選択
「おい! 聞いているんだろ? どうにかしろ!」
もう盾のストラップや四聖武器書に話しかけるのは何度目だろうか。
今日も日が暮れて行く……。
大学の勉強をしろと親に注意されたが身に入らない。
どうすれば、いいんだ。
「おい!」
パタンと俺は四聖武器書を閉じる。
「ラフタリア」
「何でしょうか?」
「……もしかしたら既に、手遅れなのかもしれない」
ここまで何も成果が無いという事は、俺達に出来る事は無いのかもしれない。
そう思うと、目の前が真っ暗になったような気がする。
「もう……この本を読まずにいたほうが……」
日に日に加筆されて行き、身知った相手が死ぬことが書かれて行く本なんて読んでいられない。
「全てを忘れて、ここで何事もなく――」
俺の言葉を、ラフタリアは泣きそうな顔で遮る。
「ダメです。そんな、そんな事を言っては」
「わかっている。だけど……」
「最後まで、諦めてはいけません」
「……」
「世界を平和にしてからここに帰るはずだったのではありませんか。私は嫌です。こんな後味の悪い、結果は」
「そうだけど……もしもあの世界に帰る事が出来たとして、どうするんだ?」
「どう、とは?」
「わかるだろ?」
俺の問いにラフタリアは沈黙する。
そう、メディアは正体不明の攻撃をしてきた。
しかも勇者全員の本気の攻撃を蚊程にも感じていなかった気がする。
辛うじてダメージが入ったとしてもかすり傷だった。アレでは勝てる見込みは無いと思って良い。
俺は守ることが仕事だった。だけど、その守る事さえ碌にできずにやられてしまった。
実力とか、そう言うのは関係なく。
「アイツにとって、この戦いも遊び……なんじゃないか?」
余裕を見せられて、絶望しないはずもない。
仮に戻れたとしても死ぬだけにしかならないだろう。
「それでも……私は、戦います」
「ラフタリア……」
ラフタリアは俺の頬に手を触れる。
「ナオフミさ、んはその機会があっても、この世界に留まってください。私は……私の信じる道を進みます。むざむざ死ぬ事を、私は選ばせたくありません」
その言葉に若干の苛立ちを覚え、同時に臆病になっていた自分に喝を入れる。
「そうだな……負けるから戦わない、じゃないんだよな。例え死ぬかもしれなくても……自分の信じたモノの為になんだ」
俺は何を脅えていたんだ。
今、まさに遊びで世界は滅ぼされようとしている。
メディアはLvアップの為にとか言っていた。
そんな事の為に滅ぼされてたまるか!
明日にはもっと捜索範囲を広げるべきだ。
何処かの図書館にこの四聖武器書と同じ物があるかもしれない。
「ラフタリア、俺を舐めるなよ。ここで逃げたら俺も満足なんか出来ないんだよ。盾の精霊とアトラにあった時、決めたんだからな。世界を平和にして、満足してからラフタリアと俺の世界で生きるってな」
瞬間、世界から色が消え失せ、音が無くなる。
「な、なんだ!?」
窓から外をみると、鳥が空中で羽ばたく姿勢のまま止まっていた。
そして淡い光と共に四聖武器書が輝き、空中に浮かぶ。
先ほどまで、何も反応しなかった癖に、どういうつもりだ。
パラパラとページがめくれていく。
そこでフッと、盾のストラップからも光が飛びだし、人型を形作る。
その人型は……アトラの姿で現れた。
「お久しぶりです、尚文様」
「アトラ、さん」
「はい。お久しぶりですラフタリアさん」
「アトラ? なんでアトラが盾から出て来られるんだ? 大丈夫なのか?」
「今は、ですね。おわかりの通り、尚文様の世界の時間は現在、止まっております」
「まあ……」
窓の外を見ればわかるし、世界から色と音が無くなっている。
異世界で起こったならそれ程驚かないが、この世界だと困惑するな。
「ここは本当に俺の世界なのか?」
「はい。尚文様の世界です。その世界の因果律を弄って、ラフタリアさんがいた事にしているそうです」
「ふむ……で? なんでこんな真似を?」
「報酬……だそうですわ」
少し目を伏せるアトラ。
報酬、か。
途中でリタイアした俺に報酬をくれるとは、中々サービスがいいじゃないか。
まあアトラの表情を見るに、あまり良い話でも無いんだろうが。
「盾の精霊のか?」
「はい。盾の精霊様は緊急手段として、やむなく尚文様を元の世界にご帰還成されました」
「ま、あのままじゃ殺されていたからな」
「ええ、盾の中にあの薬を入れた事が幸いだったとの事です」
「あの薬?」
「ええ、0の盾を出現させる時に入れた物です」
ああ、あの竜避けの毒か。
神にも効果があるらしいスキルだから、どんな力があるのかと思ったら即死回避もあったのか。
「あの薬のお陰で、四聖の力が回復し辛うじて、尚文様達を死から免れさせる事が出来たそうです」
という事はやはり錬や元康も生きている可能性が高いな。
後、他の勇者共も一度は死んでも大丈夫かもしれない。
「先に申し上げますが、眷属器の者の命は保証しかねるそうです。ラフタリアさんの時はたまたま、だそうです」
なんかムッとした表情でアトラはラフタリアを見て言っている。
「間違っても、尚文様と心が通じ合っているから起きた奇跡ではありませんからね」
アトラとラフタリアがバチバチと睨み合いを始める。
何があっても変わらないな、コイツは。
「それで? なんで今になってこんな事をしているんだ?」
「盾の精霊様曰く、これからどうするかを尋ねたいと申しております」
「……この世界に留まり、全てを忘れて平穏に過ごすか、それとも異世界で死ぬか? か?」
「……はい」
アトラは重い沈黙の後に肯定する。
中々に酷な二択だ。
この一週間、ラフタリアと一緒に過ごして、ずっとこうしていたいという気持ちはある。
それだけ居心地がいいんだ。
「相手が悪すぎたと盾の精霊様は申しております。0のスキルが効かない程の強力な存在には成す術も無いと」
「何か手段があったんじゃないのか?」
波が終わるまで、乗り切る手段があるから四聖を召喚しただろうに。
「本来は波が鎮まるのを待つしか無く、最悪の事態の時でも、0のスキルで免れる可能性はあったそうです」
「どういう事ですか?」
前にも似たような説明を聞いた様な気がする。
波を乗り越えて行く内に、どうにか出来ると。
まるで奴等にも不利な何かがあるかのようだ。
「そこまでは……ただ、あの薬で提供された力によると、外界からの存在にも波が長く続くと不利な状況が……あるはずだったのです」
不利な状況……。
あのクソ女神にも弱点のような物があるのか。
そもそも、自分で世界にやってこない時点で、何か理由はあるはずだ。
でなければ、あんな異常な力を持った奴だ、様々な世界を滅ぼしているだろう。
「世界は融合してしまったがな」
「はい。もはや……手遅れだと盾の精霊様はおっしゃっています」
手遅れ……ね。
勇者として召喚されて、ここまでやってきたのに、そんな言葉で終わるのか。
だが。
「そんな簡単に諦めきれるか」
「はい!」
「ええ……ですから、盾の精霊様は最後の力を振り絞って、一か八か私達の世界の扉を開くか尋ねております」
「片道切符という事か?」
「はい。今度こそ負けたらお終いです。確実に死ぬでしょう。いえ……死ぬならまだいいです」
死者すら手足のように操る女神に死んでも使われてしまうかもしれない、と。
厄介な事だ。
「それでも……行きますか?」
生きては帰れないとアトラは盾の精霊の言葉を伝えているんだ。
「私は……常に尚文様と共におります。ラフタリアさんもここにいます。皆さまやお兄様には悪いとは思いますが……諦めるのも一つの選択です。誰も、尚文様とラフタリアさんを責める資格はありません」
「嫌です。私は……尚文様も、世界も、どっちも大事です」
「さすがはラフタリアさん。槌の精霊様が喜んでおりますよ」
「ナオフミ様、私はナオフミ様がどんな決断をなさろうとも、自分で決めた道を行きます。申し訳ありません」
「……いや? ラフタリア、俺は前に言っただろ?」
ラフタリアがクラスアップする時や、様々な出来事の時に言っていた事がある。
自分の道は自分で選んでほしいと。
もしも俺が居なくなっても、自分で選ばせたいと。
その選択で、ラフタリアは元の世界に戻って戦う事を選んだんだ。
俺が呼び止める資格は無い。
むしろこれは俺自身の問題でもある。
俺はどうするべきか?
そうだな……もしも、全てが今を選ぶ為にあったとしたならば、俺は運命を憎むと同時に受け入れてやろうと思う。
どんな結末を迎えたとしても、後悔をしない為に、俺は死ぬ気でみんなを守りたい。
「既に決断は成されたようですね……」
「アトラ、すまないな。お前が身を呈して助けてくれた命を無駄にしてしまう」
「いいえ……それで尚文様がご納得できるのなら、私は何処までも付き従いましょう」
「ああ、俺はあの世界に戻る。例え死ぬ事になってもな」
俺の返答に四聖武器書と盾のストラップが輝き、光の柱が出現した。
「後は……この柱に入れば、次元を乗り越えて、おそらく行く事が出来るでしょう」
「おいおい、随分と頼りない言葉だな」
「状況が状況ですので、出来る限り上手く行く可能性が高い時期に繋げたそうです。その為に時間が掛りました」
「そうか」
「尚文様やラフタリアさんの皆さんの元へ行きたいという、強い想いに応えてくれるそうです」
「なんか古いゲームみたいだな」
ゲームでは最後に勝ってハッピーエンドだが、そう上手くはいかないだろう。
怖くないかと聞かれれば、凄く怖い。
そもそも今まで戦ってきて、怖くなかった事なんて一度も無い。
対処のしようがない絶対的な強者と戦った事もなかった。
きっと俺は死ぬだろう。
それでも、俺は諦めたくない。
少し不思議な気分だ。
あの世界に来た頃は、こんな世界滅びちまえと思っていたのに、今は救いたいと考えている。
何が俺を変えたのか……ラフタリアやアトラ、そして今も尚戦っている仲間達の影響だろう。
我ながら捻くれていて、損な性格だと思う。
だが、悪い気分じゃない。
そうだ。
俺達は死ぬ為に戻るんじゃない。
諦めない為に戻るんだ。
この想いがあっちの世界へと誘ってくれるなら、俺は自分を信じる事ができる。
「槌の精霊様も同様です。お気を付けてください」
「ええ、ありがとうございます」
ラフタリアが答えるとアトラは微笑んで……光となって消え去った。
俺達は今日まで集めた、あっちの世界で役に立ちそうな荷物を抱えた。
きっと何の役にも立たないだろうが、焼け石に水程度にはなってくれるだろう。
「じゃあ、行くとするか」
「はい」
俺達は勇気を振り絞って、光の柱に飛び込んだのだった。
 




