上げで勝てばその格好をやめられるんだぞ」
「そ、そうだけど」
キールは未だに本人の望まない女っぽい格好……フリルの付いたメイドコスやドレスを着させられている。
さすがに犬形態だと脱いでいるけどさ。
「行商の成績が中々良いんだ。アイドルデビューも悪くないだろ」
「い、嫌だよ兄ちゃん! 俺、あんな沢山の人達の前で歌なんて歌えねえよ! そんな上手くないし」
……フ。
俺は優しい目で、且つ内心ではあざ笑いながらキールの肩に手を乗せ、同じ目線になって口を開く。
「大丈夫だキール。アイドル業ってのは歌を聞いてもらうんじゃなくて、お前の歌って踊れる姿を見せて、その姿が見える場所に居る権利を売る仕事なんだよ」
「何か非常に間違った知識を教えている様に感じます!」
ラフタリアがツッコミを入れるが、間違っちゃいないだろ。
歌が上手い下手は関係ないんだよ。
「そうかぁ? フィーロちゃんのを見ると違う様に感じるんだけど?」
「んー? そうなの?」
「フィーロは……別枠だ。コイツは歌っても金が取れる方のアイドルだ。アイドルにも種類があるんだ。アイドル全てがフィーロじゃなきゃいけない訳じゃない。それに……フィーロだけじゃそろそろ飽きられるんだ」
「ぶー!」
「なんですってナオフミ! 訂正なさいよ!」
フィーロとメルティが異議を唱えるが……少なくとも俺の知るアイドルは10年もしたら業界から消えている。
精々女優にまで昇華出来た奴が生き残っているくらいだ。
ま、ナマモノって奴だ。
フィーロに限らずキールだって、稼げる内に稼がないと儲けが出せないぞ。
キールは地味に人気があるらしいからな。
客層も違うだろうし、やってやれない事は無い。
というか、ライバルポジションで売り込むのが手だろ。
元康の所の三匹は……フィーロとカテゴリーが被るんだよ。
歌って踊れるライバル枠で、三人だから個性は出るが本物には勝てない。
だからフィーロと比べると微妙だ。
しかも収益は元康の懐に入る。俺の金にならない事をなぜ俺がしなければならない。
……まあ、その元康も収益を全てフィーロに注ぎ込む訳だけど。
よくよく考えると元康も罪な奴だな。
話は戻ってキールだ。
コイツは男装も似合う。女の格好は、初々しい感じで受けているんだ。
だから男装……ヅカ路線って奴で行ってみると上手く行くかもしれない。
「とりあえず……男装の麗人として例外で男の服を着せるか」
「兄ちゃんに命じられるとなんか嫌な気がするんだけど」
「なんだ着たくないのか? ふんどしはどうかと思うが」
「そうじゃなくて! 男の格好なのに変わらない気がする!」
そりゃそうだろ。
中性的なのと男なのとは違う。
洋裁屋じゃないが、どうやらこの世界ではサブカルチャーにも関心のある層が多いみたいだし。
「ちょっとナオフミ! 早く訂正!」
「してほしかったら結果を残すんだな。プロデューサー兼バック音声担当のメルティ女王陛下。十年後もフィーロがアイドル業を続けていたら訂正してやる」
「見てなさいよ!」
まあ、訂正とやらもきっと一言「そりゃ凄いな」で終わりそうだが。
相変わらずフィーロとメルティは仲が良いな。
なんだかんだでメルティは時々一緒に歌っているみたいだ。
だからこの際、アイドルはメルティでも問題は無い。
だが、メルティでは大きな問題がある。
それはメルティが世界一の大国となったメルロマルクの現女王陛下である事だ。
女王という立場故に、アイドル業に現を抜かされると他に支障が出てくる。
世界の女王様の価値が低く見られかねない。
「とりあえずキールの服装に関してはイミア辺りに作ってもらうとしよう」
……洋裁屋の方がこの辺りは詳しそうだよな。
腐女子的な意味で。
「あああ……キールくんまでナオフミ様の計画の毒牙に」
ラフタリアが頭を抱えて呻く。
知らんな。これも村の発展のため、ひいては世界の為だ。
それに……既に毒牙にかかっているようなもんだろ。
これだけ犬のように懐いていたら。
「うう……歌って踊るなんて嫌だ」
「大丈夫だキール」
「何が?」
「お前の場合は歌って踊ると言うよりも劇をするノリだ。振り付けとかは詳しそうな奴に頼むから、言われたとおりに行商で物を売るノリで行けばいいんだ」
「そうなのか兄ちゃん?」
「ああ」
「なら俺、がんばる!」
キールが尻尾を振り始めて、やる気を見せている。
ちょろいな。
「ところで兄ちゃん。チョコに関してなんだけどな」
キールがラフタリアと一緒になって俺を見つめる。
というかメルティや村の連中みんなが俺の方を見ている。
まだその話を続けるつもりか。
「なんだ?」
「手作りチョコの美味しい作り方を教えて欲しいんだって」
……そうきたか。
まあ、デザートは出すけど、チョコレートの美味しい調理方法なんて教えた事も無い。
バレンタインだから村の女子共がやる気になっている……という訳か。
そう言えば……毎年友チョコを欲する友人共が沢山いたなぁ。
あいつ等元気かな?




