番外編 盾の勇者のクリスマス【1】
「へくし!」
その日、俺は仕事を終えて村へ帰る途中だった。
ポータルで帰るのも良かったが、村に着いたら着いたで忙しい。
なんだかんだで馬車に乗っている時に休んでもいるのだ。
波を終結させてから半年くらい経っただろうか。
空を見上げると分厚い雲が覆い尽くしていた。
そして温度は日に日に低下し、肌寒い日が増えて来ている。
吐く息も白い。
メルロマルクにも四季があるんだよなぁ。
波の所為で四季が滅茶苦茶になっていたらしいが。
「あ……」
「どうかしました?」
ラフタリアが馬車の外を見上げる俺に尋ねてくる。
俺は無言で空を指差し、その意味を指示した。
「あ……」
ラフタリアも理解したのか、空を見つめる。
「雪、ですね」
「ああ、メルロマルクにも降るんだな」
「そりゃあ降りますよ」
「夏は暑いのに、冬はこんなに寒くなるのか」
亜熱帯って訳じゃないけど夏はかなり暑かった。
なのに冬は雪が降る程寒いのか。
「ナオフミ様は寒いのは嫌いですか?」
「別に嫌いじゃないけど、行商の馬車にスパイクを掛けなきゃいけないのを面倒だと思ってな」
「……それが大公にまで上り詰めた世界を救った勇者の気にする事なんですか?」
ラフタリアの台詞はもっともだ。
だが、金と手間を考えると非情に面倒くさい。
「そりゃあ、なんだかんだでナオフミ様はまだ資産を増やそうとしてますけど……何に使うつもりなんですか?」
「特に意味は無い。強いて言うなら波の復興資金の調達か?」
いくらあっても困る物じゃない。
今までの癖でもしもの為に溜める癖が根付いているんだよ。
そういう苦労を今まで散々してきたからな。
まあ大公である俺は領土的にかなり金を持っているんだけどさ。
「物は言いようですね」
「さすがですわ、尚文様」
アトラが盾から出て寒空に浮いて呟く。
何がさすがなんだよ。
さて、世界が救われてから半年も経過しているが、未だに波の爪痕は深い。
なんだかんだでメルロマルクの城下町には霊亀の山はあるし、グラスの方の世界の国々の被害も多いからな。
和平とか言っているが、人々が生きるのは未だに厳しい。
半年程度では復興なんて終わるはずもない。
だから、俺達がしている仕事と言うのが行商で様々な困っている場所に物を売りに行き、復興の手助けをしている。
そこから僅かに俺達の懐へ金を入れているに過ぎない。
で、さすがに疲れたのもあって、俺達は本格的に休暇を取る為にゆっくりと村へと移動している最中だった。
まあ、昨日もポータルで村には帰ったんだけどさ。
「気にするな。それで、雪が降り始めているだろ?」
「クエ」
ああ、ちなみに馬車を引いているのはフィーロじゃない。ヒヨと言うフィーロの配下一号だ。
フィーロはメルティと一緒に外交に出かけているから、その代わりにヒヨが馬車を引いている。
そのヒヨも空から降ってくる雪をジッと見つめながら歩いている。
「そうですね」
「メルロマルクってどれくらい雪は降るんだ?」
積雪何メートルとかだと困るんだがな。
他に、冬限定で湧く魔物とかいると更に困りそうだ。
「年によって異なりますが、毎年白一色になる位は降りましたよ」
「ふむ……」
ラフタリアの意見から察するに相当降るのかもしれない。
ま、そんなに警戒する必要も無いか……。
あのクソ女神と戦って生き残った俺達だ。なんだかんだでやっていけるだろう。
「とりあえず、防寒具は用意した方が良さそうだな」
「そうですね……とはいえ、ナオフミ様は必要なんですか?」
「いや?」
俺やラフタリアはなんだかんだで神の力……どちらかと言うと精霊の力がある程度使える。
補充方法は精霊から力を譲って貰わないといけないけどな。
しかも大半は神となった俺達に譲歩されているから俺達は普通の人間と大して変わらない。
まあ、多少は使える。
そんな存在になっている訳だから、暑さ寒さなんて実の所、問題はない。
それに俺の装備している鎧はかなり万能だから冷暖房完備だ。
「私は寒くありませんわ」
「そりゃあお前はな。と言うかアトラ、話が進まないから黙っていろっての」
アトラは毎回こんな感じで、話に入ろうとしては脱線させてくる。
お前が寒くないのは精霊化しているからだろ。
「村の連中が風邪引かないようにしないとな」
「そうですねぇ……キールくんは駆けまわってそうですね」
ふんどし犬は喜び村駆けまわるってか。
「そうだな。アイツは喜んでいそうだ」
雪に大興奮して駆けまわっていそうだ。
一応、アイツは鎌の勇者なんだけどな。
「クエ!」
ヒヨが鳴いた。
目的地にしていた村が見えてくる。
やっと村か……。
「兄ちゃん兄ちゃん! 雪! 雪が降ってる!」
キールが大興奮で村を駆けまわって俺の元へやって来た。
俺は馬車から降りて、村を一望する。
特に大きな変化は無いな。
バイオプラントの森も枯れる様子は無く寒さには強いみたいだ。トマトのような実を実らせている。
で、キールは予想通り大興奮していた。
なんとも単純な奴だ。
「ああ、はいはい。雪だな」
それがどうした。
と言いたかったが相手にするのが面倒だ。
それに雪が降ってきたら楽しい気持ちになるのは、なんとなく理解できる。
まあ、住んでいる場所によっては憂鬱になるらしいけどさ。
「お帰りなさい。盾の勇者様」
「ただいま」
イミアがキールを追い掛けてやってきた。
相変わらず、この二人はセットでいる事が多いな。
あ、そうだ。
「イミア」
「はい。何でしょう?」
「これから寒くなるから防寒具を作っておいてくれないか?」
「村の方々の分くらいなら既に準備は済んでいますけど、まだ作りますか?」
気が効くなぁ。
俺が頼む前に準備済みとは。
「そうだな。余裕があるようだったら作っておいてくれ、助かったよ」
「任せて下さい」
俺はイミアの頭を撫でて褒め、厨房で料理を始める。
今日は冷えるから温まる鍋物でも作るか?
「そうだ、兄ちゃん!」
「ん? なんだキール、お前は駆けまわってろよ」
「兄ちゃんは俺を何だと思ってんだ! ってそうじゃなくて、もう直ぐクリスマスだろ? 兄ちゃんはサンタに何をお願いするんだ?」
「何だって犬だが……ん? クリスマス?」
異世界にもクリスマスがあるのを聞いて、耳を疑った。
「クリスマスがあるのか?」
ラフタリアに聞いてみよう。
キールの事だから他の勇者から聞いたとかありそうだし。
「はい。ありますよ?」
何か不思議そうに返されてしまった。
うーむ……。
「元々は過去の召喚された勇者が広めたって話らしいですよ。この前メルティちゃんが教えてくれました」
「そうなのか。異世界でも聖誕祭があるとはな」
「聖誕?」
……ん?
クリスマスって某聖人の聖誕祭だろう?
いや、昔の勇者が広めたんだから日本人か?
となると、日本のクリスマス基準なのかもしれない。
「クリスマスって何の日になってんだ?」
「クリスマスは、クリスマスですよ?」
理由になっていない。
単純に知らないという可能性が高いな。
「アトラは何か知らないか?」
「お兄様がクリスマスには私にプレゼントを持ってきてくださいました。ですがどのような日なのかは知りませんわ」
まあ多分、過去の勇者共が仲間達と祝うために催したイベントが定着したとか、そんな所だろう。
そうなると聖人云々はなさそうだよな。
「で? サンタはサンタクロースであっているのか?」
「はい。良い子にしていると寝ている間にプレゼントをくれる人で有名ですよ」
なるほどな。クリスマスの楽しい所だけを抽出して定着しているのか。
だから聖誕祭の側面は完全無視なんだろうな。
「そうなんだぜ兄ちゃん! 兄ちゃんは何をお願いするんだ?」
……キールの目がきらきらと輝いている。
とても楽しそうだ。
「大人もプレゼントは貰えるのか?」
「あ、そういや兄ちゃん大人だった!」
「それはどういう意味だ?」
俺が子供っぽいとでも言うつもりか? 否定はしないが。
「とにかくプレゼント! 楽しみだぜ!」
これってー……プレゼントを配ってくれるルールとか、何かあるのか気になる。
俺の世界の基準だとサンタって、大体親がしているモノなんだが……。
「ラフタリアは……」
「はい?」
サンタの存在を信じている可能性が高いな。
いないと知った時の顔を村の連中を含めて見たくない。
よし。念の為知っていそうな奴に聞いてみるか。
クズとか女王とか聞きに行くのも良いが……忙しそうだ。
しょうがない別の奴に聞こう。
そういう事に詳しい奴がいるしな。
アイツに尋ねるのは非常に不服だが、村の連中の事を一番知っているのは奴だ。
「ちょっとサディナと話がしたい。お前等は着いてくるなよ」
「……大丈夫ですか? ナオフミ様」
「う……」
最近、サディナは事あるごとに俺とラフタリアが関係を持ったか尋ねて来ては、順番を連呼する。
だからその辺の事は色々とうやむやにしている。
俺とラフタリアが現在どういう関係なのか、それは誰も知らない秘密という事だ。
ちなみに以前サディナが……。
『お姉さんがテクを伝授してあげるわ』
などとふざけた事を抜かしていた。
一度発情した奴に押し倒されかけた恐怖が脳から離れない。
ガチで俺のことを狙っているようだ。
ある意味、アトラよりも厄介な相手筆頭と化している。
何が理由でそこまで俺を好んでいるのだか……。
サディナ曰く、盾の勇者だからとか世界を救った英雄だからとか関係なく、俺のことを好いているらしい……。
だから奴と二人っきりになると言うのは物凄く恐ろしい事になりかねない。
「着いていきますわ」
「どっか行け! ラフタリアもアトラを監視しておいてくれよ」
「はい。ほら、アトラさん、こっちへ」
精霊化したアトラを捕まえるのは今の所、俺かラフタリアしか一応できない。
なのでアトラが俺に着いてこないようにラフタリアに任せた。
「ああ、尚文様ー!」
まったく……。
あ、そうだ。これは言うべきだな。
「イミア、お前の叔父も呼んでおいてくれ」
サディナと二人っきりなんて御免だ。
あの色酒ボケも他に人がいると多少は理性が働く。
「わかりました」
「キール、お前はー……」
「なんだ兄ちゃん?」
「いっぱい楽しめよ」
「うん!」




