限界突破
「さて、じゃあガエリオン。限界突破のクラスアップを任せるぞ」
「キュア!」
ラフタリアやフィーロは眷属器に選定されたお陰でクラスアップが不要になった。だけど、眷属器に選ばれなかった連中は必要な訳で。
夜間、龍刻の砂時計を俺たちは利用させて貰う事になった。
ガエリオンが龍刻の砂時計の上に乗って鳴く。
ちなみに……限界突破のクラスアップには聖武器か眷属器が必要らしい。
『では始めるぞ』
親ガエリオンも竜帝の核を相当手に入れたからかテレパシー的な物が扱えるようになってきた。
錬と谷子には未だに使わないがな。拘るなぁ。と感心する。
「じゃあ一番はお姉さんね!」
サディナがスキップしながら立候補する。
まあ、妥当な所だよな。
俺の村のメンバーじゃトップ帯に入る程、基礎能力が高い。
変幻無双流を教わっていないのにも関わらずだ。
最近じゃ、ババアの息子やババアの弟子をしていた連中の稽古を見て、覚え始めてしまっている。
どんだけスペック高いんだろうな、コイツは。
「ま、そうだろうな。最近は色々と手伝ってもらったし、実験台にもなって貰ったもんな」
「そうよー、お姉さんナオフミちゃんに染められちゃった」
キャッとサディナは両手を顔に当てて、はしゃぐ。
ちなみにガエリオンが竜帝の欠片を手に入れてから直ぐにクラスアップしなかったのは意味がある。
鞭の強化方法にあった資質向上と言う奴の所為だ。
これは自分は元より、他者にも施すことが出来る優秀な強化方法だ。
まさしく鞭と言う……言っては何だが、奴隷や動物……この場合は魔物を使役する者にピッタリの強化方法だ。
ただ、この強化方法には大きな穴がある。
勇者では無い普通の人間や魔物は、クラスアップ範囲内、この場合は1~40、40~100、100~っと枠組みがあるらしい。
勇者はわかる通り、クラスアップの制限が無い。
なので、言ってしまえばLv1まで資質上昇出来る。
そして使った分だけLvが下がるのだ。
あまりにも下げ過ぎたら世界全体で魔物のLvが上がっている現在、非常に危険で、枠組み内でした方が効率的な面がある。
クラスアップはクラスアップ時のステータス倍率なのか、それともクラスアップした時に選んだ可能性の中で倍率が関わるのか、である。
前者は現在のステータス×2とかだが、後者はステータスに何%の付加なのだ。
前者の場合はクラスアップした時のステータスが重要で、後者の場合はステータス自体に掛るから後で、どうにでもなる。
これを調べるために、実験をしなくてはならない。
40のクラスアップ時は後者だった。
だから大丈夫だとは思うが、念には念をだ。
100のクラスアップじゃ前者だった、なんてありそうだしな。
さすがにLv1からなんて細かいことをするのはやってられない。時間だってそこまで無いのだ。
世界中の波を抑えないといけない訳だしな。
一周すれば聖武器と眷属器が揃っている現在、ある程度時間は稼げるから良いけど。
ちなみに被験者はフィーロとサディナだ。
この二名は村でもLv上昇が極端に早い。
もちろん、戦闘能力が高いと言う意味でだけどな。
だが、フィーロは爪の勇者になってしまったので、サディナに重点的に実験台になってもらった。
本人の承諾は得ているけれどな。
「責任とってー」
「ああ、はいはい。いつ取ればいいんだ?」
もはや拒否するのも面倒だからサディナの話を流す。
「そうねー、じゃあ今夜、お姉さんと一緒に楽しい事しましょう」
ラフタリアが、凄く羨ましそうな目で見ているような気がしなくもない。
サディナはわかっているのか、俺の腕に手を絡めてくる。
遊んでるなぁ……。
「エッチな事か? それとも酒盛りか?」
「そうねー……ラフタリアちゃんはどっちが良い?」
「な、なんで私に聞くんですか」
「お姉さんの、おたのしみ」
「怒りますよ!」
「あははは、冗談よー」
まったく、サディナは人をおちょくるのが好きすぎるだろ。
ラフタリアの反応が良いのも原因だとは思うがな。
別に俺が魅力的な人間かと聞かれたら否定する。
だけど、村の事を大事にしているサディナは、今後の事も視野に入れて、俺を気に入っている振りをしているのだろう。
好きと言ってくれている奴だけどな。
……サディナの頬に手を当てる。
「あん、ナオフミちゃん。それは村に帰ってからよ」
「はぁ……」
本気かウソか分かり辛い奴だよな。
ポソっとサディナは俺の耳元で囁く。
「迷いが吹っ切れて、それでも求めてくれるなら、お姉さんは嬉しいわよ? これはウソでも冗談でもないわ」
まったく、このシャチ女は……。
思考を戻そう。
ここ最近、俺達はサディナと一緒に海でLv上げを行っていた。
錬や元康、樹等の勇者勢は村の連中を連れてLv上げをして貰っている。ついでに調査として色々な所を回って貰っているのだ。
で、俺が担当したのは海だ。押しつけられた訳じゃないぞ。
何処が効率のよい場所なのかと言うのもあるが、サディナのLvの上りに関して興味深いと思って、調査と言う名目でLv上げに付いて行くことにしたのだ。
俺の村には海洋系の亜人も少なからずいる。
イルカとタコみたいな奴な。
一応はサディナと同じ所でLv上げをしてもらっていた訳だけど、その亜人曰く、サディナが強いから楽にLvが上がった……らしい。
確かに、変幻無双流無しでは村じゃ最強じゃないかと俺は思う。
アトラは目が見えないけれど、気で辺りを察知して戦っていた。
そして変幻無双流とほぼ同じ認識で急所を突いて戦うスタイルだ。
逆にサディナはフィーロと同じく物理的に戦う面に特化していた。
まあ、フィーロも変幻無双流の無双活性が出来る訳だけど。
意識的か無意識かの差があるらしいけれど……サディナはそう言うのが感じ取れない。
単純に戦闘力で、工夫無しの戦い方でフィーロと同じカテゴリーなのだ。
多分、フォウルが変幻無双流を習得しなかったらサディナみたいな伸びをしたのだと思えるがな。
で、何故俺が海でのLv上げを行うのかと言うとフィトリアが近々波の起こる場所が海である可能性が高いと伝えてきたのだ。
フィトリアの眷属器である便利な転送機能付きの馬車で見ると海底神殿みたいな場所に苔むした龍刻の砂時計があった。
場所はそのまま海底らしい。
一応は海上でも戦えるだろうけれど、海の中にボスとかが出現した場合は倒さないと波を抑えるのは難しいそうなのだ。
そういえばー……錬が若干青い顔をしていたが、まさか泳げないなんて事は無いと信じたい。
後で白状させないとな。
フィトリアの用意した海中戦用装備にペックル着ぐるみがあった時は吹いた。
しかも俺が持っているのより上位みたいで、色が違うのだ。
嫌だったが、サディナと海で戦う時は着用した。
うん。あるのと無いのとでは雲泥の差だったな。
見た目が滑稽だったのをどうにかしたいがな。
っと、思考が脱線した。
海での戦いは、そりゃあ勝手が違って苦戦した。
何せ、空を飛んでいるかのように上下左右からの攻撃から守らねばならない。
しかも定期的に呼吸をしなければいけないのだから相当なものだ。
幸い、水中用装備で水中で呼吸する事もある程度可能だけど、それも定期的に浮上しなきゃいけない。
しかも水が体に纏わりつくから重い重い。
サディナに引っ付いて、流星盾Ⅹとかを展開するだけになる事が何度もあった。
銛が重要な意味がわかる。四聖のアタッカーは元康が一番貢献できるだろうな。
次点は樹かな。水中用の弓やボウガンがあるらしい。
「思えば、サディナは伸びたなぁ」
コイツ、波で世界中の魔物のLvが急激に伸びた時、試しに海の中に入って魔物と戦ってもアッサリ勝ちやがった。
確か……Lv150の魔物だったと思う。割と近海にこんなLvの魔物が出現した。
そりゃあ俺の援護魔法が掛っていたにしても、強すぎるだろうと思う程に。
「あの時、40まで資質向上を掛けてくれとか、死ぬ気かと思った」
「あらー? お姉さんの心配をしてくれているの?」
「そりゃあそうだろ」
無謀と言う言葉を進呈したい。
勇者は別口の強化方法がある訳だから、ある程度Lv差があってもどうにかなるが、勇者じゃないサディナには荷が重すぎる。
再三に渡って注意したのだけど「大丈夫よー早く!」とか言われて、渋々行った。
もしこれで苦戦するようならポータルで逃げて、地上でLv上げをすると念押しした。
のだが……Lv40で支援魔法込みのサディナはLv150の魔物に勝った。
戦闘時間は3分くらいだったな。
どんだけ強いんだよ。
「あら嬉しい」
余裕見せているが、アトラ亡き今、村での最強奴隷はサディナが君臨しているのは間違いない。
その後は、海中をサディナによって色々と連れまわされ、魔物と遭遇する事多数。
海洋哺乳類って超音波で海中の状況を察知すると言うが、海の中だとサディナはかなり遠い所まで魔物の気配を察知する事が出来るらしい。
ま、この辺りは地上でのフィーロも変わらないか。
で、一日で40まで下がったLvを70まで上げると言う驚異的な戦闘をサディナは俺と一緒に行った。
翌日には90に到達し、再度資質上昇を掛けた始末だ。
深く潜った所に居た魔物…200とかのが居たぞ。
それを支援魔法が掛った状態で割と簡単に倒すもんだから俺達のLvも上がる上がる。
同行していたのはラフタリアとフィーロだ。後はラフちゃんだ。ラフちゃんは泳げるんだよなぁ。って考えてみれば、あの島から村まで泳いで来たのだろうし当たり前か。
まあ、今は俺も自身の資質を上げるのに専念しているから80まで下がっているけれどな。
資質の上昇幅……馬鹿に出来ないんだよな。
しかも村の連中は俺の加護が掛っている分だけ伸びも良い。
総じてサディナのステータスは……化け物染みた領域に達しつつある。
そこまで上げてもサディナ曰く「前にサルベージした海域の魔物には勝てないかもしれないわー」とか言うのだから世界全体の魔物の活性化は末恐ろしい。
この世界の限界Lvって幾つなんだよ。
元から人の入らない秘境の魔物にはますます手が出せない領域になってしまっているんじゃないか?
ドラゴンとか大丈夫なのだろうか?
ガエリオンのLvも上げないとな。
他のドラゴンに襲われて死亡じゃシャレにならないし。
で、なんだかんだでLv上げと資質上昇をしばらく繰り返していたらサディナのステータスが凄い事になった訳で。
こうして100の限界突破に挑戦する事になったのだった。
「じゃあ始めるぞー」
「キュア!」
龍刻の砂時計にサディナが触れ、ガエリオンが魔法を唱え始める。
『我ここに……勇者と共に世界を守るための戦士に新たな役目を与えん。世界よ、龍脈よ、理よ。彼の者の力を解き放て!』
テレパシーで俺だけにわかるように詠唱するなよ。
ガエリオンはギャウギャウと鳴いている。
その詠唱が終わったかと思うと、龍刻の砂時計にある宝石から一筋の光が俺の盾に伸びてきて認証を終えたかのように輝いた。
そして相変わらず、どの道を進ませるかの項目が出現する。
今回は特殊クラスへの倍率変化は無いのか?
と、思いながらサディナのクラスアップ先を確認する。
……えっと、人型としての能力を上げるか、獣人時の能力を上げるかとか結構限られているっぽいな。
特殊能力の付与とかもあるみたいだ。
村の奴隷共がクラスアップにガエリオンもフィーロも使わないパターンとは更に異なる感じだ。
あっちは細かなステータスを指定する感じだった。もちろん、特殊能力を含めてだけど。
だけど今回は別だ。
もっと大きな範囲で指名する。
普通は逆じゃないのか? とは思うが……これはガエリオンとかの加護が原因かもしれない。
俺はそのまま決定権をサディナに移す。
「あらー? どれにするか迷うわね。ナオフミちゃんはどれが良い?」
「お前が決めろ」
「んもう。女の子は、好きな人に決めて貰いたいと思う物なのよ」
「そうなのか?」
ラフタリアの方を見る。
「えっと……はい」
「そうだったのか」
とはいえ……サディナの人生を俺が勝手に決めるのもなー。
「じゃなきゃ、ナオフミちゃんと楽しい事をしたらいっぱい子供が出来ちゃうのを選ぶわ」
「マジか!?」
不味いぞ、そこまでの責任を俺は負えない。
いや、そもそもサディナは何処まで本気なんだ?
と言うか、本当にサディナと後でやるのか?
ぶっちゃけ、俺とサディナがいちゃいちゃしている光景が想像できないんだが……。
「サディナ姉さん? ナオフミ様を困らせないでください」
「わかってるわよ。ちょっとからかっただけじゃない」
ケタケタと笑うサディナ。
ああもう……なんか振りまわされっぱなしだ。
「まったく!」
「ナオフミちゃんに決めて欲しかったけど、しょうがないわね」
サディナはどうするか決めたのか、砂時計が強く輝き、サディナに染み込んでいく。
やがて光が消えるとサディナが微笑んでいた。
「まあ、こんな所かしらね? ナオフミちゃん、確認をお願い」
「ああ」
俺はサディナのステータスを確認する。
う……シャレにならない程上昇している。
単純なステータスは俺よりも遥かに高い。もちろん聖武器や眷属器持ちに比べると実際の戦闘力には大きな差があるのだろうけれど、今まで見てきた中で一番高い。
過去の加護が思いっきり掛っていた頃のフィーロの倍以上だ。
100のクラスアップでの倍率は……%みたいだな。サディナが何を選んだかはよくわからないけれど、均等に伸びていたステータスにバラつきが出ている。
もちろん、選んだ方向性で違いがあるのかもしれないけどな。
「何を選んだんだ?」
「敏捷と腕力、後は魔力ねー」
「そうか」
これで変幻無双流を覚え始めているんだ。もはや化け物だな。
後でわかるのだけど、鞭の強化方法で100より先の物は特殊能力付与が出ていた。
サディナの場合は魔法強化とか水中活動時間延長とかだ。
変身って……あのおかしくなった俺が改造した技能がまだ残っているのか?
そんな感じだった。
正直、かなり強くなっている。
勇者以外の戦力として期待すべきだろう。




